勧修寺双樹―2

「それで、ふたりとも僕に何か隠してないかな?」


 水を向けてみれば分かりやすく動揺するのは颯くんで、スープを掬うのに使っていたスプーンを咥えたまま、ピシリと動きを止める。梅小路さんはなかなかのポーカーフェイスだけど、横目で颯くんの動揺を見て取るや否やモードが切り替わったように表情を変えた。彼女、なかなかの策士になるかも知れないなぁと僕は少し末恐ろしく思ったりもする。胡桃沢巴に、あまり色々と伝授し過ぎないように伝えた方が良いのかも知れない。


「なぁ先生、あの画像は何処から持って来たか覚えてるか?」


 スプーンを握りしめたまま颯くんが言って、僕は断片的に受け止めた言葉に対して首をかしげる。


「あの画像って?」

「デスクトップの画像ですよ。先生が設定された」

「勝手にな」

「まぁ、そうですね」


 呪いの画像とされる物を颯くんや梅小路さんのデスクトップ画面の画像と差し替えるのは何度かしている訳だけど、直近のは果たしてどこから拾って来たのだったかと思考する。確か、ありがちなネットの掲示板だったか。自分のPCのお気に入りメニューの巡回ルートを思い浮かべてみた。いや、もしかしたらSNSだったかも知れないし、雑誌か何かのメールマガジン的なものかも分からない。


「そんじゃほとんど出所不明かよ」

「古今東西、出自のはっきりした呪いの画像の方が稀だとは思うけど、あれがどうかしたのかい?」


 二人が少し困ったように顔を見合わせるのが見えて早速ワクワクしてしまう。僕には見えない何か、僕の感知できない何かを、彼らが嗅ぎ取ったのだ。

 立ち上がって梅小路さんのデスクに近寄る。覗き込んだパソコンには確かに見覚えのある竹藪に佇む日本人形の後姿の写真で、一度は「本物の呪いの画像ではない」とされたこれがったのだとすると、例えば性質が変化をしたのか、だとしたらどこでその過程を経たのか。変化には原因となる何らかの要因があったのか、それとも時間の経過を経て発生するパターンなのか。その辺りが俄然気になってくる。あと、出来ればやっぱり出所は知りたいし、どういった呪がかけてあるのか、及ぼす影響は何か、その範囲は如何程か、それからそれから。


「……せい……おい、先生」

「あ、呼んだかい颯くん」

「着物の柄で蝶ってのは」

「蝶の柄だと、卵、幼虫、さなぎを経て美しい蝶へと変化することからお宮参りや成人の時の振袖に使用される一方で、ふらふらとどちら着かずに飛ぶ様から浮気を意味することもあるかな。でも空高く飛ぶ姿から立身出世なんてのもあって、お武家さんの家なんかでは好まれたとか。まぁしかし、今回の場合は有り体に言えばだねぇ」


 僕には暗くてよく見えない画像だけれど、どうやらこの人形は蝶の模様の着物を身に纏っているらしい。黄泉の遣いの市松人形。雰囲気あるけれど、ということは、元は武家の人形という線はないだろうか。


「せめて写真の撮られた地方が特定出来ればね。合成画像だとしても、元になった人形はあるのだろうし、ぜひ拝んでみたいものだ」

「……人形?」


 颯くんが眉根を寄せて小首を傾げ、梅小路さんがよろよろと立ち上がった。ずいぶんと息の合った反応をするじゃないか。いつの間にそんなに意気投合を? と嬉しくなってしまう上に、また何か僕の感知できない部分でこの子たちのアンテナが同じものを探り当てているのだと嫉妬が芽生えないでもない。見たいなぁ、それ。いつか自分の目で。こんな時、やっぱりどうしても一抹の寂しさを感じてしまう。まぁ、すぐにその倍以上の嬉しさが湧き上がってしまうのだけど。


「先生にはこれ、人形に見えるんですか?」

「うんまぁいわゆる市松人形だよね。あ、市松人形っていうのにも諸説あるんだけどね、そもそも市松人形と言うのは江戸時代に」

「待て待て、そこじゃねぇよ」


 画面から顔を上げれば、二人の目線がまっすぐに自分に向いていることを知る。これはいよいよ只ならない事態か。


「教えてくれるかい? 君たちにこの画像がどんなふうに見えるのかを!」


 思わず指を鳴らして聞けば、颯くんも梅小路さんも眉尻を下げるのだからやっぱり面白い子達で、僕は本当に果報者なのだと思った。

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