第5話

 サイクロンはユーロ軍の機動兵器である。戦闘機とロボットの両形態の性能バランスに優れた傑作機として名高い。

 フランス上空を飛行中のサイクロン部隊は減速しつつ、ロボットへの変形を開始した。両翼は降下のバランスを保ちながら、腕に変形していく。サイクロン部隊はパリのコンコルド広場に着地した。広場には金色の機体のオーンナイトが待っていた。


 ロシア軍のティグは複雑な可変式を排除している。ロボットの形態は上半身のみ、下半身にあたる部分は飛行時にはホバー推進機、地上ではキャタピラに切り替わる。二脚よりも機動性には難があるにせよ、キャタピラという安定した土台の上に巨大なアームを装備している。他国のロボットに比べて、ひときわ目を引くその剛腕はシープ・ラックスを一撃で粉砕する程のパワーを有していた。

 ティグ部隊はモスクワのクレムリン近くに集結している。その中心には金色の機体のオーンナイトが手招きをしていた。


 中華人民軍の翔虎は名前の通り開発当初はロボット単体での飛行を目指していたが、すぐに頓挫した。結局背中にジェット機を連結させる事で飛行が可能となったが、空でも地上でも性能は芳しくない。だが、構造がシンプルで低コストだからこそ大量生産が可能となった。

 万里の長城の一角である八達嶺には中国武将を模したロボットが埋め尽くす様に立っている。更に後続の機体が次々と輸送されて来るのを、銀色のオーンナイトが腕組みをしながら眺めている。


 フリーダムという名前を与えられた地上戦艦はアリゾナの大地の上を、砂塵を上げ疾走する。全長100メートルの艦の浮力を得る為に地球側の兵器としては初めてイオンクラフトを導入し、時速80キロの巡航速度を持つ。目標に近づいたフリーダムはロボットへ変形する。ロボット形態時の全長は100メートルを超えるが、滑らかに立ち上がる。機体が大きければ大きい程に制御も難しくなるが、歩む姿に鈍重さは微塵も無い。アメリカの大国の威信を懸けた機体を銀色のオーンナイトが見上げている。


「この分だと到着は10分過ぎるぜ。」緑山の声には焦りが滲む。

 JFSメンバーの搭乗する豪竜はルガー総司令のメッセージにあった地点に向けて飛行している。

「ああ、正直剣竜のスペックでは厳しい。早く加勢に行ってやらないとな…」黄崎が答える。

 ラルグ・カッツ戦後のメンテナンスとチューンナップの作業は昼夜を問わず進められたが、どうしても指定の時刻には間に合わず、剣竜の残存部隊が対応にあたっている。

「彼らもベテランだ。決して無理をせずに時間稼ぎに徹するよう指示を受けている。」

 赤井は努めて冷静な口調で言いながらも、その指示が守られない事は分かっていた。少しでも敵の戦力を削ぐべく、今頃は決死の覚悟で挑んでいる事は予想がついた。

 赤井の内心を察した灰島が声を掛ける。

「赤井…残念ながらあなたの心配は当たってしまったみたい…。」

「そうだな…」青木の声も沈痛だった。

 センサー機能に優れた機体に搭乗する2人は一足早く結果を知ることとなった。

 東京湾岸の再開発地域は広く更地にされていた。指定されたその場所にオーンナイトが立っていた。

「おい、これは…」ヘッドマウントディスプレイに映し出される光景に絶句する黄崎。

 剣竜の残骸が無数に散らばっていた。どの機体も再度の合体が出来ないように両腕両脚とも完全に損壊させられていた。その中に立つ白金のオーンナイトが着陸した5体の豪竜の方を振り向く。

「待っていた。私がオーン星統一軍総司令ルガー。」レシーバーからメッセージ配信の時と同じ威厳に満ちた声が聞こえてきた。

「我がオーンナイト、ラルグ・オーが諸君らのお相手をしよう。」

 これまでのラルグシリーズと異なり、ラルグ・オーの機体は人型の形状をしていた。単に人型というだけでなく、完璧なプロポーションの最高品質の骨格フレームに最高性能の強化筋肉で構成され、優美な白金の甲冑に覆われたその姿は神々しさすら感じさせた。

