トリアファンタジア

黒井泳鳥

序章 失威と出会い

第1話 夜王はとにかく暇してる

  ***



 むかしむかしのこと ひとびとは まっくらやみのくにに おびえるひびを すごしていました


 まっくらやみのくにの おうさまは たたかうのがだいすきで ちかくにあるくにすべてに せんそうを しかけます 


 まっくらやみのくには とてもつよく ひとびとはなにもできず たおされていきます


 ながいながい つらいひびが ひとびとにおとずれます


 けれど いちがみっつならんで ななまわりめになったころ ひとりのおとこが たちあがります


 おとこは とてもつよく まっくらやみのくにのへいしを どんどんたおしていきました


 おとこは たくさんの ひとびとをたすけ えいゆうと よばれるようになりました


 まっくらやみのくにの へいしたちは みな かいぶつのようですが えいゆうは まけません


 くるひも くるひも えいゆうはたたかいつづけます たくさんのひとを たすけつづけます


 やがて えいゆうは まっくらやみのくにのおうさまのおしろに たどりつきました


 ななばんめの まっくらやみのくにのおうさまは わかくうつくしいじょせいでした そして あらそいをこのまないひとでした


 けれど やさしいわけではありません おしろにきた えいゆうをむかいうちます


 ななばんめのおうさまは たたかうのはすきじゃありません けれど いままでのおうさまのなかで いちばんつよいです


 えいゆうは くせんしてしまいます


 ふたりは なのかかん たたかいつづけました  


 そして なのかめのよる ななばんめのおうさまは たのしそうにわらいます


 たたかうことがすきじゃないのは おなじくらいつよいひとが いなかったからでした


 ななばんめのおうさまは えいゆうのことを きにいってしまいました


 そして えいゆうも うつくしいおうさまに こいをしていました


 ふたりは たたかうのを やめました


 ななばんめのおうさまは えいゆうのねがいにより ほかのくにを おそわないように させました


 せかいは へいわになりました


 えいゆうは ながい ながい あらそいのひびを おわらせたとして だいえいゆう と よばれるようになりました


 だいえいゆうは じぶんのくにの おひめさまと けっこんしないかと おうさまに いわれました


 けれど だいえいゆうは ことわりました


 まっくらやみのくにの ななばんめおうさまが すきだからです


 だいえいゆうは ななばんめのおうさまに けっこんを もうしこみました


 ななばんめのおうさまは うけいれました


 ふたりは ずっと ずっと なかよくくらしました


 せかいも せかいをすくったえいゆうも あらそいをおわらせたおうさまも


 みんな みんな しあわせになりました


 おしまい



   ***



「はぁ〜……。なんだこれ?」

 ランプ一つに照らされた王城の寝室。辛気臭いその部屋にある大きなベッドに寝転がりながら本を読んでため息をつく女がひとり。真昼だというのに黒い雲に覆われたこの国の性質の所為で、ため息一つでアンニュイさがより際立っていく。

 そしてそんな女を見る背が高く、姿勢の良い老人がひとり。小さな角や黒い触手のような尻尾が生えていたりもするが、さしたる問題ではない。

 本を読み終えたところで、老人が声をかける。

「楽しめましたか? アマルティア陛下」

 陛下。つまりこの女はこの国――常夜の悪国ニフタヴィアの七代目の王。

 年の頃は十と六。艶のある長い少しだけクセのある黒髪。つり気味の目に紫がかった瞳。そして十六とは思えないほど豊満な体。かといって贅肉は比較的少なく、男好みのその姿は一目見れば誰もがため息をついて呆けてしまうだろう。月の如く生えた大きな角だって、一種のアクセサリーに見える。

 ……一目だけならば。

「この面ァ見てその感想が出るならその目は取り替えたほうがいい。取ってやろうか?」

「本日も大変麗しく――」

「世辞はいらねぇし、本気でそう思ってるならやっぱその目取ってやるよ。ほら、こっちへ来い」

「陛下の手を煩わせるのは忍びなく。取り替えておきます」

 お互い社交辞令などを申してるわけでもなく。それぞれ理由を持ってげんを発している。

 素材……という話ならば紛れもなく美女と言って差し支えない。が、この女。素材の良さに反してまったく手入れをしていない。

 長い髪はクセを持つが故に絡まって枝毛もあるわボサボサだわで寝転がってるから目立たないが起きたらそれなりに酷い有様。若さもあって肌は荒れてはいないが、化粧っ気がないので素材のみで勝負している状態。服も何日着てるかわからないシワシワよれよれ。

