第22話 battle3.......


 今宵も怪盗が集う。大怪盗バトルは更なる人気を博し、回を重ねるごとに歓声は増す。


「ほとんどの人は昨日振り」


「今回も乱戦か……」


 一回目の結果リザルトは、星光ステラがお宝を獲得。二回目の結果リザルトは、なし崩し的にクラウンがお宝を獲得。


「ハロー!!皆さん!また会えたことを嬉しく思います」


 仮面の下でクローバーは主催者を睨む。


「疲れてますが……頑張りましょう」


「今回のバトルはなんと!!二チーム対抗戦していただきますっ!!」


 六チームが二チームに分かれて戦う方式。チーム一の編成は星光ステラ、ストロベリー、オネスト。チーム二の編成は、グラジオラス、プラタナス、クラウン。


「仲間が増えることは良いことだね」


「これだけだと、面白みに欠けるので……チーム内の編成は……イリスとレオ。嘉多奈とエクス。ティアと戦乙女ヴァルキュリア。カンナとクローバー。アイスとエル。ハートとルナで行きましょう」


 チーム一は、各編成にリーダーがいる編成。チーム二は、決め手に欠ける編成。


「面白そう……です」


「それではスタートっ!!」


 いつものように怪盗たちは美術館へと降下していく。


「私の計画からは逃げられませんよ……イリステン・バレンシア」



              *



 チーム一と二の位置はほぼ対角にある。


「ティアは昨日お出かけの時に居なかったみたいだけど、どうしてたのかな?」


「修行したり……有意義に過ごしたかな」


「とにかく会えて嬉しいよ!」


「師匠と一緒じゃないのはしんどいかも……」


「そんな弱気じゃ流派の名が廃る。頑張ってね」


 レオは少しだけ肩を落とす。


「まあ、私はティアより強いから!」


 数秒の間が空き、ティアはイリスに手刀を決めた。


「ばか。調子に乗るな」


 実際に強弱で順位をつけるとするならば、ティア、イリス、エクス、嘉多奈、レオ、戦乙女ヴァルキュリアの順だろう。本気を出すことができればイリスにも勝機はある。


「あっ」


「そうだね」


 二人は一早く状況の変化を察知。短い言葉で通じ合った。


「なんだよ……なんとか言えよ」


「三方向から分散して攻撃が来る。対処よろしくっ!」


 来た道は引き返さず、退路は断つ。右翼にティア、戦乙女ヴァルキュリア。左翼にイリス、レオ。中に、嘉多奈、エクスが展開。相手の三カ所同時爆破により交戦が開始。だが既にイリスたちは罠にかけられていたのだった。


「イリス!そちらに三人います!」


「やられたっ!」


 急所を槍で突かれたように陣形が崩壊を始めた。相手の弱点はリーダーが欠けているパーティーがあること。イリスたちの弱点は攻撃力が高い代わりに防御に穴があること。そして全体的な防御力が高いパーティーは嘉多奈、エクスパーティー。レオを真っ先に潰す魂胆だ。            


 速攻クイックでレオを片付け、戦乙女ヴァルキュリアを狙い、数的有利を作り出す。レオと戦乙女ヴァルキュリアは、戦闘経験が少ない。そして臨機応変な対処、自力、全てが未熟。嘉多奈とエクスと対面しているのはクローバーのみ。その負担は計り知れないが、再興した場合の効果は絶大だ。


「自分を信じて乗り切って」


「分かってる」


「長く持たないことは自分一番分かっているだろう?」


 長いリーチを生かした間合いの外からの突貫。迫る切っ先が喉笛を掠める。イリスと対面したのはカンナ、エル、アイスの三名。破滅、執着、興味。相手が一丸となることで生れるものは勝利への渇望。対してイリスたちに生れるものはゼロに等しい。むしろデメリットばかりだ。


「嵌めやがったな……」


「こちとら、一人一人のポテンシャルは十分にある。足を掬われたな」


 カンナ、アイス、エル、三人の猛攻よってイリスがレオから離されてしまう。


「チームワークを見せろよっ!」


「神五天操流――」


 そしてレオを囲み、袋の鼠状態で攻撃を浴びせる。カンナは構えから技の発生までの遅延ディレイを見逃さなかった。そしてレオは花蕾を繰り出す前に地に伏した。イリスも以前まで百二十パーセントまで出せていた力に義手が追い付いていない状態。一番防御が脆弱だったのはイリス、レオパーティーだった。


