第21話 お出かけ


 ない腕が痛み、イリスは目を覚ます。


「そっか……もうないのか」


 イリスは上手く下半身を使って医療ボックスから飛び起きた。液体の中に細かい欠片が浮いていた。ピアスのアメシストが砕けてしまったらしい。


「おはようございます。義手が完成したみたいなので付けに行きましょう」


「はいよ」


「やはり普段あったものがなくなると不便ですよね。骨がパキッと逝ったときに思いました」


「でも直ぐ直せたでしょ」


「それはそうなんですが、かなりしんどかったです」


 イリスもあちらの世界で怪盗をしていた際にも度々無茶を強いられた場面が数千、数万回とあった。


「シャーロットは今年で何歳になるの?」


「今年で百歳になります」


 変換をすると約、二百七十四歳となる。


「ふふっ、千歳生きようね」


「うげぇ……」


「世界平和を目指そう!」


「ざっくり見れば平和だと思いますが」


 イリスは横目に洗面台を見る。洗面台に置かれていたコップと歯ブラシの数が増えていた。


「誰かいるみたいね」


 イリスは工房に足を入れるなり直ぐに調理器クッカー周りを確認した。


「そういえば夜中に誰か――」


「ルナと、クローバー……何で居るんだ」


 洋介が修理の手を止め、おいでと手招きをした。


「これが義手だよ」


 義手の感触を確かめる。


「付け初めは変な感じがする。そしてなぜクラウンが」


「一回目の時は軽傷で済んだみたいだけど、病院に行くに行けなかったみたいでね」


「身バレ防止か……」


 デスゲームの仕様上、イリスはルールに従ったまで。負傷するかは運任せ、仕方のないことだ。


「おでかけしましょう?」


「そうだね。いこうか」


 エクスを置いてイリスは街へと足をくり出した。



                *



 主催者がモニターをジャックして怪盗バトル開催の宣言を行ったショッピングモールに向かっていた。夏の涼しげな住宅街を通り抜ける。イリスが実質的に守った宝石展も元気に営業中であった。


「どうでもいいけど、この世界に来た時に剣を持ってても大丈夫だったんだよね」


「これですかね」


 シャーロットのスマホに表示されていたものはニュース記事。ニュースの見出しには「コスプレイヤーが強盗集団を撃退!」と大々的に記されていた。


「ちょうどその日から二日間、コスプレイベントがあったみたいですよ」


「こすぷれ……。その次の日も大丈夫だったのもそのイベントのおかげか」


 上手く事が運びすぎている。何を画策しているやら、皆目、見当もつきやしないが不安要素にはしっかりとケアを行う。なんとも主催者らしい。


「ちなみにイリス様の写真は載っていないみたいです。撮ったらカメラが壊れたり、写真が消えたりしたみたいですね。目撃者も顔を憶えておらず、コスプレイヤーの剣が大怪盗バトルに出場していた怪盗の剣に似ていると、物議を醸しているそうです」


「ふっ、私も有名人に一歩近づいてしまったか」


「はい。それはもうご立派に」


「買える範囲でなら好きなものを買ってあげようじゃないか。今、私は気分がいい」


「よし……!」


 イリスはお姉ちゃん風を吹かせに吹かせまくったのであった。そしてモール付近で開口一番に奇声を発した。


「どえぇぇぇぇぇ!?」


 ヴァルキュリア、雫、そしてエクスを抜いた怪盗の面々に鉢合わせたからだった。


「イリス様……驚きすぎです!周りには沢山の人が……」


「どうでもいいだろう。せっかく出会ったんだ。皆で食事でもどうだ?」


カンナが言った。その言葉を皮切りにそれぞれが、蕎麦が食べたい、肉が食べたいと意見が割れ始めた。


「分かれて好きなものを食べよう。その後にデザートでも食べて……適当にモールでも回ろう」


 レオの提案に賛同し、それぞれに散った。蕎麦を食べる者は嘉多奈、レオ、シャーロット、カンナ、そしてイリスだ。蕎麦を注文。好みの天ぷらを皿にのせて会計を済ませたのだった。


「先に席取っときますね!」


 シャーロットが五人分の席を確保した。


「へえ、あの子シャーロットっていうんだ。昨日美術館に忍び込んでたよね」


「そうなんだよ。バトルが始まる前から私のこと知ってたみたいでね」


 嘉多奈の態度は始めより雰囲気も口調も柔らかくなっていた。


「それと……この間はごめん。色々躍起になりすぎた」


「二日、三日前のことは笑い話だよ。気に病む必要はないね」


 イリスは会話を繋ぐ言葉を一瞬、真剣に探したが思考を放棄、蕎麦を啜った。


「エクスは大丈夫か?私がボコボコにしてしまったが」


「疲れて寝てる。あれくらいの怪我は日常茶飯事。そして調子にのりすぎ」


「ははっ、悪い悪い」


 そしてまた会話が途切れ、蕎麦を啜り天ぷらを口に運んだ。


「コミュ障になっていませんか?」


「君はどっちの味方なの?」


「デザート買いに行きましょう」


 アイスクリームはあちらの世界でも人気を博していた。多様な味があることはそっちのけでイリスはクレープ屋に並んだ。


「えいっ」


「うわぁ!?」


 イリスは背筋をなぞられ、またもや奇声を発した。振り返るとそこにはクローバーが居た。大人しくしていればお人形さんみたいに綺麗だ。大人しくしていれば、とは決して悪口ではない。


「……お姉ちゃん」


 ぼそっと呟いた。


「へ?」


 イリスは唐突なお姉ちゃん呼びに困惑した。そしてイリスに抱きついたのだ。


「もう親に甘える歳じゃないのに……」


 イリスはクローバーの表情が見えるように顎を優しく上げた。クローバーは親に甘えた時の少し照れた顔をしていた。


「昨日まで殺りあってたよね!?」


 しかしイリスはクローバーの微笑みによって、撃たれたことなどどうでもよくなっていた。そして心までも奪われていた。


「お姉ちゃん……」


「うん!お姉ちゃんだよ!!」


 イリスはお姉ちゃんになることを決めた!!


