蔓を巻く―3
翌日、気になって朝の公園を通ると、やはり雲形池の前のベンチには蔓巻さんが座っていました。この場所がお気に入りなのでしょうか。それとも。
「おはようございます、蔓巻さん」
「梅小路さん。きっとお会いできると思いました」
昨日と同様に首元から生えた蔓を頭に巻き付けて、蔓巻さんがにこりと微笑みます。蔓から伸びた葉っぱは濃い緑色をしています。丸みを帯びて平たくて、わりと厚みがあるように見えるそれは、ちょうどスイカズラに似ていると言えば伝わるでしょうか。心なしか昨日よりも葉っぱが萎れかかっているように思えて、私はじっと見つめてしまいました。
「気になりますか?」
「あ、ええと、少しだけ元気がないのかなと思いまして」
蔓巻さんは、私の言葉に驚いたように目を見張りました。
「すごいなぁ、君は本当にこれが良く見えるんだね。きっと強い力を持っているんだな……そうか、君のような力のある人なら……いや、でも……」
そう言うと、蔓巻さんの視線が目の前の池に移ろうように流れました。何か、あったのでしょうか。気にはなりますが、あまり立ち入ったことを伺うのも良くありません。それでも私が何かの力になれるのなら……いえ、でも、お話を聞いてから何も出来ないことが分かってしまったら……。
モヤモヤとした心持ちでベンチの側に立ったまま、噴水の真ん中で朝の光を浴びる鳥の像を眺めます。
こんな時、例えば颯くんならどうするでしょうか。一笑に付して終わりのような気もするし、聞くだけならと話を聞いて結局は解決してしまう気もします。颯くんの連絡先は聞いていますが、お仕事の邪魔になるのも何だか気が引けます。
途方に暮れたような蔓巻さんの横顔を盗み見ながら、私は、己の不甲斐なさにため息を吐くしか出来ないのでした。
*
お昼ご飯を職員用の食堂で摂ることにして、テーブルに乗った卵サンドをぼんやりと眺めていると、目の前の座席を引く白い手が視界に入りました。
「ここ、空いてるかな」
「胡桃沢さん!」
いつもながらモノトーンのお着物を美しく着こなした胡桃沢さんは、湯気の立つ丼の乗ったトレイをテーブルに置きました。黒色の半襟が胡桃沢さんの肌の白さを惹きたてています。
丼の中身はどうやら坦々麺のようです。調味料の乗った棚に手を伸ばし、取り出した小瓶を無造作に振り掛けました。ラー油、あんなにかけたら辛くならないでしょうか。あ、胡椒までそんなに。辛さは。あのう、辛さは大丈夫なんでしょうか。
私の心配を他所に、お箸と蓮華を握った胡桃沢さんは、その真っ赤な丼に箸を差し込もうとして動きを止めました。ふと顔をあげたその目が、私の視線とぶつかります。
「何か悩み事?」
あの、とモジモジしてしまった態度、それこそが「悩んでいます」と体現しているようなものでした。胡桃沢さんは熱々の坦々麺をひと掬い景気良く啜ってから、ゆっくりと咀嚼して、仕方ないなとでも言うように軽く息をつきました。
「颯少年が居なくて問題が出ているとか?」
「いえ、颯くんは何も問題ないんです。……出張の間に出来る業務の幅が限られてしまうのは、私の力不足ですから、その、申し訳ないんですが」
あらら、と眉を上げて見せてから再び坦々麺に向かい、二口、三口と食べすすめました。私も真似して卵サンドを齧ります。ゆで卵をマヨネーズで和えたシンプルなフィリングが、焼いていない薄い食パンに挟まれているタイプのシンプルな卵サンドでしたが、今の私の気持ちにはちょうど良い単純さでした。
「まぁ、人にはそれぞれ役割とか、向き不向きとか、そういうのがあるから。全く同じことを出来るようにならなくても良いんだ。特に、浄化室の場合は」
「……そうでしょうか」
強い力や毅然とした判断ができる気持ちの強さ、それに浄化対象を祓う技術がある颯くんや、膨大な知識と何事にも怯まない度胸のある勧修寺先生、そして浄化対象を視る力と勝負強さと交渉術に長けた胡桃沢さん。
対して私は浄化対象が視えて、思念を読み込みやすい体質の他には特にこれと言って能力はありません。何の取り柄もないただの片田舎の娘であった私が、何か特別なものが備わっているように思って家を飛び出してきた行先として、今の自分の状態はおよそ宙ぶらりんで、理想とはかけ離れているように感じてしまうのです。
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