祓う―2
「つまりは、一種のアレルギーと、それから光触媒皮膚炎だね」
不意に勧修寺先生が声をあげました。やけにハキハキとしたよく通る声です。そちらに目を向ければ先生の頬は紅潮し、瞳は爛々と輝いています。あぁ、スイッチが入ってしまったようです。勧修寺先生の好奇心スイッチ、殊に怪異に関する分野については、ほかよりも熱の入り方が違います。
「問題はそこからなのだよ。ねぇ、颯くんにも見えていたんだよね!」
颯くんは大きなため息をひとつこぼしてから、うう、と唸りました。とても苦々しい表情をしています。どうやら肯定の返事だったようです。
「俺が見たのもだいたいそんなもんだけど、その前に。その光なんとかってやつは、何だよ」
「光触媒皮膚炎はね、要するに光を媒介した酷い皮膚炎、かなぁ。精油はつまりオイルだからね。サンオイルなんて物があるように、日焼けなどのダメージを引き起こす。それと、オイルそのものに被れてしまうとか……あ、ねぇ、加座間さんがお庭へ出る時には日傘をさしていなかった?」
「……奥様は日傘を愛用されていました」
いま、柳井さんは過去形で話された、と何となく思います。柳井さんにとっては、依頼主の加座間婦人はもう回復する見込みがないという認識なのでしょうか。それとも、回復を望んでいないという事でしょうか。枕元の処方薬の袋を見る限りは、甲斐甲斐しくお世話をしているように見えるのですが。
「そうだよね。玄関に傘立てに入れられてない傘が置いてあったから。日傘は普通、傘立てには入れないものだ」
「相変わらず抜け目がねぇな」
立板に水の如くの先生の口調が、颯くんの合いの手を受けたように加速していきます。比例して声と身振りも大きくなり、颯くんが「しまった」というような顔をしました。私も段々と理解できてきましたが、先生がこの目付きになってしまうと少し大変なのです。勢いに歯止めが効かないと言いますか。自分の指の時にもずいぶんと熱心な勢いのある方だと思ってはいましたが、颯くんは毎回この調子を目の当たりにしているのだなと、改めて苦労が偲ばれます。
「恐らくは元から紫外線にも弱かったところ、皮膚に精油を塗布することによって広範囲に軽度の火傷を負ったような状態になったんだ。
この部屋は庭に面してるし、おまけに雪見障子だし、長らく臥せっているにしてはビタミンD欠乏由来のくる病の症状もなさそうだから日光浴も足りていそうだ。
さて、皮膚炎が起きている所に精油を擦り込むとどうなるか。
傷んだ皮膚は経皮吸収率も高いから、塗られた精油が通常よりも多く吸収されることなる。それにより神経作用や全身的なアレルギーを促進し、加えて、壊れた皮膚組織に浸透した精油の成分が、感作といって新たなアレルギーを獲得してしまうこともある。つまりはそういった負のサイクルが加座間さんの体を蝕み続けている状態が今なんだね」
そこまで一気に言い切ると、勧修寺先生は「ハウッ……」と唸りながらしゃがみ込みました。驚いて手を伸ばしかけると、横で颯くんが頭を振ります。
「酸欠だろ、放っときゃ治る」
「さ、酸欠……」
確かに切れ目なく説明をされてはいましたが、自分が酸欠になるほどの勢いで話し続ける人というのは初めてです。
思わず絶句した私をそのままに、颯くんがポケットから取り出したもの。それは鈴でした。ストラップ部分は紫系統の組紐で編まれていて、その先に艶消しを施された銀色の丸い球がひとつ付いています。
それは
「ようやく静かになったから、始めんぞ」
「あ、はい」
事務所で軽い説明を受けてはいましたが、颯くんが祓うのを生で見るのは初めてです。私の指の時には祓えない状態と言う事でしたし、これから何が起こるのか、少しだけわくわくしてしまいます。
颯くんは、組紐部分を持って鈴を垂らすと、ゆっくりとそれを揺らし始めました。
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