第16話 そして


 レオこと礼田琴奈れいだことなは立ちはだかった。たった一人の親友を守るために。


「この子には手を出させないっ!!」


 女、子供に平気で殴り掛かる男三人組に臆せず睨みつけた。


「でしゃばるな」


「あぐっ!?」


 不意に一発蹴りを受けたことを皮切りに琴奈が袋叩きにされてしまう。男たちに到底叶うはずがなかった。男たちの身長は百七十センチ後半、腕は琴奈の太腿の二倍はあった。


 それに対して琴奈の身長は百四十五センチ。手足も細く、身体も小さい。次々と絶え間ない暴行に連続して呻き声をあげる。


「雑魚は引っ込んでろッ!」


 日が暮れると共に地獄のような時間は終わっていた。


「琴奈ちゃん、ありがとう」


「いつも情けないね。威勢はいいくせして、いつもボコボコにされちゃうんだ」


「ううん。情けなくなんかない。琴奈ちゃんは私のヒーローだもん」


「ありがとう。結乃ゆのちゃん」


 膝枕をされながら琴奈は結乃の頭を撫でる。


 琴奈は限界を感じていた。



               *



 琴奈の体中には数えるのも面倒なほどの痣ができていた。お風呂に入ろうと脱いだ際に居合わせた母に痣を見られてしまった。ものすごい剣幕で心配をする母。開いた口が塞がらない。マシンガン状態だ。


 事情を説明するたびに表情をコロコロと変え、やがて涙声で「もっと自分を大切にしなさい」と、琴奈はお叱りを受けた。十三歳の少女が危ないことに首を突っ込んで死にかけたとあっては心配どころでは済まない。丸一日以上は軟禁するレベルだ。


 琴奈は八歳のころから剣道を始めて、十二歳になるころにはそこそこ名の知れた選手になっていた。すばらしい技能を持った少女。それ以外は小さく非力なただの少女。


 痛んだ体に適温のお湯が染み渡る。


「あとで薬とかつけてあげるからその後は安静にしていなさい」


 琴奈は何もする気が起きず、時計と湯船に映る顔を交互に見やる。あっという間に三十分が経った。


「出るか」


 髪につく水滴を払って髪を強めに擦る。


「しっかり髪は洗った?」


「……うん」


「ならいいけど」


 琴奈は手当ての最中に「強くなる方法」と検索をかけた。出たものはどれもメンタルの強化方法ばかりで身体的に強くなる方法ではない。


「今度、水森道場でも行ってみようかな」


 過去の大会優勝者の中にも水森道場で稽古を受けた者も少なくはなかった。水森道場は有名で、数は五十以上に上る。


「そうね、一度行ってみたら?」


「うん」


「電話をかけてみるわね」


 琴奈の母は受話器を取って慣れた手つきでボタンを押していく。二、三度留守番電話になるまで待てど、何処へかけようと一向に繋がることはなかった。


「どうしたの?」


「なかなか繋がらないの……おかしいわね」


「全部潰れたのかな」


 ありえない事態に二人はそろって首を傾げた。



               *



 結局どこへ掛けても繋がることはなかった。全ての水森道場が一斉に稽古が休みというわけではないだろう。電話申し込み可能とホームページ上に記されていた。琴奈は杜撰な管理体制を心配する半面、呆れていた。


 琴奈は水森道場の本拠地を訪ねた。


「すみませーん!!剣道教室の申し込みをしました礼田琴奈ですー!!」


 三十秒、一分と刻々と時が過ぎる。琴奈は倒産や夜逃げ、様々な可能性を疑った。そんなはずはないと恐る恐る敷地内に侵入した。丸く整えられた低木、水分を含んで湿った土、落ち葉一つない石畳。


 人がいないにしては生活感がありすぎている。水森家の現状について全く情報が出ておらず、ニュースにもなっていない。無知から来る恐怖が現実味を帯びる。口で浅く呼吸を繰り返す。


「どちら様」


「ゆ、幽霊だ!!」


「だれが幽霊だ」


 物陰からスッと現れた雫に驚き、琴奈は腰を抜かした。


「ここの道場に電話したんですが出なくって……」


「教室の申し込みならもうやってない」


「それはどうして……」


 やはりどうみても不自然だったので琴奈は問いかけた。その問いに対して、不機嫌そうに雫はそっぽを向く。


「こっちにも色々あったの」


「じゃああなたが師匠になってくださいよ」


「私に一撃でも与えられたらいいよ」


 琴奈は雫の後を追って道場に入る。


「君は防具を付けた方がいい。体がボロボロだ」


「え……?」


 修業を積んだ雫は琴奈の体の状態をいとも簡単に見抜けるようになっていた。心までは読むことはできないが、ある程度のことは手に取るように分かってしまうほどに勘が鋭くなっていた。


