第17話 小さなお祝い会


 学校で起こった出来事は二つ。神五天操流の弱点、メリットの答えを自分たちで探してほしいと、雫がイリスとエクスに言ったこと。藍本浅日学級委員長がイリスに「私の夢を応援してくれる?」と言ったこと。学級委員長とは厄介な関係になることは目に見えていた。


 それはそうと今夜は小さなお祝い会が開かれようとしていた。


「ねえ、新しい武装が完成したよ。名前は双腕そうわんっていうんだ」


「安直ですね。そして使いにくそうですよ、これは」


 テーブルの上に鋼鉄のようなもので作られた巨大な腕が置かれた。


「パワーアップ間違いなし!そして二人の動きをシンクロさせることができる機能付き」


 ユニットと同じく双腕は首の制御装置に繋ぐことでコントロールが可能となる。加速ブースト等も使用できる。だが、シンクロ機能とやらは常に、管理サーバーが必要らしい。サーバーは完成しているとのことだ。


「それはあった方が有利になる?」


「約束しよう」


「残り三チームも狂人ばっかりらしいです。役に立ちますかね」


 洋介はユニットを装備したイリスとエクスを換装ドックへと案内する。機械を使用して双腕を取り付ける。重量は片腕百キロほど。機械音声が接続完了を知らせる。


「試そうか!」


 洋介が液晶画面を強めに叩く。同時に加速機ブースターが作動する。イリスが指を一本ずつ折り曲げようとも遅延はない。シンクロしていることをいいことに二人を玩具にして遊ぶ洋介。


「早く降ろしてください」


 エクスは洋介に呆れた様子でゴミを見るような目を向けた。


「あっはは!楽しいね!」


 イリスは逆に笑った。


「お祝いとかいってユニットいじってました。じゃ済みませんからね。食材は用意してあるんでしょうね?」


 みるみるうちに洋介の顔面が蒼白と化す。時は夕暮れ。まだ開いているスーパーは沢山ある。


「いいよ。買いにいこっか!」



                *



「まったく……こいつときたら」


「洋介もお疲れなんだし、責めちゃダメだよ~?」


 スーパーを訪れ、洋介は両手に花を添えてカートを押していた。


「今日はバーベキューにしようと思うんだけど……どうかな?」


「さあ?どうでしょうかね」


 エクスは提案を冷たくあしらう。朝のイリスの武器を勝手に使った件。先程の操り人形にした件。一日に二度もエクスの癪に障った洋介は嫌われていた。初めに接触してきた時も、パーカーにフードという、如何にも怪しい人物オーラを出していた。端から好印象でなく、好感度はマイナスを行くばかり。洋介は二人の関係に突如として割って入った異分子、害虫としてエクスに認識されていた。


