第20話 battle2‐3Crown


 遊んでいてヒヤヒヤを味わえるゲームは楽しいものである。失敗が許されない状況下だと余計にヒヤヒヤを味わえる。持ち札をどう活かすのか、どう組み合わせて突破するのか、それらを熟考することも醍醐味である。


 二人は次のフロアへと足を踏み入れる。空気が纏わりつくように重い。部屋一帯にパーティー用の装飾が施されている。あちらこちらに風船が散りばめられている。部屋の隅には懺悔室や断頭台がある。ピエロの人形マネキン。壁や床に散り、付着した血糊。赤色せきしょくの照明。それらは全て、とてもクラウンらしい。


「うぇぇ……。こんなところで戦うのかぁ」


 どうやらこの部屋だけ特殊構造らしい。どことなく違和感がある。


「壁一面鏡じゃないですか?よくないことが起こりますね」


「やめてよぉ……。怖い」


 ピエロの首がゴトリと落ちる。


「ほらやっぱり」


「カンナとは一時休戦になったのにあっさり負けちゃってさ!……つまんない奴だよ」


 声の主はクラウンの幼気な少女。


「どこにいる?」


「私の名前はクローバー!」


「そして私がルナ……」


 ピエロの人形マネキンが弾けてルナが、風船の中でもひときわ大きな風船が割れ、クローバーが姿を現す。


「さて、なにして遊ぼうか!」


「何して遊んでくれるの?」


「普通に戦うか、ゲームか――」


「戦おう」


 即決。もはやクラウンの戦い方についてはどうでもよくなっていた。


「じゃあ、五十二枚のトランプの中から二枚目のジョーカーが出たら戦いはお終いね!」


 お終い。それは紛れもなく死を意味している。どうせ何しても死なないだろう。――じゃあ試してみよう!その好奇心が視聴者とクローバーの心を突き動かす。


「へへっ……楽しくなるといいですね……!」


「一枚目!」


 引かれたカードはスペードの五。二対一だ挟み込むようなことはせず、イリスを目標ターゲットにして加速するルナとクローバー。クローバーの右手に注目し、武器の形状から判断を下す。見間違うことなく剣の柄と。イリスならば簡単に弾くことが可能だが、念のためという理由で鞘を引き抜いてクロス状に防御ガードする。


「しまっ――」


 武器は剣、攻撃は上からの斬撃という予想は見事に外れた。クローバーの下からの一撃は防御ガードの合間を縫って、イリスの身体に一閃を刻み込む。クローバーに集中した結果、続くルナの細剣レイピアによる突きも直撃、身体を貫通した。


「無駄だったみたいだね!」


「ぐぅっ!!」


 クローバーがジャラリと鎖を鳴らす。多節棍。直前まで背に隠し、タイミングよく左手にパスする。それを見破ることができなかったイリスは不利な状況に陥った。クローバーがスペードの五のカードを捨てる。ひらりと舞い落ちるカード。二度、同じ攻撃手段を利用することはないようだ。多節棍もどこかへ消えてしまった。


「厄介ですね」


 イリスは特製煙草を一本取り出し、加速器ブースターを点火して着火を行う。


「早めに決着を付けないと」


「二枚目!」


 次の間、瞬間的に辺りが豪炎に包まれる。そしてカンナとの戦闘で使用されたピアノ線のトラップが作動する。


「うっそでしょ!?」


 イリスは反射的に身を屈める。ピアノ線はイリスの腰上数十センチを通過。疾風の如く、ピアノ線はイリスの髪を数本カットした。


「三枚目――」


「あん……?」


「興醒めしちゃった。けどこれはこれで面白い!ゲームしよっか!」


 戦闘かゲームか、、初めに確認を取ってゲームはしない方向で戦闘が進んだ。だがゲームは開かれる。ルナが壁際に寄せられた正方形のテーブルを引き摺り、三人の元へ。


 一番、クローバー。二番、イリス。三番、ルナ。四番、エクス。クローバーが上座に、ルナが下座に。エクスはクローバーの左隣に、そしてイリスが右隣に座る。卓には、一から四まで番号が刻まれた木製のスティック、サイコロ、リボルバー、ナイフ、盾が置かれている。