 つまり、第一印象を覆し、素材を台無しにしている女。それがアマルティア。

 素材だけは一級品なので、この老人――バトレも決して世辞を言っているわけではない。

 ここまでの流れでわかる通り彼は王の執事兼世話役といったところ。執務もない故に王の世話が第一になっている。しかも百十一年ごとに代替わりする王たちに仕えてきている大ベテラン。つまり、見た目以上に老いている。所謂、人間――只人アンスロポス基準でも、彼ら夜人ゼノ・ソーマ基準でも御高齢ごこうれいという言葉を完全に逸脱している。

 そもそもこの二つの人種の寿命はそこまで差はない。只人アンスロポスの平均が五十。病などにかからなければ百に届くことも稀にある程度。夜人ゼノ・ソーマは衰弱死や戦闘における死者が多いので大多数は二十以下。寿命を迎えても百二十を超えるくらいで限界。

 当然ながらそれぞれ長齢な例外も生まれはするが、それでも二百を超えることはないし、六百超など例外どころの話ではない。

 と、彼についての話はこのくらいにして。

「チッ。テメェの目については正直どうでもいいから置いとくとして――」

「置いていきましょうか?」

 そう言うとバトレは自分の右目を抉り出してその場に置く。寝室が汚れるのを見ると、つり気味の目がより鋭くなったよう。

「おい馬鹿野郎マラカス粗悪品プッチョ置いてくな。持って帰れ」

「自ら取ろうとした方とは思えない言い草でございますね」

「口答えしてんじゃねぇ。はよハメ直せ」

 言われた通り取った目玉を拾い直し、ほこりがついてないか確認した上で眼底にハメ直し、話は続く。

「はい。それで、お話があるのでは?」

「テメ……ふん。絵本……いや童話含めてつまらねぇからもう持ってこなくて良い。物語がつづられてるのは嫌いじゃねぇが子供ガキ向けは駄目だ。簡素で薄っぺらくてさすがの俺でも読むに耐えねぇ」

「なるほど。しかしもう童話くらいしか残っておりません。陛下は他の書物を全て読み終えてしまいましたし」

「はぁ!? まだ一年も経ってねぇのに尽きたのかよ!?」

「そもそも書物の製作、貯蔵、調達をこの国は熱心に行っておりませんので」

 ニフタヴィアの先代までの王は争い好きで他国への侵略……いや、殲滅戦のみ行っていた。その為他国からの略奪品はそれなりにありはするのだが、それは選別するのが面倒が故にまとめて適当に持って帰ってきていただけ。

