第27話 battle5 定められていた運命 結ばれた約束
定刻。一日の期間を経て、姿を隠していた飛行船が上空に現れた。飛行船の攻略。おそらくこれが最終決戦だろう。今回もイリスはいない。
「ハロー!皆さん!!今宵は怪盗の皆さんに飛行船の中にいる悪党を倒してもらおうと思います!!」
今まで戦った戦友たちの意思は固い。怪盗たちは主催者を睨んだ。
「私は部活動みたいに負けては悔しい思いをして強くなるものだと思っていた。もう止めないか?」
「私の目的を達成するためのエンターテインメント。何を得ようが勝手ですが、友情や絆を育むためのものではありません。それも今夜で終わり。最高のショーを見届けてください!!」
目的、と言葉を濁す。主催者はエクスに耳打ちをした。
「なんですか」
「貴方はもう、気づいているのでしょう?私の目的を」
「……いいえ」
「あれだけヒントと言えるものを残したというのに、全く馬鹿な……。いや、考えたくないのですね、最悪の結末を。私の目的は、より大勢の前でイリスを殺すことですよ」
「絶対に止めます」
「いいや、止められませんよ。自分の無力を呪ってください。最高のショーの始まりです!!それではスタート!!!!」
怪盗たちが飛行船へと飛び立つ。エクスがマンホール程の四枚刃のドリルを飛行船に当て、船底に穴を空けた。
「操縦室へ急ぎましょう。こんな馬鹿げた戦いには意味がありません」
「いやいや……。大きすぎでしょ。何階まであるの」
エルが階段下から上を覗くと踊り場が三つあった。船内には豪華な装飾が施されていた。明らかに、あちらの世界の飛行客船を戦闘用に転用したものだった。元々戦争で使用されていた飛行船を基準に造られたものが飛行客船。戦争は数百年前に終戦。飛行船の一部は魔法によって焼かれ、再利用可能な部品は家屋の再建等に使用された。
飛行客船を所有、運営をしていたのはシャーロット家のみ。古い飛行客船を買い取ったか、強奪したか。真相は定かではない。
「どこから攻めても防壁は堅いでしょう。やはり三手程に分かれましょう」
「敵は一人。パパっと済まそうよ」
「そうですね」
エクス、嘉多奈、
「ごめん。みんな。私はここに残るね」
ティアが足を止めたことに全員の気が引かれた。直後、マンホール大の穴から蜂の大群のように
「もう、猫かぶりはお終いにしようかと思います」
エクスが処刑人の剣の布を解き、臨戦態勢を取った。無警戒に進む嘉多奈を視界に入れつつ周囲の警戒を行う。すると、二歩後ろを走る
「ちょっ……!!」
エクスは振り返り、剣の面で隔壁を受け止めた。
「大丈夫。先に進みましょう」
エクスは隔壁を斬ることはせずにそのまま
「助かったわ……」
「私ができる限りサポートします」
エクスは両腕の
「……ありがとう」
船内の三分の一程度を進んだが、障害となりうるものの妨害は少なかった。そう油断していた結果が先の出来事。エクスが気を引き締め直した矢先、再度足を掬われることとなった。
地震のような揺れとともに五重の隔壁が展開。
「無事でいてください……!!」
『エクス……。残念だけど、ネモアを倒しに行けるのは君だけだ……。どうか振り返らずに進んでくれ』
洋介からの通信。エクスは溢れる不安に駆られ、情報収集に走った。懐から取り出した端末で放送を開く。主催者の高く響く声。その声が物語ったのは惨状だった。一階には、棘の出ている壁に押しつぶされた怪盗たちの姿。二階には大量の矢で身体を貫かれた怪盗たちの姿。三階には爆発に巻き込まれ、全身から血を流して倒れている二人の姿があった。
「本当に猫かぶりはお終いです。お代はきっちり払っていただきます」
エクスは操縦室までの道を一瞬で駆け抜け、扉を破った。
「死ね!!怪盗ッッ!!!」
ネモアは機械製のスーツを身に纏い、自身の強化を行っている。殺し屋と奴隷商人、力の差こそあるものの同じ異世界人。なぜこんなにも怪盗を憎んでいるのか、その憎しみを糧に何を積んだか。両者の執念が試されようとしていた。
ネモアは流動性の黒い液体を操り、エクスを閉じ込めた。エクスはその液体を浴びながら牢を破った。
