第25話 battle4desire


 時は巡り定刻、今宵もパターン通りに大怪盗バトル行われる。月囲みの監六塔に怪盗が乗る。一チーム二人いるはずが一人、イリスの姿がない。


「イリスが居ないみたいだけど、どうしたの?」


「朝は遅れてくるって言っていたのですが……」


 エクスは焦っていた。道を歩かず、屋根を飛び、移動しているイリスは人と交流する機会があまりない。それどころか交流する者も限られている。人を助けて遅れた、という言葉がイリスの口から出てくるなんて事態はあり得はしない。


「これ以上観客を待たせるわけにはいかないが、一昨日散々な目に遭ってここに来れるのか、だな」


「役者が揃ったようなのでそろそろ始めましょう!!」


「何を言って……」


 月から一つ、影が舞い降りる。


「私は全てを奪い去る。私は真なる支配者だ!!!」


 イリスの仮面がいつもとは違う色へと変色していた。赤黒く、禍々しい仮面。善性の欠片も片鱗もない。


「レイ……?いやイリス……何を言っているんですか。正気に戻ってくださいよっ!!」


 その呼びかけに返答はない。イリスは全てを拒絶していた。本来、皆に夢を与える心積りだったはずのイリス。その想いが歪み、叶わない夢なら初めから願わなければいい、初めから夢を持たない方が楽、と、心までもが歪んでしまった姿。


「なるほど。今回はイリスを倒せばいいんだな」


「私もイリスを元に戻す。先輩として」


「それなら話が早いね!イリス、いや、デザイアっ!!」


 怪盗たちは塔から飛び立ち、デザイアへ襲い掛かる。デザイアはエクスの胸倉を掴み、鉄線ワイヤーで拘束。刹那、鉄線ワイヤーは断線していた。ノーモーションの拳は胸部の革製保護具レザープロテクターに撃ち込まれた。一撃だが、何度も同じ箇所に攻撃を受けたようにボロボロになり、穴が空いていた。


 高く砂埃が舞う。エクスは瓦礫の山に埋もれ、大きな瓦礫の破片が左の二の腕を貫通。骨は砕け、殆ど、皮一枚でつながっているような状態だった。


 一瞬で装置の有効射程範囲三十メートルの距離を殴り飛ばし、なおかつ、洋介特製鉄線スペシャルワイヤーを軽々と千切る威力。全員の足が止まる。止められる者はいるだろうか。


「皆は私の援護して。今ならどんなものをぶつけても問題ない」


 ティアが先陣を切ってデザイアを美術館に引きずり込んだ。


「ッハハハハハハハハハハ!!!!」


「一体なにがあった。何がお前をそうさせたっ!?」


「初めから何もなかった。ある物は空白、虚無のみだ!!」


『ティア。イリスのユニットの停止装置がイリス自身に乗っ取られてる……。何か脳内に埋め込まれてて、それを破壊するにはリスクが大きすぎる。なんとかしてユニットと制御装置を壊して行動不能にさせて!!』


「結構な無茶言ってくれるなぁ……!!」


 エクスは戦闘不能。ティアはルナの戦力を欲していたが足が竦み、止まっていた。ティアは陣形を構成、前衛を自分、カンナ、クローバーとし、後衛をルナ、アイス、ハート、嘉多奈、戦乙女ヴァルキュリアとした。


「どうするんだ、早くしろよ!!!」


「今度はこっちが拘束してやる。デザイアは危険じゃないことをわざわざ避けようとはしない」


「クローバー。あれ寄越せ、長い多節棍」


「……はい」


 クローバーはアイスに三十メートル以上もある多節棍を渡す。アイスは多節棍をデザイアの身体に巻き付けた。アイスの思考、判断力は鋭く、戦闘センスとして異常なまでの才能を発揮した。


 アイスは多節棍の穂先を電磁加速砲レールガンの弾として装填。洋介の乗るヘリのスキッド部分に発射し、デザイアとヘリを繋げることに成功する。デザイアは多重に巻き付けられた多節棍から脱出しようと内側から必死に抵抗しているが、ワニが口を開く力が弱いように中々抜け出せていない。作戦は功を奏した。