「彼らの生命反応は」赤井は剣竜のパイロットの安否を尋ねる。

 青木は氷河のセンサーにより剣竜の機体をサーチする。

「大分反応が弱まっているが、生き残りは結構いるようだ。それと剣竜の破損箇所にエネルギー反応は無い。つまりは…」青木は言葉を区切った。

 黄崎がその後を続ける。「全機打撃のみで倒された。たった数分の間に。」

 JFSメンバーに重苦しい沈黙が降りる。それを破ったのは緑山だった。

「俺が行く。」緑山は疾風の歩を進める。

「緑山…」灰島が制止の言葉を掛ける前に緑山が続ける。

「5人で力を合わせても…勝てる相手ではないと思う。少しでもあいつの力を引き出させるから隙を探ってくれ。」

「分かった。」と、赤井が答えた為、他のメンバーも黙って見送らざるを得なかった。

 ラルグ・オーは剣竜の残骸の無い場所に移動して、疾風を待つ。

「ここならば戦いやすかろう。」

「ああ、感謝するぜ。」と、緑山は言った。以前ならば敵の余裕のある態度に血が昇っていたが、今は相手のその余裕を出来うる限り利用しようと思える。

 機体全てのバーニアを全開にした疾風は瞬時にラルグ・オーの前に移動して、電磁ナイフを横一閃する。首筋を狙った切先をラルグ・オーはステップバックして一重で回避する。

 追撃の手を緩めずに電磁ナイフを閃かせる疾風だが、ラルグ・オーは疾風が踏み込んだ距離を完璧に見切り、切先は決して白金の機体に届く事は無い。

 歴然とした差に力が抜けそうになりながらも懸命に攻撃を繰り出していた緑山だが、右腕のモーションフレームが動かなくなる。疾風の持つ電磁ナイフをラルグ・オーの人差し指と中指で、挟みこんでいるだけでびくともしない事に愕然とする。

 ラルグ・オーが手首を捻ると刃は半ばからへし折れた。折れたナイフを捨てた疾風の振るう拳にラルグ・オーは拳を打ち当てる。機体の右腕が呆気なく粉砕した事を緑山が認識する間もなく、ラルグ・オーのミドルキックが疾風の機体を真っ二つに切り裂いていた。

「俺達の順番だ。」と青木は言った。

 氷河は踏み出そうする紅蓮の肩を押さえて、歩みだす。雷電と岩鉄がそれに続く。

 ラルグ・オーの前に立つ3体の豪竜。岩鉄は踵からスタビライザを打ち込みショルダーキャノンを構える。雷電は機体にダイナモを稼働させロッドに帯電させる。氷河も両手をラルグ・オーに向けた。

「エレクトロンシャワー。」雷電のロッドから電撃が放たれる。

「フリーザーハンド。」氷河の手の平から冷凍ビームが発射される。

「フルオート。」岩鉄のキャノンから新型徹甲弾が連射される。

 チューンアップにより、機体出力は1.5倍に強化されている。その豪竜3体の攻撃を受けながらラルグ・オーは平然と立っている。

 ラルグ・オーは右側の雷電に右手を伸ばす仕草をする。その手から放たれた白い光線は雷電の機体を拘束する。

「こういう飛び道具もある。」ルガーは言った

 ラルグ・オーが右手を握りしめると、引力光線より、拘束された雷電の機体が潰されていく。

「こういう使い方もある。」ルガーは淡々と説明を続ける。

 ラルグ・オーは左手を上げて、引力光線を込めた指先で岩鉄の砲弾の1つを弾く。信管に一切の衝撃を与える事なく反転した砲弾は岩鉄の胴体に命中した。新型徹甲弾の威力は岩鉄を吹き飛ばした。

「解析は終わったかね。」ルガーは青木に語りかける。

 冷凍ビームを打ち続ける氷河にゆっくりと近づいていくラルグ・オー。

 赤井の網膜にラルグ・オーのデータが投影されていく。氷河から紅蓮へのデータ送信完了後、青木は「頼んだぞ。」と、呟いた。ラルグ・オーは手刀で氷河の首を切り落としてから、紅蓮の方を向く。

 緑山はコクピットのハッチをこじ開けて、外に出る。自機同様に同僚達の豪竜も無残な姿になっているのが視界に入った。残骸の中には無い紅の機体を探して見回す緑山。激しい打撃音が響く方を向くとラルグ・オーと打ち合う紅蓮の姿があった。

