第4話

「…それでは公表しないという事ですか?」

「考えてもみたまえ。都心の間近に異星人が基地を作っていました…お偉いさんの首が何人飛んでも済まんぞ。」

 JFS基地の作戦室には高橋指揮官と赤井しかいなかった。

「皮肉なことに既にN市の住人は存在していないからこそ情報統制はし易い。後の問題は彼だな…」

「彼の口から漏れるという事はあり得ないでしょう。」

 高橋は手狭な作戦室の席の1つに腰を下ろした。頬杖をついて考え込む。

「彼は管理下においた方が良いと思うかね?」

「思いません。」

「例えば金、地位等の勧誘では…?」

「それらが目的ならこんな戦いはしていないでしょう。」

「腕ずくは?」

 赤井は肩をすくめる。

「少なくとも私の部隊はご免こうむりたいですね。オーン星軍との交戦だけで手一杯ですから。」

 高橋はため息をつく。

「交渉に使えるような身寄りは?」

「彼は孤児で先代の久能という男に引き取られたそうです。」

「…鋼神の力は先代から受け継いだと?」

「青木たちが聞いた所、連中の口ぶりから過去にも地球に来たオーン星人がいたようです。どういう経緯かは不明ですが、そのプロフェッサーアヤメというオーン星人から受け取った鋼神の力は代々新真鋼牙流の継承者に受け継がれてきたのでしょう。」

