一章 脱皮する人間の怪

浄化室の日常 前

 世の中にはと呼ばれる物が、実はそこかしこに数多あるのですが、皆さんはご存知でしょうか。

 例えば誰かに貰った品物。ハンカチやネクタイ、髪留めやちょっとしたアクセサリーから、近所の食堂のサービス券など。大抵は嬉しい思いと共に大切にされる事が多いと思います。贈られた人も贈った人も、何らかの温かな気持ち結ばれている場合、それは素敵な想いに包み込まれたアイテムになります。

 ではそれが、悲しい気持ちや憎しみなど、いわゆる負の感情と共に贈られた物だったとしたら。ましてやそれが、人を呪う気持ちが込められたものだったら。

 人の心は目に見えないものですが、確かながそこにはあります。


「例えば交通事故に遭った人がいたとして、そこに居合わせた人が『大丈夫、すぐに救急車が来る! 助かるよ!』という声かけをする事によって回復する確率が上がることもあれば、また逆に、無為の通行人による『あの人、脚が取れてる!』『残念だけどきっともう助からないね』という言葉が耳に届いてしまったことでその場で命を落としてしまった、なんて話もあるのだよ」


 熱弁をふるいながら部屋の中をうろうろと歩き回っていた先生は、途中で足を止めると私の方に向き直りました。背中で束になった長い髪が揺れるのが見えます。ふかふかした癖のある髪は、少しススキの穂にも似ています。

 私は了承の意味を込めてひとつ頷いて見せました。

 先生の例え話には少々過激な部分が含まれていましたが……要するに、大好きな人から貰ったお守りは確かに効果を発揮するし、逆に苦手な人から頂いてしまった物などは、そこにあるだけで監視されているような落ち着かない気分になることもあります。

 人の心と体は連動しています。そして、物に含まれる想いは、人の心のあり様に影響を及ぼすことが出来る。同じが、それを取り巻く心によってにもにもなり得る。つまりはそういう事なのです。


 さて。今現在、私の目の前にはパソコンのモニタがありまして、デスクトップにはおどろおどろしい配色の画像が映し出されているのですが。

 夜中の竹藪でしょうか。鬱蒼と茂った竹林を背景に、着物姿の小柄な人影が少し振り返ったアングルで立っています。月明かりが薄く差し込んでその輪郭を柔らかになぞる、見ようによっては幻想的ですらありますが、こちらはいわゆる「呪いの画像」と呼ばれる物となっております。


「と言うことで梅小路さん、これって本物なんだと思う?」

「うーん……難しいところ、です」

「難しいと言うと?」


 背後から身を乗り出していた先生が眉尻を下げました。

 丸い銀縁メガネの奥、切れ長の目がとてもきれいなのですが、こちらの勧修寺かんしゅうじ双樹そうじゅ先生は無類の怪異譚好きと言いますか。いつでも、不思議な現象や、普通の人の目には見えにくい存在を追い求めているのです。

 その発端については私はまだ伺ったことはありませんが、どうやらご自分では怪異や念、妖や呪物の怨念などが側なのだそうで……見えないからこそ焦がれてしまう、とかそういった心理も関係しているのかも知れません。

 私はパソコンの横に置いてあるマグカップに手を伸ばしましたが、中身はいつのまにか空っぽになっていました。

 今日は朝からキャビネットの資料整理などをしておりましたが、こちらのお部屋はとにかく本や書類が多い場所です。これをデータ化して保管することが、私こと梅小路うめこうじ翠子みどりこの目下の業務になります。

 しかし、ただスキャンして画像として保存すれば良いというものでもなくて、また、系統分けして分類するにしても知識が必要になりますので、こうして勧修寺先生による座学を拝聴したり、颯くんによる実技を学び、日々、研鑽を積んでいるところなのです。

 勤務を始めておおよそひと月。こちらの「対怪異浄化情報収集室」は、国直轄の特務機関ではありますが、こんな感じに賑やかで、わりといつでも、やる事が尽きません。

それと、名前が少し長いので、私たちは「浄化室」なんて呼んでいます。

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