現代社会から隔離された冒険者になって迷宮とかいう人外魔境で生きるならそれぐらいの事態は想定して備えておいたほうが良かったよねというお話

ヴァノ紙片

第一話

 僕は冒険者である。

 職業選択の自由はなく業務内容は劣悪で常に死と隣り合わせだけど、職場については選択の余地もあり、僕は今のところ運良く生き延びている。


 そう、運良く、だ。

 認めよう、僕はいくつもの致命的なミスを犯している。

 結果として、僕はかなりの窮地に追い込まれているのだと。


 失敗をいつまでも引きずるのは良くないにせよ、いくつかの問題解決を先延ばしにしてきたツケだとすれば放置してきたことそのものが失敗だったともいえる。

 自分の過去と向き合い、問題点を整理して可能ならば克服し、現状を変えていかなければ未来はない。


 岐路、分水嶺、呼び方は何でもいいけれど、目を背けていたそれがいつの間にか思ったよりも早く迫ってきているのは事実。

 手遅れになる前に、なんとかしないといけない。




 ――僕が最も致命的だと思う失敗をしたのは、迷宮都市に隔離されてそれなりに時間が経ってからのことだった。


 その頃の僕は、最初こそ不安しかなかった迷宮ダンジョン通いにもすっかり慣れてきて、自分のレベルに見合った依頼をこなしつつ生活基盤を安定させるという目標を程々に達成できるようになっていた。


 僕は冒険者としての才能に、さほど恵まれていたわけではない


 冒険者として成功できるかどうかは生まれ持った"固有スキル"の有用性によるところが大きいとされている。

 異世界との接触、端的に"触"と呼ばれる災害の発生に前後して生まれた僕らの世代の子供たちは、その多くが特殊な能力を持っている。

 固有スキル等と呼ばれるそれは多種多様で強力かつ危険な能力であり、僕らが陰で化け物呼ばわりされて現代日本社会から隔離される原因でもあるのだけど、人外魔境ダンジョンで生き抜くなら人外の力は必須だ。


 銃火器のような通常兵器では魔物を倒せない。絶対に不可能だとはいわないまでも、かなり効率が悪いといわれている。

 都市部に紛れ込んだ小鬼一匹のために大きな騒動が起きることもあるほどに、魔物はどれもこれも厄介だ。

 魔物に対抗できるのは現状、魔物に対して有効な攻撃手段となるスキルを持つ冒険者だけである。


 そして僕に宿っている、その必要不可欠な力の有用性はというと……これがまた結構微妙だった。 

 隔離される基準をしっかりと超える危険性を持つと判定されたわりに、肝心なところであんまり役に立たないとか泣ける。

 とりあえずいくつかの検証を経て、頼りになる相方の存在のおかげで冒険者を続けていくのは不可能ではないにせよ、それでも相当に厳しいことが予想された。

 さらに訓練期間中とある事情でパーティが組みづらく単独行動を強いられがちだった僕は、冒険者デビュー当初かなりの低評価が下されることとなった。


 結果的にこれが良かったんだと思う。

 評価が高かった同期の子たちがあっさりと居なくなってしまう職場で、低評価も良いところだった僕が生き残っているのは臆病者でいられたからだ。


 結局のところ冒険者が有能であるかどうかは、魔物を駆除できるかという点で評価されるのだけど、僕は一切その手の依頼を受けていない。

 圧倒的な低評価は相応に僕を臆病者にしたし、一時期は重苦しい劣等感に苛まれることにはなったけど、決して僕を安易な気持ちで魔物駆除に走らせることはなかった。


 割り切って探せば新たな国土として期待されている迷宮の広大な土地には、結構な数の雑務が仕事として転がっている。

 危険度が低い階層の定点気象観測装置の点検や簡単なメンテなどの依頼を定期的に受注したり、ついでに薬草の群生地の現地調査を掛け持ちしたりしていれば喰うに困らない程度にはなる。

