第19話 battle2‐2Platanus


 次のフロアへ移る前にアイスのガトリングを鹵獲。洋介が乗るヘリまで持っていった。少々故障しているようだったが直すこと自体はやはり朝飯前らしい。イリスは必要になったら取りに戻ることに決めた。


「来たね、星光ステラ毎度始めに自己紹介なのは……仕方ないよね。ウチの名前はエル。こっちのリーダーはカンナ。よろしくね~」


 新手のパターンで、リーダーではない方が紹介してきた。


「あー、戦闘ご苦労。特にイリスは火災に巻き込まれて大変だったな」


「思ってたより破滅的な奴だったよ。エルとカンナも戦闘狂なのかな?」


 カンナは帽子のつばを深く下げ、目元を隠してゆっくりと語る。


「そういう訳ではないんだが、一回目の時はクラウンが戦闘を仕掛けてきてな、退けることには苦労したよ。自分語りは止そう」


「いきなり襲ってくる人は私に親でも殺されたんですかね」


 マントをはためかせて剣を抜き払う。


「さあ、星光ステラ。実力を示してもらおうか」


 そして互いの刃が交差する。イリスは迫る連撃に対して連撃で返す。だが簡単に押し返されてしまった。


「てっきり自分は回復が速い方だと思っていたけど、そうじゃないみたい」


「言い訳にすらならん。負けた時にはこう云うといい。相手が強かった、と」


 数秒前の言動とは打って変わって乱暴なものとなった。今迄の敵と同様に獲物を狩る眼である。


「カンナちゃん強いからゼッタイ負ける気がしない!!」


 剣が鏡面のように光を反射する。イリスは剣を床に突き立て、ナイフホルダーからナイフを抜いて逆手に持つ。そのまま深くしゃがみこんで三人の視界から姿を消した。


 暗殺者アサシンスタイル。武器を捨て、防具を捨て、可能な限りの軽量化を図る。極限のスピード特化戦術。縦横無尽に壁や天井を跳ね返り続ける。


 コッ。誰もがその行動に目を奪われ、音を立てて落下した物体に反応することができなかった。


閃光手榴弾フラッシュバンッ!!」


 脳天を貫くような鋭い音と白光が周囲を包む。エルとカンナは咄嗟に迫られた選択に耳を塞ぐことを余儀なくされた。


「ぁああっ!?」


 立ち尽くす訳にはいかないと判断したエルは無闇に走った。自分の位置すら分からず懸命に。罠にかかった猛獣の額に銃口を突き付けるように的確かつ確実に潰しにかかる。カンナを目掛けて壁を蹴る。逆手のナイフを構えて風を押し切るように突き進む。するとカンナは信じ難い行動をとった。


「やっぱりこの戦いに来る奴はどこか狂ってるよ……」


 イリスは跳ね返ることを止め、着地した。目を見張る信じがたい行動。カンナがエルを盾にしようと背後に隠れたのだ。


「私はエルを愛している。だから何をしても許される。そうだな?エル」


「イリス!聞くだけ無駄です!!卑怯でも何でもいいので早く倒しましょう!」


「ほら、エル。卑怯な手を使ってくるそうだ。私の盾になってくれるよな?」


「へへ……うん、いいよ。盾になってあげる」


 何故そのようなことを平気で発言できるのか。想像することは余りにも容易すぎた。そのせいかイリスは思考停止していた。


「何……?どう反応すればいいの?これがなければ普通に戦えていたのに」


 ナイフを握る手に力がより一層力が入る。そしてエクスは光を浴びてギラつくナイフを凝視していた。


「こっ、殺しはダメです!!」


「止めてくれるなっ!はあ、っはあ……ここで始末するっ!!」


 エルの股下から顔を覗かせるカンナ。興奮で暴走を始めてしまったエル。混乱で眼をぐるぐるさせるイリス。これを惨事と言わないとしたら何が惨事だろうか。


「うわぁ……」


 エクスも共感性羞恥を働かせて手で顔を覆った。今にも蒸気を発しそうだ。


「茶番はお終いだ!!」


 ナイフの先でカンナを指す。仮面がついているかを再確認をして平静さを取り戻した。イリスは再び飛び、壁を跳ね返る。エクスはカンナのガラ空きになっていた足元を狙って一閃。飛び上がった所にもう一閃与えて宙に弾いた。


「この隙に叩こうとしているのは知っている。星光ステラが来るまで何もしていなかった訳ではない。さあ、どうやって私を倒す?」


 速度を増す突貫をカンナはただ眺めていた。この一撃で決着は付きはしないと確信していたからだ。イリスは壁の一部、数センチの隙間があり、そこに光が当たり輝いていたのを横目に見ていた。


「はーん……自由に動けないって訳だ」


 緊急回避すら間に合わないと悟って勘を頼りにナイフを振り抜く。レーザートラップのように水平に飛び交うピアノ線の一本を華麗に両断した。だが振り抜いたナイフを挟みこむ様にピアノ線が射出されナイフの刃が二、三欠片に切断されてしまった。小さなかけらが粉となって舞う。柄から出る四センチになった刃は使い物になりそうにない。イリスはナイフを捨てることなくナイフホルダーに押し込んだ。