「ティア……だったかしら。相棒は大丈夫なの!?」


「レオは正直に言って才能はない。でもその差を実力で埋めている」


「何言ってるの……?状況が状況なのよ!?」


「実力が拮抗している場合、勝つのはより多くの努力を積み重ねた方だ。才能が土台だとしたら引き抜いて積もうとすれば必ず崩れる」


「話聞いてる!?」


 防衛線が突破され、標的ターゲット戦乙女ヴァルキュリアに移る。カンナを止めるものは誰もいない。完全な自由フリー状態だ。


「おいエクス……!無理やりにでも戦況を立て直すぞ!」


「劣勢になるという心配は杞憂に終わりそうですよ。ティアが本気を出せば終わってしまいそうです」


 幾ら不利な状況でさえいとも簡単にひっくり返してしまう。


「確かに強いけどさぁ!!一回戦っただけじゃわからないし!」


「もっと集中して、楽しもうよ!!」


 クローバーの手口は判明しているが五十二枚中の殆どが不明。どこか緊迫感と緊張がありながら今一つ白熱せずに盛り上がりに欠けていた。


「申し訳ありませんが集中できそうにありませんね!」


「面白くない!!」


 二本の処刑人の剣に巻かれた分厚い布は外されないまま戦闘は続く。エクスの全身に指ほどの太さの針が、皮膚を破り肉に突き刺さる。


「痛いです」


「追い詰められないと本気が出せないって言うならティアを封じればいいよね!」


 クローバーがルナに視線で合図を送る。ルナはティアの左手を掴み、骨ごと握りつぶした。


「ぐっ……!!」


「なんだ、ルナ。強いじゃないか。私が援護する必要はなかったかな」


「……うん!」


 嬉しそうにルナが頷く。こちらの仲は良好な様だった。


「神五天操流、千刃風斬せんじんふうざん


 斬撃の回数を重ねるごとに増す、速度と威力。そして刃は風を纏い、さらに威力を増す。その攻撃にカンナのマントが巻き込まれ、強く引かれることなく歪な形に千切られた。


「いや、援護に付く。最強は止まらないらしい」


「結局私が勝つだろうけど怖くてたまらないよ」


 ティアは左手が使用不可能になったことで全身が焦慮に包まれた。防御を無視した完全攻撃特化の戦闘を強いられたからだ。戦術を堅実な守りから、賭けの攻めへ。左手が機能不全な中、それを三人相手に行う度胸と自信、そして右腕のみで刀を操る腕力が求められる。神五天操流は攻守共に優れた流派であると同時に技の一つ一つが高難度な流派である。即ち失敗は許されない。


「確実に止めるぞ」


 ティアの立場は挑まれる立場から挑む立場へと変化した。その姿は強者を超える喜びを求め、絶体絶命を楽しむ挑戦者の姿だ。


「私が真の強者であることの証明をしよう」


 あの夜と同じようにティアの双眸には蒼き炎が宿っていた。



              *



「どんな卑怯でもこの戦いに、正々堂々と、なんてルールはない。負けは負けなんだよバーカ!」


「黙っててくれ」


「ちょ、ちょっと!」


 イリスは昨日の出来事を思い出していた。ない腕の痛みに目を覚ました昼時のことだ。


『義手の出力を上げて!』


「ああ!それだ!!」


 突如舞い込んだ洋介からの通信によって手間が省けた。用が済んだと勘違いをして空返事をしたことが原因で陥った状況に頭を抱えた。握った拳を開く動作を行ってウィンドウを開く。義手に搭載された小型プロジェクターが映し出した出力数値は通常デフォルトの五十パーセントだった。イリスは慌てて出力数値を百二十パーセントに引き上げてウィンドウを閉じた。


