価値至上主義のお嬢様

「告白されたわ」

「えっ」

 買い取られた屋上で二人きりの昼食を取っている最中。王奉院詠奈は家で作らせたお弁当を俺と二人で分け合いながら急にそんな事を言いだした。くるぶし程もある長い髪は縛っても縛った部分がまた長い。長すぎて普段は肩に流しており、俺はそんな彼女の髪を世話する係だ……冗談。少なくとも今は。

 お弁当は元々俺と彼女で食べられるように量を調整されているので見た目は随分と大きい重箱だ。今は『友人』としてのロールプレイを命じられているので特に何もしていない。

「……誰に?」

「同じクラスの支倉君よ。彼、入学した時から私の事が好きだったみたいね。噂は良く耳にしたわ。景夜君も知ってるでしょ?」

「知ってるよ。いや、アイツだけじゃない。男子の殆どがお前を好きな事も知ってる」

 俺も、その一人だから。

 詠奈に買われてから大体一年ちょっと。彼女の無尽蔵の資金は何処から来るのかさっぱり見当もつかないが、それを抜きにしても彼女の美貌は圧倒的で、他の追随を許さない。お金持ちだから実際お嬢様なのかもしれないが、同じクラスに居ても他の女子とは纏う空気が違う。気品というか、気位というか。

 そんな彼女に言い寄る男子は無数にいる。それこそ親切にしていればいずれ心を開いてくれるだろうという浅い考えだ。しかしクラスで授業を受けている時の彼女は冷淡で、殆ど全ての人間に塩対応を崩さない。俺から見ても現状一番仲良しという人物が見当たらないのが真実だ。高嶺の花という言葉もあるが、高嶺がエベレストだったので眺めるような距離にも行けないのが実情である。

 絶望的なくらい愛嬌がなくても許されるのが詠奈の美貌だ。俺もよく覚えている。学校のプールで彼女のスク水姿を見た男子が殆ど大変な事になった。身体を曲げざるを得なかったというか、当時彼女が居た奴はそれが原因でフラれたりもした。

 うーん。もしかしたら気品を感じているのは俺だけで、みんな胸とか腰とかお尻とか見ているのかも。

 詠奈に比べたら他の女子は全員寸胴なんて言った男子は総スカンを食らったっけ。言わんとしている事は分かるけど実際に口に出すデリカシーのなさだけはどうにかした方が良いと思った。

「そう。やはり同じ男子ともなると話題が共有されるのかしら。私についてどんな話がされているのか興味があるんだけど、聞かせてくれる?」

「え…………た、大した事じゃないけど。大体俺が男子の輪に入れてるのは傍から見て一番仲良しだからだし」



 俺は三億円で詠奈に買われて、彼女の所有物となった。



 喜んで手放した親も親だが、一般的な男性の生涯年収がそれくらいなので釣り合っていると判断したのだろう。手のかかる子程可愛いというのは幻想だった。当時の詠奈は『まだ出すつもりだった』なんて言っていたが、普通の人間からすれば涎が出るような大金だ。こんな人身売買は法律的に認められる筈がないと思っていたけど、現実はどうだろう。警察は出動しないしメディアもこの話に興味を持たないまま取引は成立した。

 俺は――――――嬉しかったけど。

 大嫌いな両親、特に母親と離れられて、好きな子と一緒に暮らせるようになったから。想像していた生活とは少し違う所もあったけど、今は概ね適応している。現在は同じ公立高校に通っているので『友人』の役割を命じられた。彼女が『君』付けで呼んでいる限りロールプレイを続けなくてはならない。

「大した事じゃないなら聞いても問題ないわね。聞かせてくれる?」

「…………む、胸の大きさどれくらいだとか。こ、腰掴んで××××××とか。スカートめ、めくって下着を―――やめてくれよ! こういう話は恥ずかしくて仕方ないんだ。みんなお前をそういう目で見てるんだ! それだけ! これ以上言いたくない!」

