第2話 侵入者

  ***



「ん?」

 退屈へいおんの終わりに限らず、事件とは唐突なモノ。

 侵入者らいきゃくもまた珍しいけれど。城に入る前に迎撃してしまうが為に。付け加えると一度撃退してしまえばしばらくは鳴りを潜めるので連日誰かが来るのがより稀。

 アマルティアの看破カタストリィを掻い潜り、城に入る者なぞ短い期間とはいえ王になってからはひとりとしておらず、王となる前も近づく者全てその視界におさめてきた。

 そういったことから、アマルティアは城の中へ入ってきた異物に殊更ことさら違和感を覚えるのだが、理由はもうひとつある。

(生物なんだこいつ? 物体これ? ナニかいるのはわかるのに全容が掴めねぇ。動いて……はいるから生き物だよな? 少なくとも。たぶん。おそらく。きっと)

 外国ではわからないが、少なくとも生物以外で動くモノはニフタヴィアでは確認されていない。

 だから生き物と断定せざるを得ないのだが、アマルティアとしては未知は在るという認識があるため、のが知識内での消去法による解答に歯がゆさを覚えてしまう。

(さて、どうするか。俺が気づけなかったってことはあいつらも気づいちゃいないはず。知らせて対応させるか、それとも俺が行くか)

 ゆっくり目蓋まぶたを閉じて三秒ほど考えてから答えを出し、目を開ける。

「うっし。行くか」

 彼女は動くのが嫌いだ。退屈も嫌いだ。

 けれど、生きるのに必要なことや未知は嫌いじゃない。

 思考を巡らし、工夫し、楽をして利を得ることや知らないモノを観察することはむしろ大がつくほどには好きと言って差し支えないくらいに。

 だからこそ、彼女は面倒を圧して自らの足で異物との邂逅のため歩を進めるのだ。

「お……っとっと」

 そのだらしないというべきか魅力的グラマラスというべきか判断に困る自らの肉体に足を揺らされながら。



  ***



「よう。待たせたかきゃくじん

「…………」

(無視かよ。……んが)

 使われていないが最低限の手入れはされている玉座の間。そこには既にくだんの侵入者がいた。

 普段使っていないつ常夜であるため本来は闇に埋め尽くされているその部屋には蝶を象る火が無数に飛び、また柱や壁に留まっている。

 そのお陰で、看破カタストリィで視えなかった侵入者の姿を肉眼で確認できた。

 とはいえ、侵入者は全身真っ黒な鎧に身を包んでいて情報としてはいまひとつ。いて言えば背がアマルティアよりもずっと高いくらい。同じ人類ならばという前提あり気ではあるが。

「なるほど。なるほどなるほど」

(マーヴリについてはこれからとして、まずはこっちだな)

 侵入者の仮名を黒鎧マーヴリ・パノプリアとして。背の高い人型の生き物とだけ記憶し、とりあえず頭の片隅へ。

 それよりも、アマルティアとしては飛び交っている蝶のほうへ興味が注がれている。

(あれなら解る。生き物じゃねぇな。燃える蜥蜴トカゲならさして珍しくもないし、燃える虫を灯り代わりに放ったとも思ったんだがな。ありゃ確実に法術マギアによるもの。あんなこともできんのかよ。おもしれぇ)

 生まれたときからその強大な力故に力加減を覚える機会に恵まれず、象ることさえ覚束無おぼつかない彼女にとっては小さな火というだけでもかなり難しく縁がない。

 さらに、破壊を主軸とする思考傾向が強いニフタヴィアの場合、形はさほど重要ではなく。結果的にどういった被害を与えられるかが重要。

 そのため蝶のように舞う火の法術は物珍しく。また趣深い。

(絵本は好みじゃないんだが、絵本の世界が現実になるとこんなんなのかなぁ? そう思うとなかなかどうしてクるものがあるな。うん。悪くない)