 紅蓮の繰り出す攻撃をラルグ・オーも見切る事はせずに受ける。紅蓮の方は一撃でも当たれば機体が損壊する攻撃を全て回避していた。

「俺よりも…疾風よりも速い。」緑山は感嘆した。

「逆だ。疾風の攻撃で回避パターンを分析出来たからこその戦い方だ。」

 青木もコクピットのハッチから抜け出しながらメットのマイクに呟く。

「おい、いける。いけるぜ。」黄崎の興奮した声がメンバーのレシーバーに届く。

 遂に紅蓮の拳がラルグ・オーの頭部にヒットするのを見ながら青木が言った。

「俺たちの出来た時間稼ぎはごく僅かだったが、無駄では無かったのさ。」

「でも、待って、あの動き…」灰島が愕然となった。「リミッターを外しているわね。」

 サーボモーターのリミッターを解除した機体の制動はパイロットの肉体にも深刻な負担を要求する。

(まだ、まだだ…)

 赤井は全身の靭帯の繊維が千切れていくのを感じながらモーションフレームを操作する。

(まだ!)

 赤井が腕を振るう度に骨が軋み、ひびが入る。紅蓮の連打が少しずつラルグ・オーを後退させていく。


 あれからどれ程の時間が経過したのか分からなかった。疑似空間には時間の概念が無いのかもしれない。

 志来は周囲を覆う次元の歪みに両手を当てながら、気を探る。物理学の知識など皆無だが、歪みでは気の流れが乱れている事は分かった。周囲を回りながら比較的気が安定している部分を見つける。

 志来はラファットの遺体に視線を向ける。この疑似空間では鋼神を召喚不能というならば、この安定した部分に飛び込みさえすれば召喚可能になるかもしれない。

(或いはそうじゃないかもしれないが…悩んでいても仕方ないか。)

 志来は次元の歪みに飛び込むのと、鋼神の召喚を同時に行った。


 ラルグ・オーの懐に入った紅蓮は胸部に両拳を押し当てる。解析データにより装甲の薄い部分は割り出してある。

「ブラストナックル!!」

 赤井の叫びに紅蓮の両腕は赤熱化する。超至近距離からの熱線照射。両機体は爆発に包まれる。

 集まったJFSメンバーは爆煙がはれるのを見守る。無傷のラルグ・オーが姿を表し、続いて現れた紅蓮の両腕は肘から先が消失していた。

「耐えきれなかったのか…」緑山は無念そうに唇を噛む。

「ああ、強化された熱線に紅蓮の照射装置の方が持たなかった。そして…」

 機体全てのサーボモーターから火花が飛び、膝をつく紅蓮。

「…あれが、リミッターを解除した代償。」言いながらうなだれる青木。

 無言になるJFSメンバーだが、機能を停止したと思われた紅蓮が動き出した事に目を見張る。

「もう、よかろう。」

 ルガーはぎこちなく立ち上がった紅蓮を見ながら言った。

「既に自爆するだけのエネルギーも残ってはいまい。これ以上は…」

 コクピット内の赤井のほぼ全身に剝離骨折と靭帯損傷が起こり、右手首と左脚に至っては別の角度に曲がっている。それでも赤井は懸命に愛機を宿敵の前に進めようとする。

「…」

 右の拳を固めるラルグ・オー。ルガーは介錯の意思を込めて拳を振るう。

「赤井―!!」JFSメンバーの悲鳴。

 紅蓮の頭部をコクピット内の赤井ごと消失させる筈だった白金の拳は黒鋼の手の平にがっしりと受け止められた。高速で飛行してきた鋼神は間一髪で紅蓮とラルグ・オーの間に割り込む事に成功した。

 紅蓮は鋼神の背中に崩れ落ちる。鋼神は紅蓮を抱えて、JFSメンバーの元へ向かう。

「今更言えた義理じゃないが…頼む」赤井は掠れてはいるが、意識はしっかりとしていた。

 鋼神が頷きながら紅蓮の機体を静かに横たえると、メンバーが頭部のコクピットに殺到する。

(ラファットの捨身の策も失敗に終わったか。)

 頭部コクピット内のルガーはラルグ・オーのカメラアイを通して、近付いてくる鋼神をまじまじと見つめた。

(だが、不謹慎な事にそれを嬉しいと思っているな…)