 強力な拘束は完成し、ティアは二刀流の刀「万象」を構える。


「神五天操流、閃術強化せんじゅつきょうか十角射斬とおかくしゃざん


 十角形の対角線を繋ぐ線。ユニットを使用し、範囲を極限まで狭めたことによって四方八方から中心を攻撃ができるようになった技。ティアは縦横無尽に駆け回り、多節棍の拘束の隙間を縫ってデザイアの身体に傷を入れていく。


 デザイアの足はふらつき、よろめく。


 ティアの絶え間ない斬撃。だが数発同じ箇所に斬撃が入ってしまったことによって下半身に近い鎖が数本切れてしまった。


「それは最悪だぁぁぁ!!」


 アイスが叫んだ。デザイアは体を捻り、ヘリと繋がっている多節根を足に絡めた。左足を軸に右回転。デザイアを拘束するため、反対方向に進むヘリが前進を止める。スキッドが両方の強力な力に引っ張られ、伸びる音がする。ついにはヘリの推進力が負け、デザイアに向かってゆっくりと落下し始める。


「ダメだ……退避!!!」


 ティアの号令と共に怪盗たちが散る。ヘリが回転しながら壁を破壊。横転したヘリ。プロペラが床を削り、デザイアの拘束を連続して切り、その全てを断つ。


「っっっっ!!!!これって僕も危ないやつじゃんっ!!!」


 洋介は自分にヘイトが向かないように、こっそりと脱出することを試みる。デザイアは邪魔を排除するためにヘリを斬り刻んだ。洋介はバックパックを背負い、命からがらユニットで離脱。そしてティアに装置を取り付けた。


「これなに……!?」


「アドレナリンの注射装置、それから超高度プロジェクター。自動攻撃迎撃機能の起動装置!!あとは頼んだ!!!」


 洋介はエクスが埋もれている瓦礫の元へ飛び立つ。洋介は双腕を扱って瓦礫をどかし始める。


「よう……すけ?」


「はいはい、大丈夫だよ。腕もまだ何とかなる」


 洋介はバックパックから局所手術機器を取り出し、エクスの腕に取り付ける。右腕に針を刺し、輸血を始める。


「イリスはただ……止めてほしいだけなんだと思います。自我もしっかりある。イリスも人間です。感情の行き場がなくなることもあります。だから、私が止めなきゃならないんです」


「もう一回千切れたら二度と戻らないんだよ。異世界人はそこらへん薄いかもしれないけど……。僕は主治医でもないけどストップをかける。勝って止めなきゃ死ぬ。ティアに任せたから絶対安静ね」


「そ、そんなっ!!私が止めなきゃいけないんです!!」


 エクスは必死に訴えかけた。通るはずもないことを繰り返すのは無駄だ。洋介はやれやれと、子供の我儘を受け入れるような顔をして言う。


「ふふっ、もっと自分の面倒をみなさい。僕もイリスを止めなきゃいけないから、一緒に援護してくれるかな」


「……はいっ!!」


 洋介は口に水分を含んで一気に飲み込む。


「んん……。まあ僕も手段を厭わない大人になるけど」


 エクスが洋介の武装を凝視する。見たこともないような機構をした重火器。銃口の反対側にはドリルの様な物もついている。それでいて大砲のような凶悪な威力を誇る。


「それでどうしますか!?」


「言葉、可笑しくなってる。デスクワークで身体鈍ってると思われてるかもしれないけど、ノープロ」


「答えになっていません!!」


「ユニットを破壊するのさ」


 洋介はドリルでイリスのユニットを至近距離で破壊すると言った。エクスはその言葉に耳を疑った。勝てなければ死ぬとして排斥した洋介が、だ。エクスよりも遥かに弱い洋介が。