「絶対に殺す!!」
躊躇なく喉に向けて剣を振りかざしたが、黒い液体に剣を呑み込まれ、剣が返ってくることはなかった。黒い液体がエクスの身体の周りを環状に回る。もう一度破ろうとしたエクスの行動を縛る様に高速回転。徐々に環は硬く強靭になりつつ縮み、身体を刻んでいく。
「無抵抗のまま地獄に行け!!」
エクスは縮む環を無理やり破壊。血だまりを作りながらもエクスは死を恐れなかった。服や傷口に残留する液体が針となって他の液体と結合。身体を貫くがまだ止まらない。
「オオオオオオオオオオォォォッッ!!!!」
エクスはもう一本の剣で流体を跳ね除け、ネモアを突いた。その一撃はデザイアがエクスに放った一撃より桁違いに重かった。その一撃で操縦機器の一部が破壊。機能が停止した。
二度目の突きが放たれる。ネモアは液体を硬化させ壁を作った。
「邪魔をするなぁぁぁっ!!!!」
「怪盗を皆殺しにするつもりですか。良かったですね!!私一人しか残っていません。ですが私がお前を殺せば済む話。ここまで来たら命乞いも無駄です!!」
壁が一枚二枚と破られていく。散った液体は残る液体の元へ還る。ネモアは自分の意思を確かめるように強く叫ぶ。
「私の娘を知っているだろう!!あの小賢しい怪盗が我が家に入った日に、あの怪盗が檻に閉じ込めた十一歳の女の子だ。十八になった頃怪盗になると言い残していなくなった。一年もしないうちに娘は死んだ。無残に盗賊に殺害された後、私の家のゴミ捨て場に捨てられていたんだ。怪盗さえやろうと思わなければ、平穏な暮らしが待っていたはずだ!」
意思の確認と呼ぶには悲痛すぎる叫びだった。エクスの手が少し緩まる。次の瞬間、船内全体の照明が落ち、保たれていた高度が徐々に下がり始めた。エクスはガラスを突き破り、離脱を試みたがユニットが起動せずにビルに激突した。
*
イリスは予告状を使ってアルカードを怪盗にはなじみ深い路地裏に呼び出した。
「突然だけど来てくれてありがとう」
イリスはお礼をしてアルカードの目の前に立った。
「なんだ怪盗。わざわざ呼び出すとはな、重要な用事か」
アルカードは腕を組み、仁王立ちをする。二人の間を割るようにして月明かりが差していた。
「一回目のバトル以降見なかったけど何してたの?」
思っていたより単純な質問に、アルカードはあけすけに語り始める。
「何もしていなかった……。というのも事実だが、記憶と格闘していた。強制的に転移させられ、同時に職まで失った。だが今回の件だけは解決したくてな。私の最後の職務だ」
最後の職務。その内容は主催者についての調査と逮捕だった。あちらの世界では生後十日以内には血液やDNAを採取される。学校に通えば魔法や特性も登録され、個人情報と紐付けがされる。自己強化系の魔法でも使用すれば痕跡が残るため、魔法から個人が特定されることも多い。証拠隠滅は極めて困難である。
アルカードはその記憶に残る情報と格闘していた。
「私も怪盗するとき魔法使ったことあるけど、特定できなかったでしょ」
「ああ。学校は通っていなかったのか?母親は?何故情報が全くないんだ?」
「学校は通った。母親は二人いた。情報は元々ない」
「そうか」
アルカードはイリスが嘘をついていないことに頭を悩ませた。
「私、あなたが働く支部に侵入した時、一応あなたのこと調べたことがあるの。それで、あなたの情報がある本を探して読んだけど、追っかけられてて名前はアルカードしか読み取れなかった。その時に火事のこと知ったの。私は最近まで小さい頃の記憶が全くなかった。記憶がはっきりしているのは中学の頃くらいから」
「ああ」
「それで小さい頃のことを全て思い出した。両親は誰、とか。なんで情報がないのか、とか」
「そうか。結局誰だったんだ」
アルカードは雑談を聞き流すように適当に返答を返していた。
「名前、フルネーム教えてもらっていい?」
「アルカード・バレンシアだ」
アルカードは突然名前を聞かれたことに首を傾げながらも自身の名前を口にする。同時にただの雑談ではないことに漸く気が付いてイリスを見やる。イリスは仮面を外し、月明かりへと歩み寄った。
