第13話 喧嘩
美術館の中を駆け回る。バトル開始から既に四十分は経過していた。
「ええっと、グラ……何とかっていうチームはお宝を探せたかな」
チーム紹介と洋介の報告の合せて二回はチーム名を聞いたはずだがイリスの頭の中には残っていない。
「グラジオラス、です」
美術館を駆けずり回ること数十分、お宝探しは難航していた。今、難航している間にも状況は変わり続けている。イリスは痺れを切らし、首に装着されているチョーカー型の制御装置兼、通信機のスイッチをカチカチと押すが反応はない。
「あれっ……?んん?なんだこれ」
「イリスはそんなにユニット等にダメージを負っていませんよね。壊れるなんてことは……」
エクスもスイッチを入れ、あーあー、と声を発しているが反応はない。直後、洋介と通信が繋がり、耳を澄ましてみれば、流れていたのはノイズ混じりの一定間隔の呼吸音だった。
「うん……寝てる」
洋介が寝息を立てて眠っている。その寝息から洋介が気持ちよく眠っている様子を想像するのは容易だった。バトルは夜に行われていて、人が眠り始める時間帯だ。
「無理させましたかね」
イリスのスマホは基地の医療ボックスに取り付けられたテーブルの上にあった。戦況は分からず終い。二人は館内マップを覗き込んだ。
「大広間ってなんだ大広間って」
この美術館には大広間があった。開けて回った場所はスタッフルームや倉庫、掃除用具入れ、備品庫だった。
「これで四分の一って、果てしないですね……」
エクスはため息をついて肩を落とす。
「灯台下暗しじゃないからね。頑張ろう」
世の中全て、希望的観測とまではいかないものだ。
『放送から失礼!グラジオラスが、大広間にて番人と交戦中!!近くにマップがある人はラッキー!それでは楽しんでください!!』
番人と交戦中、つまりはお宝がそこにあるということだ。そして二人は館内マップを今まさに覗いている最中だ。
「現在地点から逆の方向、それに加えてほぼ対角線上じゃないですか!」
「ラッキーなことには変わりない。来た道を戻ろうか!」
「はい!」
「燃料どれくらい残ってるかわからないけど、私がエクスを引く」
エクスにかかる空気抵抗を減らして消耗を抑える。
「マップは覚えました。行きましょう」
イリスは念のためと言って、エクスに
「「いっせーのーでっ!!!」」
タイミングを合わせ、二人は勢いよく通路へと飛び出した。
「危険運転はだめですからね。速度を出しつつ事故をしないように」
緻密とまではいかないが、テクニックがなければ壁に衝突してしまう。イリスは微笑みながら言った。
「ふふ、ワイヤーあるから安心してね」
青白い軌跡を残しながら滑走していく。空を切って進む感覚はとてつもなく気持ちがいい。速度は浪漫だ。
「あと数秒で侵入地点に戻ります」
「はいよ」
あっという間に五秒が過ぎ、侵入地点に差し掛かる。滑走音に気が付いた床に転がる者の怒号が飛ぶ。
「テメェら!!これどうにかしろッ!!」
案の定、拘束が解けていないままだ。イリスは怒号を無視して、天井に
「メリーゴーラウンド~」
装置が巻取りを始め、弧を描きながらイリスとエクスは闇に消えていった。
「嫌な予感がするんですよ。この戦いに参加している怪盗は強いはずなのに、まだ番人が撃破されていないなんて。買いかぶりすぎですかね?だとしても相当な実力ですよね」
エクス曰く、戦いに敗れるなど、そういった嫌な予感ではないらしい。だがイリスもほんの少しだけ察しがついていた。
「うーん……私もわかるよ。嫌な予感とやらがね……」
目的地の大広間へと近づく。イリスは考え事に
「右です。曲がってください」
「はいよ」
先程と同じ返事を返して右折をする。
「次は左です」
イリスの耳はちくわ状態となり、エクスの声は届かなかった。
「……うん?なに?」
「左です!!左!!」
イリスは自分の肩を壁に擦りながらも全力で右折する。
「あっ……だめ。ぶつかる!!」
顔を上げたその先には大広間の扉があった。
「ダメです!!ダメです!!ぶつからないでぇ!!!」
「ああああああああああああああああっ!!!」
だがユニットの
視界に広がる光景には、百八十センチ以上ある背丈、黒髪の短髪、スーツをその身に纏った凛々しい男が映っていた。
「あの男が番人ではないですか?」
「出たな……私を除いた三人目。嫌な予感の正体が」
その三人目の名は、アルカードという。
転移前の職業は、
「あいつ倒さないと、あの金庫開きませんよ」
どう考えようが金庫の鍵はアルカードが所持していた。アルカードはグラジオラスと戦闘中。イリスは隙を窺った。
「割り込むしかない!行こう!」
「分かりました!!」
アルカードに向かって走り出す。接近に気が付いたアルカードは一瞬イリスとエクスの中間を見た。大まかな距離の把握だろう。
イリスの足は、この世界に来る前のように足が軽く、速く動いていた。
「ハァァァァァァッ!!!」
エクスは高く翔び、空中で身をひねり、岩をも砕く威力を持つ踵落としを決める。イリスは低姿勢のまま、間合いに飛び入り、アッパーカットを決める。