 蝶に釣られてか、自らに振り回されてかはわからないけれど。アマルティアは蝶を眺めつつ、フラフラしながら玉座へ向かう。

 黒鎧マーヴリ・パノプリアの視線はかぶとに隠れて見えないものの頭の向きは常にアマルティアへ向いており、だが決して玉座へ行くのを邪魔はしない。

 何を考えているのかはわからない。けれど、目的は少しだけわかる。

「よいしょっと。ふぅ……疲れた……あ、っとと。あぶね」

 玉座にどかっと座り、脱力しすぎてすべり落ちそうになりながら少しだけ姿勢を正して黒鎧マーヴリ・パノプリアと改めて相対あいたいする。

「さ、て、と。それで? 俺に用があるんだろ? なんだよ。聞いてやる」

 この城に来たということはそういうことだろう。むしろそれしかあり得ない。

 最低限の備蓄に最低限の召使い。そして最低限の手入れしかなされていないその場所に来る目的なんて、アマルティア以外にない。あるわけがない。

 そしてそれは正しく、けれど理由わけは。

「…………」

「また無視――テメッ!」

 二人共大きくは動いていない。少なくとも黒鎧マーヴリ・パノプリアは。

 だが、アマルティアの座る玉座の横には大きく斬り裂かれた痕が刻まれていた。

(あぶねぇ……。見えなかったが視えていて良かった)

 何をされたかはわからない。が、何かされたのは感知できた。だから対処できた。

 もし、看破カタストリィが無ければ今頃その美しい顔が豊満な体と別れを告げていただろう。

「この野郎……。やるじゃねぇか。そんなちんまいのだけじゃなく見えないもん飛ばしてきやがって」

 その瞳によって看破した法術の正体は見えない刃。

 それ自体は珍しくもなく、アマルティアもやろうと思えばできなくもない。

 本質が異なって良いという前提があるに限り。

(風の刃……じゃねぇな。鎌……か? 形は鎌で、確かに。斬れ味も脅威ではあるが、問題は原理。俺の目には見えないとんでも斬れ味の鎌を出し入れする法術……と、映っちゃいるが……。そんなもん知らねぇぞおい)

 またしても未知。しかも原理不明の未知。

 そこに抱くは恐怖。緊張。普通はそんなあたりだろう。

 けれど、残念ながら普通から逸脱しているのがアマルティアという王なわけで。

(まさか見えないがほしい結果をもたらす法術を使える奴が他にもいるとはな)

「…………」

「――無言で飛ばすのやめろよ。まず、もう効かねぇし。いや、最初から効いてねぇし」

 黒鎧マーヴリ・パノプリアが見えざる鎌を使ったならばその対処にアマルティアは見えざる鎧を使っていた。

 一度目の不意打ち以降は常時鎧を展開し、その身を守っている。

 鎌は軽々石造りの城を細切れにできるだろう。が、鎧もまた鉄ごときでは強度の比較すら叶わぬほど丈夫。

 どちらも甲乙つけがたい。

 いや、甲乙自体はついているかもしれない。

 黒鎧マーヴリ・パノプリアの鎌はアマルティアの鎧を断つことができなかった故に攻防力という点ではアマルティアに軍配があがろう。

 が、比べられるのはそれだけじゃない。

「…………」

「無駄だってのがわっかんねぇかなぁ〜……」

 鎧に阻まれようと、黒鎧マーヴリ・パノプリアは幾度も見えない鎌を放つ。

 その度に玉座の間は刻まれ、やがて天井を突き抜け空が露わになっていく。

 玉座の間で無事なのは最早アマルティアと座っている椅子とその周辺数十センチだけ。

「この野郎……生きて終わったらちゃんと直せよ。生かす気もあんまし無ぇけど」

 玉座の間……だけなら大した被害とは考えない。

 問題は鎌があらゆる方向に飛ばされたこと。

(やってくれやがった。俺の部屋と、おまけにバトレとイピがられちまった。ガモトッ。飯と寝床を奪いやがって。どうしてくれんだよボケ!)