「お菓子は幾つまでいい?」


「じゃあ四つまで」


 イリスは「じゃあね」とハンドサインを飛ばしてお菓子コーナーへと向かう。


「明日、二回戦ですね。どういったプランでいくつもりですか?」


「グラジオラスと再戦しようかな」


 カメラの死角に隠れ、バックハグをする形でエクスがイリスのお腹の傷を撫でる。


「ここ、刺されちゃいましたね」


 エクスは鼻をイリスの首元に埋めて、鼻腔を甘美な香りで一杯にする。その顔は蕩けていた。


「な……何を?」


「充電しているんです」


 イリスは首筋を甘噛みしようとするエクスの口を手で塞ぐ。


「そこまで許してないよ」


 手には直接、吐息が掛かって手の平は湿っていた。


「はい」


「自重しろヘンタイ」


「基地にいるときはしませんよ?目を盗んでやるのも楽しそうですが」


「変態!!」


 イリスはわざと持ちにくい大きめの箱菓子を四つ、エクスに押し付けた。洋介の背中を探してお菓子コーナーを立ち去る。


 そして洋介はカゴの三分の一に様々な種類の肉を入れていた。


「野菜入れないの?」


「肉をとことん楽しもうと思うよ!」


 基地には料理の形跡が見当たらないため、洒落た料理が一品も出てこないことは知っていた。


「私もエクスも料理苦手なんだよね……」


 苦手というだけで、決して下手ではない。


「作らせたらダークマターが出来たりする?」


「馬鹿にしないでください」


「……ごめん」


 買い物カゴに箱菓子四つ、パーティー用のお菓子四つが追加された。


「早く行ってきてください」


 洋介はレジを見渡して、比較的に空いているレジへカートを押した。イリスはレジの一つ奥の商品棚を通ってレジの向かいへと回る。


「洋介の顔見ました?瞼がピクピクって動いてましたよ」


 眼瞼がんけんミオキミアという症状らしい。


「結構夜更かししてるみたいだしね。現代社会の問題だね」


 ついつい深夜までゲームをしてしまったり、アニメを一気見してしまったり、上げたらきりがない。


「二人ともー!お待たせ!!」


「悪いことは言わない。早く寝るんだよ」


 やれやれ、と早めの就寝を促す。当然洋介は二人の会話を知っているはずもなく小首を傾げた。カゴを持ち上げてカートを元の場所にあった他のカートに重ねる。


 イリスは、このスーパーに通い詰めているようなスムーズな退店をして見せた。カゴの中に晩酌の日に飲み損ねた種類のお酒を発見し、ほくそ笑んだ。



                *



 夜空、月と星が輝く屋上でイリスは背伸びをする。


「あああああ……ついに明日か」


 一日の積極的休養によって疲労を完全に取ることができたようだった。イリスは束になったビールの放送を剝いて、冷えていないビールをひと缶開ける。


「どうですか?」


「……前に飲んだビールのほうがおいしかったかも」


 セットしたテーブルの上に飲みかけのビールを置いた。エクスはひったくるように素早く間接キスをして二口、三口と胃に運ぶ。


「まっず!!どんどん飲みましょう!!」


 わけがわからない。


「イリスはお酒をあんまり飲んだことないのでしょう?」


 イリスはお酒を数えきれるほどしか飲んだことがなかった。度重なる拠点移し、依頼の達成、お金稼ぎ。飲む暇さえない程に忙しかったという方が正しいだろう。


「そうだね……。エクスは私よりお酒飲んでるのか」


「イリスにイケナイことを教えるのもいいかもしれませんね」


「いきなり何?私だって色々教えたでしょ?」


「夜中に体に悪そうなものを食べることはイケナイことの内に入りません」


 否定を食らう。旅はいつも二人きり。そんな状況下でイケナイことを教えるとどうなるのか。そう、狼に喰われてしまう。


「というか私はそんな知識教えたことないけど。何処でそんな知識を」


「子供騙しが通用していると思っているところも可愛いです」


 エクスはイリスを抱きしめ、耳元で囁く。


「やめてってば」


「されるがままになってみましょうよ」


 エクスの口元は緩んでいて頬はほんのりと朱に染まっている。酒瓶三本では酔っぱらうことはなく、十本あたりからようやく酔いが回り始める。のんべえである。今は少し酒の勢いに任せて自分で箍を外しているに過ぎない。


「ちょっ、服の中に手を入れてくんなし!!」


「二人は何してるの?」


「うっ、うわあ!!」


 洋介が寄ってくる。イリスは恥ずかしい姿を見られたこと、いかがわしい行為をしていたことがバレていたことによって目が泳ぐ。


「エッチなことしてたんだね」


「勘違いするなよ!?されたんだからな!?」


 煽るような表情からして言いたいことはことは良く分かった。「まんざらでもないくせに」とでも言いたいのであろう。


「準備できたし、始めようか」


「ああ、ありがとう」


 イリスは歪に割れた箸と紙皿を持ってグリルの前に立つ。トングで金網の上に肉を乗せる。肉がジュワーっと焼ける音。肉汁が炭に落ちて火が燃え盛る。そして食べ頃になった肉に箸を伸ばす。


