国家令嬢は価値なき俺を三億で

氷雨ユータ

valueⅠ お友達

あなたのことがほしいです



 幼い頃の世界とは親であり、親が子供の全てでもある。親の言う事に従うのが良い子の条件。特別頭が良い訳でも秀でた才能がある訳でもなかった俺が親の機嫌を取るには素直でいるしかなかった。従順である事が沙桐景夜さぎりけいやの価値だった。

「ゲームをしちゃ駄目」

 クラスの話題についていけなかった。特別嫌われている訳ではなかったのに自然と浮いてしまって孤立するようになった。

「友達は選びなさい」

 俺に構ってくれるような子もいたけど、親の言いつけだからと仲良く出来なかった。それでイジメになってくれた方がむしろ良くて、誰のどんな話にもついていけないから自然と周りから人が離れていくようになった。向こうにも悪意はない。話が合わないから近づかないだけだ。頭が良いなら授業の事を聞いてくるとかあったかもしれないけど。むしろ俺は聞く方だったから。



「夜更かしをしては駄目」

「テレビは夕方以降見ては駄目」

「他人に親切にしなさい」

「言い訳はしない。親の言う事は素直に聞きなさい」



 抑圧、拘束、叱咤。


 学習性無気力という物がある。自分の行動が結果を伴わない事を繰り返すと、何をしても無意味だと思うようになって、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない、起こせなくなる状態だ。何をしても無意味という事を学んだからどうにもなりたくない。今にして思えばそんな状態だったと思う。従順だったのではなく、逆らう事を無意味と思った。

 子供は親に生かされている。親から離れて生きるビジョンも視えなければそうまでして生きたい理由もない。怠惰にも見えるその価値観を誰にも理解されないままこれからもずっと生きていくのだろう。そんな事を考えていた小学校の帰り道。王奉院詠奈おうほういんえいなと出会った。



「みちにまよったんだけど、こうえんはどこ?」



 くるぶしまで届こうかという長い黒髪と、素人目にも高そうな黒いキッズドレス。親切にしろという言いつけの下、頭で考えるより先に全自動で助けた。彼女が誰かなんて関係ない。親切は良い事だからと教え込まれただけの、そんな下らない理由。


「ありがとう。いろんなひとにきいたけどおしえてくれたのはあなたがはじめてよ。おともだちになってくれないかしら」


 友達は選べと言われているから。そう伝えると詠奈は「そう」と言って。




 翌日、俺の家に直で五〇〇万が手渡され、親は詠奈との交友を認めた。両親は―――特に母親は金にがめつく、詠奈がお金持ちである事を知るや仲良くなって物をねだれと言ったのだ。


 



 だから俺は色んな物をねだった。詠奈は疑う事なく全てを買ってくれた。詠奈にとって価値ある物はお金で買える。お金で買えない物は無価値であり、存在している意味がないらしい。五〇〇万はいうなればお友達料金だから、気にしないでいいとの事。


 初めて出来た友達が嬉しかった。初めて知り合った子がとても可愛くてドキドキした。当然のように好きになった。詠奈も友達がいなかったせいで表情が固くてどういう気持ちなのか全然分からないけど、俺がどんなつまらない話をしても聞いてくれた。家庭の愚痴を言っても、成績を嘆いても、詠奈は傍で聞いてくれた。


 母親は俺と彼女の交友を止めない。あらゆる要素が抑圧されていただけに俺ものめり込んでいった。家がどんどん高級品で溢れていく。全部詠奈が買ってくれた物だ。詠奈と遊ぶと親の機嫌が良くなる。付き合いをやめる理由は全然なくて。家も、学校も、趣味も知らないままその関係は続いていって―――












 中学を卒業した次の日。彼女は、御主人様となった。 



 

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