 鋼神はラルグ・オーの前に立った。

「あなたが、ルガーか。」

「うむ、オーン星統一軍総司令ルガー。そして我がオーンナイト、ラルグ・オー。」

 ラルグ・オーは右腕を差し出す。

「第50代新真鋼牙流継承者志来坊太郎、鋼牙の技と共にプロフェッサーアヤメより鋼神の力を授かった者の末裔だ。」

 鋼神も右腕を差し出して、手の甲を合わせる。

 正対する鋼神とラルグ・オー。JFSメンバーが見守る中、静止していた2体は不意に霞がかる。

 突き蹴りの応酬。一進一退の攻防。ルガーはおのれが如何にそれらを渇望していたか思い知らされた。脳波端末により頭脳と直結したもう1つの身体であるラルグ・オー。オーン星の科学の粋を集めた最高位の機体を思うさまに動かせる喜びが攻撃を加速させていく。

(よくいるふんぞり返ってるだけのボスとはわけが違うか。)

 ラルグ・オーの回し蹴りを腕でブロックしながら鋼神は感嘆する。流牙の技により腕の硬度を高めていなければブロックごと機体を破壊されていた。鋼神も返しの右回し蹴りを打つがしっかりと受け止められる。

(やはり天性の戦闘センスを持っているか…)

 打ち込む瞬間に闘気により機体重量を増大させる鋼牙・重爆脚。ラルグ・オーは左腕に引力光線によるバリアを瞬間的に発生させてその威力を緩和させた。タイミングが僅かでも遅れれば命取りになる高速の攻防の最中に苦も無くそれを実行していた。

 間合いを取った両機体は互いに両手を向ける。ラルグ・オーの引力光線と鋼神の荷電粒子砲がぶつかり合い中間で拮抗してスパークする。

「全くの互角だ…」緑山が唸った。

「ああ、残念ながら俺達はかなり手抜きをされていたらしい。」

 応急処置を受けた赤井は灰島に抱きかかえながら戦いを見守っている。

「それにしてもあのラルグ・オーという機体…流石オーンナイト最強というだけはあるな。」

 青木の言葉には畏怖があった。これまで数々のオーンナイトを撃破してきた鋼神を相手にここまで戦える存在はいなかった。

 今の攻撃の比較データがルガーの頭脳に流れこんでくる。出力的には鋼神の荷電粒子砲はラルグ・オーの引力光線の60%程に過ぎなかった。

(闘気が上乗せされているのか…)

 ラルグ・オーは右手の人差し指を立てる。

「戦いの最中に申し訳ないが、1つだけ質問をお願い出来るかね。」

 敵の首領の唐突な発言に驚くJFSメンバー。

「駄目というならこのまま続行しよう。」

 灰島が呆れる。「幾ら何でもそんな申し出を受ける訳が…」

 鋼神が構えを解くのを見ながら黄崎は苦笑いする。「受けるのかよ。」

「オーン星に闘気という概念は無い。だが、この地球という星においても文明が進んだ現時点では既に闘気を操る技術は廃れている筈だ。」

 ルガーは兼ねてからの疑問を投げかける。

「何故君は…君たちは来るかも分からない侵略者に備えてその技を継承してきたのだ?」

「それが、約束だからさ。」鋼神の答えはシンプルだった。


 日が沈み急速に暗くなる山道に点々と屈強な男たちの死体が倒れている。その先で当麻は男と向かい合っていた。

「鋼牙流は牙無き者達を守る鋼の牙であれ…それが掟だった筈だぞ、研蔵。」

「だからこそ、鋼牙流は甲賀忍となる必要がある。徳川が平定した世を守るためにな。」研蔵は懐から短筒を出した。

「鋼牙の者がそんなものに頼るのか。」

 当麻の指摘に研蔵は自嘲気味に笑う。「技ではお前に勝てん。だが、その消耗では鋼牙の技を維持出来るかな?」

 確かに当麻は追手との戦いで満身創痍だった。銃弾を跳ね返すだけの闘気が残っているか分からなかった。

(これが趨勢かもしれんな…)

 かつての同志が引き金を絞るのを諦観しながら眺める当麻。だが、銃弾は脇から飛び出してきたアヤメの胸に直撃した。

 想定外の事態に弾切れの短筒を捨てて山道を駆け下りていく研蔵。

 当麻もまた逃げるように言っておいたアヤメが銃弾を受けた事に驚いたが、更にその血の匂いに驚愕した。その血にいつも嗅いでいる血生臭さは一切なかった。

(油…?)

