踊り子の罠《帝国兵7人、少女ひとりに吊り殺される》

E.C.ユーキ

踊り子の罠《帝国兵7人、少女ひとりに吊り殺される》

 シャンシャンと、いろめくすずちかづいてる。

 帝国ていこくぐん占領せんりょうした湖畔こはんまちなつ涼風りょうふうひと子一人こひとりいない昼下ひるさがりの裏通うらどおりを、帝国ていこく騎士きしだん所属しょぞくおとこ一人ひとり見回みまわりをしていたときだった。すずがする水路すいろこうの噴水ふんすいへとけた瞬間しゅんかん、あくびも退屈たいくつ一瞬いっしゅんにしてんだ。



 ――おど少女しょうじょが、ひらり、静々しずしずあらわれたのだ。



 あざやかなむらさき、ぴちりと全身ぜんしんおおうマーメイドドレス。

 かたそろえたくろつやかみに、まるいほお新雪しんせつ人肌ひとはだ

 両腕りょううでやわらまとう、むらさき特大判とくおおばんのダンス・ベール。



 少女しょうじょはこちらをないまま、そろそろと小股こまたあるきで小道こみち横切よこぎり、家屋かおくかどかくれてしまった。おとこはすぐさまかどまではしったが、すで少女しょうじょ姿すがたはなく、すずこえなかった。見回みまわりの任務にんむをそっちのけでさがしたが、つからず、おとこ渋々しぶしぶ定時ていじ報告ほうこくかった。

 ――とんでもない上玉じょうだまだった。

 絢爛けんらんむらさき衣装いしょうおおわれた身体からだは、むねにおしり、ゆたかにみのりづいた女肉にょにく曲線きょくせんをぴちりとえがき、ややたかめの背丈せたけえていた。しかし不安ふあん一色いっしょくまりった横顔よこがおは、まだまだおさな純朴じゅんぼく少女しょうじょだった。とし十代じゅうだいなかほどだろう。少女しょうじょ必死ひっしなにかをさがしているようだったが、まだこのあたりにいるのだろうか……。

 けいにん帝国ていこく騎士きしだん所属しょぞくおとこたちがあつまり、見回みまわりの結果けっかじゅん報告ほうこくする。まだ占領せんりょうから半日はんにちっていないとはえ、一度いちど安全あんぜん確認かくにんしている一帯いったいだ。やはり『異常いじょうなし』の報告ほうこくならんだ。おとこおなじく『異常いじょうなし』と報告ほうこくした。――あれだけの女体にょたいだ。だれにもわたしたくはない。

 それからというもの、おとこ懸命けんめいに『見回みまわり』にんだ。しかし、おど少女しょうじょつからなかった。散会さんかい見回みまわり、集合しゅうごう報告ほうこく異常いじょうなし』……。退屈たいくつなループが延々えんえんつづく。

 そのなか集合しゅうごうたび問題もんだい発覚はっかくする。

 ――見回みまわへいかずが、一人ひとりずつっていくのだ。

 しかしこれはわかりきっていたことである。この閑静かんせい裏通うらどおりのすぐ反対はんたいがわからは――おんなたちの猫撫ねこなごえがひっきりなしにこえてくるのだ。

 『さけおんなまち』として有名ゆうめいな、王国おうこくりょう湖畔こはんまち今朝けさ帝国ていこく騎士きしだん強襲きょうしゅうしたときには、おとこ全員ぜんいん遠方えんぽう最前線さいぜんせん出払ではらっていて、おんな子供こどもしかのこされていなかった。そこでおんなたちは、昼間ぴるまからさけし、娼館しょうかんけ、帝国ていこく騎士きしだん歓迎かんげいするみちえらんだのだ。ほかたい昼間ひるまからたのしんでいるなか自分じぶんだけは見回みまわりの仕事しごと……。うでっぷししかのうがない帝国ていこくへい我慢がまんなどできるはずもなかった。

 7にんが6にんに。6にんが5にんに。けなど普段ふだんであればあたまにくるところだが、今回こんかいだけはなんなくゆるせた。――あれをひとめできる確率かくりつがるのだから。

 そして、3にん報告ほうこくっているときのことだった。



 ――すずが、シャンシャンと。



 ついにつけた。広場ひろばこう、巨大きょだい劇場げきじょう天幕てんまく正面口しょうめんぐちまえに、あざやかなむらさきのマーメイドドレス姿すがたえた。少女しょうじょはやはり不安ふあん一色いっしょく表情ひょうじょうで、左右さゆう見回みまわしてなにかをさがしていた。

