蔓を巻く―7

 眉間に皺を寄せたままの表情で颯くんが特大のため息を吐きました。蔓巻さんを祓い終えた私たちは、浄化室へと戻って来ています。

 蔓巻さんに取り憑いていたのは、花に魅せられて歪に大きく膨らんだ心でした。ガラス小瓶の中には淡い紫色のグラデーションがついたビー玉のような塊が入っています。きっと、あの蔓植物に咲くお花はこんな色をしているのでしょう。


「あの、……お二人とも、すみませんでした」

「……ったく」

「うん! でも結果として逃走中の浄化対象も見つかった訳だし、良かったんじゃないかな。祓いまで完了できたんだし!」


 地方での緊急の怪異というのは、蔓植物が体に寄生する怪異が伝わる集落から、それを郷の外に持ち出して拡散しようとしている人間がいるので捕縛し浄化して欲しい、という内容だったそうで、ちょうど蔓巻さんと颯くんはすれ違いを起こしていた所でした。

 そうとは知らずに近づいて、しかも怪異まで移されてしまった訳ですが、本来その手の怪異を郷の人間以外に移すのは難しいものだと後から聞きました。


「梅小路さんの場合はおそらく、ほどける呪が身体に宿り続けているせいで、新たな怪異を呼び込みやすかったのだろうね」


 正直なところ、嬉しくありません。でも、比較的強い力をコントロールできないまま放出し続けている私が蔓巻さんの目に留まり、私以外の人が被害に遭うのを未然に防げたと思えば、それはそれで悪くはなかったような。とは言え、これがこの部署の「お役に立てている」と言いにくい状況なのには変わりありませんが。

 椅子の背に体重を預けてゆらゆらと揺らしていた颯くんが目線をあげました。いかにも不機嫌そうなふくれっ面です。


「だから言ったろ、アンタは入り込み過ぎなんだ。知らずに近づいたのは仕方ないにしても、なんで怪異を移されたのが分かった時に連絡してこなかった?」

「それは……あまりにも自分が足手まといで。不甲斐なくて。……自分で何とか出来ないかと思ったんです」

「俺が間に合わなかったらどうするつもりだった」

「それは……あの、特に考えては、いなくて」

「……もっと酷いことになる可能性だってあった。次から危ないと思ったらすぐに連絡してくれ」

「はい……あの、でも……でも……」


 様々な想いがこみ上げてうまく言葉になりません。

 迷惑をかけないように強くなりたい。誰かに認めて貰えるような「特別」になりたい。誰も傷つかなくて済むように人を守りたい。どれも私の中では本当の気持ちです。

 けれど、それを言葉にできる程は何も出来ていなさ過ぎて、気持ちだけは強いまま、私は下を向いて手を握り締めるしかできません。


「まぁまぁ、もういいじゃないか。颯くんも結局はさぁ、梅小路さんのことが心配だっただけだよね」

「ぁあ?」


 口を挟んだ勧修寺先生は、ひょいと眉をあげました。


「だって、梅小路さんが浄化対象と接触してるって連絡したら、すごい速度で帰ってきたよね? ね、あれ、どうやったの? だってあんな山奥の集落に居たんでしょ?」

「……っ、チッ」

「表の駐車場に留めてあった車って、もしかして颯くんが運転してきたの?」

「……るせーよ」

「僕、知ってるんだよね、集落の村長さんから電話があったから。『車の返却はいつでも結構です』って」


 ガタンッ!

 大きな音を立てて颯くんが椅子から立ち上がりました。そのままツカツカと勧修寺先生に詰め寄ると、先生の座っている椅子を一度だけ思い切り「ガンッ!」と蹴り上げてから、無言で部屋から出て行ってしまいました。へらへらと笑顔をこぼしている先生は大丈夫そうですが、あの、どちらかと言うと颯くんの足は平気だったんでしょうか。


「梅小路さん、悪いんだけど颯くんに旅費交通費の精算するように言ってきてくれるかな? 早めに出さないと、月末近いからね」

「えーと……今追いかけて大丈夫なんでしょうか」


 顔は見えませんでしたが、たぶん、颯くんはかなりお怒りなのでは。


「大丈夫、怒ってないよ。照れてはいるかも知れないけどね」

「照れ、ですか?」

「いいからいいから! 僕だってお返しがしたいんだ。いや、仕返しかな? とにかく頼んだよ!」


 お返し、ですか。先生のおっしゃることが今ひとつピンと来ませんが。

 とにかく食堂にいるだろうという先生の言葉に従って、私は事務所を後にしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る