第23話 舞う鳥、地へ堕つ
怪盗一行は一度DSCG基地へと退却した。イリスが美術館に取り残された後に混乱に乗じて起こった出来事は二つあった。
一つ目は巨大飛行船の出現。二つ目は大怪盗バトルのファンではない一般人が十三人も虐殺されたこと。
「エクス。今回君が救出作戦を行うにあたって、やってもらいことが幾つかある」
「すべてを受け入れる所存です」
「まずは美術館に居た警備員の回収だ」
「けっ、警備員がいたのか!?」
「ああ、モニター室に。ドローン飛ばして確認したけど、もう……。でもイリスはまだ生きてる」
毒ガスの発生場所は屋上。換気扇を伝って各階に広がった可能性が非常に高い。洋介はドローンで毒ガスの採取を済ませていた。幸いなことに強力なガスであるが、吸い込むことがなければ死に至らないという結果だった。
「まずはシャッターを破壊してその後に屋上へ向かえ。準備が済み次第ヘリで帰還するそうだ」
「はい……!」
洋介が操縦するヘリはエクスを乗せて美術館へと飛びたった。
エクスは自分の過ちを悔い、拳を握った。
「どうしてあの時、素直に言葉を聞かなかったのでしょうかっ……!」
心の中で後悔と罪悪感が渦を巻く。
「悔やむだけじゃどうにもならないよ。最善を尽くそう」
「はい」
ユニットの電源コードを繋いだままエクスは地へと降り立った。背中にある処刑人の剣を抜き、シャッターを必要以上に切り刻んだ。イリスの額には汗が滲み出ており、呼吸も荒い。それでも生きているという事実にエクスは畏怖の念を抱いた。
「……?き……ね」
「はい。助けに来ましたよ。やっと、やっと基地に戻れますよ」
「あ……がと」
そうしてイリスは安心して気を失った。ユニットの出力を上げつつ夜空へと昇る。
「エクス。なるべく早く頼むよ!」
電源コードを引き抜いて降下していく。懐からポータブルパッドを取り出して警備室までの案内図を開いた。目線を案内図に落としながら疾走する。エクスは途端になにか、身長以上のものにぶつかった。
ゴトンと鈍いが鳴る。そこには鉄パイプで作られた十字架に縛り付けられた男性警備員と女性警備員がいた。
『警備員二人を見つけました。何故か鉄パイプで作られた十字架に縛り付けられています。』
『え……?』
死後、何者かに縛られたのだ。
「くっ……ひひっ……はははははっ!!」
不気味な笑い声が響く。エクスの脳裏に焼き付いた、この世界へと転移する前の世界での記憶が蘇る。
「クソ野郎ッ!!!」
エクスの心に、今すぐにでも奴を殺してやりたいという強烈な殺意が沸いていた。
『急いでヘリに戻って!!!』
我に返った彼女は警備員が縛り付けられた十字架を担いで美術館を離脱した。
「ごめんなさい……洋介」
「大丈夫。基地に戻ろう」
エクスは、イリスが毒ガスから生き延びた理由を探った。浮かんだ要因は複数あった。イリスが異世界人だということ。毒ガスに耐性があること。イリスが死に至るほどの殺傷能力がないかもしれないこと。
男女ともに死に至っており、ある者だけに症状が現れる可能性は低い。それでも可能性を捨てきれずにいたエクスは、イリスの下半身を探り、確かめた。
―――イリスは無性別だった。
*
基地へと帰還した。直ぐにイリスは両ボックスへと入れられた。人の手ではどうにもならない状態だと洋介は言った。
「ひとまずこれで回復を待つしかない。僕にできることはこれくらいしか……」
「……十分です」
「仕方あるまい。戦闘中に倒れることはよくあることだ。全員の不注意が招いた結果だ」
俯いていたルナがエクスに掴みかかる。いつもの引っ込み事案な性格は何処にもない。その表情は怒りの感情ただ一つであふれていた。
「仕方ないで済まされるわけないでしょ……!?こいつがクローバーに麻酔針を刺した!!」