「経緯については今それ程重要ではないな。問題なのは今後だ。」

 高橋の冷徹な視線を赤井は受け止めた。


 ここしばらくは人狩り円盤の襲来も無く都内は久しぶりに活気づいていた。行き交う人々の中に志来がいた。その前に立った者がいた。

「君は…?」

 ランは質素なベージュ色のワンピースを着ていた。N市での水商売に扮していた出で立ちとは印象が大きく異なっていた。

「で、ご用件は?」

 公園内も賑わっていた。その中を志来とランは並んで歩いている。

「…」

 見た目は変わってもランの無表情な所は変わらず、志来は頭を搔く。

「君も忙しいんだろう。こんな所で油を売っている場合じゃないだろう。」

「重要な事よ…」ようやく口を開くラン。「プロフェッサーアヤメの遺したモノを確かめるのは。」

「君のご先祖様の事だね。」

 ランは立ち止まり志来に鋭い視線を向ける。

「私が制作される際に彼女のDNAが使用されただけ。彼女とは別人よ。」

 その剣幕に呆気にとられる志来。初めて見るランの感情の発露だった。

「…」

 ランは視界を横切った存在に目を向ける。視線を切らさずに見つめ続ける。

「妊婦さんだね。」志来が言った。

「そう、この星ではまだ胎児は母体で育成しているのだったわね。」

「君の星では違うのかい。」

 オーン星では特権階級はコンピュータで管理された人工受精により生み出され、胎児は保育器の中で育成される。

 志来はN市でのグローズとランのやり取りを思い出した。

「そうか、彼は…」

 ランは公園の中央にある噴水までゆっくりと歩いていく。

「自然妊娠で生まれた者はそれだけで差別の対象となる。だからこそ成り上がる為に必死だった。そのガムシャラさは嫌いではなかったわよ…彼の方は私を嫌っていたけどね。」

「エリートの優越感かい?しかし…」志来はランの傍に立ち、その頬をつつく。「微塵も幸せそうに見えないね。」

 ランは自嘲気味に笑った。「裏切り者のDNAを持っている者はあまり幸せではないわね。」淡々とした口調には僅かに疲れ滲んでいた。

「裏切り者ね…自分の星の人々が暴走するのを止めようとしただけだろう?」

「同じ事よ。自分の星が滅びようとしているのに理想論を振りかざしても言っても意味が無いわ。」

「他の星の命を継ぎ接ぎして生きる事に意味があるのかい。」

「…」ランは黙ったまま噴水に視線を落とす。

「人工受精で生まれて、他の星の人々の臓器を移植して、それでも足りずにサイバー化までして…生きる事に意味があるのかい。」

「私たちオーン星人の種としての寿命はとうに尽きているわ。」ランは目を閉じた。「あなたの言う通り一時的な延命に過ぎない。」

「だったら止めたらいいだろう。」

「アヤメは優れた頭脳を持っていた。例え裏切り者だったとしてもそのDNAには高い価値がある。私はその為に生み出されたわ。」

 ランは噴水の反対側を歩く家族連れを眺める。

「用済みとされない為に求められる役割を懸命に果たすしかなかった。嫉妬と嫌悪から私を陥れようとした人々は沢山いて、そんな彼らを排除する為に手段は選ばなかった。」

 ランは志来に視線を向ける。「人から見れば惨めな生き方かもしれないけど、それでも私は生き続ける事を選んだわ。だから私は私の星が生き続ける為に他の星の命を奪う事を選択しても仕方ないと思ってる。」

「君はアヤメとは違うんだね。」

「ええ、私はアヤメとは違うのよ。」

 睨み付けるラン。その刺々しい視線を受けても志来の飄々とした表情は変わらない。ランは諦めたように息をつく。

「…あなたは何なの?」

「え、俺が何か?」

「亜空間に待機する鋼神を召喚装置。」志来の胸元のペンダントを示すラン。「どうしてあなたが持っているの?」

「ん、先代から受け取ったんだけどさ。何か空から攻めて来たらこれで戦えと。」

「その召喚装置が鋼牙流とかいうレガシーな技術の継承者に受け継がれていた事は分かってるわ。あなたは何故そんなものを継いだの?」

「俺は孤児でね。賭けファイトで金を稼いでたんだ。」

 当時の志来に真っ当なジムや道場に行く余裕などある訳もなく、人のいなくなった夜の公園の木をサンドバッグ代わりにしていた。

「拳の鍛え方がなってないな。」妖刀のような雰囲気を持つ男はそう志来に声を掛けてきた。「教えてやろうか?拳を鋼にする技を。」新真鋼牙流先代の久能はそう続けた。

「まあ~今思えばその時ついていったのが運の尽きかな。まさか俺の代で本当に来るとはね。」

「アヤメは選択を誤ったようね。」黙って話を聞いていたランが口を開いた。

「彼女が何を思って鋼牙流の継承者に鋼神を託したかは今となっては分からない。でも結局無意味だったわね。あなたではルガー総司令には勝てない。」

「総司令…?」

「遺伝子操作とサイバネティクスの最高傑作であり、数多くの星々の強者を倒してきたオーン星最高の戦士…」

「へぇ~」志来は目を輝かせて興味深く頷いた。

 その反応に呆れ顔のランはその場を立ち去ろうとして、くるりと振り向く。

「あら、まだダメ出しし足りないの?」

 ランは迷っているような表情を見せた。意を決して口を開こうとした時、志来の背後に視線をやってから今度こそ立ち去っていく。

 志来が振り返るとJFSメンバー4人が足早にこちらに向かって来ていた。先頭の緑山がランを追おうとするのを引き留める志来。

「何故邪魔する?まさか連中に付いた訳でもあるまい。」

「平和な昼下がりを地獄にするつもりかい。大人しく捕まる訳が無いだろ。」

 ランの後ろ姿が人混みに消えていくのを見て唇を噛む緑山。

「彼女と何を話していたのかね。」青木が質問する。

「世間話を少々。」

 その回答に青木は観察するように見つめる。

 志来は手を振った。「本当ですよ。」

 場が変な空気になったのを黄崎がとりなす。「誤解を生むような行動をするなよ。連中の幹部と話してれば勘ぐられるだろう。」

「そりゃあ公務員なら咎められても仕方がないでしょうが、あたしゃ税金から給料頂いてる訳ではないですし。」

 ふくれっ面をした志来の胸倉を掴む緑山。「そんな事を言っている場合か」

 揺さぶられる志来。「イタタ…」

 青木は緑山を引き離し「協力に対して対価が必要なら条件を言いたまえ。」と言った。

 気まずそうな顔の志来。「いや、別にそういうつもりじゃないんですがね…」

「お前さんは鋼牙の技と鋼神の力があれば助けなど要らないと思っているんだろう。」黄崎は何時になく真剣な口調だった。「でもな、連中に対抗するにはそれだけじゃ駄目なんだ。」

