いつまでもあると思うな付加と価値



「それ、本当か?」

「おお。先生もなんか困惑してたからマジだよ。国からの緊急命令? 無視したら校長が捕まるって聞いたらもう校長が青ざめて慌てて退学手続きを取ったって話だぞ」

「退学ってそんな即座に出来るのか? その日のバイトをサボるのとは訳が違うんだぞ。アイツが悪い事した訳でもないし」

「いや、俺に聞かれても困る。実際退学したんだからな」

「アイツ、サッカー部の主力だったし部活苦しそうだなー。今年は成績無理じゃね?」

 他人事だからと笑っていられるクラスメイトの話を聞いていて、ようやく詠奈の言いたい事が分かった。確かに俺が気にする様な事ではなかった。きっと八束さんが夜にスーツを着て外出していたのはそういう事だ。あの家に住むメイドは詠奈の手足も同然。話を通しに行ったのだろう。

 その仕打ちに異を唱える程支倉と仲良しでもないし、契約書を読まなかったアイツが悪いから自業自得だ。斜め読みじゃなくてきちんと読むべきだった。そして人権を渡すとはどういう事かを考えるべきだった。

 彼女達が価値を上げる事に必死な理由はこれだ。何も支倉だけが機嫌を損ねたからこうなった訳じゃない。アイツの価値が五千万で据え置きならこうなる事はなかったと思う。だけど、まだ大丈夫だ。下には下が居る……と言っても今の支倉より下の価値を持つ人間は自己申告だ。詠奈が尊重しているだけで実際はもっと価値が高い。

 当然だが、詠奈は安物をわざわざ買おうとする人間ではない。百万程度なら買おうという意思を見せないだろう。当人に言う術がないので伝わらないだろうが、五百万は最低限の価値だ。あれを現状維持出来るならこれ以上酷い事にはならない。

「結局詠奈への告白ってどうなったんだろうなー」

「本人があんなだからどうせ失敗したろ。好きな人が居るって顔でもないし誰なら詠奈を彼女に出来るんだろうな」

 お金を積めば、というのは野暮か。あの金額は宝くじを当ててもどうにかなる大きさじゃない。顔に自信のある男は『俺なら』と意気込んでいるが、価値を示せなければ興味も持たれまい。先程メイドが価値を上げるのに必死と言ったが、だからと言って恐怖で支配はされていない。彩夏さんのエンジョイ具合を見れば分かるように誰もが心から詠奈を慕って仕えている。誰もが共通で人権を失った状態だが、それでも裕福に暮らせて自由もある程度保障されている。ただ言いなりになればいいのなら辛い事はない。俺の言い方には語弊があった。モチベーションのない作業はしんどいが、モチベーションがあるならどれだけ過重でも耐えられると言いたかった。


 

 丁度そこに居る、ゲームは何十時間でも出来るのに勉強は二時間で飽きるクラスメイトみたいに。



「俺さ、最近気づいたんだよ。画像検索とかよりも詠奈を妄想した方が……」

「分かる~」

 手をワキワキと動かす男子を皮切りに詠奈を好きな男子が妄想談義で盛り上がる。好きという意味では同じでも一緒に暮らす俺では盛り上がれないような気がしてひっそりと輪から外れた。ここまで男子ウケが良いとバランス的に女子ウケが悪くなりがち―――実際ウケが良いとは思わないが、陰口すら言わないのは本能的に危険を察知しているからだろうか。それともクラスメイトの交流の範疇でなら手助けもしてくれるし、話しかければ塩対応でも反応してくれるから?

 いや、美容品などの情報を教えてくれるからかもしれない。その悉くが高級品だからある程度裕福である事は誰もが把握しているから参考になるかは置いといて。後はクラスで浮いてしまってイジメに発展しかけている子は良く詠奈に話しかけてトラブルを回避しようとしている。

 イジメの悪質な点はターゲットを庇えた庇った奴がターゲットになる性質だが、詠奈にそれを実行した奴は居ない。彼女は飽くまで『私の近くでやらないで』と他人事だ。何故誰も彼女を巻き込まないのかは分からないけど、その判断は正しいと思う。

 まさか本人も両親の同意もなく即刻退学させられるとは思っていなかった。


 

 キーンコーン、カーンコーン。



 授業の終わりを告げるベルが鳴る。普段はダラダラと授業の準備すら行えない男子が疾風のように着替えだしたのは、次の授業が体育だからだ。体育の授業は、運動が苦手でもないと基本的には皆が好き。運動が苦手でも身体を動かすのは好きという人間も居る。

 何の因果か今日はサッカーで、適当にチーム分けさせられるのだろう。サッカー部を主将に置いてドラフト形式だろうか。女子は更衣室の方に移動してから着替える事になる。予めブラウスの下に体操服を着た人間はここで制服を脱ぐだけだが、俺達のクラスでは少数派だった。

「支倉居ないけどどーすんだろうな。アイツが居るか居ないかで今日の勝敗変わるんだけどなー」

「国の命令って大体何したんだよアイツ。マジでねえわー」

 退学したのを良い事に好き放題言われて、アイツは何を思うだろうか。いや、案外学校に行く必要が無くなって喜んでいるかもしれない。詠奈に買われた時点で事実上の就職だ。法律の制約も一切受けないから楽しくやっている……かも…………