「貰いです」


「んなっ!」


 エクスは肉を焼き肉のタレに軽くつけて口へ運ぶ。


「おいしいです」


「お前ぇぇぇ!!手癖が悪いぞ!私は一枚しか焼いていないんだぞ!喧嘩売ってるのか!?」


「洋介がいい物食べてますよ」


「洋介、それをよこせ!」


「ぼ、ぼく!?飛び火させないでよ!」


 それ、というのは蟹である。イリスは店名が入った小さめの箱からタルトを取り出してかぶりつく。


「ちょうだいよ」


「やだね、いいもの食ってんじゃん」


「隣の芝生は青く見えるの」


 気持ちが収まりきらずにくすぶる。


「ほら、あーん」


 イリスの口に肉が突っ込まれる。宥めるために洋介は肉を焼いていた。種を蒔いたのはエクスだ。


「エクス、許さないからね」


 聞きもせずにレタスの葉をちぎってもしゃもしゃと食している。


「明日はどんな感じ?双腕そうわん使って無双できそう?」


「手強いよ。お宝に目もくれずに戦闘を始めたクラウンも、プラタナスも、油断してグラジオラスにも刺されたし」


 服をたくし上げて傷跡が残るお腹を見せる。


「自分では使ったことはないけど医療ボックスってすごいんだね」


 感心してイリスの周りをぐるぐると回って観察をしている。


「すごいよね」


 イリスはジュースを取り出してフェンスに寄りかかる。


「随分と達観しているように見えるけど、年齢三百歳って本当みたいだね」


 会話の内容が大きく変わる。


「人が達観するようになるのは年老いてからじゃないかな。子供に、これは危ないからやめなさい、って云えるのも経験があるからだし」


 イリスは自分が達観をしているとは思っていなかった。洋介がそう感じたのであれば、それは知識の差かもしれない。


「もうじき死んだりしないよね?」


「三百歳でも年老いてはいない。あと七百年は生きることができる。若造って呼んでも構わないよ。先に死を経験するのは君だ、先輩」


 あちらの世界の寿命は千歳とされている。この世界の寿命に当てはめると、十七歳から十九歳に相当する。


「ははっ、皮肉なもんだねぇ」


 イリスは缶のタブを起こして強炭酸で喉を洗い流すように一気飲みをする。


「この感じ……たまらんっ」


「ほら、あーん」


 洋介は頑なに譲らなかった蟹をあっさりと寄越した。あーんをする形だが、イリスは蟹を一口頂く。


「なんだろう……特段美味しいって訳でもないけど、ずっと食べていたくなるような」


 すると次はスティック状になった蟹を出してきた。イリスはそれを、あーん、と食べさせてもらう。


「どう?」


「これも蟹だね」


「引っかかったね?これはカニカマ、所謂コピー食品」


 コピー食品。その食品に似せて、別の食材を用いた加工食品。用途は幅広い。


「騙したな……」


 イリスは洋介の皿に乗る残り数本の蟹の足を横取りして、わざと目の前で完食して見せた。エクスは買ったビールを全て飲み、眠っている。幸せそうな顔をして、少し口をあけて酔臥している。


「僕も眠くなってきたかも」


「私も眠いかも……」


「僕が片付けておくから寝てていいよ」


「ありがとう」


 イリスはエクスの隣に寝て、肘枕をする。髪を分けて露わになった額に口づけをした。そしてお腹をポンポン、と優しく叩く。


 イリスは昔の夢を見る。ずっと前、小さい頃の只々暖かい記憶。そこから段々と加速していき、現在に至るまでの記憶が鮮明によみがえる。そしてその夢を繰り返し見ている。イリスはその夢が心地よいと感じていたが、いつまでも続くとなると「何かを思い出させようとしているのではないか」と、疑ってもどうしようもないことを疑う。


「へへっ……イリスのにおい」


「あでっ」


 肘枕から頭がずり落ち、コンクリートに頭をぶつける。夢とは一体、何なのだろうか。

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