第28話 そして大怪盗へ


 怪盗たちは決戦と呼ばれた夜を明かした。そして街は怪盗バトルが開催される以前の平和を取り戻していた。エクスは放心状態で校門をくぐった。いつの間に準備を済ませたのかすらも覚えていなかった。


 放心しているだけあって行動も遅く、ままならない。登校時間ギリギリに校門を通過した。やっとたどり着いた教室にいつもの喧騒はなく、耳を澄ましても聞こえないような呼吸音と本の頁を捲る音で溢れかえっていた。


 朝読書の時間だ。重苦しい沈黙ではなく、乾いた静寂。それぞれがその空間の中で空想を膨らませている。エクスは教室後ろのドアを静かに開けて、入室。着席した。


 エクスは人生という名の一冊の本を開く。すると、走馬灯のように素早く、脳内をこれまでの記憶が駆け巡っていく。どこまでも続いていくだろうと思っていた日常と冒険譚。その譚は強引に終止符を打たれてしまった。


 残りの頁を全て黒く塗り潰されたかのような、残りの頁を全て千切られてしまったかのような終わり方。だが、主催者から観れば完成されたストーリー。エクスは机を濡らした。


 チャイムが鳴る。エクスは机に垂れた涙を袖で拭った。そして顔を上げ、イリスの席を見る。そこには教室に似合わない、ピンク色のマーガレットが生けられた花瓶があった。教室の前のドアが開く。


「皆、静かに読書が出来ていて素晴らしいわ。皆にお知らせがあるの」


 誰も何も言葉を発することはなかった。


「その……兎影ちゃんのことですか」


「ええ。兎影さんは昨日亡くなりました。空から降る無人機ドローンから人々を守って……」


 衝撃を与えると爆発を起こす無人機ドローン。遺体の一部も残っていないことの説明もつく。


 委員長はスカートの裾を力強く握った。


頂点テッペン取るって言ったじゃんっ!!」


「私も、この気持ちをどこにやればいいのか分からない。でも今は彼女を褒めてあげましょう」


 エクスはイリスにつけられた傷を指でなぞった。


「最愛の人が突然いなくなったら悲しいに決まってますよ」


 エクスはそう呟いた。全員で天に祈りを捧げる。ホームルームの時間が過ぎ、学校中が音で溢れかえり始めた頃。エクスは委員長の手を引いて教室を出た。


「委員長は何か兎影と交流があったのですか?」


「一緒にアイドルで一番になろうって約束をした」


「そうですか。付いてきてください。本当のことを教えます」


 足は基地へ向かっていた。


「何……?本当のことって」


「ちょっちまってぇ。今から基地に行くの?」


 エクスが振り向くとそこには気だるげな雫が居た。一部の傷が完治していないようだった。頭、太腿にはストッキングの様に包帯が巻かれている。


「雫……。今日はこの委員長を基地に連れて行こうと思っているんですよ。あとお墓を建てようかと」


「そうだね、一応全員基地にいるみたいだし。話し合おうか、これからのことを」


「話って何。何だか知らないけど、私は怪盗とか、主催者とかいうやつも嫌い。そのせいで兎影ちゃんが犠牲になった」


「そうですよね」


 それからは重く、暗い空気が続いた。だれも沈黙を破れぬまま基地に着いた。


「……話って何」


 三度目の正直。今度こそエクスは口を開いた。


「まず、私は異世界人です。本当の名前はエクスといいます。同じく兎影も異世界人。名前はイリス。怪盗です」


「……?!じゃ、じゃあ同一人物ってことはイリスも死んでるってことだよね!?」


「そうですよ」


 エクスはざっとこんなことを話した。大きな変化があったのは三回目の怪盗バトル。毒ガスでイリスと似た存在、レイが生まれたこと。委員長が約束を交わしたのはレイだったこと。怪盗バトルはイリスを殺すためだけに行われていたこと。イリスは飛行客船の墜落を止めるために自爆したこと。


「……言葉が出ないや。凄く悲しいのにそれ以上に安心してる……。酷いな。私ってやつは」


「それでいい。頂点に立つなら。関係ねぇけど、競争ってのはそういうもんだ。他人を蹴落としても上に立つ。実力主義。人を助けることにも力がいる。無力じゃ何もできない。力を得るために上に立つんだ」


「それで、今後はどうするんだ。主催者も何処かへ消えたようだし。一応これで一区切りだろう」


 主催者の目的は果たされた。次回の怪盗バトルは開かれることがないだろう。残された選択肢は一つ――解散だ。


「さっきまで話してたんだけど、それぞれの目的も果たされたみたいだし……。お互いのあるべき平穏と日常に帰ろうって話になって」


「――私は続けます。自分という完全には理解されない芸術を世界に叩きつける。これが私、いえ、私とイリスの目的なのでそれが果たされるまで続けます」


「それってもう果たされてるよね?」


「私がそう感じるまで続けます」


 暴論だ。それに、もう観客たちの心に火が付いている。刺激のない毎日は退屈なだけだろう。エクスは本気だ。


「面白そう!これからも大怪盗の座を奪い合えるんだね!」


「冗談じゃねぇよ……」


 これからは全員がただ純粋にお宝を奪い合う。


 怪盗たちは同じ目標に向かって歩き始めた。



               *



 その日のうちにエクスは、誰も知らないような見晴らしのいい草原に墓を建てた。といってもエクスが大事な時に使用していた十字架の剣を地面に刺しただけの簡単な墓。


 それを見た怪盗たちも自分の武器を墓の周りに刺していく。墓を建てた地、そこは野花が咲き誇っていた広大な草原。それに加えてイリスの魂が眠る場所。怪盗たちの意思が集う場所となった。


 墓の建設後、怪盗バトルの開催宣言がされた地に怪盗たちは通りがかった。そこにあるモニターにはニュースが映されていた。タイトルは「怪盗イリス、奇跡の生還。そして大怪盗へ!!」


 キャスターはタイトルを読み上げた後、こう続けた。「怪盗イリス。落下する飛行客船を自分もろとも爆破し、無傷の生還を果たしました!観客や市民を守ったという事実。無傷の生還という凄技を披露したということで多くの人々の心を盗んでいきました!今後も開催されるのであれば、次の大怪盗にも要注目です!」


 エクスは天に拳を伸ばし、そのまま星を掴んだ。


 こうしてチーム星光ステラ、レイ・バレンシアとエクス・ダスティ・フォードは大怪盗になった。

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