蔓を巻く―2

 公園で蔓巻さんのお話を伺ってから浄化室に出勤すると、勧修寺先生が先に出勤してパソコンに向かっていました。打ち合わせ用デスクには乱雑に積まれたファイルの山。洗ってないカップ。その隣には乾いた紙コップ。紙コップ。紙コップ……これは。


「おはようございます、先生。あの、颯くんはいらしてないんでしょうか?」

「あぁ梅小路さん! ちょうど良かった。それが、地方から急ぎの依頼が入ってしまってね。急遽、颯くんだけ昨日から向かって貰ったんだ」

「はぁ、日曜からですか。それじゃ先生も日曜からこちらに?」


 高速でキーボードをタイピングしながら「あははは」と笑った先生は後頭部をカリカリと掻きました。肩の下辺りで一括りにしてある癖のある長い髪が、ふわふわと揺れます。


「僕はまぁ、ほぼ住んでますからね」


 なるほど、それで今朝はこの有様なんですね。すっかり事態を把握した私は、取り急ぎ事務所の片づけに取り掛かります。

 新しい飲み物を口にする度に新しい紙コップが増えていくのは先生の癖であり、いつも颯くんが口にするお小言の内容です。「飲んだヤツ片付けてから次持って来いよ」なんて、何度耳にした事でしょうか。

 片付けを進める傍らで先生が語った内容によれば、とある地方都市で浄化依頼が発生されたものの、その浄化対象は浄化を望んでいないばかりかの強い相手からは遠ざかろうとするため、颯くんだけを送り込むことになったそうです。颯くんは力の放出具合をコントロールすることにも長けていて、もちろん祓うこともできますから、およそ適任といったところでしょう。

 私はそもそも祓いの技術は練習中ですし、力のコントロールもまだまだです。ご一緒して勉強させて貰えたらとは思いますが、今回ばかりはついて行っても本格的に足手まといになりそうです。

 マグカップは流しで洗って、紙カップはまとめて可燃物へ。そう言えば私がまだ実家にいた頃、少しだけ火が怖いなと感じた時期がありました。自分の体がほどけてしまうので、よく燃えそう、なんて思っていたのです。


「そうでした。先生、私の実家のの事なんですけれど」

「あぁ例の、ほどけてしまう怪異」

「はい。ああ言った事例というのは、やはり良くあるものなのでしょうか?」


 公園でお話した蔓巻さんのことを思い出して、なんとなく水を向けてみると、先生はにこにこと嬉しそうに顔をあげました。


「古今東西、呪いというものは多岐に渡って人の歴史や生活に影を刻んできたものだけれどね、呪のかかった家系というのもわりとポピュラーな話だよねぇ。例えば同じ病気を発症して早くに亡くなるとか、同じ箇所を怪我しやすいとか、そういうのは大概、生活習慣や遺伝子の話だからまた畑違いになるんだけど。梅小路さんみたいな例もいくつか見てきたかな」

「そ、それは例えば」

「そうだねぇ、雨の日は体が透けてしまう家系とか、毎年決まった月の間だけ分身が現れる血筋とか」

「分身が?」

「そう、あれはかなり賑やかだったなぁ。僕にはポルターガイストの一種にしか見えなかったんだけどね、颯くんやそのご一家の方々にはちゃんと同じ人が二人いるのがいるんだよ」


 先生は懐かしそうに眼鏡の奥の目を細めました。懐かしがるべき事柄かはさて置き、そこへ行くと私のように指先がほどけたり、蔓巻さんのように体から植物が生えて巻き付くというのはあり得そうな話ですし、実際ある訳で、普通ではないけれど無くも無いというか。

 そう言えばそろそろ左足がほどけてくる頃合いかと思うので、また颯くんにお願いして編んで貰わなければなりませんし、でも颯くんにお願いし続けているのも、それはそれで良いのでしょうか。ちょうど今出張に出られてますし、これを機に思い切って自分でなんとか編んでみるというのは難しいでしょうか。いつまでも手を煩わせるのも……。

 気がつくと、先生の顔がとても近くにありました。


「わぁっ!」

「あはは、驚かせましたね」


 真正面から目にする勧修寺先生の顔は大変お綺麗なのですが、いかんせん距離が近すぎますし、タイミングが唐突過ぎます。それに、満面の笑みとでも言いましょうか、ワクワクしている時の先生の口角の上がり具合には少しだけ恐怖感が募ってしまうのは経験からくるもの、でしょうか。


「梅小路さんは反応が素直で面白いねぇ」

「かっ、揶揄わないでください!」


 先生が喜ぶとき、それはだいたい、あまり宜しくない事態のことが多いのだと私も理解出来てきました。だから、先生が嬉しそうになるのに反比例して、颯くんの機嫌バロメータが下降線をたどるのは日常なのです。今日は颯くんが居ませんが、もし居たら、きっと今頃深いため息を吐いていることでしょう。


「まぁ何にせよ、なにか気になることがあったら僕でも颯くんでも、いつでも相談するんだよ。何しろ呪だからね、資料にもなる!」

「……ありがとうございます」


 出かかったため息を飲み込んでから、資料という単語から浮かぶモヤモヤをかき消す勢いで、テーブルの上を台布巾で拭いました。

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