第6話 夜ご飯と晩酌


 お互い家が隣同士ということで一旦別れ、一緒に夕飯を食べる約束をした。白米しか家にはないが、何か持ってきてもらえるだろうか。悩んでも仕方がないのでとりあえずシャワーを浴びることにする。


「あっ、服買ってないじゃん…これから夜ご飯なのに」


 今日一日、漫画を読んで夜までゲームをして、思い立ったら直ぐ行動の意気で組事務所へ出撃し武器を盗ってきた。異世界二日目にして怪盗行為ができたことについては重畳と言うべきだろう。しかし、一回目にして危うく死亡寸前。この世界に来ていた相棒、エクス・ダスティ・フォードによって窮地を逃れることができた。


 私は初見に弱く、後になるほどミスをしないタイプ。エクスは、初見に強いが後々ミスをすることが少し増えるタイプ。真逆だ。今までやってこれたのは知識と経験のおかげだろう。浴室に入りシャワーのハンドルを捻って頭から汗を流していく。


「痛っっった!!!」


 止血はしていたものの腕から弾丸を抜いていなかった。弾丸を抜く道具も止血しようにも包帯がないので、着ていた服で縛るほかない。


 息を止め、肉に指を沈めていく。弾丸が埋まっているであろう場所まで指を進め、指先で弾丸を掻きだそうとする。いくら続けても一向に出る気配はない。永遠に痛みに耐えられるわけではないので、思い切ってナイフで傷口を広げた。そうして多くの血を流しながらも弾丸をつまみ出した。


「……っふぅ。よく頑張りました、自分」


 一気に緊張が解け、身体が動かない。数分壁にもたれてぐったりした後風呂を出た。


「あなたのお風呂中に一度家に上がらせてもらいました」


「おわぁ!?」


 エクスが家に入ってきている。鍵の閉め忘れだ。咄嗟に身体を隠そうとしたが壁にかけるものは何もないので下だけにタオルを巻いた。


「なんて声を出しているんですか」


「うーん……何というジャンプスケア。目の前に突然現れたら吃驚するでしょうに」


「それは申し訳ない。それでは手当します。動かないで」


 何事もなかったかのように始められる手当。ジェットコースターも驚きの速さだ。


「助かるよ」


「しかしこの家には何もないんですね。家具はおろか、調理器具すら碌に無いのに何故、モニター、ゲーム機、炊飯器、布団はあるんですか?」



 事情を知らない他人から見ると、ふざけているようにしか思えない。大体察しはついていた、と言われトドメを刺されるよりは自分の口から説明した方がいい気がした。


「モニター、ゲーム機、炊飯器を買った後に家に行ったら何もなかったんだよね。今日はマンガ読んだりしてて、服買いに行けなかったし」


 言い訳をしようとして、言い訳する気もない言い方をした。


「私の家には揃っていましたけど……」


「うーん……ハズレを引いたってこと?」


 もしそうだとしても日用品や服、救急キットなどを揃えれば家具はさほど必要ではない。だが、この差が妙に引っかかる。


「クローゼットやチェストにあった服は、全て値札がついていましたね。家具も新品なようですし」


 前に入居者がいたわけではなさそうだ。となると新しく用意された部屋ということになる。


「ご飯食べようよ。なんか家にあった?白米しかない……」


「主催者の仕業ですかね……」


「もうご飯食べようよぉ!」


 食べ物が白米だけという怪盗。その生活実態は実にシュールである。近くにスーパーや八百屋があっても山や川まで材料を取りに行っていただろう。


「作り置きされていました。お酒もありますよ」


「ご飯の準備しとくから持ってきてー」


 着替えと手当てが終わる。エクスにご飯のおかずとお酒を頼んだ。そのうちに白米の準備をしなければならない。


「あ……そうだったね」


 白米を準備しようとして気が付いた。しゃもじもなければ箸も皿もない。食べるためのものが何もないのだ。白米が炊き上がり、案を一つ思いついた。手に水をつけて食べればよいと。


