価値の切れ目が縁の切れ目



「はぁ…………」

 サッカー部が居ない方のチームでやらされた。厳密には居たのだが絶対数が足りない。支倉が居たら同数になったと思うけれど、それもこれもアイツが斜め読みしたせいだ。とても酷い仕打ちを受けていたけれど、何とか立て直して契約破棄まで行けたのなら素直に祝福しよう。立て直すも何もあんな仕打ちを受けたら従順になるしかないと思うが。

 幸い、体育は四時限目で昼休みに直結している。帰った者から昼食に移行出来る速度勝負だ。購買を当てにしている人なら文字通りの争奪戦となるだろう。俺は気にしない。彩夏さん特製弁当があるから。ゆっくり階段を上って帰っていると、先に教室へ戻っていた女子だらけの教室から抜けるように詠奈が飛び出してきて、俺の肩を掴んだ。

「景夜君。丁度いい所に来たわね。一緒にお弁当を食べましょう」

「あ、は、うん。いいけど……まだ着替えてなくてさ。ちょっと待っててくれるとって―――」

 手には俺の制服が詰め込まれた体操袋が提げられている。確かに持ってきてくれるなら手間は省けるがそれはどうなのか。考える暇もなく強制的に屋上まで連れて行かれた。

「ちょちょちょ! それが友達のする事かよ!」

「お友達とのお喋りをしたいが為に学校へ通って授業を受けているという子も居るわ。先生に駄目と言われても友達が居るという理由で進学先を選ぶみたいにね。だから、いいの」

 良くないの! 

 屋上は詠奈に買い取られているのでこの一帯に踏み込む事が不法侵入となる。よって万が一にも邪魔される事はない。一応学校が公共物という事を配慮してか自分が使っていない時は自由にしていいと言ってあるらしいが……この細かさは何だろう。

 屋上に着いた。詠奈は手を離すと上空に待機していたドローンからパソコンを受け取っている。見られるのは恥ずかしいのでその間に着替え終わらせると、少し残念そうな顔が一瞥の為に向けられていた。

「ごめんなさいね景夜君。本当はもっと自然にお誘いしたかったのだけど、どうしてもと一緒に見たい映像があってつい」

「見たい映像?」

 塗装の禿げたベンチに腰掛けると、詠奈に身を寄せるように近づいてパソコンの画面を覗き込む。暫くは特別不思議な事などない画面だったが彼女がアプリを起動させた瞬間に画面が支配され、カメラに切り替わる。


 彩夏さんがニコニコ笑顔で手を振っていた。


『はーい! 詠奈様、今日もお変わりなく。あれ? この挨拶っていつするんでしたっけ?』


「彩夏さん!? いやいや詠奈、これはちょっと話が違うぞ。俺は学校に居る間友達っぽく振舞って欲しいって言ったのはお前じゃないか。これはもう―――」

「支倉の事が気になるんじゃないの?」

「……」

 気にならないと言えば嘘になる。

 情をかけてやる程の間柄でもないが、あんな目に遭ってもまだ留まろうとしているのかそれとも逃げ出そうとしているのか。いずれにせよ行動は早い方が良い。命あっての物種だろうから。

「なる……」

「じゃあ、友達は一旦中断ね。彩夏。支倉六弥の現状は?」


『あの様子じゃ厨房に入らせても邪魔なので私からは何も。ただ、てんで駄目みたいですねー。あまり使えないって声を聞きます。やっぱりお仕置きがきつすぎたんじゃないでしょうか』


「その尺度を決めるのは私だから。今は何処に居るのかしら」


『部屋で引き籠っちゃってますよ。外に出たくないこんなはずじゃなかったってずっとぶつぶつ呟いてます。あ、今部屋にある盗聴器の音声繋ぎますねー!』


 しれっと恐ろしい言葉が並んだものの屋敷に住む限り人権はない。聞かれて困る会話をしている方が悪いのだが、話を聞いている限り大分焦燥しているみたいなので少し可哀想でもあった。繋がれた音声からはメイドへの恐怖と俺に対する悪口(主に扱いが違い過ぎる事について)、そして詠奈に対する下心が敵意となって漏れ出していた。

 買われたら恋人になれるかあわよくば身体を許してもらえると思ってたとか、顔色一つ変えずに危害を加えてくるメイドが怖いとか、何で景夜アイツは上手くやっていけてるのか、とか。元々独り言を言う様な性格ではないだろうから余程追い詰められている。