「……っ」
「おっ、落ち着け!!」
涙を浮かべるルナを、エクスは直視することができなかった。
「なんで、どうしてやった!?」
「私が彼女を信じることができなかったんです。彼女はイリスが死んでしまうかもしれないと……。そして主催者の計画を邪魔すると、ルナまで始末されてしまうかもしれないと」
「ふざけんなッ!!!」
ルナがエクスの頬に平手打ちをした。頬が赤く染まる。乾いた音が空虚な室内に響き渡る。エクスはじわりと痛む頬を指先で触れる。ルナはクローバーを背負って基地を飛び出した。
「信じられるわけないじゃないですか……。大切な人を傷つけられたのにっ……!イリスは簡単に死なないとはいえ、殺されかけたうえに、そこの二人が両腕を欠損させたのですから……」
「確かにな……腕をなくしたんだ。それでもイリスは私たちを嫌うことはしなかった」
「あちらの世界ではまだ治る可能性があるかもしれないのに……。この世界には魔法もないんですよ?」
「エクス、その話を詳しく聞かせてくれ」
今回起こってしまった事件について過去から現在までを語ることとなった。エクスは話した。自身とエクス、シャーロット、アルカード、主催者。そしてエクスの嫌うクソ野郎が異世界から来たということ。この世界に足を踏み入れた際に、警報機が鳴ると同時に事件が発生するということ。
そして今回の虐殺は、クソ野郎、ネモア・グランドエンドが起こしたものだ。
「警報機が鳴ったのはイリスを含めて五件です。そして異世界から来た者は六人。あいつはきっと主催者と同時にゲートをくぐったんです」
「信じ難いが……信じよう。その……ネモアという人物がこの世界に居たことは知らなかったのか?」
「はい」
「何故ネモアは一般人を虐殺したんだ?」
カンナは謎の真相を考えることができず、納得できずにいた。ネモアの人物像も性格も何も知り得ない。情報が不足していた。
「私たちは一般人を殺めることなど、勿論ありえません。主催者やネモアにとっては関係のないことです。自分の為ならば手段を厭わない。そういう類の大人です」
「何か因縁があるのか?」
「分かりません。これ以上はもう話したくはありません」
「そうか。ありがとう。ではこれからは主催者とネモアの動きには注意しよう。それじゃあお暇させてもらう」
「はい。お疲れさまでした」
カンナが残った怪盗を連れて基地を後にした。肝心な時に限ってミスをするカンナの背中がやけに頼もしかった。
「今日はもう遅い。早めに寝よう」
「はい。そうですね……」
エクスは今までの、どの戦闘よりも疲れ果てていた。完全にやつれ切っている。
「私は今まであなたが行ってきたことを知っています。とても褒められたものではないにしろ、その姿勢はかっこいいです」
エクスは椅子の上で体育座りをして、膝を囲う腕に顔を伏せた。
「あちらでかけられた呪いは解除したはずなんですけどね。付けがまわってきたのでしょうか」
「そうかもしれませんね。それではおやすみなさい」
ブロンド髪のポニーテール幼女は自分に与えられたテントへと戻っていった。おかしなお嬢様だ。エクスは廊下で医療室の壁に寄りかかって目を閉じた。床は冷たいが、以上にエクスの心は冷えていた。
未明、医療室のスライド式のドアがゆっくりと開く。少し乱暴に閉められた反動で軽くドアが跳ね返る。その音を耳にしたエクスは重い瞼を必死に上げ、目を擦った。
「イリス……!」
彼女は小さな声で名を呼ぶ。
「は……?アタシに気安く話しかけんな」
「……え?」
同じ声、姿、形。髪色も、外面的変化は何一つないはずだが、まるで別人の様にイリスは変わってしまっていた。
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