第10話 開戦前
洋介と名乗る人物に連れられてやってきたのは地下基地だった。
「ようこそ!地下基地、DSCG基地へ!」
よくわからない名前の基地だ。
「それで?君の言う対抗策は?」
「まずはこれを見てくれ!」
見せられたのは怪盗たちが宝石を盗っている映像だった。逃走する際に背中から青白い光が出ていたのだ。
「ん~?なんだこれ」
「他の怪盗は有名どころを狙ってたから中継されてたの。今回参加するのは君たち含めて六チームだよ」
「あっ、そこじゃなくて、背中から出ている青白い光です」
エクスが口をはさむ。スマホ以上に技術が詰め込まれているようだ。人間がワイヤー、魔法なしに空を飛べる魔法のような……。
「これは一般では売っていない、僕が作ったアイテム。飛行ユニット!」
コンパクトで、とてもではないが人が自在に飛行できるとは思えない。
「……おまえ、どっちの味方なんだ?」
「開催宣言がされた後に主催者に届けたら、怪盗に無事に渡ったわけ!」
そう簡単には大怪盗にさせてはくれないようだ。
「他の怪盗たちがユニットを所有しているわけですが、
彫られていた文字は
「うん」
「早速だけど明日に備えよう。今言ってくれたらなんか作っとくよ」
「そいじゃあ、私は――」
*
洋介に頼んだ物は、お互いに明日のお楽しみということで伏せることになった。製作物はバトルが始まるまでに完成させると、洋介は言った。洋介は天才だ。イリスがあちらの世界で特注品の鞘を頼んだ時、十日はかかった。
「ごはん食べようか」
洋介は暗闇を指さした。いざその場へ移動してみるとそこには焚火セットが組まれており、テントも設置されていた。
「なんだっけ……みーはー?ってやつ?」
「ははっ、そんなんじゃないよ。日々を楽しんでいるだけ」
そう言いながら洋介は火種に着火した。洋介はそばにあった鍋の形をした機械を出した。
「なにそれ」
「これはね、クッカーっていうんだ。具材を入れれば料理ができる最強の自炊おさぼり便利道具」
「これいいね、人生勝ち組だ」
「はぁ……メニューはなんですか」
エクスはため息をついた。エクスは料理を栄養バランスよく作り、掃除、洗濯、家事全般をこなせる、よくできたやつ。見ていると癪に障るのかもしれない。
「今日は、麻婆麺をクッカーが作ってくれるよ」
イリスは辛い物にはうるさいつもりだったが、芳しくない反応が返されることが容易に想像できたため、口を閉じた。
「お酒飲みたいですね……」
思考が停止する。そして三秒で結論に至った。
「エクス、ちょーっとこっちにおいで」
そういってエクスを物陰に呼び込む
「年齢……だけ言いますかね。そうでないとお酒が飲めなさそうですし」
まだ会って間もない相手に過去を明かすには決心がつかなかった。もう少し中が深まってからでも遅くはないだろう。
「話してもらえるのかな?」
「年齢だけよ?」
「何歳?絶対十六歳だよね?」
洋介も距離の詰め方がおかしい。
「千日一年単位で三百年は生きてたかな」
驚愕の年数だ。千日、一年を三百六十五日、一年に変換すると八百二十一年ほど。松井さんより長く生きているというのは嘘ではない。
「ははっ、てことはそっちの子も長く生きているのかな?」
「ああ、エクスと呼んでもらえますか」
不愛想な返事が返された。話が唐突に途切れ、場の空気が重くなる。そんな重苦しい空気を破るように、チーン、という音が鳴る。
「食べようか」
麺に麻婆がよく絡む。ただ辛いだけでなくしっかりと旨い。このクッカーは本物の様だ。洋介は話題が見つからずに沈黙していた。それでも会話をしようと奮闘しているが、気まずいだけなので二人は一度、心の窓を閉じた。
こうすると無理に会話をしなくてもいいので何倍も楽になる。明日までは何の進展も見込めない。
「策があるって言ってもユニットと頼んだ武装で他の五チームとやりあえるかな」
「自分を信じてください。あなたには私がいるんですから」
「もう少し信用してほしいかな」
「明日に期待だね!」
麻婆麺を食べ終えて床に食器を置く。結局お酒は飲まなかった。
「寝ましょうかね」
「そうだ!せっかく仲間になるんだから宝石を選んでプレゼントしようよ!」
エクスはタンザナイト、私がアメシスト。エクスが露骨に嫌な顔をする。
「まあ……自由にしたらいいんじゃないですか」
袋からアパタイトを取り出して洋介に渡す。
「はいどーぞ」
「ありがとう」
洋介は宝石を受け取り、棚に飾る。
「じゃあお休み」
