第20話:片足の不屈のランナー

あらすじ:成長した祥太はパラリンピックに出場し、そなたは今も舞台女優として活躍している。ようやく祥太は、そなたとした約束を果たすことができたのだった。


◆◆◆◆



 右足をなくした俺が、初めて公園でそなたに出会った時から月日は流れる。俺は今、パラリンピックが開催されるスタジアムにいた。そう、あの時俺が――俺がまだ両足があったころ、望んだ場所じゃない。でも、俺が勝ち取った舞台だ。「片足の不屈のランナー」。今の俺のあだ名みたいなものがこれだ。少し恥ずかしい。


 俺と同じ障がい者のランナーはたくさんいるのに、俺だけ注目を浴びているみたいだからだ。あの時、初めて障がい者のマラソン大会に出場して惨敗だった日から時は過ぎた。今でも俺は走っている。走ることができている。神野と一緒に、こうして日本代表としてパラリンピックに出られるくらいになった。ちなみに神野は「片足の天才ランナー」だ。


 周りにいるのは、みんなそれぞれに障がいを抱えた選手たちだ。全員そのハンデを受け入れたわけじゃないだろう。でも、みんな前を向いている。目指すべきゴールだけを、今だけは見ている。俺も同じだ。


「調子はどう?」


 神野が聞いてくる。


「絶好調だ。今日こそ抜いてやる」

「僕も気が長いよね。そう言う君をずっと待ってたんだから」


 図星を突かれた。


「うるさい。俺はスロースターターなんだよ」

「あはは、本当にそうだね」


 いつものようにさわやかに神野は笑ったけど、急にまじめな顔になった。


「でも、君が僕を抜いたら、今度は僕が君を追いかける番だ」


 何かを予感したような顔だった。


「望むところだ」


 俺は強くうなずく。その覚悟はあった。


 選手たちに観客席から声援が飛ぶ。俺は目を上げた。


 ――いた。


 祈るようにしてこちらを見つめているそなたの姿。なぜか、俺ははっきりとそなたを見つけることができていた。そなたもずいぶんと背が伸びて、最近急に大人っぽくなった。おしゃれをして俺の隣に並ぶと、そなたの方が年上に見えることだってある。


 そなたは今も劇団で活躍している。俺もそなたが出る舞台は必ずチケットを買って見ている。有名な映画にも出演したけど、本人は舞台の方がいいらしい。俺はそなたに手をふる。分かるだろうか? 分かったみたいだ。こんなに遠く離れていても、目が合った気がするからだ。そなたも俺に向かって手をふる。どうして、お互いが分かるんだろうな。


 そなたが手を口に当ててメガホンのようにする。大きく叫ぶ。


「祥太ーっ! がんばれーっ!」


 もちろん聞こえたわけじゃない。でも分かるんだよ。そなたが何を言っているのか、心が聞いているんだから。スタートが近づく。ステージで幕が上がる時と同じだ。スタジアム中から向けられる観客の視線の中に、俺はそなたの視線を感じていた。


 ――俺とそなたが付き合ってるかどうかだって? まあ、察してくれ。でも、ただ一つ言えるのは、そなたが俺のために歌ってくれたオン・マイ・オウンを俺は忘れなかった。そして、俺が壁にぶつかるたびに、またそなたがあの歌で俺をはげましてくれたから、俺はもっともっと先に進むことができた。それは俺だけの大切な思い出だ。


 スタートを告げるピストルが鳴った。選手が走り出した。俺も走り出す。生身の左足と、専用の義足をつけた右足で。両足があった時と今とでは、俺の走り方は違う。でも、俺は自分の力で前に進むことができるんだ。これが俺の足だ。そなたの歌と同じだ。俺だけの足だ。俺は俺の右足も俺の走りも、誇りに思うことができる。そしてこれからも――



◆◆◆◆



 ゴールのテープを切った瞬間。ずっと望んでいた一位になった瞬間。金メダルを首にかけた瞬間。俺の目は、力いっぱい拍手してくれるそなたの姿を見ていたし、俺の耳はそなたの喜びの声を聞こうとしていた。いつだってあの子は――あの小さな女優は、俺の勝利を誰よりも祈って、誰よりも望んで、誰よりも祝ってくれるのだから。






 やっと、君に届けることができたよ。俺の一位を――――君の手に!!






(おわり)

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片足のランナーと小さな女優 高田正人 @Snakecharmer

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