「死の遊戯ですね……」


「そう!ルールを説明するね!」


 クローバーが説明したルールは大体このようなものだ。


 サイコロの一、三、五が空薬莢を装填。二、三、六が実弾を装填。装填は機械が行う。装填時に空薬莢が抜かれるか、実弾が抜かれるかは完全に運任せ。装填完了後に任意の部位に銃口を当て、引鉄トリガーを引く。自番に二回連続で空薬莢を引いた場合、実弾を一発装填し、スティックを引く。刻まれた番号の者の好きな部位に銃口を当て、引鉄を引く。



 空薬莢、実弾が装填されたとき、前の番に抜かれた空薬莢、実弾が排出される。三回連続で空薬莢だった場合、実弾を六発装填しスティックを引く。そして刻まれた番号の者の好きな部位に銃口を当て、引鉄トリガーを引く。


 ナイフについて。任意の部位に刺すことで自番をスキップ可能。盾について。任意のタイミングで防御ガード可能。防御ガード時に空薬莢を引いた場合、盾は失われる。盾とナイフは各三つずつ配られる。このゲームは相手が倒れるまで、もしくは棄権するまで終了しない。


「ややこしいです」


「それはごめん!サイコロを振って一番出目が大きかった人から時計回りね!」


 クローバーから番号順に賽を投げる。結果はルナが五を出してルナから時計回りに順番が決定した。初期のシリンダー内の弾は空薬莢が三発、実弾が三発、交互に装填されている。


「へへっ……私の番だ」


 サイコロの出目は一。機械にリボルバーをセットして装填が完了した。そのまま足の甲に銃口を向けて引鉄を引く。


 ――結果は回避セーフ


 イリスにリボルバーが手渡される。イリスが投げたサイコロの出目は二。排出されたものは空薬莢。装填後に左腕に銃口を向けて銃口を引く。刹那、乾いた銃声が響く。左腕からは血が水滴のように滴り落ちる。袖は鮮血の緋色に染まる。だがイリスは声一つも漏らさず、息も荒げていない。まるで痛みを克服してしまったかの様。


「うわ~!当たっちゃったねぇ!」


「はい。どうぞ」


「安全にいかせてもらうね!」


 サイコロの出目は六。実弾の装填が完了。実弾が排出された。そしてクローバーはこめかみに銃口を当てて引き金を引く。


「クレイジーですね」


「ばーんっ!!」


 クローバーは空薬莢を引いた。


 続いてエクスは一の出目を出し、空薬莢の装填の完了後に空薬莢を引いて無事に難を逃れた。


「私だけ被弾したのか……」


「うんうん!第二ラウンドへ進もうか!」


 シリンダー内の弾が変えられ、空薬莢が二発。実弾が四発となった。


「また私の番だね……!」


 ここで一、三、五を出すことができれば回避率が上がる。運命を分ける一投。ルナは強く奇数が出ることを願いながらサイコロ振る。コトリと落ちた賽の目を凝視する。結果は勿論、願いが裏目に出た。その目は四。


「きっと大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」


「抜かれた弾が実弾かもしれないとはいえ怖いですね」


 ルナが絶望に包まれる。震える手でリボルバーを掴み、銃口を足の甲に向ける。


「痛いのは嫌だいやだいやだいやだいやだいやだ」


 目を瞑り、一気に引鉄を引く。


 ――カチっ。数秒の間を開け、飛び上がると同時にイリスへと乱暴にリボルバーを投げる。素晴らしい!なんという豪運!


