烏丸神社―2
ひとしきり願掛けをして拝殿の前から抜け出たところ、人混みから少し離れて颯くんが立っていました。いつもと同じく怠そうに丸めた背中ですが、やっぱり少しだけリラックスしているような空気があります。私は嬉しくなって駆け寄りました。
「颯くんもお参りですか?」
「わざわざ並ぶかよ」
「あぁ、そう言えばそうですね」
神社のお子さんだと参拝するというよりもきっと、祈りは日常なのでしょう。そう言えば、颯くんは烏丸神社を継ぐとか、そういった類の話はないのでしょうか。少し突っ込みにくい話題になるのでいま口にするのは控えますが、もしそうだとすると、いつまでも一緒にお仕事ができるわけではないのかも知れません。
「アンタに渡したいもんあったんだけど」
「あら、何でしょうか」
「切らしてた」
そう言って颯くんは背中を向けました。
「こっち、来て」
「あ、はい」
返事をしながら追いかけます。参拝の人にぶつからないように急いで続きながら、颯くんは少しだけ猫に似ていると思いました。
颯くんが足を止めたのは社務所の前でした。少し離れたところで立ち止まるので何の気なしに顔を見れば、いかにも「しまった!」という表情をしています。視線の先には社務所の中でお守りやお札の販売をしている巫女の女性がいます。どうかされたんでしょうか。私が疑問を挟むよりも早く、気付いたのは巫女さんの方でした。
「颯っ!」
「……やべぇ、見つかった」
「あの……え?」
巫女さんは見る見るうちにその表情が変わって、聖女から般若……は言い過ぎかも知れませんが、見たことがあるような険しい表情です。……だいたい、わかりました。えーと、こちらもお身内の方ですよね。
「なんですかその口の利き方はっ!」
言うが早いか、その女性は社務所の中から躍り出て、颯くんの頭を「ゴツン!」と叩きました。すごい音がしましたけど、大丈夫でしょうか。
「痛ってぇな暴力女!」
「颯! アンタってば、ちっとも顔出さないと思ったら!」
「しょうがねぇだろ! 忙しんだよ!」
勢いと言い、顔立ちと言い、隣に並ぶととても良く似ているこちらの女性は、恐らく颯くんのお姉さんだと想像するのは難しいことではありませんでした。
「あらっ。颯、こちらは?」
「同僚」
「後輩です。梅小路と申します」
「梅小路、何さん?」
「あ、翠子、です」
ははぁん、と嬉しそうに微笑んだ女性は私に右手を差し出しながら、とても美しく微笑みました。
「翠子さん、ね。
「いえ、お世話になっているのはむしろ私の方で」
「ホントな」
「こらっ! 颯っ!」
またしても痛そうな音が響き、小競り合いの末に大量のお
紗也華さんは私の手を握りながら「ごめんなさいねぇ」と笑いました。
「うち、母が早くに亡くなっているの。だからどうしても母親風の対応になっちゃってね。なんだか荒々しいわよね。颯は歳の離れた弟のせいか、どうしても粗が目に入っちゃうの」
「……そうでしたか」
颯くんがお兄さんに加えてお母さんまで亡くしているなんて。そんな大っぴらに吹聴するような事ではありませんが、聞かされていない話でした。
「ねぇ、翠子さん。あいつに何かされたらすぐに言うのよ、姉としてしっかり折檻しておくから」
「いえ、そんな……私なんかは、何も」
先ほども口にしましたが、いつも迷惑をかけているのは私の方です。今の私は足手纏い以外の何者でもない気がして、正直なところ、浄化室にこのまま私の様な者が居ても良いのかと、悩ましく思っているところです。
ふと、紗也華さんが社務所のカウンターに手を伸ばしました。色とりどり、形も様々な工夫を凝らしたお守りの類がたくさん並んでいる中からひとつを取り出すと、また私の方を振り向きます。
「これ、今の翠子さんに良いと思う」
さらりとした手触りの布地は麻でしょうか。落ち着いた色味に深い紫色で烏丸神社の紋がプリントされた巾着型のお守りには、同じような紫色の紐が通されています。紐は途中で結び目を作ってあって、見たことのない不思議な結び方をしてありました。
「
紗也華さんは私の手にお守りを渡すと、その手ごとを両手で包んでから祈るように目を瞑りました。一瞬、すべての音が遠くなる感じがして、両手がじんわりと温かくなります。手から伝わる体温以上の温かさ、でも、熱くない。心地よい熱。
それからゆっくり目を開くと「ようこそお詣りくださいました」と柔らかな口調で言って、ふんわりとほほ笑みをこぼしました。
「翠子さん、この世界のすべては様々な
「……ありがとう、ございます」
「さぁ、これから祖父が浄化をするから翠子さんも参加して行って頂戴」
促されるままに歩きながら、胸に温かな明かりが灯る心持ちになるのを感じました。
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