「そう、この体の大半は造り物なのです。」アヤメは弱々しく微笑んだ。

 辺りの暗さに分かり難かったが、その血ははっきりと黒かった。

「私の星では生命が衰退して、造り物で補わなければ生きられないのです。」

「あなたが遠い世界からやってきたのは分かっていましたが…何故、こんな事を…?あなたには大切な目的があったのではないですか。」

 抱きかかえたアヤメの胸には黒い染みが広がっていく。

「ええ、私の目的はあなたです。」アヤメは当麻の手を握った。

「この宇宙は広大なようでいて、生命のある惑星は限られています。今すぐでなくとも、何十年何百年先に私の星の者達がこの星の生命を奪いに来る可能性はかなり高い。」

 アヤメは当麻を祈るような視線を向けた。「あなたにそれを防いで頂きたいのです。」

「戦う…という事は…」当麻は言葉を選びながら言った。

「それはつまり…あなたの同胞と戦えという事ですか。」

「私は故郷の星を追放された裏切り者です…」アヤメは寂しげに笑った。

「他の星の命を奪って生き長らえた所で種としての限界は既に尽きている…それを皆に納得させる事が出来なかったのは科学者としての私の至らなさです。」

 アヤメは震える手で、首飾りを差し出した。「私の創った力…使い方は首飾りに記録させています。」

「元真鋼牙流は滅びました。」当麻は言った。「ならば…新真鋼牙流として…」当麻は首飾りを受け取った。

「鋼牙の技とあなたから授かった力を受け継いでいきましょう。」

 その言葉を聞いた途端にアヤメの握っていた手から力が抜けていった。


「それから…物好きな変わり者がどうにか50代も続いてきた訳だ…」

 説明を終えた鋼神はラルグ・オーを指差した。「あんたもそろそろ手抜きはやめたらどうだろう。」

 鋼神の言葉に怪訝なJFSメンバー。

「確かに…」ラルグ・オーの眼が光った。

 JFSメンバーに本部から通信が入った。

「…滅した。」高橋一佐の声は聞き取り難かった。

 メンバーはいつも冷静な指揮官が動揺している声を初めて聞いた。

「世界各国の主力機動部隊が1体ずつのオーンナイトに完膚なきまでに殲滅させられた。計4体のオーンナイトは日本に向かっている。」

 その時、轟音と共に上空に4つの飛行体が高速で飛来してくるのが見えた。白金のラルグ・オーの元に機体が金、銀のラルグ・オーが集結した。

「おい、何だ、こいつらは?」黄崎が叫んだ。

「決まっているだろう…ルガーのオーンナイトだ。」青木は額に脂汗を浮かべている。

「いや、だけど…」反論しようとして口ごもる黄崎。

「脳波端末なら遠隔操縦する事も可能だろう…つまり…」赤井は鋼神の言っていた手抜きの意味を理解した。

 ラファットは自身が志来と交戦しながらラルグ・カッツを遠隔操縦した。だが、ルガーは自分が乗り込んだメイン機と合わせて5体のラルグ・オーを同時に操縦していた。

「俺達と…何より鋼神と戦いながら、他の国の主力部隊を潰したっていうのかよ…?」黄崎が後を続けた。

 JFSメンバーの動揺をよそに鋼神はラルグ・オーが合体していく様を静かに見つめていた。

 メイン機を中心に5体のラルグ・オーは浮遊する。金色のサブ機は右腕と左腕に、銀色のサブ機は右脚と左脚に、それぞれ変形してメイン機に合体していく。合体したラルグ・オーは黄金の右腕を空へ掲げる。その手に母船から電送されてきたマスクが現れる。そのマスクはルガーの軍服の紋章にもある星々を砕くオーン星の守護神を模していた。

 ラルグ・オーにマスクを装着させてから、ルガーは鋼神に語りかける。

「これがラルグ・オーの完全体。その本気をご覧に入れよう。」

 鋼神はゆっくりと身構える。

 ラルグ・オーは両手を広げて、合体後の機体の具合を確かめるようにその場でステップを取る。巨体に合わぬ軽快なステップから一気に膝蹴りの態勢で、鋼神に飛びかかる。

 鋼牙・十文字は文字通り十字に組んだ両手に闘気を集中させて硬度を高め、合わせて機体重量を増大させる事で、如何なる攻撃も受け切る鉄壁の技だった。その鉄壁はラルグ・オーの飛び膝蹴りが当たった瞬間に吹き飛ばされた。