 ――少女しょうじょがこちらにがついた。ハッとまる見開みひらいて、ひどおびえたかお後退あとずさ少女しょうじょおとこたちは全速力ぜんそくりょくかったが、いかんせん距離きょりもあり、少女しょうじょ劇場げきじょう天幕てんまくなかへとげてしまった。

 劇場げきじょう天幕てんまくたかさは5かい建築けんちく相当そうとうはば直径ちょっけい家屋かおく20けんぶんと、正面口しょうめんぐちまでると圧巻あっかんおおきさだ。平時へいじであれば観客かんきゃくにぎわうのだろうが、いま帝国ていこく騎士きしだん禁止きんし区域くいきとしているため、しずまりかえっている。そこに少女しょうじょはいっていったのだから、きっちり『見回みまわり』の仕事しごとたさなくてはならない。……ひとめはかなわなかったが、3にんかこむのもまあいいだろう。

 おとこたち3にん薄汚うすぎたなみをかべながら、劇場げきじょう天幕てんまくなかへとはいっていった。



 劇場げきじょう天幕てんまく内部ないぶは、薄暗うすぐらく、てていた。

 ひるだというのに薄闇うすやみひろがり、人丈ひとたけもある木箱きばこ衝立ついたて乱雑らんざつかれて、地下ちかへの昇降機しょうこうきけっぱなしであなになっていた。どうやら王国おうこくぐん物資ぶっし倉庫そうことして使用しようしていたらしい。帝国ていこくぐん占領せんりょうしたあとも、した兵士へいしなり捕虜ほりょおんな住居じゅうきょとして使つかまわ予定よていだった。今日きょう昼前ひるまえほかたい大人数おおにんずう内部ないぶ調査ちょうさし、王国おうこくぐん残党ざんとうひそんでおらず、安全あんぜん確認かくにんしていた。らされたのはそのときだろう。

 おとこたち3にんは、天幕てんまくおくへとすすんでいく。

 ――シャンシャンと、すずおくからこえてくるのだ。

 しかし通路つうろせまんでいるうえ木箱きばこ衝立ついたておとこたちをはばんだ。よろいけん装備そうびしたままでは時間じかんがかかってしまい、すず途中とちゅうからこえなくなっていたが、ようやくひらけた場所ばしょた。

 中央ちゅうおうホールだ。地平ちへいにもてんにも広々ひろびろとした薄暗うすぐら空間くうかんなかに、観客席かんきゃくせき扇形おうぎがたひろがっている。その中心ちゅうしんにはだんになった舞台ぶたいがあり、5かい相当そうとう上空じょうくうからひかりがわずかにんでいた。

 おとこたち3にんおど少女しょうじょさがしたが、姿すがたはなかった。

 わりに、見回みまわちゅうえた4にん帝国ていこくへい発見はっけんした。



 ――くびをくくられ、宙吊ちゅうづりにされた姿すがたで。



 舞台ぶたい中央ちゅうおう天井てんじょうかられた4ほんのロープのさきの、ひと二人分ふたりぶんたかちゅうに、4にんおとこくびをくくられるされていた。……4にんともすでいきかった。

 敵襲てきしゅうだ。おとこたち3にん身構みがまえ、周囲しゅうい警戒けいかいした。

 ――劇場げきじょう天幕てんまくないが、暗闇くらやみになっている――。

 正面口しょうめんぐちめられたのだ。ただでさえ薄暗うすぐらかった天幕てんまくないは、中央ちゅうおう舞台ぶたい上空じょうくうからわずかにひかりむのみとなり、暗闇くらやみつつまれた。

 ひかりちかくにては恰好かっこうまとだ。おとこたち3にんはすぐさまみち暗闇くらやみかくした。

 油断ゆだんした。まだてきがいたのだ。帝国ていこくへい一人ひとりずつおびきせて、ころしていたのだ。おど少女しょうじょおとりやくで、そのほか王国おうこくぐん残党ざんとうかくれているにちがいない。おとこたちはけんき、完全かんぜん戦闘せんとう態勢たいせいになった。