 今はただの地下なのに青空が広がる不思議空間で魔物の楽園なだけのこの場所も、近い将来建物が立ち並ぶ大都市になる計画があるらしく仕事も増える傾向にある。

 人外魔境に生きる身としては無謀だなぁと思わなくもないのだけれど、安定した収入が得られそうなのでありがたい話ではあった。

 地道に自分ができる仕事をこなして、信頼と実績を積み重ねていけばここで暮らしていくのも悪くないと思える日がくるような、そんな気がしていた。


 冒険者というほどには冒険しない冒険者。

 いつしかそれが僕の冒険者としての理想像となっていた。


 理想を追っていればこの先も生きていけるという自信が芽生えてきた頃合い、今はそういう時期に入っているんだという自覚はあった。

 油断大敵、好事魔多し、そういうときが一番危ないんですよ? なんて耳たこだったので入念な準備はもちろん体調管理も万全な状態のつもりで仕事に励んでいた。


 しかし、僕には足りていないものがあったと言わざるを得ない。

 あらゆる事態を想定しておく心構え、当時の僕にはそれが足りていなかった。

 無茶いうなよと思うかもしれない。今だに僕だってそう思わなくもない。しかし、迷宮では必要なことなのだ。


 あの日、空から多分女の子であろう物体が稲妻と共に超スピードで堕ちてきて、僕に出来つつあった人生哲学っぽいものを粉砕した。


 結局のところ迷宮に潜っていれば、運以外何も悪くなくたってイベントが起きるときは起きるし、そうなれば冒険者は冒険するだけなのだ。

 そんなことすらわかっていなかったから、あの日グダグダになった僕は盛大にやらかすこととなったのである。





 焦げ臭いというか生臭いというか異様な臭気があたりを漂う凄惨な状況の落雷現場に駆け寄った僕は絶句した。

 当然といっては何だけど女の子(仮)は何ともグログロしい有様だったが、驚いたことに生きているように見えたからだ。

 傷口から飛び散った大量の血液は、それ自身が意思を持っているかのように液体とは思えない運動量で女の子(仮)の頭部を目指してうぞうぞと集まってきている。

 多少時間はかかるかもしれないけれど、程なく元の場所に集合できそうでなによりだ。

 多分生きてはいる。


 しかし女の子(仮)がそのまま無事に済むとも思えない。

 すごい勢いで地面に激突した割には綺麗に形を保ったままの頑丈な頭部をもち、多分これは女の子でしょうと判別できる美貌を備えた女の子(仮)ではあるのだけど、頭部だけで生きていくのは常識的に考えて無理があるような気がする。

 胴体とか四肢が見当たらないのは流石に致命的ではなかろうか……。

 しかしまぁ、生きてる多分。


 ……さっきからなんかすっげぇ見られてるし。

 なんだろう、人が困ってるってのに何でお前はそこで突っ立ってんだ、あぁん? とか言われてる気がする。


『言い方』


 いや、僕だって何とかしなければ、とは思ってはいるよ?

 こう見えて人工呼吸や心臓マッサージをはじめ緊急時の講習は一通り受けているし、実践も可能だと自負していた。


 でも肺のない女の子に人工呼吸は流石に変態的行為に及んでいたと誹られても言い訳できない気がする。

 心臓のあるであろうあたりを必死にマッサージしたところで、ふざけるなと怒られて謝るのがオチだと思うんだ。


 というかどっちもすでに必要なくないか? 意識はすでにはっきりしているっぽいし。


 どうしよう……、めっちゃ見てる。


『……』


 じゃ、僕はこれで失礼します、と颯爽と立ち去るのが正しい判断なんだろうか。

 だって魔物には可愛い女の子もいるんだよ?

 近づいたが最後、にゅっと手が出てモグモグされたりすると、それは冒険者の責任という観点からするとよろしくない行為にも思える。

 魔物の群生地でキャンプした挙句、食べ物を密閉せずに放置して味を覚えさせる程度には罪深いかもしれない。

 生首状態で転がっていると無防備な冒険者が近寄ってきて簡単に捕食できると学習した魔物の脅威はどれほどのものか?

 考えすぎだろうか?


『考えすぎ』


 ……よく考えてみる必要があると思う。

 ここまで僕は内心はどうあれ一言も発言していない。

 女の子(仮)に対して身振り手振りによる意思疎通をはかれないかと一定の努力はしていたのだけど、これは発言のうちに含まれまい。

 しかしである。

 どういった理屈かはわからないけれど、先ほどから僕の内心に対して受け答えがある。


『意思疎通』


 意思疎通どころか僕の内心まで筒抜けであることが確定したのではないだろうか。

 僕は正直、今まで感じていた主にグロによるものとは別の意味で恐怖を感じている。

 生首に対する人工呼吸とか割とリアルに想像してた気がするし、なんならキラッキラのエフェクトまでつけていた。

 実のところ女の子(仮)の長い髪は未だに紫電を纏っていてほんとはバッチバチなんだけど、この想像はあかんかった気がする。


『馬鹿』


 すいません、すいません。

 正気を保つために自分をなんとか、奮い立たせる必要があったんです。


 それでは……はじめましてお嬢さん?

 僕は貴女が困っているように見えるので、助けたいと思います。

 お名前を聞いてもよろしいですか?


『不敬』


 あー……あぁ、失礼しました。

 名前を聞くときは、まず自分の名前から……僕の名前はヒサゴといいます。

 ここでは瓢と呼ばれてます。

 意味は瓢箪ひょうたんですね。お分かりかと思いますが本当の名前じゃないです。すいません。


 それでは、改めて名前を教えてください。


『名前を呼ぶことは許さない』


 ……ェー。

 どうしよう……名前がわからんと僕にはどうしようもないような。

 何なら偽名でもよかったんだけどな。


 呼んじゃいけない理由からなんとかせなあかんのかな……。

 本人が目の前で言ってるんだから呼んでしまうと現れて暴れまくるとかそういう方向じゃないよな……?