「アヤメが誤った、血みどろの道に進んだ我々を止めたいという気持ちは良く分かる。」と、ルガーが言った。

 ラルグ・オーはダッシュをかける。ほとんど瞬間移動に近い速さで移動して、膝をつく鋼神にアッパーを見舞う。受け切る事が不可能と判断した鋼神は機体を羽毛の如く軽くして、攻撃の方向に合わせて飛んだ。だが、衝撃を受け流す前に背後に回り込んだラルグ・オーの鉄槌を受けて、機体が地面に叩き付けられ、ボールのようにバウンドする。

「合体してパワーは上がるだろうよ。でもあの出鱈目な速さは何なんだよ。」黄崎が茫然と呟く。

「これまで5体を別々に操縦していたのだから、当然反応力は高まる。だが、これ程とは…」

 青木の声にも絶望が混じる。緑山は無言で膝をつき、灰島も俯いたままだった。

「もう…地球側にオーンナイトに対抗できるものは残っていないわ…」

「オイ、オイ…」

 赤井は辛うじて動く左手で、抱きかかえられている灰島の腕を握る。

「駄目とか無理とか俺達が判断することじゃないだろう。」

 赤井は決して視線を逸らさずに立ち上がろうとする鋼神を見守った。

「あの通りフラフラで立ち上がるのもやっと、それでもあいつは一切諦めてない。」

 志来の肉体が機体と細胞レベルで結合している以上、鋼神のダメージは肉体に直結している。常人ならば即死している衝撃にも何とか立ち上がったが、足に力が入らなかった。

 ルガーは鋼神の状態を冷静に観察していた。既に戦いを楽しむ気持ちは無く、計画の障害となる存在を屠り去るのみだった。

「そのアヤメの願い、鋼牙流継承者の意志…打ち砕いてでもその血みどろの道を進んでみせる。」

 ラルグ・オーが黄金の両手を向けて、引力光線を放った。鋼神も荷電粒子砲で迎撃するが、今度は拮抗せずに荷電粒子ビームを圧倒して、引力光線が鋼神の機体を捉えた。光線に拘束された鋼神は浮き上がり、機体に凄まじい圧力がかけられる。

「闘気も決して無尽蔵ではなかろう。技を維持出来なくなった時が最後だ。」

 ルガーの冷徹な宣告通り、一瞬でも気を抜けば機体を押し潰される引力光線の拘束に耐えながら、鋼神の脳裏に先代の言葉がよぎった。


「新真鋼牙流を継承する為の立ち合いは単なるスパーリングではない。」

 道場といっても、近代的な設備も無い殺風景な板の間。そこに久能と志来は向かい合って胡坐をかいていた。

「お前にはまだ早いかもしれないが…覚悟は出来ているか。」

 久能は剃刀のような鋭い眼差しを弟子に向けた。その視線だけで名のある武道家も震え上がったが、志来は涼しい表情でそれを受けた。

「はい、まあ~仕方ないでしょう。」あっけらかんとした口調。

 久能はそんな弟子の反応を嘆く。

「お前な…師弟が命懸けで立ち合うというのにそんな軽い調子とは…」

「イヤイヤ、お師匠様とは戦えませんと泣けば満足するんですか。」

「もっと言い方もあるだろう。師匠ごころは複雑なんだよ。」

「好き勝手言ってるな。」肩をすくめる志来。

 言い返そうとした久能は咳き込む。口元を押さえた手に付いた血を服で拭う。

「そんな顔をするな…どれだけ闘気を極めても死ぬ時は死ぬ。その為にこれを次代に継承してきたんだ。」

 胸のペンダントを示す久能はこれまで見せた事もない柔らかい笑顔を浮かべた。

「俺達は血の繋がりは無いが、魂の絆があるだろう…」


(…闘気の源は魂であり、鋼牙流の極意もそこにある。)

 突如鋼神を拘束していた引力光線が引きちぎられた。ラルグ・オーの巨体が湾まで弾き飛ばされ、盛大な水飛沫が上がる。

 ルガーは痛みを感じながら、立ち上がる。ラルグ・オーの胸の装甲が陥没していた。脳波端末でリンクされている機体の損傷は痛みとして感じる事になる。ルガーにとっては初めての痛みだった。