「だったら私はママと呼ばせてもらいます!」


 シャーロットまでもがイリスに抱きついた。美人なロリっ子が二人も懐いている。お持ち帰りする以外の選択肢はあるだろうか?


「うん!ママだよ~!」


「「うげぇ……ロリコンがいる!!」」


「やっ、やめろぉ!!ヤジを飛ばすなぁ!!」


 嘉多奈とレオに非難を受ける。ロリコンという言葉に過剰反応をした周囲の視線が矢のようにイリスに刺さる。


「へんたーい」


「私結構ボロボロだしこれくらいご褒美があっていいよね!?」


 でなければ分不相応である。いたって普通の人間であれば金を要求するだろう。億単位の札束より安くちっぽけな褒美。クローバーの髪が揺れ、隠れていた耳が露わになる。いい具合に光を反射して輝いたのはガラスの破片と思わしきピアスだった。


「どうしたの……?」


「このピアス……すごく似合ってる」


 態度がしおらしく、表情が翳った。クローバーはイリスの耳に口を近づけて囁く。


「私はね……戦争の多い所に住んでたんだ。パパとママに貰ったガラスの靴がバラバラになって……パパとママともそれっきり。全て焼けた」


 何気ない発言が地雷を踏み抜いた。そうだ、全て焼けたのだ。クローバーの父と母も。


「え」


「ガラスの靴も砕けちゃえば夢も魔法も何もないよね」


 さらにクローバーは語った。内容は、戦争の指揮を執っていたのはカンナの両親だったこと。そしてカンナの両親に復讐をしたこと。そんな因縁があるらしい。クローバーが俯きながらクレープを頬張った。


「君は強い子だ」


「変な戦い方してるけど、目標もある」


「うん。じゃあ本気でぶつかり合おう」


 コンと拳を交わした。イリスたちは歩き出した。


 モールのある場所で立ち止まる。


「ここに良いものがあるっぽいんだよね~!」


 エルが事前に何かしらの情報を仕入れたようだ。ある場所というのは、アニメグッズ、漫画、ゲームなど、様々なものが扱われているお店だ。一番人目に付く棚に大きく飾られたポップには新商品入荷の文字。


「……私たちのグッズがある!?テーマ曲まで!!」


「ちょっ、馬鹿!!静かに!!」


 怪盗たちのテーマ曲CD、ポスターやキーホルダー。そのグッズが店頭に並べられていた。どうやら売れ行きが好調らしい。


「人気が高いみたいだな」


「ネットでもイリスはしょっちゅう話題に上がってるよ。モデルのスカウトみたいな話も……まあウチの人気も高いけど!」


「イリスは顔が良いからな」


「褒めたってなにも出ないけど……うれしい」


 内心ではガッツポーズをしていることだろう。イリスは顔が良いのだ。そして自分以外の怪盗たちのアクリルスタンド、イリスぬいぐるみを持ってレジへ駆け込んだ。


「沢山買ったな。アイスやハートの分まで買って、嫌いじゃないのか?」


「はは、こんなことで嫌いにならないよ。戦友だ」


「どうかしてるな」


「じゃあ明日は敵同士、仲良く戦おうね!」


 イリスはレジ袋を片手に、怪盗たちに手を振った。



              *



 クローバーは主催者に接触しようと試みていた。大怪盗バトルの真意を知るために。一度目の大怪盗バトルからクローバーは調べを進めていた。判明したことは少ない。立て続けに起きた四件の事件、警報に関連があること。イリスたちはその直後に姿を現したこと。但し、何処からやってきたのか、何者なのか、ネットのどこを探そうが、防犯カメラをハッキングしようが、判りやしない。


 弱さの全てを仮面の内に仕舞って、路地裏へ足を踏み入れた。


「おやおや、私を探していましたか」


「やっぱり、路地裏にいるんだね」


「それがどうかしましたか?」


「単刀直入に言うけど、バトルの目的は何。一回目はお宝の争奪戦だったけど、二回目なんか只の殺し合いだった……!!」


 クローバーも好奇心に負けて調子に乗った節もある。今回の戦闘でイリスは両腕を失い、身体には複数の弾痕が深く残った。そして戦闘配置。イリスを殺すための配置だったというのが妥当。どちらにせよ恨みを買って狙われていると推測するのは間違っている。主催者にはイリスを自分の手で殺すことができる力がある。


「確かに私には成したい目的が……。まあ、知っても阻止は不可能でしょうが」


「目的は?」


「言えませんねぇ……。忠告しておきましょう。邪魔になるようでしたらクラウンは排除させて頂きます」


 死の恐怖がクローバーの首に触れる。


「傍観してろっていうんだね」


「物分かりが宜しいようで。それでは失礼」


 裏で蠢く巨大な陰謀。波乱の風が吹き抜けた。

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