彼の人。

「なあ、六花こっち来いよ」

 びくっ。

 ボクは体育館からバスケの授業を受けてきた。その帰り、こじんまりと小さな自分の身体をさらに小さくして体育シューズ抱え、廊下の端を歩いていたのだが、なにやらクラスメイトがからかってきた。

 がしっ。

 少々イタズラっ気の残る顔立ち。いつもからかってくる男子が肩を組んできてる。

(うわぁ、やめてよー…。汗臭い体で…)

 「六花、昼休みだし、このあと一緒に着替えてご飯食べねえか?」

 そう、今にも涎が口の端から垂れそうな気色の悪さが滲む興奮した顔で迫ってくる。

 言の葉を、汚く並べ、目の端垂らして、口を裂く。

 変質者の形相で徐々に顔を近づける彼は、耳元に口を運ぶ。…囁く。ひっそりと。

「なあ、俺にその体見せてくれよ」

 ぞくっ。

 ボクは咄嗟にクラスメイトを突き飛ばし、駆け出していた。瞼をギュッと瞑り、何もかも振り払わんとばかりに、手の内に体育シューズを両手に抱え、駆け出す。

 そして、

「はあ、はあ、はあ……」

 渡り廊下の先、棟の端っこにある図書室に逃げ込んでいた。

 扉を締めて、暗い室内の中、とりあえず近くの長机の席に座ると一息吐いた。

(はあ、気持ち悪かった…。卒業するまで一生こんなふうにされるのかな…)

 あの顔を思い返すだけで、身震いするが、なぜこんなにボクに付き纏うのか分からない。

 まったく。やめてほしいものだ。

 あの生徒が学食に向かうまで、しばらくここで身を隠そう。

 ぼーっとしてるのもつまらないのでなにか本のタイトルでも眺めようかと立ち上がり、本棚に向かった時、なにか人影を見かけた。

(?ボクの他に誰かいる?)

 五、六冊の積まれた本を抱えて、本棚に締まっていく女子生徒。身長が高く上の方に並んでる棚にもちょっと手を伸ばすだけで本を簡単に差し込んでいた。

(綺麗な人…)

 仕舞い終えてこちらに振り返った彼女はこちらに気付いたのか、首を傾げてこちらに近づいてくる。

「どうしたの?君。もう本借りに来たの?」

「……っ!?……っ、……っ」

 ボクは動揺を隠せずに、こんな時にも緘黙になって赤面し、だんまりとうつむいてしまう。

「ふふ、可愛い。あんまり見ない顔だから下級生かな?」

 なでなで。

 丁度そこに頭があるから、みたいな感じ頭をぽんぽんされて、さらに顔が赤面を超えて爆発する。

 ボンっ。ぽしゅ〜……。

「わたし、図書委員だから本借りたいなら言ってね?じゃあ、受付の方にいるから」

 そう言って大人の優雅さを醸し出すように去り、そのあと、照明の電気が点けられた。

(わあぁぁー……女の子に頭ぽんぽんされちゃった……)

 恥ずかしさと嬉しさでまた赤らめた顔を手で隠し、ぶんぶん頭振る。頭振る。頭振って、……酔った。おえっ。

 図書室を去る時、受付で昼食をとっている高身長頭ぽんぽん女子と目が合って、にこり微笑みかけられる。

 なぜか気まずくなりながら会釈して、図書室をあとにすると、教室に戻った後もずっと、あの女子の事を考えていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言の葉と番の花。feat雪の花は夢を見る 蒼井瑠水 @luminaaoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る