第5話 夜王改めド田舎村のド新人村娘

  ***



「誰だ?」

「わかんない」

「わかんないってお前……」

「そんな目で見ないでよにぃちゃん……。猪に襲われてて、それを助けたんだけどさ。潰されても助けてくれないし、そもそもまともに話してくれないんだもん。カタコトだったし、言葉が不自由なのかも?」

「こんなに痩せてて、しかも服も随分簡素だな……」

「捨て子……ですかね。うちの村を通らずにわざわざこの森へってのがなんか……本気を感じますね」

「長年平和とはいえ……な」

「なんで?」

「わかるだろ? 森を挟んだ向こうは……」

「あ〜。ニフタヴィアだから」

「……!」

 哀れみの目を向けながら会話を続ける男衆の口から気になる言葉が飛び出すのを彼女は聞き逃さなかった。

(つまりこの場所はメタクシィとニフタヴィアの国境ってことかよ……)

 アマルティアが王だった時、その看破の目はニフタヴィア全域を見渡すほど視野が広かった。そう、あくまでニフタヴィア全域。国境のこの森は目に入っていない。

(端まで伸ばして視えたのは枯れ木と荒野……。つまりあの景色の先がここってことだな)

 たった数キロ。たった数キロ違うだけでここまで緑豊かで陽の光が眩しいということに世界の神秘すら感じていることだろう。

 もうしばしその未知に酔いしれたいところではあるが、彼女にはやることが残されている。

(とりあえず村があるみてぇだから、そこまでどうにかひっついて行かねぇと。この森は今の俺には危なすぎる。水はなんとかなっても飯の調達とただの獣相手になんもできねぇ。貧弱すぎらぁな。……となると、こっから交渉ってやつを――)

「とにかく、村まで連れて行こう。な〜に、今年は備蓄もたくさんあるし、仕事にも困らないんだ。子どもひとりくらいなんとかなるだろ」

「そうっすね。たぶん女の子……だよな? でも畑の手伝いや獣の水やりくらいはできるでしょうし」

「細っこいから水汲みは無理だろうがな!」

「たしかに、今にも折れそう。よっぽど前のとこじゃ酷い目にあってたんだな……。言葉も教えてもらえず、飯もまともに…………くっ」

「いやまだしゃべれないって決まったわけでも……って、にいちゃん泣いてんの?」

「う、うるせぇ! こっち見んな!」

「あだっ」

「…………」

 ごちゃごちゃと会話し、最後は首を捻られて無理やり黙らされる少年。

 とりあえず話をまとめると。

(なんか、どぉ〜にも交渉の手間は必要にならなさそうだぞ〜)

 勝手に推測され、勝手に同情され、勝手に連れてかれることが決まり、拍子抜け。

 しかし、労力もかけず目的を果たせたのは大きい。多少休めたとはいえ、言語の習得を抜きにしてもここまで歩くのにもかなりの体力を使っている。彼女は今目を開けてはいてもすぐさま寝てしまいたいくらいに疲弊してしまっているのだから。

「はっはっは! 良いじゃないか人情深くて。ないよりあったほうがいいぞそういうのは。なにせ俺達の村は助け合わなきゃやっていけないんだからな。皆なにかしらで支え合おうとするならそういう気持ちがないと」

「は、はい……」

「つまり僕は首やられ損?」

「大して痛くねぇだろ」

「そりゃそうだけど……なんだかなぁ〜……」

 イマイチ納得しきれないライア少年を置いといて。年長者であるアドニスが一歩前へ出て、ティアの前で目線を合わせる為にしゃがんで膝をつく。

「嬢ちゃん。俺はアドニス。こっちのデカいのがエリックでちっこいのがライア。言葉がわかるなら名乗ってこの手を取るんだ」

「…………?」

 握手を求められるが、アマルティアにとってそれは無い習慣。故に、疑問符を浮かべるがすぐに取り払う。

(よくわからねぇけど、それだけで満足するなら良いだろ……。てか気が抜けてもう寝ちまいそうだ……)

「ぁ……ぁぅ……てぃあ……」

「ティアか。よし……って、おっと」

「すぅー……すぅー……」

 交渉の必要がなくなり、安全圏まで行けると実感してしまい起きている必要がないと肉体が判断してしまって気絶するように寝入ってしまったアマルティアを抱える。

「気が抜けたのかな。捨てられた上に猪にも襲われたようだし、無理もないか。ライア、俺達は獲物を運ぶから、この娘は任せるぞ」

「え、あ、うん。わかった」

 アドニスはライアの背にアマルティアを預け、猪の方へと向かう。

 そして布や道具を広げて作業へを入り始めた。

「こりゃあ時間がかかるな。ライア、やっぱり先にその子を村まで運んで、それからアマリアに任せろ。しばらくうちで世話するってことも伝えろよ?」

「うん。わかった。よいしょっと」

 アマルティアを抱え直し、ライアは村へと向かう。

「よろしくねティア」

「ん……んむぅ〜……」

 新しい村娘(仮)に、一言挨拶をしながら。



  ***



「――ァ……ティ…………ァ…………ティア」

「んお?」

 森を抜けるまであと少しと言ったところでライアはアマルティアに声をかけながらゆさゆさ揺らす。

(……? あぁ……そっか……。ついたか?)