「別にそこまで自惚れてる訳じゃないんです。ただ、うちの流派は代々ろくでなしばかりでして…」苦笑いした志来はその場を去ろうとする。

「待って。」呼び止める灰島。

「虹村さんに聞いたわ。貴方達鋼牙流の継承者は戦乱の中、その鋼の牙で、弱き人々を守り続けたと。」

「昔の話ですよ…」困惑した表情の志来。

「今も戦い続けているでしょう…」

 説得を続けようとする灰島は肩を叩かれる。振り向くと赤井が立っていた。

「こんな所で油を売っている場合か。出動だ。」

 灰島は腕の端末を見た。「2か所に来襲しているわね。」

「そうだ、我々はK5地区に向かう。」

「でも、F3地区の方が人口密集地でしょう。」灰島が異を唱える。

「そちらには第12機動部隊が向かっている。」赤井はメンバーを見回した。「分かっている筈だぞ。K5地区は工業地帯があるんだ。ここが破壊されたら日本の機能が停止する。」

 赤井は志来に視線を合わせる。「君はどちらに向かうつもりだ。」

「ではそのF3地区に。」答える志来。

 赤井は値踏みするように志来を見つめた。ゆっくりと語りかけるように言った。

「…どれ程の力を持っていてもだ。大局を見極める事が出来いければ負け犬でしかない。」

「ちょっと赤井。」気色ばむ灰島。

「君達鋼牙流の継承者は時代遅れのまま延命された哀れな存在でしかない。」

 赤井に食って掛かろうとした緑山は青木に制される。

 志来は黙って頷いた。他のメンバーに一礼して立ち去っていく。

 その後ろ姿を見つめているメンバーに赤井は叱咤する。「どうした。我々は税金から給料を貰ってるんだろう?」

「本日の隊長は一段とお厳しい…」

 ぼやく黄崎の肩を叩く赤井は先程の基地内での会話を思い出していた。


「誰かが言っていたな。もし宇宙人が攻めて来たら、その時こそ世界は1つにまとまるだろうと…」高橋が呟く。

「実際は地球防衛軍など絵空事という訳ですか。」赤井は言った。

「どの国も自分の国の事しか考えていない。その癖日本が鋼神を管理下においたら抜け抜けと国際協力を求めてくるだろう。」

「ならば日本政府としては鋼神に関しては知らぬ存ぜぬで通して下さい。」

 高橋はまじまじと長年の部下であり友人でもある男を見た。

「それで良いのかね。正直JFSとしても鋼神の力は心強いだろう。」

「我々が依頼心を抱けば彼の負担になるでしょう。我々自身の為にもなりません。」赤井はキッパリと答えた。


 F3地区ではオーン星統一軍に対して第12機動部隊は懸命に応戦していた。だが、人狩り円盤のシープ・ラックスには番犬が付いていた。

 剣竜の頭部コクピット内のパイロットは息を詰めてモニターを見ていた。ビルの間を俊敏に動く黒い影を捉えて、操縦レバーのボタンを押す。剣竜の両手から発射されるレーザーをひらりとかわして黒い影は急速に迫ってくる。モニター一杯に牙が閃く。

 オーン星統一軍の一般兵士の駆る犬型のゼーグ・グーベルは剣竜の頭部を噛み砕く。そのまま機体を押し倒し、脚を噛み千切る。

 もう一機のゼーグ・グーベルが部隊最後の剣竜に飛びかかっていた。咄嗟に突き出された腕に牙を立てるゼーグ・グーベル。その牙は軽合金性の装甲を容易く貫いた。その喰らいついた腕ごと剣竜を引きずり倒そうとするゼーグ・グーベルだが、腕を離して剣竜から飛び去り、荷電粒子ビームを回避する。

 剣竜からゼーグ・グーベルを引き離した鋼神は地上に降り立つ。2体のゼーグ・グーベルは鋼神の周りをゆっくりと回る。そのゆっくりとした歩みから瞬時に機体をバネのようたわめて飛びかかる。背後からの突進に跳躍する鋼神。だが、別の1体が鋼神の真横から迫る。相手の回避行動まで予測した完璧なコンビネーション。空中の鋼神が落下するより早く鋼神の首筋にゼーグ・グーベルの牙は突き刺さる筈だった。

