烏丸神社―3
浄化は拝殿の奥にある幣殿の中で行われました。紗也華さんのあとに続いてお邪魔すると、既に勧修寺先生と颯くんのお父さんが並んで座っています。その向かいに座るとすぐに大量のお
「結界札とか干渉禁止の札とか、もうじき使い切っちまうからな」
「あれってこちらで用意していたんですね」
「そうそう。勧修寺先生は我が家にとってはお得意さんでもあるわね」
先生の引いてきたスーツケースの中身は、颯くんの浄化でビー玉状にされて小瓶に封印された念の塊たちです。それらも幣殿の台座の上に並べて置かれています。私の知っているものもあれば、初めてみるものもあります。どれも飴玉のような形状で、カラフルな色合いをしていて、こうして見ると怖いもののようには思えません。
「……僕だけ視えてない……運んできたのは僕なのに……」
「そんな落ち込むような事でもねぇよ、先生」
「違うよ、残念なだけだよ」
子供のようにむくれながら小瓶の群れを覗き込む先生ですが、白い装束を着込んだ烏丸さんがやって来ると、大人しく座りなおしました。こうやって背筋を正して真面目な顔をしていると学者然とした風貌にしか見えないのだから不思議なものです。
烏丸さんが手にしているのは
烏丸さんの奏上する祝詞は
「俺がやってるのはパッキングまで。今ので祓い完了だ」
「……凄いです」
「あぁ、本当にな」
意外にも素直な呟きを漏らす颯くんの横顔は真剣そのもので、颯くんはきっとご実家のお仕事を大切に想っているだろうことが感じられました。
浄化後、烏丸さんに少しお話を伺う事ができました。
「孫が手伝ってくれるから、なんとか続けてられるんだよ」
大らかに包み込むような笑顔で、烏丸さんは颯くんの肩に優しく手を置きます。
「じいさんに現場仕事はキツイだろ」
言葉遣いがやや乱暴だったり、時々……いえ、しばしば足癖の悪いところが散見されはしますが、颯くんは心根の優しい人なのです。
*
無事に祓いを終えて帰る準備をしていると、紗也華さんがやって来ました。
「翠子さん、颯のことを宜しくね。あの子は乱暴なところもあるけど、あれは完全に私のせいなの。本当は優しくて、気にしいで、かわいい子よ」
「いえ、……あ」
私なんて、とまた言いそうになって思い留まりました。先ほどの紗也華さんの手の温かさはこれから先の私に勇気をくれるものでした。
すべてが
「が、頑張ります!」
紗也華さんは嬉しそうに微笑みながら何度も頷いてくれました。それから、少しだけ表情を曇らせて声のトーンを落とします。
「実はね、私と颯の上にもうひとり男の子がいたの」
先日に颯くんがお話してくれたお兄さんのことだ、とすぐに思い当たりました。けれどその後に続いた言葉は衝撃的で、私はすぐに飲み込むことが出来ませんでした。
「颯が小さい頃、旅行先で川遊びをしていた時に流れに足を取られてしまってね。それで、助けようとしたその子の方が流されて、そのまま亡くなったの。その時颯には川の底にいる何か、霊だとか怪異だとか、そういった何かが見えていたらしくてね。それに誘われて危うく命を落とすところだった」
颯くんのお話にあった「川で溺れた子供」というのは、颯くんご本人ということになります。だからあんなに強く「自分の実力以上のことをしようとするな」と言ったのだとわかりました。だから「他の人の心に消えない傷を付けることになる」と言っていたのは、大きな負い目を感じているのは、颯くんのこと。
「あの子はそれはもう颯のことを可愛がって大事にしていたから、颯を助けたことに関しては本望なんだと思う。けど、颯の中にもそういう傷になっている部分があるってこと、翠子さんは知っててあげてくれるかな」
「……はい」
捉われていた家から飛び出して、自分の力で人を救う仕事をして、自分の手足で自由に生きていく。今まで私はそう望んできましたが、ここへ来てまた、強くなるための新しい理由を見つけたような気がします。それは、周りの人にも自分にも傷を与えないように過ごしていくこと、です。
「私、自分も含めて皆さんを大切に出来るよう、頑張ります」
そうね、と頷いていた紗也華さんが、少しだけいたずらっぽい表情になりました。楽しそうに口元を緩めます。
「こういうのって最終的には気持ちの強さもあるからね。例えばだけど……恋、してみるとか?」
「……恋。考えたこともありませんでした」
自分でも情けないお話ですが、恋というのが感覚的に良くわかっていないのです。たぶん、政略結婚前提の育ち方をしてしまったせいもあるのだと思います。そう告げると紗也華さんはさすがに驚いた顔になりました。
「ま、例えばの話よ! 無理にとは言わないけど、ね、タイミングとかもあるから!」
「はぁ、あの、考えてみます」
思わぬ女子トークの発生もありましたが、とにかく浄化も無事に完了しました。それから私たちはそれぞれが少し軽くなった気持ちで、いつものように帰路に着くのでした。
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