 揺れも相まって、早々に目を覚まし、前を向く。

「あれが僕たちの村――オーベスト村だよ」

「おーべすと」

「そう、オーベスト村」

 ライア達が住む村はメタクシィという国の最西端にある村。歴史自体は古く、先祖代々森を切り開いて土地を広げてきた名残からか人口は五百人ほどと中々の規模。

 本来は更に西へ広げて村を増やす役目があったが、ニフタヴィアに近づきすぎては危険と判断して打ち止め。名前も最西端でなく西となっている。

 今は自給自足用範囲の農業や狩りで細々と暮らしていて、時折行商が来ては毛皮などを買い取ったり、村に必要な物を売ってくれるそう。

 そんな、のどかで静かな村。

「おらぁ!」

「どわ!? く……っ。こなくそぉ!」

「うお!? ま、負けるかぁ! こらぁ!」

「なにィ!? しつこいぞ!」

「あははははは! やれやれぇ! もっとやれぇ!」

「今日はどっちが勝つかな?」

「賭ける?」 

「いや、賭けたくても賭けれる物ないや。あるとしたらお父さんとお母さんくらい」

「じゃあお父さんのほう賭けたら?」

「それはつまり死ねって?」

「ううん。いっぺん殺されてこいって」

「同じだよ……」

 ……のどかな村である。例え、森の手前のちょっとした子供達が遊ぶ用の広場で男の子二人がレスリングをして、その周りで子供達による賭け事がされていて、賭けれない代わりにブラックジョークが混じっていたとしても。のどかな村である。

「あ、パレーだ! いいなぁ〜。行ってきて良い?」

「まだあるけない」

「そっかぁ〜。じゃあ今度一緒にね」

「…………」

(それはつまり俺に取っ組み合いをやれと?)

「しねって?」

「違うよ! 僕がやるからティアは見ててってそういう意〜味っ!」

「…………」

(面倒なことを。まず俺が居着けるかもわからないってのに)

 背中でジト目になっているアマルティアを余所にライアは村の入口へ歩みを進める。必然、取っ組み合い遊びをしている一団へと近づくことになり。

「お、ライア。狩りは終わった……誰?」

「あん? ライア? ちょっと待ってろ、今こいつぶん投げて今日こそお前に……いやちょ待てそれ誰――」

「隙ありじゃい!」

「うぅおあ!? おぶっ!」

「よしゃああ! ……ライア! 今度はお前の番だって血まみれじゃねぇか! さっさと着替えて……って誰?」

「「「誰???」」」

 当然ながら背負っているアマルティアへも目は行き、子供達には当たり前の疑問が浮かぶ。

 元気爆裂真っ盛り興味津々の少年少女はライアのもとへと集まり、背中の少女にぶしつけとも言える視線が集まる集まる。

「森で拾ったんだ。たぶんしばらくはうちにいるんじゃないかな? 母さん次第だけどさ。これから帰って聞くからまた今度ね」

「じゃあお前とのパレーはまた明日か」

「そうなるかな? 今日は大物取ったから数日は狩りしなくていいと思うしさ」

「へぇ! そんなに? どんくらいデカいか楽しみにしてるぞ!」

「父さん達がもう解体してるから、来たら手伝ってあげてね〜」

「おう! 任せとけ!」

「じゃあ私たちは邪魔にならないように別行こっか。てかそろそろ畑仕事に戻ろ」

「私は調合の手伝い〜。手に草の臭いが染み付く〜」

「今日は特にないから……お母さんの手伝いに入ろうかな。確か編み物だっけ? 冬支度には早いけど今は他にやることないっぽいし」

 ライアの帰宅を皮切りに、各々が自分の仕事に戻る。アマルティア含めこの場にいる全員まだ年のほどは十二前後であろうが、さっきまでの様子とのギャップが激しい。

(へぇ〜……まだ幼体ガキなのに随分自立してやがる。俺んとこの村じゃ弱いガキは労働階級の下っ端だし。強いのは上に引っ張られるか速攻下剋上のどちら。こう見ると違うな。文化ってやつは)