 だが、鋼神の落下速度はその予測よりもゼロコンマ早かった。ゼーグ・グーベルの牙を掠めて落ちていく先にはもう一体のゼーグ・グーベルの機体があり、鋼神の踵がゼーグ・グーベルの頭部にめり込んでいく。闘気により瞬間的に落下速度を加速させて蹴り込む鋼牙・流星脚は機械の番犬の頭部をあっさりと粉砕する。蹴り込んだゼーグ・グーベルを踏み台に鋼神は機体を回転させ着地する。それと同時に爆発するゼーグ・グーベルの機体。

 残ったもう一機のゼーグ・グーベルも空中で機体を回転させ鋼神の方に向き直る。重心を低く身構えるも攻めあぐねる。そのゼーグ・グーベルの足元にレーザーが撃ち込まれた。剣竜の残った腕から発射された攻撃を受けて咄嗟にゼーグ・グーベルは剣竜に飛びかかる。そこに割って入る鋼神。ゼーグ・グーベルの牙は剣竜をかばった鋼神の右肩に突き刺さる。

 ゼーグ・グーベルのパイロットは歓喜した。オーン星統一軍最強の敵を自分が仕留められる。機体の顎にフルパワーを込める。だが、いかなる金属も引き裂く筈の電磁の牙は鋼神の筋肉に阻まれる。鋼牙流の技により機体強度は数倍に高められていた。鋼神の左の貫手が頭部に突き刺さったゼーグ・グーベルは顎から力が失われ崩れ落ちる。

 鋼神は地上に降り立ったままの円盤の前に立つ。これまで目にしてきた円盤よりも二回り大きかった。ゼーグ・グーベルのとの戦闘中にも飛び立つ気配もなかった。

(罠か…)

 鋼神は…志来は結合(コンバイン)を解いた。素体は異空間に格納されていく。円盤の傍を歩く志来の視線の先で円盤のハッチが開いていく。

「用意の良い事ですな…」苦笑いの志来。

 円盤内からは捕獲された人々の生体反応が感じられた。招待に応じない訳には行かない。円盤の中に足を踏み入れる志来。


 ゼーグ・ラウの姿は図鑑に載るティラノサウルスのそれに酷似していた。オーン星にも白亜紀に近い時代があり、その時代の獰猛なハンターを機動兵器のモチーフにしていた。その獰猛さをJFSメンバーは身をもって思い知らされる事になった。

 ゼーグ・ラウの尻尾に弾き飛ばされる豪竜・岩鉄。機体をビルの壁面に叩きつけられながらも懸命に尻尾を掴む。

 豪竜・雷電がロッドをゼーグ・ラウの胴体に打ち込む。1万ボルトの電撃にも一瞬動きを停止させただけで、前肢で雷電の腕を掴む。細い外観に反する膂力で、雷電の腕をねじり上げていく。モーションフレームからのリアクティブにより、自身の腕もねじられ顔をしかめる黄崎。

 ゼーグ・ラウの背後から砲撃を行う岩鉄。至近距離からの砲弾にゼーグ・ラウはぐらつく。そこへ豪竜・疾風が高速で突っ込んでくる。雷電の腕を掴んでいた前肢をナイフで切り落とす。その隙に素早くゼーグ・ラウから飛び去る3体の豪竜。

「来るぞ!」叫ぶ黄崎。

 ゼーグ・ラウの口腔より照射される2万度のブラスター。豪竜・岩鉄は懸命に回避しながらも右肩のキャノンを撃ち込む。その砲撃はゼーグ・ラウの装甲を貫く事は出来なかったが、熱線の狙いを絞らせない目的は果たせた。

 左右に分かれた雷電と疾風はジグザグに走りながらゼーグ・ラウに接近していく。ゼーグ・ラウが首を振り回して照射するブラスターは豪竜の機体を僅かに逸れて周囲の建物を溶解させる。ブラスターの連続照射時間である10秒が黄崎と緑山にとっては永遠にも感じられた。機動性に勝る豪竜・疾風が先にゼーグ・ラウの懐に飛び込み、照射直後で反応が低下したゼーグ・ラウの首筋に電磁ナイフを突き立てる。緑山は機体をフル稼働させて、電磁ナイフに力を込めるも、豪竜の中でパワーには劣る疾風がゼーグ・ラウの装甲を突き通すのは至難だった。

