出会い―3

 対怪異浄化情報収集室が国直轄の機関として正式に認められ、人材育成が課題に上がった。補充要員のあてがあると言う先生に付き添いで訪れた古い家の前で、あの何とも言い表せない不思議な気配と再会する事になる。

 紹介された梅小路翠子は、屋敷の中に長く閉じ籠められたせいか、それとも敬愛するこの家で唯一の味方と言えた祖母を亡くしたせいか、のっぺりとした家具のような表情をしていた。

 おまけに、自分の今後を決める重要な場面だと言うのに心ここに在らずの生返事ばかりで、おどおどとしていて視線も合わない。更に、おかしな違和感がある。


「おい先生、何かあるぞ、この家」

「まぁ古い家だからねぇ、それなりに何かはあるんだと思うよ」

「いや、そうじゃねぇ。妙な事が起きてる気配がする」


 コソコソと耳打ちで会話していたのに、興奮した先生がいきなり立ち上がるから家の当主からは不審な目を向けられる。それ自体はそこそこある事なので既に慣れっこになっていて、だけど問題はその気配の方だ。

 目を閉じてアンテナを伸ばすかの如く気配を探る。見せてみろ、何処で、何が、起きている。水が浸み込んで行くように、意識を深く潜らせて身体の隅々で気配を辿っていく。


「……見つけた」

「本当かいっ!?」


 たぶん、そう。相変わらず中空を見つめたまま、途方に暮れたように座っている梅小路翠子の艶のある手袋。まさしくそれが違和感の出所だった。

 ひとしきり雇用条件などの話を済ませてから、私室を訪ねることにした。そこで目にしたのは何代にも渡ってこの家にかけられている根深くて質の悪い種類のが顕現した状態で、手足が指の先から糸状にほどけていくものだった。

 自体が相当の年数続いて来たもののようで、おまけに術らしきものがかけてあり、ルーツを調べないと下手に手出しすることも不可能だ。先生ですらも「聞いたことがない」「しっかり調査する必要がありそうだ」などと言い出したため、残念ながら、これは到底すぐに祓うことが出来ない。

 それにしても手足。ほどけてしまっては、そのうち歩くこともままなら無くなりそうだ。これだけでも何とかしたい。


「まぁ、これまでの事案から察するに……糸になるのだったら、のが良さそうだねぇ」


 編み込む、と聞いて頭に浮かんだのは、幼い頃にあの公園で夢中になった編み物。あれならば、ほどけた糸を元の状態に近い形にできるのでは。部屋の中を見渡せば、すぐ目につくところに金色のかぎ針が置いてある。見覚えのあるそれを手にすると、しっくり馴染む手触りだ。


「借りるぞ」

「あ……はい」


 金色のかぎ針に糸を絡める。ほつれている指先にそっと寄せてみれば、抵抗もなく、するりとかぎ針の先が入っていく。特段、痛そうな素振りもなかったので、そのまま糸を絡ませては編み目に潜らせ、また糸を手繰り寄せて編み込んでいく。

 あれから家で、姉と一緒に簡単な編みぐるみをいくつか作ったのが役に立っていた。幼い弟がどこかで覚えてきた「かぎ針で編み物をしてみたい」という希望を、姉はきちんと受け止めて手芸店に連れて行ってくれた。事故後、やっと自分から何かをやりたがったことも理由として大きかったかも知れない。いくつかぬいぐるみを作ったあとはたいして触りもしなかったはずなのに、手先が針の動きをよく覚えている。

 指先を絞り止めで袋状に閉じて、最後の糸をその中にそっと入れ込むと、一瞬だけ淡い光に包まれた後はごく普通の指先へと変化した。


「治った……ありがとうございます!」


 これで完全に片付いた訳じゃない、そう言おうと顔をあげた時、輝くような笑顔が向けられていて思わず息を飲んだ。やっぱりあの公園で出会った女の子だったという確信と、まるで初対面の表情をしている相手に自分だけが気が付いてしまった落胆と。両方の気持ちを抱えたままで目を逸らす。


「…………鈍感女」

「何か言ったかい、颯くん?」

「べつに」


 立ち上がって首をパキパキと鳴らす。慣れない姿勢をしたせいで何だか腹が減った気がする。


「ほら、帰るぞ、先生」

「あっ、待って待って! この近くに心霊スポットとして有名な廃病院があってね!」

「帰る」


 梅小路邸に背を向けながら、それでも数ヶ月後から始まってしまう新しい生活に思いを馳せる。変わっていなかった。あの凍えそうだった自分の心を温めてくれた笑顔と、まるで同じだった。

 嫌でも緩む口許を、先生には絶対に絶対に見つからないように大きな歩幅で歩き始めた。

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