第7話 二人でお買い物(1)
「おはようございます。私の胸の中はよく眠れましたか?」
時刻は朝六時。昨日は九時に怪盗行為をして、そこから晩御飯を食べたので床に就いたのは十一時過ぎ。まだ時差ボケはあるが、元々短眠者なので問題はない。疲れていれば泥のように眠る。
疲れば溜まればその分、反動が大きくなるのは他人と変わりない。両極端ではある。
「おはよう、離してほしいかな」
「イリスは胸が大好きではありませんか?」
「変態じゃないし。よく眠れるのは確かだけど…」
包み込まれる感覚と沈んでゆく感覚がとても心地よい。人肌の暖かさと胸の弾力が良かった。私も抱き枕にされたわけだが。
「ご飯買いに行こう。奢りだよ」
「ありがとうございます。それで今日は買い物に行く予定でしたよね?」
酔ったとはいえ酒のアルコール度数は十パーセント以下。そして一本しか飲んでいない。記憶はある。本心を言えば、少しだけエクスとの約束を反故にしたかった。親しき仲にも礼儀ありというが、礼儀は薄れている。
「わかってるよ。コンビニ行こ」
服、パーカーは貸してもらえたが下はスパッツだけ。一見何も履いていないように見える。家の外に出ると冷気で少し肌寒い。これで日中は三十度近く行くというのだから信じられない。
陽光は立ちくらみをしそうなほど眩しい。これも良い夜になる為の陽光だと考えると不思議と悪い気はしない。
「異世界初食事は白米と家にあった作り置き?」
「そうですね、商業施設には入ってないです」
「私はレタスサンドを食べたよ、絵にも残したし。何か一品エクスが好きそうなもの選んであげる」
食べ慣れた商品があるわけではない。完全に見た目で選ぶ。好みは分かれるが味は店側が保証してくれるだろう。 徒歩五分でコンビニに着いた。とてもアクセスしやすい。
「ほら選んできな。飲み物もね」
「わかりました、一品選んでくださいね」
いつも変な時間にご飯を食べるのであまりお腹が空かない。一日のどこかでしっかり食べておかないと倒れてしまうので、朝はしっかり食べておく。
今日のチョイスはサラダと鶏胸肉。
「エクスの分は……このフレンチトーストで!」
選び終わったところでエクスの元へ向かう。
「エスク、持って来たよ。フレンチトースト」
軽めの良チョイス。
「私もあなたの飲み物をとって来ました。牛乳です」
毎日飲んでも飽きない牛乳。魔法のドリンクである。
「お会計しようか」
所持金がまた減っていく。約三十五万円から三十四万八千円程に減少した。
「せっかくなのでイートインスペースで食べません?」
「了解」
イートインスペースに移動して椅子に座る。エクスが選んだものは、スープと微糖の缶コーヒー。フレンチトーストの甘さとスープの程よい酸味、そして缶コーヒーのほろ苦くも甘くコクのある味。
「やはり朝食というのは特別な感じがして心が弾みます」
エクスが食事をするときは雰囲気が変わり、大人びた様に見える。早朝というフィルターもかかっており、とても優雅。絵になっている。この絵に名をつけるのならば「至福のひと時」といったところか。
「特別な感じはするね、旅行気分」
「ふふっ、贅沢ですね。旅も始まったばかりですよ」
「いつこの旅は終わるかな?」
「終わらせませんよ、簡単にはね」
怪盗をして心から笑い、馬鹿騒ぎできる日を心待ちにしている。だが今は平和すぎて怪盗であるという実感がない。
「というか朝早くに開いてるとこって無いと思うよ?家で寝て時間潰す?」
「ショッピングモールまで少し遠いのでコンビニ出ますよ」
コンビニを出て歩き始めた。ほとんどの商業施設は十時から営業開始でショッピングモールまでの道のりが三十五分。そして時刻は七時半にもなっていない。
「時間については問題ないですよ。ショッピングモールから少し歩いたところに宝石展があるのでそこへ行きましょう」
「美術館ってことだよね?」
「ええ、まあ」
エクスが宝石展へ行こうと言い出した。やはり宝石が気になるらしい。
「宝石見てもあんまりはしゃいじゃダメだぞ」
「自分を棚に上げないでください」
「経験者は語る。注告したからね?」
いつもクールでいるエクスが我を忘れるということはあまりないが過去に数回、我を忘れているところを目撃したので、ないとは言い切れない。
「この世界に来たときはしゃぎませんでした?貴方なら絶対……」
「一人の時ははしゃいださ。でもエクスの前だから面子を保たなければならないんだ」
一人の時は松井さんに揶揄われた。エクスの前だと自然にクールが出てしまう。エクスの主でもあるので、この一面が出ることはおかしなことではない。
「ほら、朝なのでテンションが低いといくことにしましょう。今日一日は自然体で楽しみますからね」
「はいはい分かったよー」
足早に美術館へ向かった。
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