 そこに豪竜・雷電も飛び込んできて、ロッドをゼーグ・ラウの脇腹に叩き込んだ。ロッドから発せられる1万ボルトの電撃もゼーグ・ラウの動きを一瞬しか停止させる事は出来ないが、その一瞬が勝敗を分けた。

 緑山はグリップの感触から刃先が装甲を突き抜けた事が分かった。ナイフを根本まで首元に埋めこまれ、機体を痙攣させるゼーグ・ラウ。灰島は僚機が標的から離れたのを確認してから、機体の踵から姿勢制御用の杭を打ち込み、ショルダーキャノンを連射する。続けざまに砲撃を受けて、遂にはゼーグ・ラウの機体は爆発した。

「やれやれ、ようやく片付いたか。」黄崎は大きく息を吐く

「向こうもね。」緑山が答える。

 もう一体のゼーグ・ラウは紅蓮と氷河の間に挟まれていた。2体の豪竜の熱線と冷気を同時に受けたその機体は急速に崩れていく。ゼーグ・ラウの装甲は豪竜・紅蓮の性能限界である1万度のブラストナックルにも耐えられるが、豪竜・氷河の零下百度のフリーザーハンドをコンマの狂いも無く同時に受けてはひとたまりも無かった。

「残りは?」赤井が言った。

 灰島は岩鉄のセンサーで周囲を確認する。

「この地区のオーンナイトは一通り掃討出来たようね。」

「いや…大物がまだ残っているようだ。」青木が呟いた。

 氷河のセンサーは前回の戦闘から改良されており、ラルグシリーズのステルス機能にも辛うじて対処出来るようになっている。反応あった方を向くと上空から舞い降りてくるオーンナイトの姿があった。地上に降り立った二面四臂の機体は仏像を思わせる気品さえあった。


 円盤の入口からは一本道になっており、大広間まで続いていた。そこで待っていたオーン星人は地球の価値観から見ても美貌だと思わせた。

「ようこそプロフェッサーアヤメの遺志を継ぎし者よ。私の名前はラファット。最後の幹部メンバーだ。」

 ラファットは広間の中心に一人で立っていた。その美貌には固い決意と闘志が漲っていた。

 志来は広間の中心に向かいながら気配を探る。

「回収した連中は別のフロアに収納してある。眠らせているだけだ。」

 ラファットは志来の懸念に答える。「助けたければそうすればいい…私を倒してな。」

「シンプルで良いですな。」志来はラファットと5メートル程で対峙する。

「そうだな…」ラファットは目を閉じ、それから志来に視線を戻し「こちらも始めるとしよう。」と言った。


 双頭双身のオーンナイト、ラルグ・カッツは機体の前後に頭部と両腕を持っていた。その前後両面に構えた剣と円盾によって豪竜の攻撃を的確に捌いていく。

 JFSメンバーはラルグ・カッツの周囲を旋回しながら各々の機体に備えられた装備を駆使して攻撃の糸口を探る。

 だが、ラルグ・カッツは紅蓮の繰り出したブラストナックルを正面の盾で受けて、剣を振るう。その剣筋から発せられる衝撃波は刃となって、回避した紅蓮の背後の建物を切断する。同時に背面でもフリーザーハンドを盾で防ぎつつ剣から発した衝撃波により、氷河の右腕と右脚を切断する。

「青木、大丈夫?」灰島が言った。

 岩鉄は崩れる氷河の機体を支えながらショルダーキャノンを発射すルガー、ラルグ・カッツは音速で飛来する砲弾をことごとく切り落とした。

「埒が明かないぜ。」

 黄崎はぼやきながらも雷電の機体に装備されたダイナモをフル稼働させ、ロッドを振りかぶりながらラルグ・カッツの頭上に打ち下ろしたが、受け止めた盾の耐電機能により電撃は無力化される。ラルグ・カッツは剣を薙ぎ払い、その反撃を雷電はロッドを回転させて辛うじて捌いた。

 背面では疾風が高速で電磁ナイフを繰り出していた。首筋を狙った攻撃が盾で止められるや否やバーニアを起動させ機体を反転させた。急激な加速がコクピット内の緑山の体をきしませながらも、ラルグ・カッツの足首目掛けて電磁ナイフが閃くが、すんでの所で、剣先に弾かれる。