 おとこたち3にんかたまり、暗闇くらやみなか慎重しんちょうすすむ。

 目的もくてき索敵さくてき、およびそとへの脱出だっしゅつだ。てき何人なんにんいて、なにをしてくるかまったくわからない。絶対ぜったいにこちらの居場所いばしょさぐられないよう、いきひそめ、物音ものおとをたてないようにめた。

 しばらく暗闇くらやみすすんだが、そとひかりつからない。はいってみちかえしているはずだったのに、どこをすすんでいるのかわからなくなっていた。こんなことなら手間てまをかけてでも天幕てんまく一部いちぶがしておけばと後悔こうかいした。てき気配けはいはまったくかんじない。ひそんでいたとしても2人ふたりか3にんだろう。

 ――シャンシャン。すず天井てんじょうホールに反響はんきょうする。

 さらにすずはシャンシャンとつづいていき、だんだんとつよはげしくなっていく。おとがするのは中央ちゅうおう舞台ぶたいだ。これもおとりなのだろうが、そとひかりひそてき発見はっけんできない以上いじょう少女しょうじょらえてがかりをるのが得策とくさくだろう。

 おとこたちは居場所いばしょさとられないよう、慎重しんちょうもどった。今度こんど中央ちゅうおうからのひかり目印めじるしにできるが、足元あしもとあな木箱きばこはばんでくるのはわりない。またしてもすず途中とちゅうんでしまったが、なんとか天幕てんまく中央ちゅうおうまでもどってきた。

 舞台ぶたいには、少女しょうじょだれもいなかった。

 ほか絞死体こうしたい宙吊ちゅうづりにされたままで、変化へんかはない。周囲しゅうい観客席かんきゃくせきなどにも、少女しょうじょだれひそんでいる気配けはいはなかった。



 ――ひとり、りない。



 2人ふたりしかいない。3にんはなれずに行動こうどうしていたはずなのに。

 2人ふたりはいなくなった仲間なかまさがした。



 ――えている。



 4つの絞死体こうしたいが、5つにえている。

 おとこたちは舞台ぶたい近寄ちかより、ひと二人分ふたりぶんたかさにげられた、あたらしいそれを見上みあげて確認かくにんした。……間違まちがいなく、たったいままで行動こうどうともにしていた仲間なかまだった。すでいきはなかった。

 このときおとこたちは、ある事実じじつがついた。



 5にんくびっているのは、ロープではない。

 ――紫色むらさきいろけたぬの背丈せたけ何倍なんばいにもながぬの

 それがほそり、くび、そして全身ぜんしんをしめている。

 絞死体こうしたい5つすべてが、ぬの全身ぜんしんぐるぐるきだった。



 おとこたち2人ふたりは、ふたた暗闇くらやみなかはいった。

 仲間なかまはだいぶ精神せいしんにきていたが、かつれてとも行動こうどうさせる。すこしでもはなれればいのちい。2人ふたりかたまって索敵さくてきをしながら、そと目指めざし、暗闇くらやみ迷宮めいきゅう彷徨さまよった。

 ――シャンシャン。暗闇くらやみからすずこえる。

 ――シャンシャン。おとおおきく、鮮明せんめいになる。

 そしてすずは、おとこたち2人ふたり周囲しゅういまわはじめた。くらぎてかげしかえないが、ひらひらと人影ひとかげうごいている。ぬののようなものがおとこほほをかすめ、あまのこはなをくすぐられる。四方八方しほうはっぽう、あちこちへと位置いちえて、暗闇くらやみなかにけたたましくひびすず――……。

 ――シャンシャン。シャンシャン――

 ついに、仲間なかま発狂はっきょうしてしまった。

 奇声きせいげ、闇雲やみくもけんまわすが、すずまないし、リズムもくずれない。そして――

 仲間なかまおとこ奇声きせいが、悲鳴ひめいわった。

 『やめろ』『たすけてくれ』。仲間なかま悲鳴ひめいすずとおざかっていく。もはやたすける余裕よゆうはない。しかし――……。

 おとこはここで、けにた。

 ――てきは、たったひとりしかいない――。

 木箱きばこにつまづき、衝立ついたてにぶつかりながら、とにかくはやすず方向ほうこう目指めざした。 

 このままひとりで闇雲やみくも出口でぐちさがしても、手間取てまどっているうちに暗闇くらやみなかられてわりだ。ならば天幕てんまく中央ちゅうおうからのひかりたよりに舞台ぶたいもどる。仲間なかま救出きゅうしゅつえばベストだが、そうでなくとも――形勢けいせい逆転ぎゃくてん可能性かのうせいがある。

