第2話 侵入者
***
「ん?」
アマルティアの
そういったことから、アマルティアは城の中へ入ってきた異物に
(
外国ではわからないが、少なくとも生物以外で動くモノはニフタヴィアでは確認されていない。
だから生き物と断定せざるを得ないのだが、アマルティアとしては未知は在るという認識があるため、
(さて、どうするか。俺が気づけなかったってことはあいつらも気づいちゃいないはず。知らせて対応させるか、それとも俺が行くか)
ゆっくり
「うっし。行くか」
彼女は動くのが嫌いだ。退屈も嫌いだ。
けれど、生きるのに必要なことや未知は嫌いじゃない。
思考を巡らし、工夫し、楽をして利を得ることや知らないモノを観察することはむしろ大がつくほどには好きと言って差し支えないくらいに。
だからこそ、彼女は面倒を圧して自らの足で異物との邂逅のため歩を進めるのだ。
「お……っとっと」
そのだらしないというべきか
***
「よう。待たせたか
「…………」
(無視かよ。……んが)
使われていないが最低限の手入れはされている玉座の間。そこには既に
普段使っていない
そのお陰で、
とはいえ、侵入者は全身真っ黒な鎧に身を包んでいて情報としてはいまひとつ。
「なるほど。なるほどなるほど」
(マーヴリについてはこれからとして、まずはこっちだな)
侵入者の仮名を
それよりも、アマルティアとしては飛び交っている蝶のほうへ興味が注がれている。
(あれなら解る。生き物じゃねぇな。燃える
生まれたときからその強大な力故に力加減を覚える機会に恵まれず、象ることさえ
さらに、破壊を主軸とする思考傾向が強いニフタヴィアの場合、形はさほど重要ではなく。結果的にどういった被害を与えられるかが重要。
そのため蝶のように舞う火の法術は物珍しく。また趣深い。
(絵本は好みじゃないんだが、絵本の世界が現実になるとこんなんなのかなぁ? そう思うとなかなかどうしてクるものがあるな。うん。悪くない)
蝶に釣られてか、自らに振り回されてかはわからないけれど。アマルティアは蝶を眺めつつ、フラフラしながら玉座へ向かう。
何を考えているのかはわからない。けれど、目的は少しだけわかる。
「よいしょっと。ふぅ……疲れた……あ、っとと。あぶね」
玉座にどかっと座り、脱力しすぎて
「さ、て、と。それで? 俺に用があるんだろ? なんだよ。聞いてやる」
この城に来たということはそういうことだろう。むしろそれしかあり得ない。
最低限の備蓄に最低限の召使い。そして最低限の手入れしかなされていないその場所に来る目的なんて、アマルティア以外にない。あるわけがない。
そしてそれは正しく、けれど
「…………」
「また無視――テメッ!」
二人共大きくは動いていない。少なくとも
だが、アマルティアの座る玉座の横には大きく斬り裂かれた痕が刻まれていた。
(あぶねぇ……。見えなかったが視えていて良かった)
何をされたかはわからない。が、何かされたのは感知できた。だから対処できた。
もし、
「この野郎……。やるじゃねぇか。そんなちんまいのだけじゃなく見えないもん飛ばしてきやがって」
その瞳によって看破した法術の正体は見えない刃。
それ自体は珍しくもなく、アマルティアもやろうと思えばできなくもない。
本質が異なって良いという前提があるに限り。
(風の刃……じゃねぇな。鎌……か? 形は鎌で、確かに斬るまではそこに存在した。斬れ味も脅威ではあるが、問題は原理。俺の目には見えないとんでも斬れ味の鎌を出し入れする法術……と、映っちゃいるが……。そんなもん知らねぇぞおい)
またしても未知。しかも原理不明の未知。
そこに抱くは恐怖。緊張。普通はそんなあたりだろう。
けれど、残念ながら普通から逸脱しているのがアマルティアという王なわけで。
(まさか見えないがほしい結果をもたらす法術を使える奴が他にもいるとはな)