「そのサポートをすればいいんですね」


「そう、隙が見えたらその瞬間。五秒でも一秒でも突っ込む。全開で!!!」


「じゃあ、隙作れるように頑張るからぁ!!!」


 ティアが咳き込みそうな程の声で言い放つ。洋介はバッテリーを重火器、ドリルに装填。熱を発しながら回転を始める。徐々に熱を蓄積しながら回転数が上がっていく。浪漫の二文字をしっかりと体現している武器だ。


「……もう大丈夫。私が出る!!」


 ルナは使いどころが現れず、持ち腐れていた鉄扇を孔雀の様に大きく広げた。ルナの鉄扇は斬撃、打撃ができ、攻守ともに優れた武器。最大まで広げると一枚の板のようになり、持ち手部分がリングに変形する。全長は約六十センチ。


「ハハハ!!」


「ルナ!受け取って!」


 ティアはルナに向けて直接、雷切を放った。ルナはその攻撃を風に乗せるようにデザイアへ流す。斬撃は身斜めに刻まれ、嗤い声が止まる。その瞬間、危険という判断が下されたルナは攻撃の対象となってしまった。


嵐雷斬扇らんらいざんせん


 ティアの持つプロジェクターが稼働。ルナは竜巻を起こし、最大限に広げた扇をナイフの様に回し、嵐の暴風と豪雨を吸収したかのような凄まじさで、幾千、幾百の傷をさらに増やしていく。


 傷を大量に与えるにつれ、項垂れるデザイア。技が終わり、興奮状態にあったルナも心身共に平静になった頃、ルナは衣服に赤の滲みができていたことに気が付いた。いや、現在進行形で広がり続けている。


「……ちょっと、なにそれ」


「え?」


 ルナは衣服の上着の襟を掴み、自分の身体に視線を落とす。白く、比較的、豊満といえる形の整った山が二つ。その下にある腹には同威力以上で刻まれたと思われる傷が数カ所に残されていた。


「デザイア、イリスに自我があるって言ったのエクスだよね。とてもそうは思えないなぁ……」


「絶対にあります」


「そういわれたら……まあ、そうなんだけど。今の状態は、半暴走状態かな。自我はあるけど、身体の制御を機械に預けている状態。その解除キーを喰らったような」


「どういう状態なんですか?」


「心、負の感情と身体を機械、ユニットのAIに預けてる状態。もし仮に「誰か助けて」って思ってても、身体は意思に反して勝手に動くし、声も自分では出せない。……これ以上は語ると長くなりすぎる」


 喧嘩で自棄になり、言葉で相手を傷つけてしまう。そんな経験はきっと誰にでもあるはずだ。彼女は自棄になっている。一人でいることと、遠ざけること。その二択の選択を誤り、道を踏みはずした。


 夢に対する想いが分からない彼女も人間。むしろ負の感情を出さない期間が長すぎたのかもしれない。感情が爆発した。そういった視点で見れば彼女は今、人間らしいのだろう。しかし今は全自動反撃マシン。と表現した方が誤解も少ないかもしれない。


「……へぁ?」


 先の頼もしさは消え去り、ルナは間抜けな声を出した。だが、状況の吞み込みは早かった。


「一旦退け!!」


「……大丈夫。これはこの間のお返しだと……思うから!!耐えられる!!」


 退くときは退く。初歩中の初歩が出来ていないと捉えることは簡単だ。これは初歩だとか基本の話ではなく、意地、矜持プライドの話だ。


 卑怯には頼らないと、己の弱さに打ち勝ち、自分は強いと証明をする、ルナの意地と矜持プライド戦い。


「ッハハハハハハ!!」


 狂喜の笑い。ルナは自身の薄ら笑いを思い浮かべ、鉄扇を構える。その間、デザイアは一歩も動かない。自身が攻撃を入れた瞬間、まるで鏡と戦っているように返る一撃と返り血。


