第6話 ヤンキーといじめられっ子 2


 高校に進学してからは2人を取り巻く環境ががらりと変わった。2人を知っている人が誰もいないという事は、2人の過去を知る者がいないという事でもある。


 大宮が乱暴者と恐れられていた事を知る人はいないし、菊花がいじめられっ子だった事を知る人もいない。


 大宮はどんどん牙を抜かれた狼のように大人しくなり、反対に菊花は活発になっていった。


 大宮に笑顔が増えて、その垂れた目じりが可愛いと女子に評判だった。


「大宮くんってさあ、彼女いるの?」


「いないならあたしと付き合ってよ!」


「いや、あたし! あたしの方が可愛いっしょ?」


「いや、みんな可愛いけど……」


「きゃーーーー!」


 なぜか分からないけど大宮はとてもモテた。それを面白く思わないのが菊花だ。


「なんだよ……辰也のやつ。やっぱり私みたいな怖い顔は好きじゃないんだ」


 彼女はつまらないつまらないと思いながらも大宮をずっと見つめていた。


 彼の事を信じたいと思いながらも、女子に囲まれた彼の姿が面白くなかった。


 高校に入学してから数か月経ったある日。ついに事件が起きた。


 手紙のような封筒を手にした大宮が不思議そうな顔をして「これ、なんだろう」と菊花に訊ねた。


「……あなたの事がずっと前から好きでした。今日の放課後、あの木の下でお待ちしています」


「……誰からだろう? 俺の事が好きなんて変わったヤツだなぁ」


「イタズラだよ、これ」


「やっぱりそう思うか……でも、本当だったら悪いし、行ってみようか―――」


「ダメ!」


「菊花?」


 菊花は大宮の腕をとるとジッと見つめた。「今日は……アパートに両親が来るんだ。同棲の事をお願いする、またとないチャンスだよ」


 これは2人が共に暮らすようになる前の話だ。しかしアパートに両親が来るというのは菊花の嘘だ。彼女は大宮に行ってほしくなかった。


「あー、そっか。前から一緒が良いと言っていたもんな」


「そうだよ。ね、イタズラかもしれない手紙に騙されてる間に両親が帰ったらもったいないよ。絶対に行かないで」


「……? うん、いいよ」


「―――――よし!」


 彼女は勝ったと思った。


「あ、大宮くん………」


「君は、日高さん? だっけか。どうしたの?」


 ところが昼休みの事だった。


 菊花がトイレから戻っていると、教室の前で女子と話している大宮の姿が目に入った。まさかと思って聞き耳を立てていると女子は「放課後まで待てなくて……いま言わせてください!」


 そんな事が許されるのか! と菊花は怒ったが、本当に怒りたいのは大宮の態度の方だった。


「え? えと……何の話だ?」


「一目見た時から好きでした……私と、付き合ってください!」


「ちょちょちょ、日高さん!? 周りに人がいるんだぜ? どこか、せめて人目のつかない所に……」


 なんとこの男、すぐに断らなかったのである。私という女がいながら断らないのである。ふざけるな。


「人目のつかない所で何しようってんだ辰也!」


「ん、ああ、菊花……助かっ―――――」


「こいつは私の男なんだ、やすやすと奪い取れると思うな!」


 菊花は大宮の腕をとると、日高さんが驚いている間に教室へと連れ込んだ。


「もうこのさい全員に宣言するけど! コイツは私の男だ! コイツに近づきたかったら私よりも可愛くなってからにしろ!」


「可愛くって……菊花さん、あまり可愛くないじゃん」


 誰かがボソッと言った。


 菊花はカチンと来て、「ああそうだよ。でもコイツが可愛いってうるせぇんだよ!」と眼鏡をとって見せる。


「こんな顔でも可愛いって言うんだよコイツは! だから私は辰也を一生幸せにするんだよ! この私よりも辰也を幸せにできる奴がいるなら今すぐ出てこい!」


 菊花はそう怒声をあげて教室内を睥睨へいげいした。大半の人間は「何言ってんだアイツ?」と言わんばかりのあきれ顔だったが、中には悔しそうにほぞを噛む女子の姿もある。


 それだけで菊花は勝ち誇った笑みを浮かべた。


 ただ一人、大宮だけは顔を赤くして「やべ……かっこいい……」と恋する女の子みたいな声音。


「だろ? 私が一生幸せにするよ。返事は」


「………はい」


 それからは菊花の後について回る大宮の姿が散見された。


 私が守ると宣言した通り、菊花は大宮の前を歩いて彼をよく引っ張った。


 それから何があって同棲する流れになって、


 何があって「たっくん、たっくん!」と呼ぶようになったのかはえて語らない。


 大宮が男を見せたということだろう。

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数年後に立場逆転する男女 あやかね @ayakanekunn

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