 身分の高い人だからダメってやつかなぁ……確かにそういう雰囲気あるけど……。


『名前が必要?』


 ?マークが見える。


 じゃなくて、はい。

 僕の名前からなんとなくわかるかなって思うんですけど、僕の固有スキルがソレ系です。

 対象の名前を呼んで、相手が応えるとスキルによって生成された異空間に転移します。


 迷宮の中で転がってるよりは安全かと。

 他に質問があったらどうぞ。


 どうせ何もかも筒抜けなら、いっそぶっちゃけることにした。


『溶ける?』


 まぁ当然の心配かと思うんですけど、溶けないです。

 あとウチの相方が言うには、快適だそうです。

 仮住まい程度には十分かと。


『出られる?』


 一度登録すれば、出入りは自由です。

 問題はむしろ、名前が同じ対象は入ってくる可能性があることですかね。

 人と被る名前だと、偶然入ることもあるかもしれません。

 防犯とかプライバシーの確保とか考えると、少し不安があるかと思います。

 要はその名前が自分であると認識しさえすれば良いようなので、少し複雑な偽名がお勧めです。



『……』


『……』


『……』



 名前を伝える、あるいは呼ぶことを認める行為は、彼女にとってそれなりに重要な意味をもっていたのかもしれない。

 更に続いたいくつかの質問、最後に長い、長い沈黙……。


 そして、僕のやらかしは確定した。




 結論からいうと、僕は名前を教えてもらうことに成功し、呼ぶことを認めてもらった。

 スキルは無事発動し、遭難者の安全を確保して救助活動を終え、一件は落着した。

 名前を呼んではいけない彼女? は、僕のスキルの中に今もいる。

 健康状態については、なんていうか……元気すぎて困る。


 良かったじゃん、なんも問題なくない? と思うだろうか。

 そんなことはない。

 なぜならこの一件で僕の冒険者生活における命綱ともいうべき固有スキルはもう、使い物にならなくなったのだ……。


 たいした固有スキルじゃないって言ってたよね、大丈夫じゃね? と思うだろうか。

 全然大丈夫じゃない。


 もともと僕の固有スキルの評価はそれほど高いものではなかった、確かにそれはそうだ。

 何せ通常攻撃無効がデフォの魔物を攻撃する手段がまるで存在しない。実のところスキルの対象もかなり限定されていた。

 場合によってはある種の騙し討ちが必要だったりもしたし、効果に捉えた後もご存じの通り自由行動可という謎仕様である。

 希少な異空間系スキルとして期待されたアイテムボックス的な利用方法についても検証されたが、これもまた微妙だった。

 まつぼっくりは良くて電子レンジはダメとか何なんだろう?


 だが全てのスキルは使いようだ。スキルに習熟し癖を見抜いて使いこなせば、生きるか死ぬかの瀬戸際が日常であるここでさえ生活費を稼ぐ程度はできていた。

 僕の冒険者としての力量は、誰もがそうであるようにまず固有スキルありきであり、固有スキルの恩恵を失った今、僕はその殆どを失ったようなものだ。


 何よりそんな細かい事情は抜きにしても、今現在はっきりしているのは、使えば死あるのみのスキルに成り下がったということだ。

 彼女の許可なしで僕が固有スキルを使って誰かを招き入れた場合、それはもう恐ろしい罰が下るらしい。ふざけんな! でも命令に逆らう勇気は正直ない。相手が悪すぎる。

 更に気を付けるべきなのは、中に彼女が居るとバレれば問答無用で死ぬという問題だ。これは冒険者向けの情報サイトでほんの少し調べればすぐにわかることだった。

 連日彼女の話題でもちきりでやんの! ……誰にも知られちゃいけない。


 もっとも懸念のあった防犯とかプライバシーの確保に関する問題はどうにかなりそうではある。

 僕の固有スキルは彼女に魔改造された結果、最早誰も、もちろん僕も彼女の領域に無断で入ることは不可能な魔境と化しているからだ。


 そう、彼女は僕に無断で自分に都合よくスキルを改変する何らかの手段を持っている。

 入念に確認していたことを踏まえると、無制限にというわけではないと思うけれど、少なくとも僕本人の意向が尊重された様子はない。


 唯一の救いは、相方が自分の領域を死守したっぽいことくらいか。ふがいない家主でごめんよ……。


 ほんと、人のスキルを何だと思っているんだか。


『あたしんち』


 ちげぇよ。

 仮設住宅だよ。




 あの日、空から降りてきた少女を助けたという行為自体を僕は否定したくない。

 対処を一つ間違えば、最悪の結果もありえたのだから。

 だが、無暗に訳ありの魔神など拾うと自分のスキルを乗っ取られた挙句居座られることもあるという事実を僕は忘れるべきではない。


 安易に固有スキルに頼ったことも問題だ。

 たとえ生まれたときから付き合ってきた古いなじみの固有スキルであろうと、裏切るときは一瞬であることを僕は学んだ。

 この教訓を生かして、明日を生きよう。


 収入減に備えて一品減らした晩御飯を食べ終えて、僕は早々に眠りについた。

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