『そうそう!頑張ってね!」


「……言い訳はしない。かかってこい!」


 数分の時を経て、漸くレオが立ち上がった。仮面に彫られた模様に沿って色がついていく。


「即効性ありの作戦……師匠が止めてくれているのか」


 この戦闘において一番の危険因子はアイスだ。友情や絆といった言葉を嫌悪し、自己を巻き込んだ破滅的な行動をとる。


「眠気はとれたか破滅的なお嬢様!」


「随分余裕そうだなぁ……」


 アイスは吐くようなジェスチャーをしてイリスを煽った。


「またその武器か……」


 連結を行うと槍へと形態変化が可能な多節棍。変則的な攻撃がどうにも厄介でイリスが苦手としていた部類の武器だった。


「大人しく死ね……!!」


 乱暴に突き付けられた穂先が鼻を掠める。突きを躱して稼いだはずの距離は一瞬にして詰められ、強烈な一打は吸い込まれるようにしてイリス脇腹に直撃した。


「ぐぇっ……!!」


 短く呻き声を漏らす。


「汚い声で鳴くじゃん!」


 アイスは転がるイリスを見下して冷笑した。


「油断……ありがとう」


 レオによる打突がイリスと同じ脇腹を突く。打突は大きな衝撃波を生んでアイスの身体を貫通する。


「あぐっ!?」


「もう一打!」


 振り向きざまの打突。エルとの距離は数メートル。突進せずとも踏み込めば確実に突くことのできる距離。技を介さない。精度と力を一点集中した一撃はエルの胴を捉えた。


「やばっ……」


 身の危険を言葉にしつつもエルは冷静でいた。その瞳には打突が徐々に減速しているように見えていた。圧倒的な実力と力量を前にひれ伏した苦い記憶と本能的な感覚がエルを進化へと導く。満を持してその時が訪れた。


「……っし!!」


 回避困難な打突をエルは華麗に見切り、回避した。


「わたし、ちょー冴えてるかも!!」


「たかが一回避けれただけで何を……」


「されど一回でしょ?」


 じりじりとレオに詰め寄る。エルの気迫に飲まれ、イリスも思わず一歩後ずさりをした。追い込まれる程強くなる敵。その度に心の底から湧き上がる闘志。ここに居る者たちは順位をつけて侮ることのできない最高の好敵手ライバルだとイリスは身体で理解した。


「まだ終わらないよ……イリス!」


「ここからが本番だね……!」


 イリスは切れた口内を舌でなぞり、剣の切っ先をアイスに向けた。


「隙を見せてんじゃねぇ!」


「お前ほどじゃない!!」


 アイスは強引に間合いを詰める。それは鍔迫り合いを狙っていると分かり易すぎる行動だった。


「大人しく死ねっ!!」


 互いの武器が衝突して膠着状態が生まれる。


「離れろっ……!!」


「黙れっ」


 次の瞬間、衝突し合っていた力が不意に消え、刃が滑り、槍の柄をなぞった。


「うわぁ……!!」


 イリスは間抜けな声を発して見失ったアイスを探した。


「後ろだバーカ!」


 槍は多節棍に変形していた。柄の端を掴み、変形させると同時に背後へ回る。そのまま得の端を引っ張り、もう一方の手で穂先をイリスの喉元へ向ける。力を入れ続けていたイリスは、アイスの一連の動作によって柄をなぞっていた。


「本職の怪盗をなめんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 アイスの声を聴いたイリスは位置を補足して即座にレッグホルダーからナイフを引き抜いた。両者の攻撃は互いの首へと迫り、やがて静止した。


「バケモンが……」


「甘いわ……!!」


 二人は睨み合って沈黙した。


「アイスちゃん!!雑でもいいから押さえてて!!」


 レオが投げ飛ばされてイリスを巻き込んで壁に衝突した。


「レオっ!?」


 呼びかけに反応せず、呼吸は浅くなっていた。


「…………?」


「身体動かなっ」


 拘束は完了。四肢の自由は奪われていた。


「長くはもたないっ……!早くしろ!!」


猫拳ネコパンチ乱打らんだッ!!」


 その連撃は全身を襲った。エルの弱々しい姿は何処にもなく、レオを圧倒した末に戦闘不能ノックアウトにまで追いやった。やはり侮れない相手だった。続く痛みの中で意識は混濁した後にイリスの視界は暗転した。