「罠の城ですか、いいですね。でも後手に回るのは嫌なので構成は崩しません!」


 イリスは右手にナイフを持ち変えて可能な限りの加速をつけ、急降下をする。


「ならば私は逃げはしない」


「カンナちゃん!足!!」


 足元に飛来する処刑人の剣を避けきれずにカンナは足を滑らせる。


「何っ!?」


 カンナは受け身を取ることができずに顎を強打。痛みに悶える暇もなく、イリスの落下攻撃をなんとか二転三転して回避する。


「痛っはっ!?ひははんは!!」


「カンナちゃん大丈夫!?」


 慌ててエルがカンナに駆け寄る。カンナは顎を強打した際に舌を一緒に噛んでいて上手く言葉を発せていない。切られるでも貫かれるでもない予想外の痛みにゴロゴロと暴れ回る。カンナという人物を深く知らないイリスや観戦者たちは唖然とした。クールで落ち着いているから大勢の観戦者は静かに痛がると思っていたものだから、オーバーリアクションか素で痛がっているのか、この二択に混乱した。


「茶番は終わりって言っただろうがっ!!」


 完全に立ち上がっていないカンナに追い打ちをかけるイリス。


「残念、茶番じゃないんだよ」


「ぐえっ……!」


 どこからともなく現れた槌に押しつぶされて壁に激突する。カチ、とスイッチが押し込まれる音がしてイリスが爆煙に包まれる。


「爆発をもろに受けたんだ。もう動けまい」


 爆煙の中、白煙が立ち上る。


「……はあ。大技でかっこよく決着をつけましょうって時に限って裏目に出る。うまく使えた試しがない」


 爆発を食らったイリスの姿は多少出血をしてる程度でその他に目立った外傷は見られなかった。


「幾ら何でも頑丈すぎやしないか」


「さっきのやつ、フラグって言うんだっけ。正直危なかった」


 項垂れながら煙草を吸って天井に向かって煙を吐き出す。


『お前は熱くなりすぎる。冷静に……戦え』


 本能が謂う。その内なる声は頭痛とともに消えていった。


「そうか」


「分かった。冷静にね」


「誰と会話しているんだ?」


「ああ、独り言」


 イリスは立ち上がって煙草を咥えながらナイフの面で自分の肩を叩く。


「鳥肌が立ってる……!面白い!!」


 カンナは槌を蹴り上げて担いだ。


 「罠を使うのは止めよう。私をその気にさせたんだ。早々にくたばってくれるなよ」


「一対二じゃないと早く終わっちゃうよ?」


 イリス以外の三人が息を呑む。


「ははっ、口だけでは何とでも云えよう」


「エクス、剣」


 投げられがらんと落ちる剣。イリスは剣を拾ってエクスとすれ違う。エクスの肩にプレッシャーという重荷が圧し掛かる。


「最短で行こう」


 イリスがエルと、エクスがカンナと交戦する。


「逃げるのか」


「弱者から潰すのが定石」


 エルの武器は鉄爪クロー。その鋭さは異常なもので、力の入れ方次第では鉄を軽々と経つことができる程に鋭い。


「私だって雑魚なわけじゃないし!!」


 猫のようにイリスの顔を引っ搔こうとする。イリスは平手打ちをするように横から鉄爪クローを圧し折る。


「子猫ちゃんをいたぶる趣味はないから早めに倒させてもらうよ」


「抵抗手段はまだあるし……!!」


「罠の位置なら大体分かる。例えば斜め前、七歩先にある罠とか」


 瓦礫を罠のある位置に投げる。見事に地雷が起動、爆発し、瓦礫が散った。


「なっ……」


「もう抵抗手段はないね。大人しくしてもらうよ」


 納刀をして閃光手榴弾フラッシュバンのピンを抜く。エルのユニットが青白い光を放つ。そして一刻も早くこの窮地から逃れようとしている。イリスはエルが背を向けたその瞬間に鉄線ワイヤーでユニットを固定する。


「そんなの……卑怯じゃんっ!」


 一縷の望みが潰え踠く。次の瞬間、閃光が炸裂する。


「卑怯ねえ……。もっと強くなってからから言ってね」


「やめっ……!」


 狙いが逸れないように肩に軽く手を置く。無抵抗なエルに無慈悲な一撃を――。


「せーのっ!!」


 食らわせることなくエルは気絶した。イリスは本当に気絶するほど強く殴る気など毛頭なかっただろう。只々、可哀そうなだけだ。


              *


 カンナとエクスは互いに削りあっていた。一般人には扱うことがままならない武器を使いこなしている者同士。


「まるで決着がつかんな。何故反撃はしてこない?私を殺してしまうからか?」


「そうですね……。力加減が難しいんですよ、間違えたら殺してしまいます」


 処刑人の剣と槌が衝突した時、エクスの手中から大剣が弾き飛ばされていった。


「余裕ぶるのはここまでだっ!!その身をもって味わえ!!」


 渾身の一打がエクスを襲う。金属が軋み、砕ける音がする。。しかしエクスは一歩も動くことなく直立していた。鼻血が出る鼻を擦り、ニヤリと歯を覗かせた。


「我慢比べなら得意です……!!」


「だったら我慢してもらおうか!」


 幾度も同じ箇所を打撃する。本当は動けないくせして直ぐに調子に乗る。だが決して悟られるわけにはいかないのだ。悟られてしまえばカンナも馬鹿ではない。逆転されてしまう可能性も十二分にある。