「そこにハンモックがあるからそこで寝てもらえるかな」
「手を繋いで寝ましょうか」
エクスがハンモックから手を伸ばす。
「それじゃあ僕は作業するからおやすみね」
その言葉を最後に意識が闇の中へと落ちていった。
*
「二人とも起きて、朝だよ」
洋介の声で穏やかな朝を迎える。生憎だが近くに窓はない。なんともスッキリしない朝だ。
「んん……」
「頼まれたものも完成したよ」
イリスは深く息を吸い込み目を開け、体を起こす。
「よし!」
ハンモックから降り、洗面所へ向かう。エクスと二人でじっくりと歯を磨く。
「ん……舌なが……えろ」
「だまらっしゃい……」
イリスは突然変なことを言い出すエクスの頭を軽く叩く。そうだ。エクスはむっつりスケベだった。口を
「私も一緒に……ぐぇっ」
「やめなさい」
洗面所からエクスをつまみ出す。
「ユニット、使いこなせるといいですね」
ユニットも頼んだ武装の扱い方さえ知りえない。他の怪盗たちは、一足早くユニットを使用している。一般人ならまだしも相手は怪盗。この差はかなり大きい。
イリスは軽くシャワーを浴び、服を着る。
「エクスも準備頑張りなよ」
「ええ、抜かりなく」
たった一言を言い残して洋介の元へと戻る。
「それじゃあ訓練をしようか」
洋介の助けを借りてユニットを装着する。重量は一、二キロ程。
「背負ってどうするの?どうやって操作するんだ……これ」
「ジャンプしてみて」
言われたとおりにその場で跳ねる。
「わわっ!」
跳ねると同時に、キュィィン、と音を立ててユニットが作動する。まるで何かに引っかかったように宙に浮いている。つい全身に力が入ってしまう。
「もっと楽に。
イリスは指摘を受けた。力を抜けば落下しそうだ、という勝手な想像をした。実際のところ、怖いのだ。
「どうやって降りるの!?」
「右半身か左半身に加重を掛けて。着地しやすい足のほうでね」
ストンと、床に足が着く。
「ナイス!!」
上手く出力制限を行わなければ、重力に負けてしまうらしい。
「でも不便でしょう?」
「分かってるなら勿体ぶるなよぉ」
すると今度は、チョーカーをつけられた。チョーカーとユニットを繋ぐようにコードが二、三本伸びている。着けた瞬間、何か変わったということはない。
「次は飛ぶことを意識してみて」
羽が生えたように意のままに浮遊する。
「へ~!楽しいな。これ」
どういった原理か説明を受けたが、想像がつかないことは理解することができなかった。一通りのチュートリアルを終えた。
「扱い方自体はさほど難しくはないからね、一時間使えば慣れるよ」
今日が怪盗バトル一回目だ。昨日狙った美術館より規模が遥かに大きい。他チームの映像を繰り返し視聴しても特殊な武器等は使用されていなかった。まだ臨機応変に対応をすれば何とかなるであろう。殺しあうわけではないのだから。
「戻りました」
エクスがシャワーから帰ってきた。その髪は乾ききっておらず、水滴がぽたぽたと滴り落ちている。
「ユニットつけるからこっちきて」
エクスはユニットを装着して暫くの間、海月のような動きをしていた。
「簡単ですね」
着地、減速、加速すべてお手の物だ。
「これが頼まれていたものだよ」
そう言うと洋介は着付けをするように手際よく武装を装備させていく。
イリスはその感触を確かめるように把握動作をする。手を指鉄砲の形にして中指で親指を握り、壁に向ける。限界まで引き絞られた親指が放たれ、音を立てて壁に穴が空く。めり込んだものは弾丸だ。
「いい武器だ!」
「ちょっーとお話しようか」
「コンクリートだから許して欲しいなー……なんて」
撃ち所の問題ではない。ふつうは人の住居に穴を空けたりしない。洋介は小さく愚痴をこぼす。エクスも同じく、腕に装備する武装の様だった。
「手、腕一体の
エクスが実演して見せる。斜めに二連、風を切る音が鳴る。
「エクス……その剣二本は重くない?」
「飾りではないのですし、今更な気もします」
浪漫の欲張りセット。
「にしても随分と怪盗も進化したよね」
「まあ、変化はつきものですし」
「ついに明日……あの日の一歩を踏み出すのかぁ」
怪盗は現役だが、この世界へ転移したことによって
「円陣でも組もうか!僕も熱くなってきた!」
半ば強制的に円陣が組まれる。
「熱いってば」
「頂点までいくぞっ!!チーム
「「「おおっ!!」」」
大怪盗になる為の舞台が今、幕を開ける。
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