恋って難しい
藤泉都理
恋って難しい
また花火をしようね。
そう書かれた手紙と一緒に線香花火が、入っていた。
清掃活動中の地獄の川で拾った、優に百は超えるラムネ瓶全部に。
「まったくあなたは何度言えば分かるのですか地獄の川を汚してはいけないとあれほど言っているでしょうにガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガーミガミ」
理不尽だ。
思いながらも、一本角の鬼は上司のお叱りを黙って受け入れた。
確かに、自分にも非があると知っているので反論もせず、上司の目をじっと、それはもうじぃっっっと見つめて、黙って聞いていた。
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ」
「………」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ」
「………」
「ガーミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ」
「………」
「いいですね。今度こそケリをつけて来なさいよ」
「善処します。では失礼します」
ハキハキと言った一本角の鬼は上司に礼儀正しくお辞儀をして、その場を立ち去った。
「………まったく、とんだ頑固者ね」
背筋の伸びた一本角の鬼の背中を見ながら、ぽつり、上司は呟いた。
(行かねば、ならない、だろうな)
一本角の鬼は、とても長い溜息を吐いた。
その溜息は身体中の酸素を吐き切るほどだった。
一度きりの逢瀬だった。
あいつとは、人魚とは。
自分が現世視察中に偶々出会って、何故か、一緒に浜辺で線香花火をする事になって。
『また一緒に花火をしようね』
『いいえ、もう二度と現世には行かないのでできません。では失礼します』
ぶった切った。
ぶった切らないと、未練が残るので。
一目惚れだったのだ。
偶々空中に飛び跳ねる人魚を見て、その美しさに、愛らしさに、息を飲んで、たった一度だけだからと、言い訳をして、酒をしこたま飲んで、線香花火を買って、一緒に花火をしませんかと、口から心臓を出しながら言って、いいよと言ってもらえて、一緒に線香花火をして、また一緒に花火をしようねとの誘いをぶった切った。
(………ひどい鬼女だろうか?)
自分から誘っておいて、仕舞いには相手からの誘いは断る一本角の鬼。
(けれどまさか、地獄の川に送る術を。見つけたのか、そもそも知っていたのかは、分からないが。こんなにも送ってくるなんて)
正直、嬉しい、が、反比例して、とても、困る。
(また会ったら、会いたくなる。会いたくなったら、仕事に支障が出る)
バリバリ働く鬼として生きてきたのだ。
恋に現を抜かすフラフラ鬼として生きて行きたくなどない。のだが。
(それにそもそも、現世にはそうそう簡単に行けるものではない。以前は視察だったが、そうそう視察に行けるものではないし。今回は上司にもうラムネ瓶が地獄の川に入れないように解決してこいと言われているから行けるが………どうせ、月に一回の清掃活動で責任を取って回収するのだから、現世に行かなくていいのではないか。上司の説教を受け入れればいいわけだし)
よし、行かないでこのまま行こう。
そう決意したのも束の間。
今度はラムネ瓶ではなく、人魚が地獄の川をどんぶらこどんぶらこと流れて来た。
「いつまでも返事がないので直接会いに来ちゃった」
「………」
(あれ?現世の生物って地獄の川にこんなに簡単に来れるものだっけ?)
人魚が眼前に居るという現実から逃避しようと考えていたが、あれよあれよという間に上司に人魚と二匹だけで話せる場を設けられた一本角の鬼。もう逃げられないと絶望する中。ふと、思ったのだ。
そうだ。想いを伝えて、フラれれば、仕事に専念できるじゃん。と。
(そうだそうだ。想いを伝えて、フラれよう。一日は落ち込むかもしれないが、次の日からは仕事に専念できる。よし)
こほん。一本角の鬼は小さく咳をして、人魚の目を確りと見つめて、伝えた。
好きです百年に一度しか会えませんけど付き合ってください。と。
「うんいいよ!」
「ですよね。ありがとうございます。ではさようなら。もうラムネ瓶を流さないでくださいね」
「え?何でさようなら?」
「だって私を振ったでしょう?」
「え?振ってないよ。付き合おうって話でしょ?」
「え?付き合うんですか?何故?」
「え?何でって。好きだから」
「え?何故私が好きなのですか?たった一度きり、しかも、三時間くらいしか一緒に過ごしませんでしたよね?」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」
「あなたは魅力が盛りだくさんですけど、私は仕事しかないので、好きになる要素がないでしょう?」
「えー。かわいいよー。酔っぱらわないとボクに話しかけられないところとか。線香花火を一緒にしたいと考えるところとか。思いっきり縁をぶった切るところとか」
「………可愛いではなく、無様と言うのでは?」
「可愛いよ。とっても」
「………失礼。私は私を可愛いと思ってほしくないので、あなたと付き合えない理由ができました。よかったです。では、さようなら。今後二度と私の前に現れないでください」
「うん分かった。また百年後に会いに来るね。それまでは一か月に一回ラムネ瓶を送り続けるよ」
「いえ、結構です。会いにも来ないでください、ラムネ瓶も地獄の川に送らないでください迷惑です」
「うん分かった。さっき上司さんに君の家の住所教えてもらったからそこに直接送るね。一か月に一回」
「いえ結構「本当に嫌だったら、ラムネ瓶に手紙を入れて送って?諦めるから」
「はい分かりました送ります今からすぐに」
「うん。これまでに送ったラムネ瓶全部にお願いね」
取ってあるんでしょう?
天真爛漫の笑顔のまま尋ねられた一本角の鬼は背を向けて、さようならと言うと、人魚はまたねと言っては、現世の海へと戻って行ったのであった。
「よかったね解決して」
親指を上げた上司を、死んだ魚の眼で見つめた一本角の鬼は、ぽつり、恋は難しいですと言ったのであった。
「さあって。いつになったら返事は変わるかなー」
さようなら。
そう書かれた手紙をラムネ瓶と一緒に受け取った人魚は、線香花火を調達しに陸へと上がるのであった。
(2023.8.21)
恋って難しい 藤泉都理 @fujitori
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