四章 生霊の怪
師走―1
古今東西、色男や色女と呼ばれる方達は怪異とも縁深い位置関係にある事が多いと聞きますが、いかがでしょうか。色男は虫が好く、なんて言い回しもあるように、人一倍に様々な想いが寄せられやすいのかも知れません。それが良きにつけ、悪しきにつけ。
年末の官庁街は忙しなさと、どこか諦めたような気配に満ちています。「年内に」を連呼する層と「年明けで」で対抗しようとする層が、至る所で鞘当てをしている姿が散見されます。かく言う対怪異浄化情報収集室でも、そんな一幕が見られたりするのも年末の風景なんだそうです。
「年始にね、お年玉を配るんだよ。ほら、僕って本家の人間だからさ、親戚がそれはもうわんさかと押し寄せる」
「……ふぅん」
「だから年末は何かと物入りなんだよねぇ。なんたって親戚の子供達には大人気なんだ。だってほら、知識が豊富で子供達の大好きなちょっと怖〜いお話をたくさん知っている親戚のお兄さんだよ? だからねぇ、うん、残念だけども」
「……」
「いや、あの……あ、そうだ。最近のATMって両替でピン札にするかどうか選べるようになってるんだよ? 知ってた? これだと仕事抜けて窓口まで行かなくても良いし、窓口の人も手間が省けるし、考えた人は偉いよねぇ。働き方改革の功労者だと思わない? 小さい事でもコツコツと積み重ねるときっと大きな流れに変わるんだよねぇ、うん、うん」
立板に水の如く捲し立てる先生ですが、腕組みしたままじっと微動だにしない胡桃沢さんも、かなりの迫力を放っています。
ふと、胡桃沢さんの口角が上がりました。あ、怖い。瞬間的に防衛本能が働く笑顔です。
「なるほどねぇ。小さい額をコツコツと積み重ねたツケが回ってきた男の言うことはやっぱり重みが違いますねぇえ?」
「うっ、いや、あの……年明け! ね? 年明けにしよう胡桃沢さん!」
「年内にきっちり耳揃えて払ってくんな! 年貢の納め時ってもんだ、なぁ双樹?」
*
「そんなこんなで」
襟元の乱れを直しながら勧修寺先生が言って、ズボンについた汚れを見つけたらしい颯くんが後ろから叩いて払っています。少々力が入りすぎているような気もしますが、まぁ、愛ゆえかも知れません。
「
「……生霊」
「くっだらねぇ」
本当に、ここへ来てから何でも起こり得るものなんだなぁという思いを日一日と深めています。今回もまた、やっかいそうな案件です。
「生霊はね、遡れば源氏物語にも描写がある、由緒正しき怪異なんだ。人の体から魂が抜け出て想い人の元や憎い相手の元に姿を現したりするのが、まぁ王道で。変化球としては戦時中に出兵したはずの知り合いが挨拶に来てお茶を飲んで帰った後に実は戦死していた事が分かる例や、他には生首がはいずり回るタイプなんてのもあるし、もっと変わり種だと丑の刻参り。あれも実は、釘を打つ人の魂を鬼に変化させて、憎い相手の元へ送り込むというスタイルの呪術なんだけど、結局は生霊なんだよね」
嬉々として語る話題ではないはずですが、いつもながらに幸せそうな弾む口調です。対照的に、怠そうな姿勢で椅子に座ったまま要件書を眺めていた颯くんが、予想はつきましたが舌打ちをひとつ打ちました。
「依頼者が気に食わねぇ」
「仕方ないよね、だって我々のいる場所ってばお役所だから」
依頼人の欄には、よくテレビや新聞を賑わせる政治家さんの名前が書いてありました。その方の息子さんの所に生霊が出没しているという相談です。何でもその生霊は、政治家さんの関連会社の秘書である女性職員にとてもよく似ているのだとか。
「生霊がもし本当だとしたらものすごく熱烈に愛されているか、相当な恨みを買っている確率が高い事になるんだよね。ねぇ、どっちだと思う?」
「恨みよりは愛の方が話題としては穏やかですよね」
いつもの如くため息を吐いた颯くんが立ち上がって書類をひと纏めに束ねてから、それらを勝手に開けた勧修寺先生の鞄に突っ込みます。こちらを見ないまま上着を手に取ると「行くぞ」と言いました。
「さっさと行って、さっさと終わらせようぜ」
「何だかんだ言っても颯くんは責任感が強いんだよね」
慌てて私も追いかけようとして、はたと気付いてハンガーに掛かったままの先生のコートを手に取ります。
「待って下さい! 今日寒いですからっ、先生! コートお忘れです!」
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