 暗闇くらやみすず反響はんきょうするなかおとこてき遭遇そうぐうすることなく、なんとか天幕てんまく中央ちゅうおう舞台ぶたいまでもどってきた。

 ――わなかった――。



 中央ちゅうおう舞台ぶたいひかりなかに、げられた人影ひとかげが、6つ。

 びくんびくんとねる1つも、いまうごきがまった。

 ひと二人分ふたりぶんたかくのちゅうげられた、6つの絞死体こうしたい

 そこからななした、ピンとられたベールのさきで――

 ――おど少女しょうじょが、深々ふかぶかと、優雅ゆうがにお辞儀じぎをする。

 ベールを背負せおくようにかがんで、あたまげて。

 おとこにん、ベールで全身ぜんしんぐるぐるきの絞死体こうしたいしたで。



 わなかった。

 しかし、成果せいかはある。

 闇討やみうちしかしてこない少女しょうじょと、1たい1。

 ひかりなかひらけた舞台ぶたい対面たいめんできたのだ。



 ――少女しょうじょはこちらをるなり、した。

 ベールを手放てばなし、マーメイドドレスのすそをばさばさと逃走とうそうするが、たちまちおとこいついた。舞台ぶたいそで少女しょうじょ片腕かたうでわしづかみにし、そのまま対面たいめんするかたちでもう片方かたほうらえ、ぶりなベッドだい木箱きばこうえたおす。

 ――おとこ少女しょうじょを、いとも簡単かんたんせた。

 おとこ少女しょうじょ馬乗うまのりにしながらも、ねんれて周囲しゅうい警戒けいかいする。――やはり予想よそうどおりだ。王国おうこくぐん残党ざんとうなど、はじめからひそんでいなかった。てき最初さいしょから、ひとりのみだったのだ。

 少女しょうじょおとこ巨体きょたいした懸命けんめいあばれるが、その細腕ほそうでではおとこ豪腕ごうわんかなわない。おんなとしてはややたかめの背丈せたけも、このおとこよりはあたまひとつちいさく、体格たいかくもずっとかぼそかった。

 少女しょうじょは、殊勝しゅしょうにもすぐに大人おとなしくなった。

 ったのだ。そして――

 ――おど少女しょうじょが、すぐそこ、まえに。

 ひどくおびえた幼顔おさながお身体からだふるわせ、かたいきをし、はぁ、はぁ、とあつ吐息といきがこちらのかおきかかる。あまやかなかおりに、しろはだにじんだあせじった少女しょうじょにおい。紆余曲折うよきょくせつあったが、はからずも当初とうしょ目論見もくろみどおりの状況じょうきょうになった。

 ――おど少女しょうじょと、二人ふたりきりである。

 しかし、なかなかにあじ真似まねをしてくれためす餓鬼がきである。帝国ていこく騎士きしだん所属しょぞく屈強くっきょうおとこが、6にんられたのだ。それも、たったひとりの十代じゅうだいなかほどおどおんなごときに。こんな不名誉ふめいよ将軍しょうぐんには王国おうこくぐん精鋭せいえいのこっていたとでも報告ほうこくするよりあるまい。ほかたいからもなんとなじられるかれないし、のこったというのにひど憂鬱ゆううつだった。だからこそ、少女しょうじょには対価たいかはらってもらわなくてはならない。

 ――まずはやはり、ぷりぷりの乳房ちぶさからだ。

 ぴちりとむらさきのドレスにおおわれた、ぶりなメロンほど乳房ちぶさ。それがかたいきをするたびに、ふくらんではしぼんでと主張しゅちょうめない。おとこ少女しょうじょせたまま、乳房ちぶさへとみずからのかおねらさだめた。少女しょうじょ表情かお恐怖きょうふ嫌悪けんおゆが涙顔なみだがおたのしみながら、じわりじわりと間合まあいをおかしていく。頭上ずじょうからきかかる少女しょうじょ呼吸こきゅうは、よりあつく、はやはげしく。連動れんどうして少女しょうじょ乳房ちぶさも、よりうねり、うごめいて。つよくなる少女しょうじょかおりも、よりあまく、あせっぱく、芳醇ほうじゅんに。たちまち距離きょりまり、おとこはなは、ふたつの乳房ちぶさあいだれそうになった。