「力加減考えろっての……」


「あっはは……ごめんごめん」


 そしてエルとアイスは勝利を収めた。



              *



 「ティアの片手を折ったくらいでは勝てませんよ」


 クローバーは切り札であるはずのジョーカーを早々に掲げた。


「邪魔者はいらない」


 ピエロの機械人形マシンドールの出現。その巨躯に身を隠して嘉多奈に接近する。


「バレバレだっつーの!!」


 だが嘉多奈の刃が届くより先に、クローバーの即効性の麻酔針がうなじを突いていた。


「エクス……話を聞いて」


「嫌です」


「このままじゃイリスが危ないの!!」


「惑わせて勝とうってことなら通用しませんよ」


 エクスはただ冷酷でいた。耳を傾けないようにクローバーを突っぱねた。


「昨日主催者に会った。何かを企んでた。最悪の未来だってありうる。それが今日かもしれないんだよ!?」


「最悪の未来とは?」


「イリスが死んじゃうかもしれない未来だよ……」


 推測の通りでなくとも最悪の場合、イリスが命を落とすかもしれないことは目に見えていた。


「あなたは戦争で両親を失っているそうですね。何故イリスの腕を飛ばしたのですか?失ったものは帰ってこないと分かっていますよね!」


「お願い……話を聞いてよ……」


「それ以上口を開くなっ!!」


 エクスは疑心暗鬼になっていた。声を震わせて叫ぶクローバーに怒りをぶつけた。


「エクスは良い好敵手ライバル。失ったものの大切さがよくわかる。だからこそなんだよっ……!!」


 怒髪衝天。クローバーの小さな体躯に一閃を刻んだ。


「口を開くな」


 必死に訴えかける無抵抗なクローバーの首を掴んで締め上げる。華奢で軽い身体は宙に浮く。


「周知させたらっ……ルナまで死んじゃうっ……お願い!」


「始末されてでも協力を仰いだらどうですか?」


「やめっ……」


 エクスはすんなりと首から手を離した。クローバーの懐から麻酔針を奪い、確実に突き刺した。


「提案を飲む気はありません。あなたも眠ってください」


 これが破滅への一歩だった。



              *



 ティアは刀を右手で握り直した。刀の側面が鏡面となってティアの顔を映し出す。仮面、それは本心を隠すも、仮の姿を装う物。ティアは吐いた弱音を自分という箱に詰めて蓋をした。


「はっ、これは楽しめそうだな」


「正々堂々受けて立とう」


 カンナはハンマー加速機ブースターを起動して臨戦態勢を取った。それから間もなくしてティアを取り囲むように陣を展開。


「へへ……降参するなら今のうち」


 ティアは目もくれずに舞を踊り始めた。


「神五天操流、双演そうえん


 一つ一つが流麗で、画面モニターの前にいる観客ギャラリーの目には、彼女自身が自然そのもののように見えていた。自然と一体化し、意のままに操るための舞。深く説明をすれば、集中力を高めつつ、技の基礎を固めるための舞。ティアにとっては初心を思い出すための舞でもある。


「先手必勝……!」


 舞の途中を隙だと勘違いをしたルナはティアに一撃を与えようとしていた。


墜槍カノン


「ぐぇ」


 ティアの放った墜槍カノンがルナの胸倉へと猛進する。


しょう円天えんてん


 服が切っ先に引っかかり、上へ上へと引かれる。


「ご、ごめんなさぃぃぃぃっ!!」


華宵かしょう


 墜槍カノンの勢いを利用して宙に上げる。気づけばティアは背中に差し替えた鞘に納刀をしていた。チン、と音が澄み渡り夜の美術館を彩るように大輪の華が咲く。


「馬鹿っ!!」


「一人目」


 残るはハートとカンナ。カンナはハンマーによる真横からの打撃でティアを襲う。ティアの脳内に鈴の音が響く。


「喰らえっ!!」


「神五天操流、雷切らいきり


 稲妻を両断するように横一文字に一閃を放つ。だが、その技ではカンナを倒すには至らなかった。


「自慢のパワーはどうしたっ?切れていないみたいだが?」


 力みを含んだ声だった。単純な押し合いになった以上は互いに距離を取ることが最善だった。


「そっちは両手で止めてるじゃんっ……!!貧相な体してるね!!」


「単純な腕力勝負では叶わないかもしれないが貧相なのはお前の方だろう」


 言葉に詰まったティアはより一層腕に力を込めてカンナのハンマーを弾いた。


「羨ましくなんかないってのっ!!」


 文字通りハートの横槍を両断して柄頭で頭頂部を強打した。ハートはそのまま床に仮面をぶつけて起き上がらななってしまった。


「……殺したのか?」


「暫くすれば起き上がるよ」


 カンナが高く飛翔する。


隕石メテオ


 加速機ブースターによって加速の付いたハンマーと刃が衝突し、衝撃波を生み、火花を散らした。衝撃に耐えられずにティアの愛刀は見る影もなく圧し折れてしまった。


「なっ……」


「愛刀が折れたのは悲しいな。どうやって戦うんだ?」


「調子に乗るな」


 脱兎の如くその場を離脱したティアはイリスの剣を持って舞い戻った。ティアは鞘に隠された機能を瞬時に見抜いて仕組みを理解した。鞘が変形した状態でで納刀をすると、鞘の中で刃が加速する。それがとっておきの正体だ。


