番外編 夢のコロッケ

 時計の針はまだ五時を指してもいないにも関わらずに、ホダカは朝早くに目が覚めた。夢の中で食べたコロッケを再現したくなったからだ。夢の中でホダカはコロッケに何かを詰めていた。おぼろげな記憶を辿る。何だったかは、はっきりと思い出すことが出来ない。記憶に靄がかかったようだ。だが、夢で食べた味は確かに美味しかった。その事だけは鮮明に覚えている。あれは、何の味だったか……。思い出せない。

 「ホダカ、どうしたの。もう少し寝ていようよ」

 「ああ、ティナ。だけど、何か新作につながる夢を見たんだ」

 「新作って」

 「コロッケの新作だよ。ほら、最近、お客が何か別の味は無いのか聞いて来ただろ。ウチには普通のコロッケかボッチコロッケ、それに携帯用の冷凍コロッケだけだ。味の種類が少なく、常連を飽きさせてしまう。俺は常連にもっとウチの店を好きになってもらいたい。それでをずっと新作を考えていたんだ」

 「ふーん。それで何か思いついたの」

 「ああ、さっき夢で見たんだ。何かコロッケに詰めていたんだ。それはとても美味しかったんだ。だが、何を詰めていたか思い出せない」

 「どんな味だったの」

 「まろやかな味だった。子供の頃を思い出すような」

 「へぇー。当ててあげようか」

 「んなっ。分かるのかい、ティナ」

 「それは、モールバターよ」

 「確かにモールバターかもしれない。固形のバターをコロッケの中にそのまま入れるんだ。そして揚げる。そうすると油の中でゆっくりと溶けてとでもまろやかな味になるんだ」

 「ねぇ、さっそく作ってみましょうよ」

 「ああ」

 「コロッケの材料を店から取ってくるわ」

 「ああ、頼む」

 ホダカはティナが持って来た材料を机に並べた。いつも通りにコロッケのタネを作っていく。パン粉を付ける前にホダカは固形のモールバターを一かけそのまま詰めた。

 「さあ、仕上げだ。黄金色になるまで揚げたら出来上がりっと」

 「ティナ出来上がったコロッケを食べてみて」

 「うん、いい匂い。いただきまーす。うーん、おいしー。まろやかー」

 「俺も一つっと。程よい塩分がたまらんな、こりゃ」

 「早速、新作メニューとして店に置こうよ」

 「ああ、そう言えばティナは何で夢の中で見たものがモールバターだと分ったんだい」

 「ふふっ。それはね。わたしも同じ夢をみたのよ。あなたと同じ夢をね」

 「俺と同じ夢か。いいな。このコロッケの名前は夢のバターコロッケとしよう」

 「ええ、お店で出すのが楽しみね」

 「ああ、そうだな」

 ホダカは、バターのまったりとした匂いを鼻いっぱいに吸い込み、そこから広がる明日へと夢を馳せた。






 









 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界コロッケ専門店 ~グーワ・マッシュ~ こんな俺にも愛される店が持てました。 梨詩修史 @co60

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