 ――しかし、おかしい。これ以上いじょうちかづけない。

 身体からだまえうごかない。あたままえたおれない。これからだというのにじれったい。おとこちかられて身体からだまえっていった、そのとき――

 天井てんじょう暗闇くらやみから、ガコンと、重量物じゅうりょうぶつうごおとがした。

 その異音いおんおとこは、ハッと身体からだこし、がついた。



 ――なめらかなぬので、くびがくくられていることに。



 つぎ瞬間しゅんかんおとこ身体からだ急激きゅうげき後方こうほうへとんだ。

 ぬのくびにぐぐっとまったかとおもえば、ぞうくまかというすさまじいちから後方こうほうへとばされた。少女しょうじょせていたおとこ身体からだは、すべなくっぺがされ、舞台ぶたい中央ちゅうおうまでころがった。

 ――舞台ぶたい装置そうちだ。先程さきほど天井てんじょうからの異音いおんはこのからくりだったのだ。おとこはすぐにがろうとしたが、はげしくあたますられたせいか、あしちからはいらない。いや、それだけではない。おとこみずからの身体からだ見下みおろした。

 ――全身ぜんしんが、ベールで、ぐるぐるきになっている。

 くびまったぬのは、けたむらさきおどのベールだった。仲間なかまおとこげていたものとはべつのベールを、舞台ぶたいそでわなとしてっていたのだ。おとこ背丈せたけばい以上いじょうなが大判おおばんぬの、その中間ちゅうかんほそしぼられて、おとこくびきつき、さらにころがった拍子ひょうしうであしにまで、全身ぜんしんががんじがらめにからみついていた。

 少女しょうじょが、静々しずしずあるいてる。おとこのややはなれた前方ぜんぽう、ぷらぷらと宙吊ちゅうづりになっているベールの両端りょうたんまえまでると、すずかざられた二ほんりょうり――

 少女しょうじょはベールをろした。

 ――おとこくびが、つよがる。

 さらに全身ぜんしんからんだベールも、するどがる。少女しょうじょ細腕ほそうでにしてはつよちからだ。おとこ不審ふしんおも天井てんじょう見上みあげた。



 ――舞台ぶたい装置そうち天井てんじょうシーソー。

 両端りょうたん、こちらがわ少女しょうじょがわにベールがれている。

 支点してん圧倒的あっとうてきにこちらがわかたよっていた。

 少女しょうじょは『てこ』を使つかえるのだ。



 しかし、おとこはびくともしない。

 当然とうぜんだ。少女しょうじょ細腕ほそうで小細工こざいく使つかったぐらいでは、おとこきたげたくびるがない。それどころか少女しょうじょいてくれたおかげで、おとこ安定あんていしてつこともでき、こしとしてれるようにもなった。

 おとこ少女しょうじょ、ベールのいが膠着こうちゃくする。どうやら舞台ぶたい装置そうち強力きょうりょくれるのは、おとこ舞台ぶたいそでからばした最初さいしょ一度いちどのみのようだ。すられたあたま回復かいふくしてきて、うであし全身ぜんしんちからもどりつつある。そのときだった。

 ――おとこかかとが、がる。

 少女しょうじょかがみながらベールをろしたのだ。細腕ほそうでちからだけではなく、全身ぜんしん筋力きんりょく使つかい、体重たいじゅうせた少女しょうじょのしめつけ。おとこくび身体からだを、よりするどくベールがんでおそった。

 しかし、所詮しょせん瞬間的しゅんかんてきちからぎない。げるためには継続的けいぞくてき必要ひつようがある。あんじょう少女しょうじょがると同時どうじにベールのりをゆるめた。この瞬間しゅんかんおとこっていた。その反動はんどうすき利用りようし、かかとくと同時どうじぜん体重たいじゅうをかけ、ベールを天井てんじょうからとす――はずだった。

 ――かかとが、いたまま、もどらない。

 馬鹿ばかな。しんじられない。少女しょうじょがわのベールは緩々ゆるゆるあそんでいるというのに、こちらがわのベールはピンとり、おとこくびげている。おとこはもう一度いちど天井てんじょう舞台ぶたい装置そうち見上みあげた。