「…………?」


「はぁ……はぁっ」


 同じ動作の繰り返しに疲弊したカンナは手を止めた。流れる大量の血を拭う。多くの血を失ったエクスは踏ん張る足を滑らせ、ついには膝をついた。


「もう、終わ……りですか?」


「諦めて倒れてくれ」


 カンナはユニットを槌に組み込んだ様だった。槌は変形し、加速器ブースターが展開される。加速機ブースターの歪な燃焼。隙を曝け出した重撃。体を捻る。姿勢を低く、ただ一点に力を注ぐ。


「……私は貴方たちの強さなど知りません。終始舐め腐ってます。馬鹿な戦い方しかしません」


 意識が安定したエクスが語る。


「ハァァァァァァアアアアッ!!!」


 最高出力になった槌を高く掲げ、低く吼える。加速機ブースターが蒼光を発し、爛然と煌めく。その度に影が増している。


「誰も一対一タイマンで決着が付くとは口にしていませんし――」


砕降撃ダウン・インパクトッ!!」


大穿牙だいせんが


 技名か行動が先かまでは分からない。ただ、カンナが槌を振り下ろすより先にエクスの目の前にイリスがいた。時間差で槌がバラバラに刻まれる。重さと光源が同時に消失したことでカンナはそれに気が付いた。


「……は?」


 瞬く間に右手に装備したナイフで順手と逆手を切り替えながら縦に五閃。そして右手に装備した剣で横に一閃。剣とナイフという大きさの違う武器の異色な組み合わせ。だが、剣より刃渡りが短いナイフが、順手と逆手を高速で切り替えるという技を可能にさせた。


「確かに悩むのは私らしくないね」


 先程まで吸っていた煙草をエクスの口に突っ込む。


「んむっ……。これっへ」


 そう、只の煙草とは違う。医療ボックスの液体を試行錯誤を重ね完成させた煙草。エクスは特性煙草の効能を一吸いごとに実感した。頭痛はどこかへ飛んでいき、痛覚も多少だが麻痺する。


「毎度同じ気絶だと流石に退屈してるんだ」


「煮るなり焼くなり好きにしろ」


「面白くないですね」


「これ以上は醜態を晒したくはないんだ」


 カンナはその場に座り込んだ。


「お宝の場所は知っていますか?」


 エクスはボコボコにされていた相手に問いかける。


「アイスが謂っていた通りに連戦で、主催者に仕込まれている。鍵はクラウンが持っている」


 イリスとエクスはこの世界に転移する前にも怪盗バトルに参加していたので「そうなるであろう」と、何かが仕組まれていることに察しがついていた。


「今回のボスはクラウンかぁ」


「鍵を知らぬ間に盗ることは不可能だ。単純に盗むだけなら六チームの中でも頭の一つや二つ、抜けている。倒す以外に選択肢はないんじゃないか?」


「何か対策などは?」


「悪いが何方かに肩入れする気はないんだ。クラウンという名前の通りに奴らは道化師。今迄とは違い、倍以上に手が付けにくい」


 カンナは立ち上がって二人の背中を押す。


「取り敢えず頑張ります」


 エクスは血を拭った袖を絞ってあふれ出す血を飲む。


「ああ、行ってこい」


 次のフロアへと向かう二つの背中が暗闇に消えるまで見送る。壊れていなかった罠の停止スイッチを懐から取り出して押す。


「……カンナちゃん?」


「私は戦いに負けた」


「そっか……。でもいい戦いだったんでしょ?」


「ピンピンしてたさ。でも次は十回に一回くらいは勝ってやる」


「うん!」


              *


 真正面から打撃を食らい続けた結果、腕の防具アーマーは所々に亀裂が生じている。うんともすんとも言わなくなってしまった。仮面も鼻から下が破壊されてしまっている。それでも耐久性を発揮し、鼻から上の部分は残っている。口元や鼻の下などは血を擦ったり飲んだりしてしまったおかげで汚れている。


「エクス……。その防具アーマー、殆ど使ってなかったよね」


「正論パンチ……やめてください」


 結局、移動手段はユニット。攻撃手段は剣である。


「ははっ」


「左腕に限界がきたので、今日はもう使う剣を一本だけにします」


「もっと軽い剣にすればいいのに」


「この武器を持ってゲートをくぐりました。もう武器は変えられません」


 魔法が使えない世界は不便だと感じたエクスだった。

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