「あの異形の機体をあそこまで使いこなすとは…」

「幹部クラスの能力がずば抜けている事を改めて思い知らされるわ。」

 2体の豪竜の両面からの攻撃をまるで意に介さないラルグ・カッツに青木と灰島の声には畏怖が混じる。

 脳波端末による操縦であれば全ての情報は頭脳にダイレクトに送られる。機体構造が複雑であればある程パイロットには過度の負担が掛かる。その為ラルグシリーズの性能は極めて高いが、一握りの存在しか操縦出来なかった。

 右半身を損壊した氷河とその機体を支える岩鉄の横を紅蓮が進む。

「だがな、それでも倒さなきゃならんのだ…俺達だけでな。」

 赤井の声には断固たる決意があった。


 両者の蹴りが空中で交差する。着地した志来はそのまま前転して、後頭部目掛けて飛んでくるラファットの回し蹴りをやり過ごす。

 立ち上がった志来を追撃するラファットは連打を見舞う。志来はバックステップでそれを回避する。

 ラファットは左手を手刀の形のまま振り下ろす。そこから発せられる衝撃波を志来は両腕で受け止めた。

(今の攻撃は鉄も切り裂ける…)

 闘気を一点集中する事で硬度を増幅させたが、それでも両腕に痺れを感じる志来。

(単にサイバー化しているというだけではない、この男の技量があればこその切れ味か。)

「鋼牙流というのは逃げ回るのが専門なのか。」

 ラファットはゆっくりと近付いてくる。

(この男の実力はこれまでの幹部より抜きん出ている。)

 志来とラファットの間合いが限界まで縮まる。

「逃げ足にも自信はあるがね。」志来はその場から動こうとせずに「だが、これ以上は一歩も下がらないよ。」と答えた。

 無言でラファットがもう一歩踏み込むのと同時に両者は攻撃を繰り出した。


「赤井ー!!」灰島の悲鳴。

 紅蓮の頭部にラルグ・カッツの剣先が食い込んでいた。その剣先は赤井の搭乗するコクピットの天井を突き破っている。紅蓮の両手の平が剣の中ほどを挟んでそれ以上の進行を阻んでいた。

(速く正確だからこそ、予測は立てやすい。)

 敢えて頭上に隙を作った。そこにすかさず剣が走る。予測していたとはいえ受け止められたのは運の要素が大きかった。

(それでも掴み取れれば御の字だ。)

 ラルグ・カッツは盾を捨て両腕で剣を押し切るべく機体の出力を上げる。だが、紅蓮も両手を赤熱化して、剣をしっかりとホールドした。

「灰島撃て!」赤井が叫ぶ。

 背面は雷電が懸命に食い止め、正面では紅蓮が受け止めている。ラルグ・カッツは動きを封じられる形となっている。

 岩鉄は踵から姿勢制御用の杭を打ち込み機体を安定させて、ショルダーキャノンを構える。後は搭乗する灰島の音声コードで砲弾が連射される。

「フルバー…」灰島は声が出なかった。

 幹部クラスを討つにはメンバーの犠牲もやむを得ない。覚悟していたが、いざとなるとどうしても出来なかった。

「灰島、あんたじゃ無理だ。」緑山が呟く。

 疾風が電磁ナイフを逆手に持ち返る。機体の全バーニアを起動させ、疾風は両面に立つ豪竜に躊躇する事なくラルグ・カッツに向けて走る。


 手刀に闘気を集中させる鋼牙・三日月。その名の通りの軌跡を描いてラファットの手刀と交差する。ラファットの左腕を切断して、左肩を割る。軽く強固なセラミック製の骨格を寸断して、胸を切り裂いていく。床にオイル混じりの黒い血が滴り落ちる。

 手刀が心臓の直前に来た所で、志来は本能的に飛び去った。だが、着地した志来の背後の風景が歪んでいく。崩れ落ちたラファットを中心として、歪みに包まれていく。

(これは…?)