「あは。やっぱり。ずっと前から再開してたんだ」
「なにを――」
「私の名前はイリステン・バレンシア。改めて、始めまして。お父さん」
アルカードは唖然とした表情で涙を流していた。
「娘……なのか?」
「そう。名付け前に失踪した、お父さんの子。イリステンって名前だよ。この世界にはいないけどお母さんもしっかり生きてた」
「っ……大きくなったな。歳は幾つになったんだ」
「三百とかそこらへん」
アルカードは自分の娘、イリスを抱きしめた。二十センチはある身長差。堪えきれずに零れた涙がイリスの肩に落ちる。
「立派になったな」
口を開くが、言葉が詰まり、同じような言葉ばかりを発する。凛々しい顔は崩れ、涙でぐちゃぐちゃになっていた。だがその顔は幸せに満ちていた。
そんな幸せを壊したくはないという一心。イリスは強く唇を噛む。
「ごめん。私、もう行かなきゃ」
「どこへ行くんだ……!!」
アルカードは今度こそ娘の行き先を問う。そこにはもう二度と大切な人を失いたくないという想いがあった。
「あの飛行船を止めに」
イリスは天高く飛び立つ。別れは無情にも訪れる。アルカードは「父親らしいことを何もできていない」といいかけて口を噤んだ。白い一羽の鳥が羽ばたいていくのをただ見守っていた。
*
上空。飛行船よりも上空で洋介のヘリはホバリングをしていた。イリスはユニットの燃料を全て使用してヘリに乗り込んだ。
「やっと来たね。やけに澄んだ顔をしているね」
「お父さんに会ってた。この世界に集められた異世界人はやっぱり全員関係があるみたいでさ」
「じゃあ、主催者とも関係があるんだね」
「そうかも」
洋介は軽く状況の説明をした。怪盗たちが飛行船を攻略をしている最中。洋介のヘリは新しいものに変わっており、システムもバックアップのおかげで努力が水の泡という大事には至らなかった。
「ああ。アタシも乗ってるからな」
レイが顔を覗かせる。何故だかコードが山ほどつけられていて、奇怪なヘルメットの様な物を被っていた。
「レイには舵取りしてもらってる。今回、因縁の対決!!!って感じでしょ?でも僕は忙しすぎてサポートにも入れない。でもヘリで飛んできちゃった」
「ふふ。そうみたいだね」
洋介は作業の片手間に実況を観ていた。その音声を洋介のみが聴いている。イリスはガラス越しに下の様子を観察する。飛行船には
「今からでもイリスも参戦してくれば?」
「私はいいや……。うん。気まずすぎるから」
「うるさっ!!」
洋介は反射的にヘッドホンを投げた。
「どうした?!」
定点カメラに映るは惨状。ティアは無事だが実質的に拘束されている。ネモアを倒しに向かえるのはエクス一人だった。洋介は片手で口を覆いながら無線に言葉を乗せる。
『エクス……。残念だけど、ネモアを倒しに行けるのは君だけだ……。どうか振り返らずに進んでくれ』
イリスは俯いた。
「相棒がピンチだっていうのに、私は助けに行こうともしない。怪盗失格だね……」
「そう落ち込まないで。今、君は切り札としてこの場にいる。相棒を信じてあげて」
イリスは洋介から端末をひったくるようにして実況に見入った。エクスは救われたその日から、どんな理由があろうと人を殺さないと誓った。殺せば全てが一瞬にして崩れ去る。培った経験、手に入れた小さな幸せ、背負った罪も何もかもが崩れ去る。
悪がいるならば、殺さず罪を償わせる。深手を負うことになろうとも、その誓いが破られることはない。
『――怪盗さえやろうと思わなければ、平穏な暮らしが待っていたはずだ!」
次の瞬間、飛行客船の高度が徐々に下がり始めた。
「洋介!!飛行客船が落ち始めた!!」
イリスは端末を投げ捨て、再度ガラスに張り付いて外の様子を窺った。
飛行客船を覆っていたのは電磁フィールド。飛行客船自体も全ての機能が停止。脱出したエクスもユニットが起動せずにビルに激突した。
『客船が落ち始めました。見ての通り私以外は全滅。私たちの負けです。嘉多奈も
『かろうじて意識のあったアイス、嘉多奈、ティアが基地まで全員を運んだ。だけど結果は依然、変わらないままだ。一度ヘリに戻ってきてほしい。きっとこれが最後だから』