 ――天井てんじょうシーソーは、『かた可動かどうしき』。

 少女しょうじょがわにはかたむくが、こちらがわにはかたむかない機構きこう

 瞬間的しゅんかんてきつよければ、重量物じゅうりょうぶつげられる。

 かぼそうで少女しょうじょでもあつかえる、演出えんしゅつよう舞台ぶたい装置そうち――。



 くのをおとこかんじた。しかしすぐに行動こうどうした。とにかくくのだ。みずかくびめ、舞台ぶたい装置そうちごと破壊はかいせんとばかりに、ちからづくでいた。――うごかない。びくともしない。物狂ものぐるいでベールをいていると、おとこ少女しょうじょ視線しせんがついた。

 ――少女しょうじょはこちらを、かなしい表情かおつめていた。 

 完全かんぜんめて、ったベールをゆるめて。やがて少女しょうじょかおせると、しずかにくちひらいた。




「ごめんなさい……」




 ――あしが、たらない。

 あばれても、なににもれない。

 おとこ巨体きょたいが、完全かんぜんに、ちゅういた。



 さい始動しどうする天井てんじょうシーソー。こうがわろされるたびに、こちらがわが、ひとつ、ひとつと、こぶしひとつぶんがる。

 ひとつ、ひとつ。みるみると舞台ぶたいはなれていく。

 ひとつ、ひとつ。おとこ巨体きょたいがっていく。

 ひとつ、ひとつ。仲間なかまにんもとちかづいていく。

 がるばかりでまらない。それどころかがる間隔かんかくせばまってきている。このままでは――このままでは……。

 冗談じょうだんではない。こんなわりかた絶対ぜったいゆるされない。こんなわりかたのためにたたかってきたのではない。戦場せんじょう華々はなばなしくるためだ。勇敢ゆうかん最期さいごむかえるためだ。おとこ身体からだはかつてないちからでみなぎり、全身ぜんしんめる拘束こうそくやぶいきおいであばれた。そして――

 ひとつ、がる。

 まだりない。もっとちかられるのだ。

 ひとつ、がる。

 もっとだ。もっとちかられるのだ。

 ひとつ、がる。

 もっと、もっとちからを……。

 ひとつ、がる。

 ちからを――……。

 …………。

 おとこは、なにえられなかった。

 どれだけあしをばたつかせ、もがき、あばれても、がる速度そくど加速かそくするばかりだった。いよいよくびむねがきつくしまり、呼吸こきゅうもままならなくなってしまう。身体中からだじゅうからちからえて、うでが、あしが、なまりのようにおもくなっていく。

 なぜ。どうしてこんなことに。地上ちじょう舞台ぶたいはるとおい。仲間なかまたち6にんももうすぐそこだ。こんなことはあってはならない。あってはならないのに――……。

 おとこはもう、うであしうごかせなくなっていた。



 おとこにできることは、もう、なにもない。

 そう、ここがわりの場所ばしょなのだ。

 あとはただ、ながめているしかない。

 自分じぶんやぶったもの姿すがたを。

 自分じぶんよりつよもの姿すがたを。

 勝者しょうしゃ雄姿ゆうしを。




 ――勝利しょうりおど少女しょうじょの、ぷりぷりの、舞姿まいすがたを。




 舞台ぶたいじょうむらさき爛漫らんまん、マーメイドドレスのすそがくるくるとまわき、暗闇くらやみ劇場げきじょういろかざる。ぴちりとドレスにおおわれた女体にょたい肉付にくづいた肢体したいをくねらせては、おしりをし、少女しょうじょなやましいこしづかいでおどる。けたむらさきのベールを左右さゆうち、しなやかなはこびでちゅうへとばたかせては、きついたあまかおりをぽわぽわとりまいて。そのかざ十数じゅうすうすずも、うえしたへ、シャンシャンとうたわせて。少女しょうじょ表情かおは、すましがおみずからがつくげる世界せかい没入ぼつにゅうしている。だれかれもを幻想げんそういざなう、むらさき乙女おとめすずまい少女しょうじょはたおたおとかなおどりながら――

 ――おとこくびを、げる。

 少女しょうじょうでひろげてまわり、てんあおいで身体からだらせて、一気いっきかがみながらベールをろす。それを何度なんどかえす。ろすたびに、おとこ全身ぜんしんをぐるぐるきにしたベールがまっていく。やわらかなぬの表情ひょうじょう一変いっぺんさせて、するどく、ぎゅうぎゅうとおとこくび身体からだんでくる。少女しょうじょやすめない。それどころかまいはげしくなる。よりはやく、よりふかく、よりおおきく。少女しょうじょはますますおどたかぶりながら、ベールをろし、おとこをぎゅうぎゅうにしめつづける。