「ええ?」


「やったあっ!?奇跡が起きた!!私は助かったんだ!!」


 クローバーがルナにスティックを差し出す。


「ほら、引いちゃってよ!!」


 喜びに狂ったルナは勢いよくスティックを引く。スティックの先の番号は二番。つまりイリスだ。


「ごめんねぇぇぇ!イリスちゃんっ!!」


 迷いなく右太腿に銃口を押し当て、発砲する。


「――った……!」


 追い詰められているという状況は他の者も同じであった。イリスはどうあがこうが被弾するかもしれない状況に覚悟を決めた。そして土壇場で妙案が浮かび、唇を舐める。


「空薬莢だろうが実弾だろうが私は一喜一憂することはない!」


「へぇ……。やって魅せてよ……!!」


 サイコロの出目は三。排出されたものは空薬莢。


「眼に焼き付けろ!この私の命運をっ!!!」


 そう云い放ち。その反動と衝撃でイリスは椅子にだらりと凭れ掛かった。


「イリスっ!?」


「なななななんでぇっ!?」


 硝煙の臭いにより焦燥に駆られる少女の傍らで嗤う小さな道化師ピエロ


「演技下手くそ!にしても盲点だったかも。頑丈な仮面で跳弾させるとはね」


 足をばたつかせて嗤う。


「――え?」


 エクスが混乱しているうちにイリスが起き上がる。


「温存の一手、ってね」


「馬鹿だなぁ……。盾使えばいいのに」


「死んでなかった……んだね」


「だけど私は確実に星光ステラを追い詰めるよ!」


 そう言った矢先にクローバーは、豆腐を切るように手の甲にナイフを突き刺した。


「スキップするんですね」


「戦略の一つだからね」


 エクスは胸に手を当て心臓の鼓動を抑えつつサイコロを振り、五の出目を出して空薬莢を装填。その後空薬莢を引き当ててスティックを引こうとする。


「待っ――」


 制止する声は届かずエクスはスティックを引いた。


「ちょ……っはあ!?」


 番号は二番。つまりイリスを撃つということになる。イリスがエクスを制止させようとした理由、それはクローバーがイカサマを行ったからだった。本来、一から四まで刻まれているはずのスティックがすり替えられ、二番のスティックのみとなっていたのだ。イリスはそれを勘で察知した。


「ほら、早く撃ちなよ!」


「……嫌です」


「大丈夫だよ、エクス。撃って」


「ふざけないでください!」


 数秒の躊躇の末にようやくイリスの左腕に発砲した。エクスは息を荒げて罪悪感で埋め尽くされ。張り裂けそうな胸を押さえつける。


「痛いよ」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ」


「へへ……ご愁傷様」


 ラウンド三。シリンダー内の弾は実弾が五発、空薬莢が一発。死の遊戯、デスゲームの参加者全員が窮地に立たされる。特にルナは一番手ということもあり、実弾を抜き、空薬莢を装填することに成功した場合でも回避セーフとなる確率は四分の二。


 手の平で転がされたサイコロがカラリと落ちる。賽の出目は奇数。勢いのままに足の甲へと発砲。そして流れるままに豪運を発揮。奇跡は起こってしまった。またしても回避セーフ。クローバーはイカサマをしたスティックをそのままルナへと差し、強引に引かせた。


「楔は打たれたね!」


「で、でもさすがに死んじゃうよ?」


「今更無理なんて言ったりしないよね?」


 度重なる戦闘とデスゲームによって、確実に深手を負っている。イリスがいくら頑丈であっても、当たり所が悪ければ瀕死という可能性も十分にありうる。ルナは人殺しになりたくはなかった。


「耐えてね!?」


 ルナはイリスの両腕両脚に一発ずつ、そして胴体に二発撃ちこんだ。


「ぐっ……。ああぁぁぁぁっ!!」


「やっぱ化け物じゃん。なんで生きてるわけ?」


「人殺しにならなくて済んだ……。良かった」


 ルナはほっと息をついた。


 心配をよそにゲームは進行する。イリスは特製煙草に火をつけ、吐息交じりに言う。


「じゃあ、こっからはイカサマなしの勝負で!」


 ラウンド四、ラウンド五、ラウンド六。各々が被弾ヒット回避セーフをする中で、イリスは確実に回避セーフを積み重ねていく。一回、二回、三回と。二回目はルナを撃ち、三回目の回避セーフで今迄の復讐をするように三番、ルナのスティックを引く。


 ルナの右腿に三発、途中で相手を変え、クローバーの右腿に三発撃ち込む。


「ごめっ、クローバーちゃん……棄権リタイアする」


「うそっ!?」


 続くクローバも棄権リタイア。デスゲームは終了となった。所詮はただの人間。痛みに慣れているはずがない。


「私より少ない怪我で棄権リタイアするなら大人しくやられててよ」


「バカだね。負けるわけないでしょ?」


 戦闘は再開され、クローバーの手中でジョーカーが輝く。咄嗟に剣を抜き、エクスを背に身構える。四方八方から手榴弾グレネードやロケットランチャーが発射され、退路は既に断たれていた。