「…………」
「――無言で飛ばすのやめろよ。まず、もう効かねぇし。いや、最初から効いてねぇし」
一度目の不意打ち以降は常時鎧を展開し、その身を守っている。
鎌は軽々石造りの城を細切れにできるだろう。が、鎧もまた鉄ごときでは強度の比較すら叶わぬほど丈夫。
どちらも甲乙つけがたい。
いや、甲乙自体はついているかもしれない。
が、比べられるのはそれだけじゃない。
「…………」
「無駄だってのがわっかんねぇかなぁ〜……」
鎧に阻まれようと、
その度に玉座の間は刻まれ、やがて天井を突き抜け空が露わになっていく。
玉座の間で無事なのは最早アマルティアと座っている椅子とその周辺数十センチだけ。
「この野郎……生きて終わったらちゃんと直せよ。生かす気もあんまし無ぇけど」
玉座の間……だけなら大した被害とは考えない。
問題は鎌があらゆる方向に飛ばされたこと。
(やってくれやがった。俺の部屋と、おまけにバトレとイピが
二人の従者よりも自分の食事とベッドが大事。
冷たいように思えるかもしれないが、ニフタヴィアではこれでも気にかけている方と言えてしまう。
目の前に敵がいるのに、
「ついでに飯持ってこいや
怒号……と呼ぶには腹にも喉にも肉が足りないけれど。それでもアマルティアからすれば精一杯の怒声。
怒りの声と同時に先の侵攻軍を壊滅させた雷を頭上で発生させ、まとめ上げる。
「さて、そろそろ攻守交代と行こうぜ。俺の堅さは十二分にわかったろうしな。次はテメェが受けてみろよ」
雷に向かって雷が放たれ、巨大な球から細くなり楕円へ。大きさは増して行きつつも形は細く、長くなっていく。
「テメェ、さっきは火で
「…………」
相変わらず沈黙しているが、アマルティアは構わず言葉も準備も続ける。
「つっても火でもなけりゃ
ただ落とせば、それだけで命を奪う轟雷。本来一瞬の閃きにて姿を消すそれを維持しながら槍を象り、そのために密集させていくとなれば、引き起こす結果はただ雷を落とすとは比べるべくもなく。
「束ねるは破壊の権化。一筋の閃きですら
「数百本纏めて一箇所にぶちこんだら」
その雷槍は、無慈悲に。
「テメェは耐えられるのか」
「気になるんだぁ〜がぁ」
けれどアマルティアは。
「折角の
どうやら一本じゃ物足りないらしい。
「盛大に行こう」
その言葉の直後。時間をかけて作られていたはずの雷槍を即座に追加で九本――計十本作り上げてしまい。
「さぁ、馳走してやる。存分に食らうと良い」
そして、
***
「ん〜と?」
玉座の間は
アマルティアの放った雷槍は眼前全てを消し炭にし、
「終わったか?」
が、それは
「ふぅむ。結局なんだったんだあいつ?」
どうせ見抜けないならいらないと閉じてしまっていたから。
「ま、いいか。それよりも今日の寝床を――ぅぁ……っ!?」
背後に在る
(なん……だ……? 眼の……前が……歪ん……で……)
咄嗟に
「て、てんめ……」
(いつの間に……っ)
「…………」
「ぁ……」
頬に触れられるとさらに視界は歪み、やがて平衡感覚を奪われて、思考は停止を始める。
(しく……った……)
なにをされたかは理解できない。
解ることはひとつだけ。
「へ……っ。讃え……て……やん……よ……」
(テメェは……俺を下し……て、こ……の……国で……一番にな……ったって……な…………)
立場に執着はなく。むしろ晴れやかな気持ちで敗北は受け入れよう。
しかし、もし叶うならば。
(もし……生き残っ……たら……また……
それが彼女の最後の
意識は暗闇に堕ち、やがて闇に溶けていった。
ニフタヴィアにて、アマルティア・トリアエプタの存在は消え去る。
先の城以上に。
跡形もなく。
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