 そうして待っているとエクスがお酒とおかずを持ってきた。


「エスク…ごめん…。皿とテーブル、箸もないからご飯は床で、白米は釜のまま食べて」


「あー……箸は持ってきました」


「えー?助かるよぉ」


 この怪盗はつくづくどうしようもない。取りに帰るのも面倒ということで、このまま夕食を摂ることになった。


「どうやってここまで来た?」


「あなたがゲームしたり漫画読んでる時に、二回目のバトルがあったんです。そして勝って、ゲートを通ってここにいます。この世界に来て初めて立っていた場所は路地裏ですね」


「所持品とこの世界での名前は?」


「先にそっちが名乗ってくださいよ。質問は一つずつお願いします」


 お前が先に名乗れ、というのはどこの世界でも同じみたいだ。


 質問の一つ一つに相槌は打たれず、尋問のような質問がされていく。


「舞月兎影」


「私の名前は、名波戸果子。ナバトカコと言います」


 割とよく聞くありふれた名前。この世界に上手く溶け込んでいる。


「私だけ、なんだろう……キラキラネームっていうの?」


「分からないですよ。所持品は身分証明書とスマホだけ。お金は一銭もない」


 家具なしの次はお金なし。この先の活動は少し難航しそうだ。


「揃ってるのにお金ないんだ、可哀想だね。これだから怪盗は」


「金はあるのに揃ってないんですね。可哀そう」


 雑談でも全く内容が入ってこない。ただの煽り合いと化している。そんな喧嘩は、会話という流れに流されていった。


「ご飯美味しいね、お酒もジュース感覚でいけちゃう」


「本当ですね。床で食べるというのもなかなか新鮮です」


 確かに床で食べるのは非日常が楽しめるかもしれない


 あちらの世界で二十歳はとうの昔に越えている。十六歳というのはこの世界での設定で身体的には問題ない。


「話を戻します。私が路地裏から出たら大きなベルが鳴りました。このことについて何かわかりますか?」


「私の時は宝石店に強盗が入ったよ。その時カバンから宝石がこぼれたから、つい手を出してしまった……」


 言わなくていいような情報も、酒が入っていたせいか口を滑らせて言ってしまった。


「悪目立ちしてどうするんですか、怪盗なんですけど」


「エクスも宝石を見たらわかる、本能には抗えない」


 わかったことはエクスが路地裏から出た時にベルが鳴ったこと。あちらの世界からこの世界へ来る時にはベルが鳴る。


「聞いた話、火災報知器の誤作動みたいです」



 あの四件の騒動のうち一件がエクスということが判明。騒動は四件、つまり後三人この世界に来ているということになる。


「誰が来てるんだろうね。ゼンラとか?」


「後の三件も気になりますが、今後の活動目的を決めましょう」


「もちろん怪盗は続ける、ないなら作るまで。目的は、自分という完全には理解されない芸術を世界に叩きつけること。より大勢の目と心を魅了して奪う。そして大怪盗にもう一度なる」


 確かにこの世界なら多くの人が面白いものを求めてやってくるだろう。


「それでこそ師匠です、私もお供しましょう」


「呼び方統一してくれない?どの呼び方でも間違ってはないけどさ」


 当然ながら過去に色々あったもので度々、ご主人様や師匠と呼ばれている。


「まあまあ、ノリの範疇じゃないですか」


「もうダメ、思考が働かない。酔った」


「一緒に寝ましょうか」


「自分の家で一人で寝てくれよ。キミがいると何されるかわからない」


「まあ、無理ですね」


 酔っているのをいいことに無理矢理にでも一緒に寝ようとしている。実際押し倒されても何も言えない。


「明日は買い物しに行こう!怪盗はその後でやればいいよ!」


 人間なのでいつも同じ気持ちであり続けることは容易ではない。思い立ったら直ぐ行動が大切な理由の一つでもある。


「枕は私が使います。あなたは私の胸で眠っていてください」


「ざけんな!家主だぞこっちはぁ!」


 普段は隙を見せない怪盗があられもない姿を晒している。エクスめ、胸が少し大きいからって……。


「電気消しますね、おやすみなさい」


「もうなんでもいい」


 そして意識は柔らかい胸の中へと落ちていった。

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