「次元…の歪みだ。」ラファットが膝をつきながら言った。

 2人の周囲を歪みが完全に覆った。ラファットは黒い血に塗れた指先で、志来の胸元を指す。

「この疑似空間ではその発信機の次元振動波で、素体を召喚することは出来ない。」

「やはり罠か。」志来の表情に驚きは無かった。

 ラファットは仰向けに倒れた。首だけを志来に向ける。

「本来ならば心臓が停止したタイミングで仕掛けが発動する筈だった…貴公が止めを刺した瞬間に私共々原子分解して貰う筈だったが…」

「教えてくれたのはランだ。彼女は俺がルガーという男には勝てないと言った。」

 志来はそこで言葉を区切った。ラファットのそばに歩む寄り、しゃがむ。

「つまりあなたは捨石という事だ。」


 疾風がラルグ・カッツの機体すれすれを走り抜けた直後、赤井と黄崎のレシーバーに青木の声が響く。

「離れろ!」

 有無を言わせぬ口調に紅蓮と雷電の機体が離脱するが、ラルグ・カッツの反応は遅れた。その遅れが岩鉄のショルダーキャノンの連射を機体に受けることになった。爆発するラルグ・カッツ。

「どうやらミドリに救われたな。」赤井が言った。

「ああ、見事なものだ。」と青木。

 疾風はすれ違い様に電磁ナイフを振るった。両面に立つ僚機を巻き込む事なく、一瞬の間にラルグ・カッツの装甲の薄い首筋と膝に傷を付けた。氷河のセンサーでなければ捉えられない程の僅かな損傷がラルグ・カッツの反応を遅らせた。

「こりゃあ俺達ごとバッサリかと覚悟してたが…成長したな。」

 レシーバーから聞こえる黄崎の言葉が涙声になりかけている事にため息をつく緑山。

「よしてくれよ、味方の被害は出来る限り減らすのは当然だろう…」緑山は妹の笑顔を思い出していた。「任務に私情を挟まないのは…」

「そう、当然だけどとても大切なことよ。ありがとう。」灰島の声にも安堵の響きがあった。

「皆、本当に良くやってくれた。」

 赤井はメンバーに労いの言葉を掛けながらも考えていた。

(何だ…この胸騒ぎは。)


「脳波端末で、オーンナイトを遠隔操作しつつ、俺と戦っていた訳だ。手の込んだ陽動だな。」

「何者も我らの総司令には勝てん。だが、不確定要素はなるべく取り除いておく必要はある。どんな汚い手を使ってもな。」

「戦いに綺麗も汚いも無い。」にべもない志来。「俺が残念なのは半分陽動にかまけていて、本気のあなたと戦えなかった事だ。」

 心底残念がっている志来を見て、唇だけで笑うラファット。

「私は本気で、全身全霊を掛けて戦った。貴公ともJFSのチームともな。それで勝てなかったのは…実力だ…」

 上げていたラファットの頭が静かに床につく。

(ラン、良い仕事をしてくれた。礼を言う。)

 ランはラファットの体に次元断層装置を埋め込むのに難色を示していたが、妹の事を伝えると、観念したように、手術を行った。

 ラファットの妹はサイバー化不適合者だった。衰弱しきった体を生き長らえさせる為には地球の同世代の娘の臓器を移植するのが最後の可能性だった。

(結局、妹は助からなかった…強制的にドナーにされた娘にも詫びる資格すら無いか…)

 オーン星にも死後の世界の概念はある。ラファットは彼女たちが天国に行く事を願った。自身は地獄に落ちるとしてもまるで悔いはない。

「この星からすれば全く身勝手な話だろうが…」掠れるような声を絞りだすラファットは「貴公や…JFSのような戦士と戦えて満足だっ…」そこで言葉が途切れる。

 志来は息絶えたラファットの目を閉じてやった。


 遺棄された円盤内に捕らえられた人々は全員救出された。第12機動部隊の生き残ったパイロットは志来が円盤に入っていった事を証言したが、船内には一切の痕跡が無かった。

 それから数日して、世界各国の通信網にメッセージが伝えられた。

「私はオーン星統一軍総司令ルガー。」

 翻訳機を通して各国の言語に変換されていたが、どの国の人々もその声に込められた威厳に畏怖を感じた。

「諸君らの懸命な抵抗に敬意を表したい。私が直々に前線に立つ。諸君らが勝てば、我らオーン星統一軍は地球から撤退しよう。」

 その言葉に驕りや噓偽りは微塵も無く、ただ絶対の自信だけがあった。

「決着をつけよう。」メッセージはそう締めくくられた。

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