「…………ちょっと惨めだな。そろそろ解放してやってもとは言わないけど、こんなに辛そうなんだ。その内逃げ出すんじゃないか?」

「逃げ出す? 何処へ?」

「何処へって。詠奈、俺じゃないんだからさ。アイツにも帰る場所が元々あるだろ。確か好きな人の所に泊まるって連絡してたみたいだし、最初そのつもりだったなら帰ったって不思議じゃないだろ」

「…………ああ。そう言えば君には言っていなかったわね。彩夏、査定の結果は?」





『はい! 八束さんの報告によると無事に売却されたようですよ? 金額はちょっと聞いていませんけど、住居の方も新規入居者が決まったみたいで詠奈様が丁度体育を受けていらっしゃる時には家具の運び出しも完了しました!』






「そう。なら良いわ。最近は土地の値段も高騰しているからそれなりのお金にはなったでしょう」

「お前、まさか支倉の家を売ったのか?」

「ええ。土地を買ってその上に一軒家を建てていたものだから少し手間取ったわ。彼の家族には売却分の金額に色を付けた上で用意したから、新天地でも上手くやっていけるでしょう」

「いや、奪った訳じゃないからセーフみたいな話をしたいんじゃなくて! 即刻退去即刻買収なんて向こうが頷けるのかッ?」



『うーん。お国からの命令は普通の人は逆らいませんよね~。逆らっても強制執行ですし、手を出せば公務執行妨害になるんじゃないですか? 私も刑法には詳しくないですけど、多分裁判したら有罪ですよ! 世の中って非情ですね、権力にはゴマを擦るのが基本なんて!』



 思わず言葉を失った。詠奈の権力は知っていたがそこまで影響が及ぶのは想定外だったのだ。つまりあの晩八束さんが出かけたのは彼の帰る場所を奪う為で―――学校へ行っている内に、そして支倉が屋敷でシゴかれている内にそれは終了した。逃げようにも逃げられない。何故なら帰る場所がないから。

「―――いや。待ってくれ。それに応じたとしても息子にその事を伝えていないみたいな話は出なかったのか?俺と違って毒親じゃないなら出ると思うんだが」

「それについては、八束に説明するよう伝えてあったわ。支倉六弥は五千万で自らを売ったと。彩夏、それについてはどうなったのかしら」


『はい! 八束さんの報告をそのまま伝えますね! 国から財産を没収されて気が動転していたのか、それ以上は突っ込まないで引き下がった、との事です。不思議ですよねー。ドラマでは十億払っても子供を取り返したい人が居るのに、現実はたった五千万で引き下がってしまうなんて』


「税金は高いから仕方ないわ。渡したお金は有効に使えばまた生活を立て直せるのに、支倉六弥なんかに使ってしまえば厳しくなるもの」

 口の端に引っかかるような微笑みを隠しきれない詠奈と、相変わらず元気いっぱいな笑顔で「そういうものなんですねー!」なんて呑気に笑う彩夏さん。最初から―――厳密には昨日の夜までは残されていた道が今はもう閉ざされている。お金を持って逃げたとしても帰る家がないのだ。

 勿論貰ったお金を使ってひたすら遠くに逃げる事は出来る。ただそれは詠奈に有効ではないだろうし、今のアイツの価値から逆算して手持ちの五千万をそのまま使うのは契約違反になる。逃げるだけで五千万も使うかは微妙だが無茶苦茶な謝礼をちらつかせたヒッチハイクをする可能性は大いにある。

「お前、支倉をどうするつもりなんだ? 凄く邪険にしてるとは思うけどさ。そういうのはさっさと捨てた方がいいんじゃ」

「捨てる? どうして? 私が捨てるのは無価値な物と証明された場合のみよ。価値があるなら相応の待遇を。支倉六弥の人生は現状五〇〇万なんだから。その程度の人生ならあの待遇が相応だと思うけど」

「…………当ててやる。今夜にでも逃げ出すからな」

 詠奈は彩夏を労いつつパソコンを閉じると、持ってきていたお弁当箱を膝に広げて、箸を俺に差し出した。







。まだ彼は私の物よ。そんな事を赦した覚えはないわ」

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