 そして、そんな蛮族と盗賊と悪魔の寄せ集めのような性質を持つ国が書物などを貯蔵ないし製作するわけもなく。

 ならば他国から輸入……などもできようはずがない。理由は先のことを踏まえれば想像に易いだろう。

「ほんっとにこの国は……。はぁ、玉座についても対して変わんねぇな」

「致し方ありませんな。そういう国柄なので」

「いっそ誰かにくれてやるか」

「叶いません。貴女は選ばれたのだから」

「アノンの王選鏡かがみにか?」

「左様で」

 唯一神アノンの鏡。ニフタヴィアの王を決める神具。

 蛮族の国の王を決める物が唯一神の鏡というのがなんとも形容し難いモノがあるが――。

「本当どうしようもねぇ国に、どうしようもねぇ神様だな」

「そういうモノなので。致し方ありません」

 そう。仕方ないのである。

「あ〜……暇ぁ〜……暇だぁ〜……」

「では先代同様に他国に攻め入ってみては? それで、好きなように略奪するというのもよろしいかと」

「で? その準備に必要なこと、言ってみ?」

「まずは領主たちを捻じ伏せて服従させないと行けませんな。王が新しくなる度に反逆を企てる輩共やからどもなので。まずは手綱を握るどころかつけるとこからしませんと」

「で、そいつら何人いるよ」

「二桁を超えてから数えてませんな。勝手に増えて勝手に減ったりを繰り返すので把握するのも大変なのです」

「それをひとりずつだろ? クソめんどくせぇじゃねぇか!」

「暇つぶしには丁度よろしいのでは?」

「よろしくねぇ」

「そして服従させたあとに略奪品の扱い方についても教えませんと」

「その心は?」

「書物などという脆い物の扱いなどわかるわけもなく。持ってきたとしても半数はズタボロで読めない状態で届くことでしょう」

くそったれガモト!」

 アマルティアは確かに暇している。ニフタヴィアの王は他の国と違い国務もなければ外交もない。強いて言えばただ存在していることが仕事といえる。

 故に先のことをやる時間もあれば力もあるのだけれど。

「俺は本来必要としないことはしたくないんだよ! んだよ。奪ったもんの扱いわかんないとか! 戦闘狂しかおらんのかこの国の偉いどころはよ!」

「それか脆弱な農民くらいですな。あの味気のない芋や豆を作るしか能のない。陛下も幼少のみぎりよく口にしたかと」

くそったれガモト!」

(よーく覚えてんよ。ガキの頃はそれしか食えるもんもなくて苦労したわ――って、今はそんなこたぁどうでもいい)

 過去の苦い思い出が少し顔を出しつつも。すぐに振り払ってまとめへ。

「……とにかく。暇するかやりたくねぇことをするかの二択ってか」

「そうなりますな」

「はぁ〜……億劫……」

 うつ伏せになり、手足をパタパタしながらモゴモゴしだす。

 けれど胸が邪魔して呼吸ができなかったのかすぐに仰向けへ戻った。

「ばはぁ〜っ。……あ〜暇。どうすっか」

「幼い頃は如何にして暇を潰していたので?」

 退屈に溺れる主を見かねて話題提供。

「腹空かしててそれどこじゃなかった。最初の頃は芋と豆を作る側にいて。一日で役立たず認定されて盗むようになって。三日も経たずにしくって。やべぇってなったらたまたま法術マギアが使えて。そっからは強奪だな。で、食いつないで今に至ると」

 補足として、法術マギアとは体内に流れる命力プネウマを消費することで他のエネルギー、ないし事象に変換することをいう。

 ぶっちゃけ魔法と魔力と思ってくれて構わない。この世界ではそういう名称なだけで。

「それはまた幸運でしたな」

「今はなにもしなくても飯が食えるからな。ん。そろそろ飯の時間か――の前に片付けかよ。ガモトッ」

 時に、神に愛されたモノは生物の種類に問わず贈り物が届く。あらゆる力といった概念として。

 その力を神贈物タレント。そしてアマルティアの神贈物タレント看破カタストリィ

 この能力ちからに関しては多種多様な使い道があり、ひとつは千里眼。またひとつに命力プネウマ測定器。それから嘘発見器などなど。

 ここで使ったのは千里眼。自分の命力プネウマに応じてあらゆるところを壁等無視して情報として取り入れる能力。

 で、視えたモノというのが。

「え〜っと? 小飛竜とかげの群れが北から来てて? 東西南ほかみっつから有象無象ぐんたいか」

 アマルティアの住む城の周りは荒野。本来いくつか居城となる場所はあるのだが、うるさいのを嫌って最低限の世話役二人と自分の計三人でこの孤城に住んでいる。

 つまり、この東西南北から迫りくる数万の兵による軍と数百からなるドラコーンの群れに対する兵などはいない。

 ……必要ないともいえる。

「注意勧告は致しますか?」

「え? なんで? いらんだろ。わざわざ軍を率いてんのに。てかグルだぞこいつら。放置してたら同時につくし、兵隊ざこの会話でもそうだとよ。超文句垂れてやがんの。一対一サシじゃねぇとか力を示すことにならんとかなんとか。馬鹿め。勝てば良いのじゃ。そのあたりわかってる頭は悪くねぇな。統率力は別として。で、下手したら小飛竜とかげをけしかけたのもこいつらかもな。何人か目の良いやつが小飛竜とかげの動向を確認してやがるからほぼほぼ間違いねぇだろ。へん。小賢しい」