 イリスは死を悟りながらも先日の雫との会話を思い出していた。


『神五天操流の弱点の答えは自分で探してほしい』


 そして答えを掴めずにいた。


「大丈夫ですよ、イリス。人は何かしら繋がりがあるものです。一緒に天国へ行きましょう」


「まだ死にたくないけど、死なないかもね」


「それはどういう――」


火焔流雷かえんりゅうらい花蕾はなつぼみ


 この技は神五天操流の流雷をアレンジした技。切っ先で炎を操り、飛来物の速度を減衰。そうして爆発寸前に自分を囲むように縦に五閃。そして天高く跳躍し、花が開くように大螺旋で急降下する。


 弱点、それは、神五天操流の技を受けた者は神五天操流を扱えるようになること。相手に神五天操流を使用されないためには、一撃で仕留めるか、そもそも技を使用しないこと。強力な流派故の弱点。イリスとエクスの周囲で無数の爆発が起こったが、鉄壁の防御の前では無力であった。


「しぶといっ!!」


「しぶとくなきゃずっと前に死んでるよ!!」


 次に捲られたカードによって機械人形マシンドールが出現、イリスは自分の体躯を優に超える巨大な手の平に挟み込まれる。


「本当に死んじゃうんだね……」


「ぐぅぅぅぅっっ!!!!!!」


 イリスは耐久の限界を迎えていた。それでも尚、大怪盗になるという強い信念のもとに抗い、立ち上がる。


「そうでした……私たちは大怪盗になるんでしたね」


 イリスは洋介に通信を繋げる。


『あれを使いたい。今すぐに!』


『待ってました!』


「エクス。私の半身になってくれるか?」


「ええ!喜んで!」


接続コネクト


 ユニットの操作を行うための首輪チョーカーが発光する。接続コネクトによって二人の動きが重なり合う。一心同体、まるで一人の人間のように。そして同一の構えを取り、力を溜める。その構えは、強大な敵を打ち倒すべく生み出されたの最強の合技。


 時を刻む秒針を読む様に静かに、その瞬間ときの来訪を待ち望む。観る者も同じく息を潜め、生唾を飲み、その瞬間ときを待つ。


 ルナとクローバーには刃が一等星の如き煌めきを放っているように見えていた。生命の危機を感じ取りつつも、その神々しさに釘づけられ、目を離せずにいた。


 やがてイリスとエクスの脳内に響く鐘の音が凪ぎ、満を持してその名を高らかに叫ぶ。


「「十字架之星印クロス・アスタリスク」」


 ピエロの機械人形マシンドールは全を赦す十字架を刻まれ、爆散した。


「お別れの時間だ――」


 クローバーが二枚目のジョーカーを引いた直後、遮るようにして壁が破られ、イリスに二閃がはしる。それは第三者の介入。グラジオラスが壁の外で電磁加速砲レールガンを構えていた。


 イリスの両腕、上腕の中間から下が、血と共に宙に舞う。


「イリスっっ!!」


 クローバーの反応、イリスの悲痛な叫び声。イリスは痛みより先に一つの疑問が頭に浮かぶ。何故正確に攻撃することができたのか。疑問に対する回答が思考するより先に視界に映り込んだ。部屋の特殊構造。部屋の壁一面が鏡張りであったこと。部屋の鏡はただの鏡ではなく、半透鏡マジックミラーだったのだ。


