エピローグ 『素晴らしき哉、人生!』
それから数日、カイくんはお店を無断欠勤した。そこで怒らないのが、ウチの店長の優しいトコだ。
カイくんがいなくなってすぐに汚くなってしまった店内を掃除していれば、この数日は聞かなかったものの、いつもと同じ時間に店の扉が開く。緑色の目をした青年が、そこに立っている。
「おはよお、カイくん」
「……おはようございます」
笑いかければ、カイくんも柔らかな雰囲気を漂わせながら口元を緩めた。感情をあんまり顔に出さない彼からしたら、けっこう珍しい。しかし続いた言葉こそが、俺を唖然とさせる。
「僕、技師になろうと思います」
ぱかん、と開いた口が戻らない。数秒間彼の真っすぐな目と見つめ合う。ごくり、と喉を鳴らしてから、唇を舌で湿らせた。なるほど。技師。
「あの、それは……、筋電義肢の、ってこと?」
「はい――僕も、頑張って、考えました」
カイくんは片手を握り締めて、それを見つめた。そこでようやく、カイくんが普段は必ず着けていた手袋がないことに気づいた。
「ギルさんは、ああ言ってくれましたけど。でも僕は、僕なりに自分が人間であると証明したかったんです。僕は、まだ……本当に僕が人間だって、信じられないから」カイくんの目が真っすぐに俺を見る。「人って、自分に利点がなくても、人のことを助けられるじゃないですか」
「そう、かもね」
「これは……、この技術は、すごく危ないものです。他人を簡単に傷つけられるし、本人を傷つけることだってある。だから、僕は――僕はせめて、これを嫌いになりたくない。それで人のことを助けて、自分が安心したい」
全部エゴです、と彼は笑った。それでもどこか吹っ切れた笑みだった。
俺には眩しいくらいだ。嫌いだって、そんなことすら考えたことなかった。だってもうどうしようもないものだ。俺の両足がないことは事実だし、あいつの頭が吹っ飛んだことも事実。死なないように、すこしでも生きやすいようにするには、この機械を受け入れるしかなかったから。
カイくんは、自分で答えを出したいんだ。そっか、そっか。スゴイな、カイくんは。ちゃんとしてるなあ。
「じゃあ、寂しくなるなあ」
「あ、いえ」
本心からぽつりと言葉を零せば、カイくんはふっと頬を緩める。
「僕は技術なんかまだ全くないので、店長のところでまだ勉強させてもらえたらなって。資金も、技師を目指すなら足りないくらいだし」
「お……お?」
てっきりこの店を辞めるものだと思っていたが、カイくんは首を横に振った。「なので、まだお世話になります」と深々と頭を下げる。
マジ? まだカイくん、ここにいるんだ?
「そ――そうかあ!」咄嗟に自分で思うよりもデカい声が出た。「そっかそっか!! うん、よく働けよ!」
「――はい」
改めてよろしくお願いします、とカイくんは手を差し出す。俺もそれを、しっかりと握り返す。そうすると自然に目を細めてしまうんだから、俺ってやつはやっぱり単純だ。だけど褒められたこともあるし、俺はこれで良いと思ってる。
――鋼鉄の指。柔らかな人肌。決して混ざらないその二つが、隙間もないくらい触れ合って、温度をすこしだけ通わせる。計算されつくした曲線と直線の混じった手と、関節に皺の入った傷のある手。
今日も行こう。鋼鉄の足で歩いてゆこう。
明日も手を握ろう。機械の手で命を救おう。
いつになっても、自分ってものがわかんなくなっても、何もかもが信じられなくなってもさ。
俺たちなりの答えを出して、毎日できるかぎり、自分のことを好きになってゆこう。
――だって俺たち、人間だもんな!
革命のないぼくら ミヅハノメ @miduhanome
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