 言葉は発さずとも、観察は絶やさない。これからここで生きていくならば必要だし、なによりも興味が尽きないから。

「じゃ、行こっか」

「おん」

 それから村に入ると。

「お? おかえりライア。なんだその背中の」

「森で拾った〜」

「お前どっからそんなもん拾ってきたんだ? 今じゃあの森人間も生えてくんのかよ。おっかねぇな」

「生えてはないと思うよ? ……たぶん」

「あらぁ〜。ライアちゃん。もうお嫁さん連れてきてぇ〜。こりゃ新しい赤ちゃんが見れるのもすぐかねぇ〜」

「なに言ってんの。ばあちゃんの孫が先週産まれたばっかでしょ」

 村の入口だけでなく、入ってからも声をかけられ続けるライア少年。

 彼の人徳によるものか、それともこれがこの村の気質なのかはまだアマルティアにはわからないけれど。

(めんどくさそうだなぁ〜。いちいち話しかけて来やがってよ)

 今のところ、この空気感は苦手そうだ。

 と、そんなこんなをしているうちに家の外で洗濯物を干している女性が見えてきて。

「あら、おかえり――誰その子?」

「拾った――いだっ!?」

「!!?」

 家に着き、帰ってきた息子に拳骨一発。

 拾……と発した瞬間にはもう駆け出しながら拳を振り上げていて、アマルティアもライアが殴られてからようやく反応できた。

 それくらい、一連の流れは滑らかにして速やか。

「女の子を拾ったってなんだいその言い方! 物じゃないんだよこのバカ息子!」

「いやだって実際森にいて、ここまで背負って運んで来たんだし間違っちゃ……」

「言い訳しない! で? この子は?」

「いやだから森で拾――ごめんなさい。父さんがうちで面倒見たいって」

「ふぅん。森でね」

「とりあえず下ろすね。もう立てる?」

(まだダリィけど……しゃーないか)

「ん……っつ!?」

 足を地につけた瞬間。どしん! と、大きな音を立てて尻もちをつく。

「わ!? だ、大丈夫!?」

「ライアあんたもっと優しくおろ……って、なんだいその足!?」

「あ……しぃ?」

 アマルティアの足は土まみれで足の裏はほとんど見えていなかったが、よくよく注視すると土は赤黒くなっていて、土を落とすと擦った痕や潰れた肉刺まめなどからの出血が見られた。

 疲労と歩行による足裏への圧迫で神経が麻痺して今この時まで気づかなかったが、ライアが背負うことによって感覚が戻ってしまったが故のことだろう。

「あ〜あ〜。こりゃ酷い。靴はどこやったんだい?」

「しらない」

「僕が見たときには裸足だったよ」

「服もこんなボロ布みたいな……体もまるで骨と皮だけみたいじゃないか」

「だよね。すごい軽かったよ」

「しかもこんなに血まみれで……」

「あ、それは猪の血。拭かずに背負ったから――あだ!」

 拳骨を一個挟みつつ。

「たしかにこりゃうちで世話するっきゃないね。幸い男手は足りてるし。うちは洗濯が一番の重労働だしね。仕事してる時は家か目に入る場所にいてくれたらずっと近くにはいれる。うん。なんとかなるさ」

「…………」

(口挟む間もなくここに住むこと決まってねぇかこれ?)

 怒涛の展開に疲労がぶり返して今にも寝てしまいたいが、眼の前の女性がそうはさせてくれない。

「さ、まずは洗わないとね。ライア。桶二つにたっぷり水汲んで来な。洗濯用と洗体用ね」

「は〜い」

「で、あんた……あ〜、名前は?」

「なまえは」

「ん? なんか辿々しいね?」

「名前はティアだってさ。なんかしゃべるの苦手みたいだよ」

「そう……かい。まぁこれから一緒にいるんだ。そのうちちゃんとしゃべれるようになるでしょ」

「んぉ……」

 未だ尻もちのままのアマルティアに目線を合わせて頭を撫でるライアの母――アマリア。

 慈しむような目と手つき。普通の子供なら。いや、親の愛を知らない子供ならこれだけで感極まってしまうかもしれない。愛を知らないだけならこのアマルティアも同様で、子供の頃からほとんど一人で生きてきたようなものだけれど。

 けど決定的に違うのは。

(頭ぐりぐりするなあ〜……酔っちまうってぇ〜……)

 それは文化からか。それとも別の人種だからか。特に何かを思うところもなく。ただただ抵抗する気力がないから甘んじて受け入れるだけ。

 ただ、それだけ。

「良いかい? 今日からあんたはうちの子だよ。だから遠慮すんじゃないよ? 私らもしないからさ」

「……? ぅん」

 今の言葉も、家族というものがわからない彼女にはどういう意味かよくわからない。一緒に住むくらいの意味にしか捉えられない。

 けれど、とりあえず。

「よろしくね。ティア」

(名前違ぇまま何人かに覚えられちまったな。ま、良いけどよ)

 とりあえず夜王アマルティアは、国境付近の辺境、ド田舎の新しい村娘ティアになりましたとさ。

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トリアファンタジア 黒井泳鳥 @kuroirotten

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