 二人の従者よりも自分の食事とベッドが大事。

 冷たいように思えるかもしれないが、ニフタヴィアではこれでも気にかけている方と言えてしまう。

 目の前に敵がいるのに、生死を確認よそみしているのだから。

「ついでに飯持ってこいやクソ野郎アデ○ミス!」

 怒号……と呼ぶには腹にも喉にも肉が足りないけれど。それでもアマルティアからすれば精一杯の怒声。

 怒りの声と同時に先の侵攻軍を壊滅させた雷を頭上で発生させ、まとめ上げる。

「さて、そろそろ攻守交代と行こうぜ。俺の堅さは十二分にわかったろうしな。次はテメェが受けてみろよ」

 雷に向かって雷が放たれ、巨大な球から細くなり楕円へ。大きさは増して行きつつも形は細く、長くなっていく。

「テメェ、さっきは火でむしを象っていたろう? だから俺もテメェにならって象ってやろうと思ってよ」

「…………」

 相変わらず沈黙しているが、アマルティアは構わず言葉も準備も続ける。

「つっても火でもなけりゃむしでも無ぇ。雷で槍を象ろう」

 ただ落とせば、それだけで命を奪う轟雷。本来一瞬の閃きにて姿を消すそれを維持しながら槍を象り、そのために密集させていくとなれば、引き起こす結果はただ雷を落とすとは比べるべくもなく。

「束ねるは破壊の権化。一筋の閃きですらさいとなろうこいつをよ」

 大概たいがいの生物……いや、物質でさえも。

「数百本纏めて一箇所にぶちこんだら」

 その雷槍は、無慈悲に。

「テメェは耐えられるのか」

 跡形あとかたもなく消し飛ばすだろう。

「気になるんだぁ〜がぁ」

 けれどアマルティアは。

「折角の侵入者きゃくじんすにはちと足りねぇなぁ〜」

 どうやら一本じゃ物足りないらしい。

「盛大に行こう」

 その言葉の直後。時間をかけて作られていたはずの雷槍を即座に追加で九本――計十本作り上げてしまい。

「さぁ、馳走してやる。存分に食らうと良い」


 そして、雷槍はかいは放たれた。



  ***



「ん〜と?」

 玉座の間はていを成すことは叶わなくなってしまった。

 アマルティアの放った雷槍は眼前全てを消し炭にし、黒鎧マーヴリ・パノプリアは影も形も消え去っている。

「終わったか?」

 が、それは看破カタストリィを閉じてしまっているから。

「ふぅむ。結局なんだったんだあいつ?」

 どうせ見抜けないならいらないと閉じてしまっていたから。

「ま、いいか。それよりも今日の寝床を――ぅぁ……っ!?」

 背後に在る未知ソレに気づけず。

(なん……だ……? 眼の……前が……歪ん……で……)

 咄嗟に看破カタストリィを使って周囲を確認し、背後に見抜けないモノがあったので振り向くと。

「て、てんめ……」

(いつの間に……っ)

 黒鎧マーヴリ・パノプリアはアマルティアの頭に手をかざしていて。

「…………」

「ぁ……」

 頬に触れられるとさらに視界は歪み、やがて平衡感覚を奪われて、思考は停止を始める。

(しく……った……)

 なにをされたかは理解できない。

 解ることはひとつだけ。

「へ……っ。讃え……て……やん……よ……」

(テメェは……俺を下し……て、こ……の……国で……一番にな……ったって……な…………)

 立場に執着はなく。むしろ晴れやかな気持ちで敗北は受け入れよう。

 しかし、もし叶うならば。

(もし……生き残っ……たら……また……りてぇ……なぁ……)

 それが彼女の最後の思念おもい

 意識は暗闇に堕ち、やがて闇に溶けていった。


 ニフタヴィアにて、アマルティア・トリアエプタの存在は消え去る。


 先の城以上に。


 跡形もなく。

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