 故に内部からは外部が視認できず、外部からは内部の様子や、イリスの立ち位置などが捕捉可能だった。


「一度やられたんなら大人しくしててよ……!!!!」


 グラジオラスは落ちるように下階へと姿を消した。イリスは即座に双腕を操作。加速器ブースターの熱で傷口を焼く。


「はは、はははっ……冗談じゃないね……!!」


 両腕の大部分を欠損した痛みと傷口を焼く灼熱の痛みが同時にイリスを襲う。


「ああああああああああああああぁぁァァァァァァァァッッ!!!」


 耐え切れずに両膝を付き、床に頭を擦りつける。それでも意識を保てる頑丈さを憎み、呪った。イリスは美術館を離脱し、洋介が乗るヘリにしがみつく腕もなく転がり込む。


「イリス!もうだめだ……基地に戻って治療しよう」


「このヘリの舵と鹵獲したガトリングを首輪チョーカーに繋いで」


「言うことを聞いてくれっ!!」


「いいから早く……!!!」


 圧に押されてコードを首輪チョーカーに繋ぐ。ヘリに搭載された機関銃と、ガトリングを美術館に向けて一清掃射する。


「まさか美術館ごと潰す気じゃないよねぇ!?」


「知ったこっちゃないね!」


 掃射によって蜂の巣となり無数の穴が空いた柱や壁が形を保てず無秩序に砕け、美術館の一部がゆっくりと崩落を始める。その中には館内を走る幼女の姿があった。


「中に子供がいる。ヘリを寄せて!!」


「屋上に行く。ユニットと双腕の燃料はどれくらいある?」


「両方さっきのでもう五パーセント……。飛ぶのはさすがに無理だ」


 屋上付近にヘリをつける。幸い幼女は戦闘を観ていたおかげで直ぐに屋上の扉が開き、飛び出してきた。


「エクス……早く飛べ!」


 エクスは女児を置いてヘリに飛び込む。ヘリに移れるかどうかの距離に取り残され、足を震わせた。


「あの子はどうするんですか!?」


 痛みによる苛立ちを言葉にして幼女にぶつける。


「お前は何の為にここへ来た!?何のために私を助けたッ!?」


「……私はあなたに会いたかった。一緒に怪盗をしてみたかったから……!」


「こちら側になりたいのなら今だけでいい、その勇気を振り絞れ!!!」


 幼女はその言葉に背中を押され、無謀にも屋上から飛んだ。当然、予想はできていた。残り数センチ届かずに宙を掻く。幼女はこの短時間で勇気、希望、絶望、覚悟を知り、味わった。そしてイリスは加減なしに幼女を双腕で掴み、回収のちに退却をした。


 お宝を取り逃し、クラウンがお宝を手中に収めるという結果で、第二回怪盗バトルは幕を閉じた。


               *


 基地へ帰還するとイリスは直ぐに医療ボックスへとダイブした。なんと医療ボックスには手術機能まで搭載されているらしいのだ。


「あああああ……地獄」


 話し合いの結果、ユニットの修理より先に義手を製作してもらう運びに。


「イリス様……私はあなたとお話がしたいです。少々お時間よろしいですか?」


「寝るまでだけだからなー?」


「大怪盗を目指している理由は何でしょうか……」


「この世界に私という存在を叩きつけること。その他には、少しでも毎日を楽しく過ごしてくれたら……とか思ってる」


 イリスは多少違うことを咄嗟に口走った。本当は他人のことなど微塵も気にかけてはいない。全ては自分の為、自分が良ければそれでいい。


「もっと別の理由を述べるかと思いました。もっと大きくて大胆な野望が――」


「名前、教えてくれるかな?」


「申し遅れました。私の名前はシャーロット・レインスノウと申します」


「あのシャーロット!?」


 あちらの世界で知らぬ者はいないといっても過言ではない程の財閥の令嬢。


「いかにも。私がレインスノウですとも」


 金髪の幼女は胸に手を当て、とても誇らしげに鼻を鳴らしている。イリスを除いた四人目の転移者だ。


「お嬢様でも怪盗好きなんだね。多くの大人たちは嫌ったりするけど、君は嫌わないんだね」


「ええ、お父様も怪盗が大好きでしたし」


「そっか。ふぁぁ……もう眠くなってきたかも」


「おやすみなさい」


 イリスやシャーロットが眠りについた後、ゆっくり手術が行われたのであった。


 時は午前零時、洋介の作業も順調に進みつつある頃、本来あり得るはずのない来客が訪れた。お尋ね者が基地の扉を叩く。


「こんな時間にどちらさまっ」


 なんと、扉の前に居たのはクラウンの二人だった。洋介は驚愕し、脳内の睡魔も何処か遠い場所へと飛んで行ってしまった。


「どんなツラして……とか思うかもしれませんが、どうか許してください。傷の治療がしたくて」

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