 ――ぷりぷりと、乳房ちぶさおどらせながら。

 ぶりなメロンほどおおきさの乳房ちぶさふたつが、のびのびと、勝手気かってきままにはしゃぎまわる。あれだけちかくにあったのに。あとすこしでれるところだったのに。いまはもう、なにとどかない。

 ぷりんぷりんと、乳房ちぶさはずませながら、くびめる。

 ばるんばるんと、あおいではかがみ、身体からだめる。

 体力たいりょく気力きりょく使つかたしたいまおとこには、少女しょうじょ程度ていどちからでも、ひとたまりもない。めつけてくるベールにあらがえず、うであしはあらぬ方向ほうこうげられ、ひしゃげられ、隙間すきまという隙間すきまつぶされる。かろうじてのこっていた呼吸こきゅうのためのむね空間くうかんまでも、容赦ようしゃなくつぶされる。

 少女しょうじょけっしてゆるめない。すでにしぼかすおとこから、淡々たんたんと、何度なんどしぼりとってくる。くろかみみだし、きらりとあせはじけて、わらずのすましがお紅潮こうちょうさせながら。ぷりんぷりん、ばるんばるんと、乳房ちぶさ大忙おおいそがしにおどりながら。しかしおとこにはどうすることもできない。ているしかない。

 ――おとこは、少女しょうじょに、けたのだから。

 そう、けたのだ。おどわなに、まんまとめられてしまったのだ。たったひとりの少女しょうじょに、7にんもの帝国ていこくへいがやられてしまった――。

 ベールをろす少女しょうじょ舞姿まいすがたが、白黒しろくろにじんでいく。ますますけたたましいはずのすずが、とおのいていく。ぎゅうぎゅうに全身ぜんしんめてくるベール、そのぬのかれたあまかおりに、はなをくすぐられる。もはやはるとおくの地上ちじょう舞台ぶたい。もう指先ゆびさきすらもうごかない。もうどうにもできない。もう……もう……。

 劇場げきじょう天幕てんまく中央ちゅうおう舞台ぶたい上空じょうくうげられて、くび身体からだあまやかなベールにぎゅうぎゅうにめつけられて、なおもつづけるおど姿すがた、ぷりぷりとまわ乳房ちぶさまいまえに――

 おとこ意識いしきは、ベールのなかへとえていった。



 終演しゅうえん少女しょうじょ深々ふかぶかかがみ、れい姿勢しせいつづける。

 その背中せなか後方こうほうには、ちゅうぶらりんにられたおとこ

 びくん、びくんと、おとこ巨体きょたいちゅうねる。

 その振動しんどうくびめるベールをつたい――

 体重たいじゅうをかけてかが背負せお少女しょうじょとどく。

 びくん…………びくん…………。

 だんだんと間隔かんかくひらいていく。

 ねもちからよわくなっていく。

 そして、ついに――

 完全かんぜん停止ていしした。



 帝国ていこくへいおど少女しょうじょ、7たい1の市街しがいせん決着けっちゃくした。

 おとこたちは少女しょうじょくびくくられ、ちゅうるしげられた。

 たったひとりのおどに、7にん全員ぜんいんころされた。



 しずかになった劇場げきじょうで、ようやく少女しょうじょがった。

 かが背負せおうようにいていたベールをゆるめ、すずかざしずかに手放てばなし、身体からだごとうしろにかえる。――劇場げきじょう天幕てんまく中央ちゅうおう舞台ぶたいるしげられた、帝国ていこくへいおとこたち7にん亡骸なきがら少女しょうじょはそれらを見上みあげながら、うわごとのようにつぶやいた。

「これを……わたくしが……ひとりで……」

 そのまますう後退あとずさると、そのくずれるように、ぺたりとすわんだ。じた片手かたてむねてて、かお火照ほてらせて。しろはだからはどっとあせて、身体からだ時折ときおり小刻こきざみにふるわせて。少女しょうじょ無心むしんにとろけた表情かおをしながら、しみじみと呼吸こきゅうととのえていた。

