出会い―2
唐突に目の前に布が差し出された。驚いて顔をあげると、隣に座った女の子がこちらを向いている。布はハンカチだった。
「なにそれ。いらない」
「でも……泣いてるから」
指摘されて頬を触ると冷たかった。涙の筋がいくつもいくつも出来ている。いつの間にこんなに泣いていたのだろう。
このままでは見っともない。家に帰る時に泣いていたのがバレたら困る。おじいちゃんやお父さんやお姉ちゃんに心配をかけてしまう。ハンカチは借りなかったけれど、服の袖でめちゃくちゃに顔を拭いた。女の子は仕方なさそうにハンカチを鞄にしまうと、編み物の続きを始めた。
横目でその姿をみると、そいつは編み棒を持っていなかった。何も無いように見える手の先から、毛糸でできた編み物が姿を現している。視線に気づいて、編み物をちょっと持ち上げてこちらに見せた。
「指編みっていうんだって、これ」
「指、あみ?」
「そう。おばあちゃんが教えてくれたの」
「ふうん?」
単純に見える動作を繰り返すうちに、どんどんと編み物が出来上がっていく。毛糸が布みたいになるなんて、あらためて考えたら普段着るセーターだってマフラーだってその過程を経て出現したものには違いないのに。毛糸とセーターが頭の中で繋がることは新しい世界の扉だった。初めて見た光景に目を奪われる。
「やってみる?」
「……う、ん」
でも幼い自分の指は短かすぎる上に不器用で、指編みは難しくなかなか思うように編み進められない。その様子を見て、そいつは鞄の中から金色の不思議な形をした道具を取り出した。
「かぎ針編みにしてみようか」
「かぎ?」
「こうするの」
手の中でかぎ針を動かすと、三つ編みになった毛糸が後から後から繋がって流れ出す。凄い。凄い! それからしばらく、小さな花の形を編んだり、単純な丸を編んでみたり、やり方を教わって夢中になって編んでいた。そうしている内にいつの間にか日暮れが迫っていて驚く。さっきまで原っぱで遊んでいた親子も、気が付かないうちにいなくなっていた。
それまでずっと寂しい気分になる事ばかりで、もう長い間笑ってなんかいなかった自分が、こんなに何かに夢中になれた事に驚いた。
「……あの……ありが、とう」
やっとのことで口にした感謝の言葉は拙いものだったけれど、そいつは嬉しそうに笑ってから、さっきまで編んでいたふかふかの編み物をこちらに押し付けてくる。
「ストールあげる。これ、元気が出る編み方なんだって。おばあちゃんから習ったんだ」
いらない、と断ろうとした時に遠くから呼ぶ声がして、女の子は「おとうさま!」と半ば叫ぶように飛び上がった。そのまま駆け出して行く背中を呆然と見送る。
そいつは本当に今までそこに居たのか、もしかしたらアレも怪異の類なのではという疑問が頭を持ち上げる中、ただそのストールの暖かさだけが本物のように感じた。
それから、不安な気持ちが押し寄せる度にそのストールを抱いて眠るようになった。そうすると不思議と気持ちが落ち着いて、温かなパワーが身体に満ちていく。中学にあがる頃にはそんなこともなくなったけれど、今でもあのストールは実家の押し入れの中にしまってあると思う。たぶん。
それから数年後、先生との出逢いがあり、俺は浄化室で働く事になる。後から分かった事だけど、あの「元気が出る編み方」は、複雑に編まれた紋様が印を結んでいるものらしい。北陸方面の陰陽師の系譜の中に心当たりがあると事も無げに先生が言い、やはりその知識の膨大さに俺は舌を巻いたのだった。
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