幕間

烏丸神社―1

 例えば新幹線の車窓など、遠くから見てもこんもりと緑色が集まっているのが分かる地点、それは大抵、神社だったりお寺だったりすることが多いのですが。今回も例に漏れず、私たちは遠目でもわかるほどの緑の多い場所の前に立っています。

 どこかワクワクした様子の先生と、いつもながら怠そうに見える颯くん。私はと言えば、少しだけ緊張しています。なんと言ってもこちらは烏丸神社。対怪異浄化情報収集室所属、若きエースこと烏丸颯くんのご実家に来ているから、です。

 掃き清められた歩道の端を歩きます。両側に聳え立つ立派な杉の並木はどれほどの樹齢なのでしょうか。荘厳、という単語がよく似合うように感じます。


「やぁ、久しぶりな気がするなぁ」


 ガラガラとキャスター付きのスーツケースを引きながら、先生は嬉しそうに辺りを見回します。キョロキョロするたびに背中で髪の束が跳ねて、まるで元気のよい馬でもいるかのようです。


「そうしょっちゅう来てたまるかよ」


 颯くんのいつもの憎まれ口も、心なしか嬉しそうに聞こえるのは私だけでしょうか。


「颯くんのご実家は神社さんだったんですね」

「別に珍しくもねぇだろ」

「いえ、少しだけ颯くんのルーツが分かったようで嬉しいんです」


 ぶっきらぼうな「そーかよ」を発音した後、颯くんは歩道の小石を軽く蹴ってから歩くスピードを少しあげました。カーキ色のもこもこしたジャケットの背中がやっぱり嬉しそうに見えて、私と勧修寺先生は顔を見合わせたあと、声を抑えて笑いました。


 *


 神社の敷地から少し逸れた生垣の向こうに、古いけれど感じの良いお宅がありました。その玄関ドアを開け放った颯くんは私と先生にスリッパを出してくれて、それから部屋の中へ向き直ると呼びかけます。


「おい、いるかクソジジイ」

「来たなドラ息子」


 気持ちの良い大きな声ですぐに返答があって、部屋の中から袴姿の男性が現れました。何と言うか、一目で「颯くんのお父さんだ」とわかる、くるくるした癖のある髪もお揃いの、良く似た顔立ちの方です。


「こらこら、オレの自慢の息子を貶すな。あと俺のかわいい孫を貶めるな」


 続いて「あ、颯くんのおじいさんだ」とすぐに分かるような、お父さんを更に温和にした感じのこちらも袴姿の男性が現れて、先生を見ると嬉しそうに相好を崩します。


「勧修寺先生! うちの孫がいつもお世話になってます。ささ、どうぞお上がりになって!」

「烏丸さん、こちらこそいつも颯くんには助けられてばかりですよ。今回も浄化をお願いに参りました」


 そう言って運んできたトランクに目をやります。つられてトランクを見た皆さんの視線がそのまま動いて、私の事を捉えました。私は慌ててぴょこりとお辞儀をします。


「こちらは梅小路翠子さん。浄化室期待のホープです」

「いえ、そんな。新人の梅小路と申します。颯くんにはいつもお世話になりっぱなしで」

「颯ぇ!!」


 バシバシとお父さんが颯くんの背中を叩いて、それに抵抗するように颯くんが体を捻って。何と言うか、こう、動物の親子が戯れているような、平和な光景が広がっています。颯くんの感情表現が、捻くれているようで実はとても素直なのも頷けるなぁと、そんなことを思うのでした。

 その後、お父さんはお仕事の続きに戻り、自分の部屋に少し用事があるという颯くんと、烏丸さんとお話があるという勧修寺先生と別れて、私は烏丸神社の境内を見学させて頂くことにしました。


 都心にあるはずなのに空気が落ち着いていて、緑のとても多い場所です。境内を迂回するようにある水路のせせらぎと、人々が柏手を打つ音が途切れることなく聞こえています。長く伸びた参拝者の列は、真剣な人もいればふざけ合っているお友達同士もいて、それでもみんな願い事があるんだな、と単純なことを思いました。何者かになりたい、何かを成し遂げたい、それぞれがそんな気持ちを抱えながら生きているのでしょう。

 せっかくですしと思い立って、私も参拝することにしました。列の最後尾につき、しばらく並んだあとにお賽銭を入れて二度のお辞儀。そのあと小さく柏手を打ちます。それからゆっくりと手を合わせて、胸の中で静かにお願い事を唱えました。


 強く、なりたいです。

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