 突如とつじょ劇場げきじょう暗闇くらやみに、ひかりむ。

 まばゆい正面口しょうめんぐち少女しょうじょかおけた。――ながびた一本いっぽん人影ひとかげ少女しょうじょかおはハッと目覚めざめ、まるくしてくちひらいた。

「ルシウスさん……!」

 っていたのは、おさな少年しょうねんだった。

 背丈せたけ少女しょうじょこしほどまでしかなく、としは5つほどだろうか。表情ひょうじょうかたく、ほお強張こわばらせていた。

 少女しょうじょはすぐさまがり、舞台ぶたいまえ階段かいだんをかけりて、少年しょうねんはしっていく。すると少年しょうねんあるす。みるみると少年しょうねんあしはやくなる。観客席かんきゃくせき中央ちゅうおうで、少女しょうじょひざをついて、少年しょうねんきしめた。

「もう大丈夫だいじょうぶよ。大丈夫だいじょうぶ

 少年しょうねん棒立ぼうだちで、表情ひょうじょうわらずかたまっていた。まるでこおりのような小身しょうしんを、少女しょうじょはひしときしめる。ぴちりとドレスでおおったむねて、ぎゅうと変形へんけいさせて、隙間すきまめていく。そして――

 うでなか少年しょうねんに、少女しょうじょやさしくかたりかけた。




こわひとたちはみんな、おねえちゃんがやっつけたわ」




 少年しょうねんかたかおは、ようやく、わあわあと決壊けっかいした。

 せきったようにきじゃくる少年しょうねん少女しょうじょのかぼそこしうでまわし、懸命けんめいにしがみつきながら、ドレスしの乳房ちぶさあいだかおうずめて、おもいのありったけをぶちまける。

 少女しょうじょは、おだやかにめる。なみだも、ごえも、鼻水はなみずも、よだれも――少年しょうねんなにもかもを、一身いっしん女体にょたいめる。ちいさな身体からだまっていたものを、存分ぞんぶんさせる。その間中あいだじゅう、やさしくあたまで、やさしい口調くちょうなぐさつづける。すべてをるまで、うでなかで――……。

 7つの絞死体こうしたいしたで、少女しょうじょ少年しょうねんつづけた。



 ようやくいても、少年しょうねんはそこをはなれなかった。

 すっかりぐちゃぐちゃになった少女しょうじょむねに、くたくたの少年しょうねんはなおも懸命けんめいにしがみつく。てるまでくし、もう足腰あしこしちからはいらないのだ。

 少女しょうじょ少年しょうねんはなさずにかかえたまま、少年しょうねんひざうら片腕かたうでまわした。――お姫様ひめさまっこのかたちだ。少女しょうじょ少年しょうねん身体からだげたまま、すっとがる。相変あいかわらずむねかおうずめたままの少年しょうねんに、少女しょうじょやさしく微笑ほほえみ、そして――

 赤子あかごのようなおでこに、ひとつ、キスをした。



 おどうし姿すがたが、正面口しょうめんぐちひかりへとかっていく。

 盛夏せいか湖上こじょう涼風りょうふうに、肩上かたうえ黒髪くろかみをなびかせて。

 マーメイドドレスのすそをひらひらとおどらせて。

 石畳いしだたみうえすそなかでくぐもった靴音くつおとひびかせて。

 おど少女しょうじょ足早あしばやに、戦場せんじょうあとにする。

 しろはだ一面いちめんにさらした、おどうし姿すがた

 帝国ていこくへいおとこにんった、少女しょうじょうし姿すがた

 つかれた少年しょうねんを、お姫様ひめさまっこにかかえて。

 けっしてかえらずに、まえだけを見据みすえて。

 少女しょうじょは、ひかりなかへとえていった。



 シャンシャンと、すずひびく。

 静寂せいじゃく劇場げきじょうがったベール。

 その先端部せんたんぶちゅうぶらりんの

 そこをかざ十数じゅうすうすずかぜうたうのだ。


 ――シャンシャン――シャンシャン――。


 いつまでも舞台ぶたいるしげられつづける。

 けていくおだやかな涼風りょうふううたつづける。

 ぽわぽわとベールにかれたあまかおりとともに。

 ぎゅうぎゅうにめられた7つの絞死体こうしたいともに。


 ――シャンシャン――シャンシャン――。


 静寂せいじゃく劇場げきじょういろめく音色ねいろひびく。

 れるベールのかおりにあまつつまれる。

 いつまでも、ぎゅうぎゅうに。

 いつまでも、シャンシャンと。


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踊り子の罠《帝国兵7人、少女ひとりに吊り殺される》 E.C.ユーキ @E_C_Yuuki

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