烏丸颯―2

 画像データが自力でPCに侵入する、なんて事あってたまるかと言い切れないのがこの界隈の怖いところで。例えば世界中で流行り続けているコンピューターウイルスなんかにはよくある話。それ相応のプログラムを組める人物の手にかかれば、他人のPCに潜り込むことなんて容易いもの、らしい。


「PCの中に身に覚えのないもんがダウンロードされてないか、見た方がいいんじゃないか?」


 思いついて口にした忠告に、しかし先生は首を横に振った。まるで子供がイヤイヤするような、ゆるゆると腑抜けた、緊迫感のない振り方だ。


「仮にも合同庁舎のネットワークだよ? 幾多のサイバー攻撃を返り討ちにしてきた強靭なネットワークにそう易々と侵入できてたら、霞が関のサーバにとっては重大すぎる脅威だ」

「それでは……これが人為的なものではないとしたら」


 梅小路翠子の呟きを耳に入れつつ自分のPC画面を確認すると、いつの間にかモニタにはさっきまで見ていたのと同じ画像が表示されていた。


「おい、これ!」

「……同じ画像ですね。先生、颯くんのパソコンも弄りましたか?」

「いや、怒られるからしてないね」

「だからって他のPCにやらかすんじゃねぇよ」

「あっ、先生のパソコンも同じのになってます!」


 先生の悪行はともかく、これでこの部屋の全てのPCのデスクトップが差し代わったことになる。マズい予感がする。

 その時、廊下をパタパタと走る足音がして、その音の主が誰であるか、ここに居る三人の脳裏にはたぶん同時に思い当たる人物がいる。庁舎の廊下を草履で走るのなんて、そう何人もいてたまるか。近づいてきた勢いのままに扉が開かれ、暗色の着物を着た女が駆けこんで来る。


「この部屋のネットワーク接続を遮断しろ!」

「不躾にどうしたんです、胡桃沢さん」

「ここのPCから庁舎内のあらゆるPCに、画像が転送され続けている」


 どこか眠そうな声の先生に被せるように胡桃沢さんが付け加えると、さすがに泡食った先生が目の前のPCに飛びついた。慌ててネットワーク接続を切断するものの、胡桃沢さんによれば庁舎内の何台ものPCにあの画像が転送され、ひとりでにデスクトップ画面へとなり替わっているらしい。

 胡桃沢さんはつかつかと先生に詰め寄ると、特大の溜息を吐いた。


「まぁたお前か、勧修寺」

「確かに、僕はあの画像を拾ってきた。そう、拾ってきただけなんだよ。いや、今となってはそれすらも危ういんだけど」

「……また訳のわからないことをぐだぐたと」


 先生に手を焼く気持ちは俺も強く同意する。それでも、対怪異となれば話は別なのだ。


「待ってくれ、胡桃沢さん。今回は画像がひとりでにダウンロードされてきて、確かに先生はPC設定を操作はしたが……」

「設定は勧修寺が?」

「あぁ、うん。それはね、僕がした。だけどね、察するに」

「先生は黙ってろ」

「酷い言い草だねぇ」


 その時ふと、それまで何かを考え込んでいた梅小路翠子が口を開いた。小さな声だったが、俺らの耳を引き付けるには十分な内容だった。


「増殖して、拡散する動きをということでしょうか」

「……覚えた?」


 まるで独り言のつもりだった発言を拾われてか少し戸惑ったような表情をした梅小路翠子は、思い直したようにこちらを見た。


「つまり、この少女の画像は、誰かによってアップロードされた時にアップロードという行動を覚え、同じようにしてダウンロードを覚え、PC間の移動を覚え、今度は先生によってデスクトップ画像に自分を設定することを覚えた」

「……なるほど」


 胡桃沢さんのスマホから呼び出し音がして、それを耳に当てた彼女が振り返る。


「まずいぞ、増え続けている! このままじゃ霞ヶ関中に飛び火するのも時間の問題だ。でもまさか、霞ヶ関のネットワークを全部落とすわけにも……」

「そうだね。そういうことなら……ここ自体を囲ってしまう、というのはどうだろうか」

「囲う?」

「うん、例えば結界。本来は外からの干渉を受け難くする為のものだけど、その逆もできるんじゃないかな。言うなれば、ほら、檻みたいな?」

「うぇ……無責任に提案しやがって……」


 干渉禁止を外からでなく内から行う。そうする事によってこれ以上の飛び火を防ぎ、被害をこの建物だけで食い止めようと言うのだ。 理屈は解る。解るが。かなりの労力がある上に成功するかどうかも怪しい。何しろそんな大掛かりな結界は張ったことがない。恐らく一人じゃ無理だ。が、しかし。他に手があるのかと言えば言葉に詰まるわけで。


「……しゃあねぇ、やるか」

「えっと、何を、ですか?」

「決まってんだろ、中央合同第一庁舎この建物に、結界を張る」


 自分のデスクの引き出しから結界用のふだの束を取り出すと、館内の見取り図を頭の中に思い描いて五芒星を配置する。一人足りないけど、そこは俺が足でカバーする、しかない。


「先生は本館の東、五号館との間に。悪いけど胡桃沢さんは本館西に頼む。アンタは本館と北別館の間で」


 三人それぞれに結界札を手渡して指示を出すと、机の中にしまってあった予備の鈴を掴んでから、本館南西方向を目指して部屋を飛び出した。

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