 ―――気になるな。


 一足早く教室から離脱すると、ポケットに隠し持っていた携帯を取り出して獅遠に連絡してみた。この携帯は詠奈から貰った特注で、メイド全員と詠奈以外には一切連絡がつかないようになっている。教室に時計があるので今は関係ないがこの携帯にそんな機能はなかったり。それ以外は概ね普通の携帯だ。


『支倉の様子が知りたい』


 既読。無言で動画が送られてきた。無線イヤホンをつけて屋上へ続く階段の方に身を隠す。音量を上げると、開幕聞こえてきたのは支倉の怒声だった。


『何で俺が学校行けねえんだよ!』

『だから、貴方は昨日をもって退学したの。学校に行く必要はないし、行った所で授業は受けられない。籍はもうないんだから』


 話しているのは八束さんか。価値が下がった影響か丁寧な口調が抜けてぶっきらぼうになりつつある。


『は!? 俺が居ないと部活に支障が! ていうか俺はそんな手続きしてねえ!』

『私の方で行っておいた。契約書に書いた通り、貴方の人権の一切は詠奈様へと譲渡されたの。だから法律も貴方を守らない。そんな事よりも今日からこの家の所有物の一員としてしっかり働いてもらうから、サボらないように』

『ふざけ―――ッいがあ!!』


 八束さんが振るった革鞭が支倉の身体を直撃。映画で聞いたような破裂音を響かせて痛みが刻みつけられる。最初の一撃でアイツは再び激高した様だが、足を絡め取られて床に伏した辺りから何度も何度も執拗に鞭を叩きつけられて終いにはダンゴムシみたいに丸まって動かなくなった。

 場面が切り替わる。


 ―――え、編集?


 撮り立てほやほやとは思わないが何故編集されている。誰に見せるつもりなんだ。カメラの視点は上から見下ろすようで、その自由度からドローンだと推察出来る。支倉はランドリーと本館を往来させられており、手には山程の洗濯物が。

 どんぶりみたいに大きな黒いブラジャーは詠奈の物だが、所々千切れた制服姿(そう言えば寝間着を用意されなかったのか)からして彼にそれを気にする余裕はなくなっていた。背中を追従するのはテーザーガンを両手に構えた心音春。背中にモップを提げているので多分掃除の途中だった。


『男は力持ちなんだからサボるのは駄目♪。落としたら撃つから』

『あ、アイツは何処行ったんだよ! 景夜! 景夜にやらせろよアイツも買われてんだろ!』

『景夜様は学校です♪』

『アイツは五十円じゃないのか!?』

『どちらにしても、景夜様は進んで手伝ってくれるよ? ランドリーの子もお粧しするのは景夜様の為みたいな所もあるし……クラスメイトなんでしょ。さっさと頑張らないと』


 まるで力持ちと言われんばかりだが、これだけ庭が広いと移動用の車がある。正式な名称は分からないがゴルフカートでいいのだろうか。二人乗りと四人乗りがあって、後ろには洗濯物を乗せるスペースが作られている。昔はランドリーを往来する子に頼んで乗せてもらっていたが一年も経ったら自分で運転出来るようになった。

 徒歩でこんな事はしない。

「あ」


『あ!』


 赤色の平坦なブラは獅遠の同僚に当たる季穂きほという子の下着だ。続いて落ちたのはピンク色のパンツは彩夏さん、青を基調として縁を黒で彩った比較的大きなブラが聖、バックベルトがレースになっている白い上下が八束さん。どんどん落ちていく。俺が判別出来ている理由は主に大浴場で見た大きさと、脱衣所で見た事がある下着の柄から。そういう時は一緒に着替えているし一緒に入っているから嫌でも頭に残ってしまう。俺って奴は最低だ。

 向こうも俺の下着を把握しているからセーフ……にはならない。もっと恥ずかしい所を見られている。


『びゃははあがががががあがああああああ!』


 警告なしに打ち込まれたテーザーガンが支倉の動きを止めたが、慣性で身体が倒れ込んで籠に入っていた洗濯物が一斉に零れ落ちてしまう。ランドリーに中途半端に近づいていたのも不運だ。中から一斉にメイドがスタンバトンをもってなだれ込む様に殺到すると支倉を囲うようにみんなで電流を叩きつける。


『ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………』


 ドローンが遠ざかって行って、撮影終了。



「…………」

 だから逃げろって言ったのに。詠奈の機嫌を損ねるからだ。獅遠にお礼を言ってイヤホンと携帯を教室に戻しに行くと、もうみんながグラウンドに集まっていた。俺も慌てて外へ出る。何故かクラスメイトでもない女子と入れ違いになったが気にしている暇はない。遅刻したら怒られてしまう。

 昇降口で靴を入れ替えようとすると、手紙が入っている事に気が付いた。偉く達筆な文字からして詠奈だろう。


『今日は朝のデザートを用意出来なくてごめんなさい。家に帰ったら時間を作るから』


 価値が高いと、詠奈からの待遇も相応に変わる。ボールペンが一緒に置いてあるのは重しの他に返信して欲しいという意思の表れだろう。『景夜君』がこんなやりとりをするかは分からないけど、彼女の気持ちには応えないと。


『有難う。サンルームでのんびりしながら一緒に食べよう。そういう律儀な所も好きだよ』


 詠奈の靴箱に入れておく。返信は要らないけど、ペンは返しておこう。



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