アルカードに命中したと思われた二撃は、いとも簡単に払われてしまった。
「一対一とは言わんが、お宝に飢えた獣を四人同時に相手するのは少々きつい」
反撃としてエクスは手を引かれ、槍の如き鉄拳が鳩尾に直撃する。
「……ッハ」
エクスはゴミを投げ捨てるように、適当な場所へ殴り飛ばされてしまう。鋭痛に顔を歪めている。目尻に涙を浮かべ、吐き出されたのは胃液だった。
「さすがに女の子にそれは酷くない?」
「油断禁物、今まで何を学んできた?」
先程手合わせを行ったティアは、申し分ない強さであった。だが、アルカードとは違う。身体能力、
イリスは再度、拳を握った。
「あんたのこと少し調べたよ。子供のこともね」
アルカードは拳に力を込める。その反応からは動揺が見てとれた。
「お返しですっ!!」
顔面に鈍音が迸る。体勢を崩してよろける。
「口を開くな怪盗がァ!!」
二秒の間の後発せられた言葉からは怒気が感じとれた。怒り心頭に達している。
「盗賊に家を焼かれて、名づけ前の子供と自分の妻が失踪した。そうだろっ!?」
イリスは震える声で言いきった。
「黙れぇぇぇぇっ!!」
「悪いけど鍵はもらっていくね」
イリスはアルカードのポケットの中にあった鍵を回収する。怒りに身を任せた捨て身の突進。イリスは指を鳴らした。
直後、光を乱反射しながら進む一本の針がアルカードのうなじをまっすぐ射る。
「おやすみなさい」
意識と加速源を失った猛獣は、足を滑らせ、手を突くことなくイリスの眼前に伏した。
「エクス!!立てるなら金庫まで走って!!」
イリスは手負いの相棒に鍵を託して、脇目も触れずに走らせた。最後に残されたやるべきこと。それは、お宝を取り、敷地外まで逃げること。
「熱いねぇ」
勝利を確信しながらも、イリスは敵意を剥き出しに、柄を握る。イリスの口角は無意識に吊り上がっていた。
「手柄は横取りか……しょっぱい」
グラジオラスのリーダーのような人物が、仮面を抑えて眠たそうに欠伸をした。
「ここ退いたら痛い目は見ないよ」
「あー。うん。ウザいよそういうの。友情とか見てられない」
イリスの心の中には、おとなしく退くか挑発に乗るか。その二択しか想定していなかった。ただ一言無気力にウザい、と一蹴されたことに無性に腹が立っていた。
「戦うってことでいいね」
再度乱暴に選択肢を叩きつける。
「だとしたら?負けたふりでもすればいい?……チッ、腹が立つ」
リーダー各は後ろ手に。刃の部分を握っていた。握られた刃には鮮血が伝わっている。
「……なおさら引いてほしい」
リーダー各は、仮面をずらして刃についた血をねっとりと舐めた。筋に沿って舌が這う。
「うーん。おいしくない。敗北の味」
一歩一歩、歩みを進め、迫りくる。そして互いの仮面が当たる距離まで接近した。
「何のつもり」
「腹いせと……ちょっとしたお土産だよ」
交互に絡められた指。酷く冷たい手。その冷たさとは裏腹に、イリスはじんりわと腹部に熱を感じた。熱を感じた部位に触れ、掌に視線を落とす。視界に映った掌は赤黒く血に濡れていた。
「――え?」
「理解するの遅すぎ。君は刺されたの、わかる?」
「エク―」
「だーめ。このお土産は君にしか用意されてないんだから。内緒にしないと」
ナイフが引き抜かれ、白い肌が裂ける。イリスは恐怖を憶え、咄嗟に突き飛ばした。純粋な拒絶反応を起こした。
「イリス!お宝です!!逃げましょうっ!!」
イリスは聞き慣れた声に胸を撫でおろし、うなずいた。
「……っ」
「どうかしました?」
「いや……何でもない。脱出しよう」
振り返り際にも背中にナイフで刺され、即座にナイフは抜かれた。ただの殺人鬼としか思えない。
エクスを飛ばすためにステンドグラスの窓に近づく。
「お願いします!!」
イリスは手で
「来い!!」
エクスは助走とは言い難いほどの疾足でイリスの手に全体重を乗せた。
「ごめんなさい。ユニット使います」
「そりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
イリスは踏ん張りの効きにくい体で何とか腕を振り上げる。タイミングよく飛んだエクスは、背中でステンドグラスの窓を割り、流れ星のように空を翔けた。
『決まったぁぁぁぁぁl!!!第一回怪盗バトルの勝者は、チーム
大歓声が美術館を包む。この
『イリスイリス!やりましたね、私たちの勝ちですね!』
『おめでとう、二人とも!途中寝ちゃってたけど勝ったところはしっかり見ていたよ!』
洋介も上機嫌だった。
『二人は先に帰っていて。私は少し遅れていくから』
イリスは先に帰ってて、と伝えて通信を切る。
「優勝おめでとう。邪魔したことは忘れないからね。次は容赦しない。覚えておいてね、イリス」
イリスは祝いの言葉も聞かず、心満たされるまで、甘い甘い勝利の余韻と優越感に浸っていた。
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