蔓を巻く―5

 公園から自宅マンションに引き返し、やっと思いついて欠勤の連絡を入れました。体調不良でお休みする旨を告げました。


「まぁ僕だけでもなんとかなる……なるようになる、かなぁ」


 電話口の先生は暢気な声を出していましたが、私は罪悪感と焦燥感でつぶれてしまいそうな気持ちでした。お話している間にも、私の視界には濃い緑色の丸い葉がふわふわと揺れているのですから、無理もない話です。

 鏡を見て点検してみると、どうやら蔓は左側の鎖骨の辺りから生えているようでした。後頭部を斜めに包み込むように伸びた蔓は、螺旋を描きながら耳の上を通り、生え始めと反対側のこめかみの所で終わっています。ちょうど右目の視野に葉の姿が入り込んでくる状態でした。

 葉は、活き活きとしています。蔓巻さんに生えていた時は萎れかかっていたのに、不思議なものです。


「これじゃ、あの時と同じ……」


 まだ実家にいた頃、左足の端がほどけてきたあの時を思い出しました。あの時の私はまだ浄化室の存在を知らず、ほどけてくる指先を靴下や手袋で隠しては途方に暮れて過ごしていました。相談できる宛てもわからずに、ただ隠して、部屋に一人で。

 今、私は同じような状況に陥ってしまいましたが、あの頃とははっきりと違うことがあります。それは私が怪異の浄化についての知識を得ていることです。やり方は教わったばかりだし、技術も未熟な状態ですが、あの頃とは違います。

 顔をあげると鏡の中の自分と目が合いました。丸い葉を纏ったおかしな状態ですが、でも、ここはやってみるしかありません。幸いにも颯くんから頂いた水琴鈴は鞄の中にしまってあります。

 まず、この怪異の原因と、それに対処する方法を考えます。いつもは勧修寺先生がひも解いてくださる部分ですが、今回はそれを真似て考えてみることにします。

 蔓巻さんの話によると、これはお家に代々伝わるもの、という事だったので、私の例を当てはめてみるとのは難しい類の怪異かも知れません。なので、対処療法ということにはなりそうですが……とにかく、このままでは視界が制限されてしまって不便ですし、植物の形をとっている怪異なので、とりあえず剪定をしてみるか、引き抜くことが出来れば楽そうなのですが、火であぶるとか、植物なので水分や栄養が少なくなれば大人しくなるでしょうか。そう言えば蔓巻さんも日光浴をさせていると言っていましたし、これが植物的な習性をもっているとすればあながち外れではないかも知れません。

 それから私は、とりあえずで剪定する方法を試そうとしましたが、これは自分の足がほどけている時と同じで、鋭い痛みが走ってしまい、到底実行は不可能でした。

 次に引き抜く方法を試しましたが蔓の根本はかなり強くてびくともせず、火であぶる方法は……剪定が無理だった時点で想像はつきましたが、火傷しそうになって中止となりました。

 残る手段は水や養分を絶って弱らせる方法です。時間はかかりそうですが、なんとかやってみるしかありません。私はソファに横になり、ブランケットをかぶりました。どうしよう。そもそも蔓巻さんはどうして私にこれを移したのでしょうか。移すことで彼はこの植物の怪異から逃れたということになるのでしょうか。でも、家に代々伝わるというお話でしたし……分からないことばかりです。

 お腹がきゅるる、と鳴りました。そう言えばいつの間にか日が暮れています。お昼ご飯を食べ損ねたようですが、今回に限って言えばちょうど良いのかも知れなくて。

 空腹だと思考の方向が自分でもよく分からなくなります。


「どうしよう…………颯くん……」


 頭の中にいつもの颯くんの顔が思い浮かびました。迷惑そうな眉間の皺、怠そうに丸めた背中、癖のついた髪をくしゃくしゃとかき回す手つき。

 手を伸ばしてローテーブルに出してあった水琴鈴に触れます。

 ……しゃらん、ほわあん。

 小さな音が鳴りました。颯くんが使うときの音とは全く違います。あれはあれで技術がいるものなんだなぁ。そんなことを考えながら、いつの間にか、私は眠り込んでしまいました。

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