「ねえ、君は誰なの……?君は私?そうだよね!!」


 ルナの狂言。ほぼ鏡の中の自分との戦闘。多少はおかしくなっても仕方がない。ルナは相手の身体に傷がつき、自身の身体に傷をつけられるという状況に悦びを覚えていた。


「私は……私何者でもないっ!!!」


 ルナがデザイアに鉄扇を振り下ろしたとき、一瞬タイミングがズレて鉄扇と刃が重なり合った。ルナはすぐさまデザイアの剣を真上に蹴り飛ばした。


閃扇並乱斬せんせんへいらんざん!!」


 クロス状に斬りつけ、横に一閃。二つの鉄扇を連結させ、チェーンソーで鉄を切るように特大の火花を散らす。反撃が遅れることは簡単に予想できた。デザイアはまだ手に剣を握っている。回転する刃は革製保護具レザープロテクターを切断。デザイアのユニットが傾く。


 漸くデザイアはナイフホルダーに手を伸ばし、歯を食いしばってルナに大振りの一撃を与えた。傷は深く、零れる液体が血だまりを作る。それでもまだ怯むことなく火花を散らす。


 危ないと判断したデザイアが一歩後ろに退くと、ルナは血で足を滑らせて膝を付いた。ルナは既に自力で立つことが出来なくなっており、攻撃中も回る刃が相手を削ることで何とか耐えていたようだった。


「ッアア!!」


「ごめ……もう立てないや」


 その背中、雄姿は勝利を語っていた。暗い部屋に一筋の光が差すように、夜の美術館内を明るく照らしているような気がした。


「……あとは任せて」


 ティアはルナとデザイアの間に割って入った。ティアは奥義の構えを取った。


「奥義、雫」


 デザイアは奥義を中断させようと突きを繰り出した。ティアはそれを逆手にとって奥義を発動。水風船が割れた時の様に落下した水が周囲を押し流す。デザイアはそれを避けるべく垂直に飛んだ。だがこの技はそれだけではない。残存する水柱、上部に残る水が傘の様に広がり、デザイアの頭上に降り注ぐ。


 押し流す水と降り注ぐ水の二段構え。同時ではないとはいえ、刹那。一度飛んでしまえば、急な方向転換による回避しか残されていない。それももし可能であればの話。


 デザイアはティアの思惑通り、後方に加速ブーストした。


「ッハハ!!」


 所詮はその程度か、と嘲笑っている。


「これを待っていたんだろ」


「その通り!」


 洋介がエクスのユニットの力を借りて突っ込んだ。


融解熱砲メルトキャノン!!」


 ドリルに溜められた熱が解放され、ドリルが回転しながら次第にユニットを融解していく。オレンジ色に溶け落ちていく鉄は徐々に冷やされ黒い塊となっていく。やがてコアに達してユニットは機能を停止、その間エクスはAIが搭載されている制御装置を強奪。デザイア、イリスの眼に少しだけ光が戻った。


「……畳み掛けて!!」


 今まで立ち尽くしていた怪盗が秘めたる力、内なる凶暴性を惜しみなく解き放つ。


猫拳ネコパンチ乱打らんだ!!」


砕降撃ダウンインパクト


槍突鎖殺そうとつささつ


「ジョーカー!!!」


槍砲撃そうほうげき!」


流星群波りゅうせいぐんは


「戦場の旗!!」


双尾追閃そうびついせん


 すべての技が一体となってデザイアを襲う。堕ちる隕石が世界を滅亡させる命運ただ受け入れるかのようにじっとしている。花蕾で防御ガードしようが、反撃をしようが、体力は尽きかけている。デザイアは虚ろな目でなぞる様に全員の顔を見た。


「……私は私。それだけは何も変わらないんだ」


 その呟きは迫る光とそれぞれの咆哮にかき消されていった。


 負の感情は抜け、ナイフが手中から音をたてて滑り落ちる。


「イリス!」


 真っ先にイリス介抱をしたのはエクスだった。イリスは肩を支えようとするエクスの手を力なく払う。


「……えっ?」


 全員の死角となっていたために誰もそのことに気が付けぬまま。怪盗たちがイリスの顔を覗き込む。


「ごめん。ありがとう」


 イリスは仮面をずらして、やつれた顔で微笑んだ。

 

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