「じゃあやろうか」


「私、舐められているみたいですけどそこそこ強いですから!!」


 勝負が開始した瞬間、琴奈は持ち前のスピードで雫の背後に回る。琴奈が得意とする突きで、雫の背中を狙う。


「神五天操流、堕槍カノン


 突きが命中することはなかった。そこにあったのは絶対的な距離。雫から放たれた付きは竹刀の先端に衝突し、破片をまき散らしながら突き進む。岩を穿つ最速の突きは、銅の防具に罅を入れた。


 銛が体を貫通した魚のように琴奈はのたうち回る。


「っあああああああああ!!!!」


 昨日よりも琴奈の怪我は悪化している。防具で直接的のダメージは軽減できるが、衝撃波だけはどうすることできない。


「水森家の流派はもうない。一つ一つ私が作った流派で潰して回った。門下生は全員破門にしたよ。君は力に何を望んでいる?」


「私はっ……ただ大切な……人を守りたいだけなんだっ」


 二人の会話を割ってスマホの着信音が鳴り響く。


『琴奈ちゃんっ……助けて……!!』


 その言葉を最後に通話は途切れた。


「うごけ!!体ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 琴奈は雫の竹刀を奪い取って悲鳴を上げる体に止まるという選択肢を与えずに走った。


「ほんとに視野が狭い」


 雫も飛び出した琴奈の後を追った。


 火事場の馬鹿力というものは本当に不思議なものだ。満身創痍で活動限界キャパオーバーな筈の琴奈が、通常の二倍の速度で平坦を駆け抜けている。いまだに加速が終わることなく、雫を置き去りにしていく。


 雫は地面を抉る勢いで脚に力を溜める。次の一歩、雫は力を解放した。力を解放した脚はバネの様な強靭さで身体を前へ推し進める。空気抵抗は眼中にない。負担を抑えた数秒だけの全力疾走。雫は一連の動作を行う内に琴奈を見失っていた。


 雫は町の喧騒を頼りに町を彷徨い始めた。



                *



 引き起こされる嗅覚異常や手足の痺れによって、琴奈の脳は警鐘を鳴らしていた。結乃が逃げ込んだ場所は昨日、結乃が暴行を受けていた公園に違いない。なぜ人目に付く場所で暴行を行っていたのか、理由は不明だ。


「結乃ちゃん!!!」


 結乃は既に顔を数発殴られており、鼻血を垂らして壁際に追いやられていた。


「昨日のガキじゃねぇか。次は本当に殺しちまうぜ?」


 琴奈は突きの有効範囲ギリギリで鳩尾に、速度と瞬発力任せの突貫を男一人にお見舞いする。すかさず股下に滑り込み、急所を一打。勢いを殺さずに竹刀を地面に対して垂直に突き立てる。そして柄頭を足場にして頭上に飛び上がった。片手で竹刀を回収して両手で握る。速さ故に撓む竹刀が男の顔を襲い、鼻を圧し折った。


「ああああああああああああああああっ!!」


 男は限りなく低い大声で叫んだ。惨状を目の当たりにした通行人が周囲の人々に「誰か助けを!」と知らせ回っていた。誰一人助けに入ろうとせずに傍観している。


 ようやく人々の一点への移動に気が付いた雫は、流れに沿って辿っていく。


「このガキを殺せっ!!」


 残された男二人が琴奈を屈服させようとする。琴奈は倒れこむ様に右斜め前に一歩踏み出す。男二人が重なる位置だ。


墜槍カノン


 琴奈は見よう見真似で墜槍カノンをやってのける。雫が群衆をかき分けて頭を出す。そしてその光景に驚愕した。


「一体どうやって……」


「助け……に来て……くれたんだ」


 微笑。雫は琴奈の肩を支えて介抱をする。


「よくやったよ……!本当に!!」


 雫は新たな神五天操流の使い手に格好をつけてお手本を魅せつける。


墜槍カノン


 そこにある物全て、空間ごと丸く抉るような一撃。誰もが目を見開いた。男二人は遠くに飛ばされ、白目を剝いた。そして起き上がることはなかった。


「琴奈ちゃん!!」


「もう眠っているみたい。やってやったって顔してる」


「はい。凄かったんですよ?琴奈ちゃん。私のために戦ってくれて、守ってくれた。かっこいいんです」


 これまでの険しい表情とは一変、お昼寝をしている幼児のような表情をしている。


「大丈夫でしたか!?」


 誰かが警察に通報をし、警官が現場に急行した。


「転がっている男三人を逮捕してください。私はこの子たちを病院まで運びます」


「ご協力、感謝します」


 そしてこの騒動は幕を閉じた。

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