「うふふ。景夜君が恥ずかしがってる。昔と変わらないわね。そう、そんな目で見られているの。君もそうなのかしら」

置いていた手を掴まれ、強引に指を組まされる。気を失いそうな程良い匂いのする髪の毛が近づいてきて、互いの吐息が当たるような至近距離。鏡なんかなくても自分の顔が真っ赤になっている事くらい分かっている。暑い。夏だからとかじゃなくて。詠奈が俺を見ているせいで。

「―――のーノーコメントで」

「駄目。ちゃんと答えてくれなきゃ後でお仕置きをしないといけないわ。今ならまだ軽い罰で済ませてあげる」

「罰はもう避けられないのかよ!」

「君がちゃんと答えないのが悪いの。返事が遅れるとその分お仕置きがきつくなるけど……」

「好きだよ好き! めっちゃそういう目で見てるよ! もう駄目! お終い! これ以上やだ! 言いたくない! お前は意地悪だ!」

「意地悪……」

 詠奈は愛想が絶望的に悪いが、仮にも友達付き合いから始めた俺に言わせれば見分ける瞬間は所々で存在する。例えばこの瞬間、口元は一切動いていないが、目が凄く楽しそうに笑っている。ご機嫌メーターがこの世に存在するなら、クリティカルな反応を引き出した証拠だ。

「そうね、意地悪かもしれないわ。景夜君が可愛くってつい。ごめんなさい、お弁当を食べましょうか。冷めてしまうと価値がなくなるから」

 そのまま何事もなく昼食に戻ろうとするメンタルもどうかと思うけど、お弁当が美味しいので俺もどうでもよくなって―――そんな訳ない。

「告白、受けるのか?」

「支倉君の価値は……三万円って所だから。釣り合ってないわね。不足分を彼が用意してくるなら話は別だけど」

 王奉院詠奈の人付き合いが悪い理由の全てが、この一言に詰まっている。彼女は一言で言って価値至上主義だ。己の鑑識眼に絶対の自信を持つ彼女は万象一切に価値を見出す。そして欲しくなった時はその時の金額で購入しようとする。これは主に値段が設定されないようなモノに適用されるルールで、お店の二〇〇円の品を一万円で買うみたいな事はない。

 例を挙げるなら俺を買った三億は当時彼女が俺に見出した値段だ。購入されても油断してはいけない、彼女の機嫌を損ねる様な挙動を見せると価値は下がっていく。そして彼女は買った物に対して値段相応の振る舞いしかしない。株のように価値は上下していると考えてくれて大丈夫だ。彼女が所有した物全ての現在の価値は寝室のノートに記載されている。俺を除けば誰も閲覧出来ないし、俺も自分自身の価値だけは見せてもらえない。

 三万円というのはかなりの低価値だが、クラスメイトの相場が全体的にその程度だから悲観する物でもない。もう分かっただろう、詠奈が塩対応を崩さない理由。彼女から見て価値が低いから雑な応対になるのだ。

「因みに交際料? 恋人権は?」

「十億」

「…………クラスどころか全校生徒が束になっても無理そうだな。じゃあ断るのか……良かった」

「ん?」

「ああ、いや。話の流れを読むに呼び出されてるんだろ? 俺が行こうか? 三万円の男の告白をわざわざフりに行くのも手間だろうしさ」

「…………そうね。誰か適当な人に任せるつもりだったけど、景夜君がそこまで言うなら任せようかしら。余計な話はしないでね。私が告白に対して否定的な反応をしたって事以外は言わない事。車で待っているから、あんまり待たせないで欲しいわ。寂しいのは嫌いだから」

 また昼食を再開する。二人で食べているので多少世間話をしても直ぐに終わった。米粒一つ残さないのはこれを作ってくれた人への礼儀だ。滅茶苦茶美味しいから、残す道理もない。

「詠奈。寂しいなんて言わないでくれよ。お、俺が傍にいるだろ。お前に買われたから……ずっと傍にいるから」

「景夜君。凄く嬉しい事を言ってくれるのね。凄く、凄く嬉しいわ。君を買いたい人が現れたらどうしましょう。きっと沢山居るから、もっと高くしないとね」

 特に何を約束するでもなく小指を結びあう。




 昔から彼女は、俺とこれをシたがった。

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