洋介の言葉にエクスは絶望した。所詮ただの譫言だったのだと。義賊として、怪盗として、なにも成し遂げられないことに。
「イリス。覚悟を決めろ。お前は……今日、死ぬんだ」
一度取り乱した洋介も落ち着いていた。レイは全てを悟っていた。そんな二人を見たイリスは少し強がった。
「そっかぁ……。死んじゃうのか私。でも別れって、そんなに悲しい物じゃないのかも。……だけどほんの少しだけ寂しい」
エクスがボロボロの身体で這いずり、ヘリに乗った。その虚ろな目に生気は宿っていない。イリスを離すまいと脚にしがみついた。
「イリス。二人で逃げましょう……!!私にはイリスさえいれば、他に何もいらないんです。……だからっ!!」
「別れの挨拶をしろ。この戦いに私たちは負けた。何かを守ることには犠牲が付き物なんだ」
「私も、人々を見殺しにして生きることはできない。私は無力じゃない、人を救えるから」
「それは嘘ですっ……!!イリスは私を救えてないじゃないですか!!」
イリスは必死に別れの言葉を探す。そして並べようとした。悲しいさよならをしたくはない。その願いは叶わない。エクスの心には、イリスという存在が深く刻み込まれていた。エクスの心の一部、必要不可欠な存在。
悲しくないさよなら、涙を流さないさよならが不可能と悟ったイリスは、エクスの心に自分という存在を遺したままにすることにした。
「確かに私はエクスを救えない……。でも大丈夫。この先ずっと私が隣にいるから……だから見送ってくれないかな」
「あいつさえっ……あいつさえいなければ!!こんなことにはならなかったのに……。あいつさえいなければ私は、私たちはもっとっ!!」
「百年前から決まっていた運命だ。その運命を分ける場にお前はいなかった。そしてその運命を変えられなかった」
「じゃあ貴方がっ!!」
言葉が喉に閊える。仮にも最愛の人の片割れであるレイに、その先の言葉を浴びせる勇気がエクスにはなかった。
「それは無理だ。イリス本人にしかあの電磁フィールドは突破できない。そのイリスも完全じゃない。だから私じゃダメなんだよ」
「オーバーリンクを使う」
電磁フィールドを突破する方法は生体認証だ。イリスしか突破できないフィールド。毒ガスによって多少なれど組み変わってしまった遺伝子を、オーバーリンクを使用して限りなく元の状態に近づける。そしてそのデータでフィールドを突破する。
フィールドを突破できたとしても、飛行客船の落下を止める術は一つしか存在しない。
洋介がヘリを飛行客船の上までつける。迫るお別れの時間。イリスはエクスを力強く抱きしめた。
「勝手に何処かへ行こうなんて私が許しません……っ!ここに居てください!この先もずっと!!」
「絶対に守る」
「うそつき……っ」
イリスは小さな子供をあやす様に、エクスの額に口づけをした。
「その約束、死んでも忘れませんからね。イリス」
「ありがとう」
イリスはヘリから飛び出した。彼女は光を発さない。静かに落ちていく。ただ一つの希望となって消えていく。四葉のクローバーのような、流れ星のような、希望となって散っていく。
イリスはフィールドを突破した。ネモアは死を受け入れ、皮肉を放った。
「全てあいつの計画の内だったんだ。これで念願の大怪盗じゃないか」
「娘さんのこと、申し訳ないと思ってる。もし地獄でも天国でもない場所で二人が出会えるなら、それがきっと一番いい終わり方だと思う。私もそれを願ってる」
「適当を言うな。大嫌いな怪盗に殺されるのはまっぴらだ。だが娘が愛したものならそれもいいかもしれないな」
「そう……。この結末は良いものじゃないかもしれない。それでも皆、悲劇や喜劇を望んでいる。だから私もお前も、誰かのために死んでくれ」
次の瞬間、空に白い花が咲いた。憂鬱も曇り空もすべて晴らすような白。その花は暖かく、人々の陰鬱を晴らし、消散していった。
イリステン・バレンシアは一夜を照らす星となった。
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