「へえ……お前らしくないな」


 機械仕掛けの鞘のスイッチを入れる。歯車が高速で回転し、形状が変化する。ティアは納刀しようとしたが、硬く、とても片手で納刀ができる代物ではなかった。


「重い……っ」


「諦めろ。無理だ」


「黙れ……。神五天操流、虚の霊薬」


 ティアは昔の死に瀕した記憶、最悪の記憶を思い出して火事場の馬鹿力なるものを引き出し、強引に納刀を行った。


「本当に殺す気じゃないだろうなぁ!!」


 武器を破壊される代わりに命だけは助かるかもしれない。だがそれは敗北を意味していた。選択を急く中で耽々と力を溜めるティア。足元に火が付く。焦るカンナは冷静さを欠いて一か八かの賭けに出る。そうでもしなければここで戦の幕が閉じてしまうから。


「神五天操流、雷切、改。紫電遠雷しでんえんらい


 斬撃は伸び、壁を削る。カンナは自分のマントを踏み、尻もちをついた。


「やはり駄目だな……」


「まあ、楽しかったよ」


 こうしてティアは三対一の戦いを制した。



             *



 「……イリス」


「げほっ……。何」


 レオは大の字に寝転がりながらイリスに声をかけた。


「倒される前に思ったんだ。何か守ってんのかな……って。咄嗟に三方向からの攻撃を分散して対処してただけ。後ろになにも守る物はなかった」


「それは……そうだね。うん。そうだね」


 倒されたものは転がり、生き残った者はティアと交戦を続けている。幾度となく金属と金属がぶつかり合い、火花を散らす。血と火花の臭い。思いや苦しみが混じった一太刀。その全てがまだ、レオの心を突き動かす。


「心が熱い」


「さては……まだ戦う気だな?」


 その問いにサムズアップで答えるレオ。


「少し前にボロボロの女の子を助けたんだ。その時みたいに力が溢れてくる。根拠のない自信が戦えって叫ぶ」


「ひゃぁぁぁぁぁ!!青臭い……青すぎるっ。けどっ!!私も負けてられない!!」


「だよね……!」


 二人は肺いっぱいに空気を吸い込む。レオが伏している者に起きろ、と喝を入れようとした。しかし声を上げることは叶わなかった。


「みんな逃げてっ!!!!」


 イリスが叫ぶ。魔の手がすぐそこまで忍び寄っていたのだ。彼女は直ぐにレオや嘉多奈を抱えて出口へと走り出した。


「ちょ……どうした!?」


「種類は分からないけど毒ガスだ。だけどここは低層だから走って逃げることができるはず」


 イリスは鼻を刺すような刺激臭をいち早く察知していた。


「どっ、毒ガスぅ!?逃げ遅れたら死ぬの!?」


「恐らくはね……早く脱出しよう!!」


 所々、灯が点いた通路を駆け抜ける。怖がる声、普段目にしない光景が流れていく。階段を一段飛ばしで下らす、壁を蹴る。最短ルートを出口でただひたすらに駆ける。イリスがレオと嘉多奈を下ろしている間に後続が到着する。


「見て!!師匠だ!!」


「私も無事です!」


「ルナも回収した。ハートもしっかりいる」


 華奢な少女の姿がそこにはなかった。


「違う。クローバーがいない。行ってくる!」


 イリスの身体は考えるより先に動いていた。一人の少女を救うために。


「イリスなら大丈夫ですよ……死ぬなんてありえません」


 エクスは自分にそう言い聞かせながら相棒の帰還を美術館の外で待つ。


 再度、灯の点いた通路を駆ける。ユニットの出力を最大に、後先など考えずに駆ける。先程戦闘をしていた場所にクローバーは倒れていた。時間をかけてゆっくりとガスが蔓延する。肩に担ぎあげた少女に目立った外傷はなく、意識はない。


「もう大丈夫だよ。クローバー、安心してね」


 何度も通過した通路を再度駆ける。出口を、月明かりを目指して。


「イリス!!こっち!」


 下を向きつつ下を向きながら声のする方へ突っ走る。


「動けえぇぇぇぇぇ!!!!!」


 シャッターが半分以上降りていた。悠長に下ろしている余裕もないイリスは、クローバーを雑に投げた。クローバーは無事に外へ。


「手をっ!!」


 あと数センチ、届かずに脚が鉛のように重くなり、足が止まる。


 シャッターが降りた。

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