 ひとりでは戦いにならないと踏んでの徒党。ある意味正しい。

 が、ひとつ誤りがある。それも致命的な。

「だからわざわざ慈悲を向ける必要なし。俺はこの国に思い入れもなければ滅んでくれて構わねぇ。国力の低下は眼中にねぇんだよ――はいおしまい」

「お呼びになられましたか?」

 パンっと手を叩くとそれを呼び出しと思ったのか侍女が床からにゅっと生えてくる。文字通り、にゅっと。

 この侍女が最後の同居人。名をイピレトリャ。見た目は十代後半から二十代後半とも取れる曖昧な顔。角はあるが小さく、髪に埋もれている。

「イピか……。別に呼んでねぇ――あ、いや用事はできたわ。たった今」

「拝聴致します」

「外、結構遠くに焼いた小飛竜とかげがゴロゴロいっから食えそうなの持って来い。腹減ったし、時間的にもちょうどいいだろ」

「承りました」

 そしてまたにゅっと消えるイピレトリャ。アマルティアの命を遂行しにいったわけであるが、別に討伐しに行ったわけじゃない。

「では、私はまだ使えそうなモノでも漁りに行ってまいりますか」

「必要無ぇ」

「というと?」

「北以外は全部炭と灰になっちまった」

 おしまい……と、彼女は先程そう言った。

 それは話がおしまいというわけでなく。という意味。

 したことと言えば手を叩くと同時に東西南北しほうの勢力全てにいかずちを落とした。ただそれだけ。

 しかして規模は尋常なわけもなく。手を叩き、音が消える頃には数万の命も同時に消えていて。

 もし、これが一発使うのに数時間かかるとか。一生に数発だけだとか。命を削るなどの大きなリスクがあればまだ良い。

 が、この王にとってこの程度ならばいくらでも出来る。日に数千発は無理でも数百発ならば特に問題なくできよう。

 これがこの国において最も強い生物として選ばれた所以ゆえん

 圧倒的な個の力という実に単純な理由。

「さて、久々の竜肉ですな。家畜ばかりでは飽きてこられる時期。良きタイミングだったかと」

「それ、食える部位が残ってたらの話だけどな」

「イピレトリャならばなんとか見つけて来ましょう」

「あとこれが一番問題なんだが」

「はい。なんでしょう?」

「俺、あんま小飛竜とかげ好きじゃない。硬いの嫌い。つか噛み切れねぇ」

「ではできるだけ食べやすくするよう伝えておきます」

「うん」

 先程、確かにアマルティアは最強の生物と言った。

 が、この王にも欠点はある。

 その一つがズボラなことだとすれば、もう一つはこの咬合力こうごうりょくを含めた物理的な筋力ちからの無さ。

 戦闘においては看破カタストリィによる索敵範囲の広さ。意識するだけで数万を屠る法術マギア。この二つがあれば膂力の無さなど大した問題ではない。

 が、生活面においてはそうも行かない。そもそも細かい法術の力加減が苦手な彼女であるが、それ以上にニフタヴィアにおける法術とは最低でも体長百センチくらいの生き物に致命傷を与えられる程度。

 故、そもそもこの国に伝わる法術で生活面の向上や補助ができるものがない。外国にはあるかもしれないが情報なんて入ってくるわけもない。全員殺すか全員死ぬかの戦争しかしない国なのだから。

 本当、実に、まったく、難儀なモノなのである。



   ***



「うぅ〜ん……まだちょっと硬ぇなぁ〜……」

「左様でございますか」

 アマルティアの部屋に持ち込まれた夕食はパッと見では脂のしたたる豪勢な肉の塊を彼女用に予め薄くスライスしたモノ。

 出来るだけ柔らかい部位にじっくり火を通し、筋を断つように心掛けていたものの、どうにも満足のいくものではなかったようだ。

「申し訳ございません。無事だった部位が腿の筋の部分と尾だったので。それにただの小飛龍ミクロス・ドラコスでしたから肉質的にも柔らかさとはかけ離れておりどうにもこうにもなりませんでした」

「とはいえ、陛下にも噛み切れるならば上等ではありませんか?」

「あ〜うん。まぁ、そうだな。よくやったぞイピ」

「お褒めの言葉、この身に染み渡ります」

「超戯言抜かしやがる」

 偽り。謀り。世辞。こと『嘘』を見抜くことはアマルティアのその看破にかかれば容易が過ぎる。

 なにより表情も変わらなければ声に感情ものってない。そもそも数百年に渡って王の世話をするだけのシステム的存在なのだから心からの支持やら忠義を期待するほうがどうかしているけれど。

 それはバトレも同様。どんなに上手く取り繕おうとも貼り付けただけで奥の方は無感情。

 虚しい会話やりとり……と、思えるかもしれない。

 でもそれは人との会話に温もりという虚構を感じる者だけではないだろうか。

 アマルティアにはその手の感情はない。あるのはただただ退屈をしたくないというだけ。

 虚しさを感じるとすれば、暇を持て余したまま生を続けることだろう。

(はぁ〜……明日からどうすっかな)

 書庫の本を読み潰した彼女は明日より本格的にやることがない。

 故、彼女は退屈に溺れてる。

 常夜の王はとにかく暇してる。

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