怪盗ライフ
第8話 予告状はどうしよう
「エクス!起きて!学校へ行こう!」
布団の上からバンバンと叩いて起こす。
「いっ、痛……」
「早く起きろ!」
さらに強く叩く。
「わかりましたから!!叩くのやめてください!」
エクスが少し不機嫌になった。今日学校へ行くと決めたのは怪盗バトルについて学生たちがどう思っているのか、どれくらい興味を持っているのか調査するためだ。
「ご飯はパンを食べよう、着替え出してくれ!」
「持ってきますから、どうか朝はゆっくりさせて……」
エクスが自分の家へ着替えを取りに行った。その間に布団を畳んで部屋の角へ押しやり、床にラップを敷いてその上にパンを置く。
日用品を買うといって買ったものは歯ブラシとコップ、シャンプーにボディソープ。本当に必要なものだけしか買っていない。皿とテーブルは必要ないと判断したために購入は先送りになった。
「持ってきました。ワイシャツにズボンです。学校へ行くならこの格好でいいでしょう?」
「うん。助かる」
「親しき中にも礼儀ありって言うじゃないですか。私のこと嫌いなんですね?」
「ごめん、謝るからめんどくさい女にならないで……」
制服など持っていない。行く学校があると言えど、あるのは名前と本校在籍という事実だけ。正直、留年という概念すらない。
「このお茶はパックのお茶ですか?それともペットボトル?」
「ああ……違うのよ。これは水出しの緑茶。どう?美味しい?」
エクスが一気にお茶を飲み干す。冷蔵庫で冷やしていたので冷たくて美味しいはずだ。
「おお……確かに美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう!!昨日ショッピングモールで君がトイレに行ってる時に買ったの!!」
「いいものを見つけましたね」
「ご自由にお飲みください、って置いてあったんだ。これは買うしかない!!と思って買ったわけさ」
ジェスチャーを交えて熱烈に伝える。冷えた緑茶は確かに美味い。水筒に入れて持ち歩きたい。
「次は調理器具と食材を買ってきてください、ね!!」
叩き起こされた仕返しに叩かれる。
「痛……わかってるって」
「服のサイズは問題なさそうですね。着てみてください」
パンを咥えながらエクスが言う。背はあまり高いとは言えないが、それが何かと便利ではある。
「とりあえずもう行こう!情報収集しに学校へ!」
*
この世界で十六歳は高校一年生にあたる。学生証を改めて見てみると校章が刻印されており、何年何組か記されている。材質はプラスチック。クラスはエクスと同じ一年C組。アルファベットでクラスを分ける理由がさっぱりといっていいほど理解できない。高校は遠くからも通学する学生がいるので早くから開いていた。
「下駄箱がありますが……」
「靴だけ脱いで教室へ行こう」
下駄箱に空きがあったのでそこへ入れる。ドア付きなので開けられることはまず無い。
一年C組の教室は、正面玄関を右に暫く進み、三つ目の角を左に曲がるとそこに教室がある。手前からA組、B組、C組、空き教室となっている。
「一番乗りみたいですよ、私たち」
「静かだね」
「人が集まるまでお話しします?」
「その前に確認します。人が集まってきたらエクスは教室で、私は廊下で情報収集する。オーケー?」
「わかりました」
若者たちは怪盗バトルをどう思っているだろうか?怪盗バトルの開催は明日の夜。それまでに宝石を一人三つ集めなければならない。昨日突然に怪盗バトル開催が宣言されたので、宝石集めの計画性は皆無だ。怪盗は夜に活動する。このことを念頭に置けば、宝石を集められる日は今夜だけ。
「宝石は昨日の美術館から盗るとして、予告状はどうしましょう?」
「こうなったら電子メールしかないでしょ」
怪盗としては前代未聞、今から予告状を作り画像を美術館へ送りつける。
「はい……?正気です……?」
「本気だよ?」
「えっ……?あっ、文面はどうしますか?」
普通では考えられないことをしようとしているのでエクスが絶句している。頭も混乱しているようだ。
「今夜、貴方方の美術館の絵画を頂きに参上します。文面はこれっ。良い?」
「イリス、今日は本当に冷静ですか?イリス本人ですか?」
「こういうのは時間の問題なの」
エクスに圧にならない圧をかける。
「少しくらい狡猾じゃなきゃね!」
「あっ…はい。もうお任せします」
エクスが呆れ、計画に賛同してしまう。主催者は『役者は揃いました』と言っていた。他の怪盗が参加する以上、熾烈な戦いになることは避けられない。
「にしても他に怪盗なんていたんですね。驚きですよ」
「そろそろ定位置に着こう」
エクスの話を遮るような形で廊下へ出る。
「おはよー!」
「昨日のやつ見た?」
「怪盗バトルのやつ?なんか楽しそうだよね~!」
雰囲気を出してうまく溶け込んでいるので気づかれにくい。多くの怪盗は、目を欺く技術を持っている。
「怪盗って華麗にお宝盗っていくものじゃないんだね」
「本でしか見たことないからわかんないや」
あちらの世界では普通に予告状を出しお宝を颯爽と盗って行ったので、他の怪盗と衝突することはまずなかった。他の生徒の話を盗み聞きしていると、かっこいい、俺も怪盗になりたい、惚れそうと好評である。
これは全員ファンにするしかないでしょう。
「君誰?見ない顔だなっ……名前は?」
気配も消してうまく溶け込んでいるつもりだったが一人の少女によって破られる。その少女は何かを見つけることに特化しているようだった。
「舞月だけど、君は?」
「藍本浅日。学級委員長!!ふっふっふ……春から来なかった舞月ちゃんがまさか来てくれるとはね!HRの時に紹介するよ~!」
アイモトアサヒ学級委員長。その少女から、これでもかというほど強い抱擁を受け、胃から何かが込み上げてきた。
「果子ちゃんも来てるのかなー??」
「うっ、いや……来てない」
春から来ず、夏にいきなり来た。ということで十分に目立っているだろうが、紹介されてクラスメイトに囲まれ、質問攻めにあったらボロが出てしまいそうなので逃げることにした。
とにかくこの状況から抜け出さなければ。
「ごめん!トイレ行ってくるね!!」
教室にいるエクスにサインを飛ばして走る
「先生呼んでおくよ~」
職員室は正面玄関の反対方向、教室棟の近く。委員長が職員室方向へ体を向けた瞬間、エクスが足音を立てずに一瞬で教室から出る。
「エクス、情報収集はもういい。厄介ごとになる前に逃げよう」
「学級委員長なんですね。彼女」
「次から委員長には気をつけよう」
玄関で靴を履いて自分たちの家へと一目散に走り去っていった。
*
「先生!!舞月ちゃんが学校に来たんですよ~!」
「あら本当?顔、拝もうかしら」
「トイレまで迎えに行きましょう!!」
うまく丸め込まれて逃げられたことに気づいていない。
「ちょっと恥ずかしがり屋さんみたいでトイレに逃げちゃいました~」
「先生嬉しいわ~♪」
「着きました、ここのトイレだと思います!!」
とても目を輝かせている委員長。
「誰も……いないようだけれど?」
そう、もう校外へと走り去ったのだ。トイレにはいない。
「ん。本当に逃げちゃったみたいです……」
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