「おい、あの姿は?」黄崎が叫ぶ。

 鋼神は全身の筋肉が一回り増大し、重装甲化した甲冑全体に金色の龍の紋様が浮かび上がっている。

 ルガーは近付いてくる鋼神にラルグ・オーのセンサーをフル稼働させたが、強化形態に対しては解析不能だった。

「異星の勇者よ…」当麻が語りかけてくる。

 その鋼神の言葉が当麻のものだと、ルガーは直感的に判った。

「今こそアヤメとの約束を果たさせてもらう。」

 鋼神に初代の当麻から先代の久能まで、歴代の継承者の姿が重なる。そして当代の志来が「新真鋼神流最終奥義・絆龍魂(ばんりゅうこん)」と、言った。

 ラルグ・オーの前に立った鋼神を見て、ルガーはふと自身の半生を振り返った。生まれる前から最強となるべく設計されていて、最強であろうと意識した事も努力した事も無かった。

(それでも、最強に仕立て上げられていただけだとしても、為すべき事は変わらない。)

 拳を構える鋼神とラルグ・オー。肉眼では捉える事も難しい速度でありながら、JFSメンバーは何故かストップモーションのように両機体が渾身の一撃を繰り出すのが見えた。

 拳がぶつかり合い、黄金の腕を粉砕した鋼神の拳はラルグ・オーのマスクに打ち込まれた。そのまま態勢で数秒間静止した後に爆発が起こり、巨大な炎柱が立つ。


「我が国を救った英雄に惜しみない拍手をお願いします。」

 その式典には多数の政財界のお偉方とマスコミ各社が集まっていた。その壇上には笑顔のJFSメンバーが立っていた。

「もっと笑顔でいなさい。」

 1人だけ納得いかない表情の緑山に灰島が小声で言った。

「手柄を横取りする様な真似して笑えるかよ。あいつは…」

「生きているよ。」松葉杖を付いた赤井が言った。

 赤井はまだギブスは取れていないが順調に回復している。

「そう簡単に死ぬ様な玉じゃない。せめて俺達が代わりに出来るのは客寄せパンダの役どころさ。」

「各国ともラルグ・オーを倒したのは自分達とアピールしている。」青木が囁く。

「アメリカ軍の活躍を早速ハリウッドで、映画化だとさ。」黄崎が皮肉っぽく笑う。


「攫われていた人達も帰ってきてたしひと安心だねえ。」

 式典の模様を店内備え付けのテレビで見ているおかみさんが亭主に話し掛ける。

「それより、お客さんがお勘定だよ。」

「ハイハイ、すみませんね。」

 レジに向かったおかみさんは客の様子を見て驚く。

「まあ~あんた…喧嘩でもしたの?」

 志来は頭を掻いて誤魔化す。

「フラフラしてないで、働きなよ。」

 おかみさんに頭を下げて店を出る志来。

 道路を行き交う車の量はオーン星来襲前の活気を取り戻していた。志来は空を見上げる。地球軌道上にいたオーン星統一軍の母船は既に去っていた。


 ランは前回会った時と同じワンピースを来ていた。前回同様にふらりと志来の前に現れて、オーン星に帰還する事を告げた。

「君がそう決定したの?」

「あなたが幹部を皆倒してしまったんでしょう。今、決定権があるのは私。」

「しかしこのまま帰って大丈夫なのかい。」

「心配してくれるの?」ランはフッと笑う。「オーン星の主力が壊滅したんだもの。誰も文句を言えないわよ。」

「…」

「あなたが疑似空間から脱出するとは思わなかった。万一出来たとしてもルガー総司令に勝てる筈が無いと思っていた。私もアヤメに勝てなかったのよ…」

 ランは黙って志来を見つめた。

「…何か?」

「私があなたを監視してきた時料理をしたけど…」

「はい、焼きそばをご馳走さまでした。」

「あれ…調味料を間違えていた筈よ。」

「ああ~」頬を掻く志来。「塩と砂糖を間違えるという基本的なアレね。」

「分かっていたのにどうして食べたの?」

 今度は志来がランを見つめた。「それは…重要なコト…?」

「重要じゃないわよ。答えたくなければそれで良いのよ。」ムキになるラン。

「毒でなければ出されたものは黙って食べる、鋼牙流の掟でね。まあ、馬鹿だけどね。」

「…そうね。」

 ランが見せた笑顔。アヤメが当麻に初めて会った時に見せたのと同じ邪気の無い笑顔だった。

「さようなら。」

 去っていくランを無言で見送る志来。


(全て終わった…これで良かったんですね。)

 志来は青空を見上げながら、歴代継承者達に語りかける。

 それから何処へともなく歩み去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鋼神戦線 @sawaki_toshiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