野いちごといばらの妖精

Hiroe.

第1話

 ある深い森の奥で、魔女が野いちごを摘んでいました。大がまを火をくべて、真っ赤な野いちごに特別な薬草をいれて七日七晩煮ると、すてきな魔法の薬ができるのです。その薬をつくるために、魔女は鼻歌を歌いながら、野いちごを摘んでは籠に入れていくのでした。

 すると突然、野いちごのひとつがいいました。

「わたしを摘まないで」

魔女は手をとめて、野いちごに聞きました。

「どうしてだい?」

「次の春になったら、きっともっと甘くなるわ。だからわたしを摘まないでちょうだい」

魔女は笑っていいました。

「来年になったらもっと甘くなるなんて、一体誰がいったんだい?」

野いちごは必死に答えます。

「いばらの妖精よ。私の後ろにいるわ」。

見ると、野いちごの後ろにはいばらの花が咲いています。

 とんがり帽子の妖精がいいました。

「ぼくにはわかるんだ、この野いちごは来年もっと甘くなるって。だからお願いだよ、この野いちごを摘まないでおくれ」

魔女はため息をつきました。

「仕方がない、お前を摘むのはやめにしよう。けれど来年は必ず私の薬になってもらうからね」

野いちごと茨の妖精は、喜んでうなずきました。


 さて、その次の春になると、魔女はさっそく森の奥にやってきていいました。

「野いちごや、去年より甘くなったかね?」

野いちごは答えていいました。

「ええ、魔女さん。もちろんよ。でも来年は、きっともっと甘くなるわ」。

その後ろから、いばらの妖精もいいました。

「ぼくにはわかるんだよ、来年はもっと甘くなるさ。だからどうか、この野いちごを摘まないでおくれ」

 魔女はあきれてしまいました。野いちごと茨の妖精は、そろって去年と同じことをいうのです。

 去年より今年のほうが甘くて、今年より来年のほうがもっと甘くなるなんて、一体どうしてわかるのでしょう。それならば、野いちごが一番おいしくなるのは来年の次の年のまた次の年の、ずっと遠い春になるに違いありません。それは魔女にもわかりませんでしたし、魔女にもわからないことを、野いちごや茨の妖精が知っているはずがないのです。

「いいかい、よくお聞き。お前はもう真っ赤に熟れているし、甘い香りもしている。ちゃんおいしくなっているんだ」

魔女がそういったので、野いちごは泣きだしました。野いちごを抱きしめて、茨の妖精も泣きました。

 小さな二人にため息をついて、魔女は魔法の薬の棚からひとつのビンを出しました。

「ごらん、これは去年つくった魔法の薬だ。いい匂いがするだろう?」

 ビンのフタを開けると、とろとろに煮込まれてキラキラ光る、過ぎたはずの春がありました。春風に香る野いちごの香りを、ぎゅっと閉じ込めてあるみたいです。いばらの妖精は思わず、魔女の手の上のビンをのぞき込みました。

「これはなんの薬なの?」

魔女は答えていいました。

「この薬には去年の春が閉じ込めてあるのさ。この森の動物たちは、冬の眠りにつく前にこの薬を一さじ舐めるんだ。そうすると夢の中に春があらわれる。一人ぼっちは寂しいが、それなら幸せに眠れるだろう?そしてぐっすり眠って目を覚ましたとき、次の春が訪れる。新しい春がね」

いばらの妖精が喜んでいいました。

「それはいいね。ぼくは冬が嫌いなんだ、ずっと土の中で退屈しているからさ」

野いちごもいいました。

「わたしがその薬になったら、きっとあなたにとびきりの夢をみせてあげるわ」

 魔女はほほえみました。

「野いちごや、お前はきっとそうなるだろう。けどそれは、今年のお前でなければダメなんだ。いばらの妖精に恋してる、今のお前でなくてはね」


 この深い森に春が訪れ、真っ赤な野いちごが実るのを、魔女がどんなに楽しみにしていることでしょう。その年の春は一度しかなくて、ずっと同じ季節にいることはできないのです。物知りな星たちが空を一周し、またこの森の上に帰ってきたら、新しい春の始まりです。

 野いちごにも、いばらの妖精にも、森に暮らすすべての動物たちに、今まで知らなかった楽しいことや嬉しいことがどっさり訪れるでしょう。

「なぁに、心配はいらないさ。」

魔女はいいました。

「私がお前をとびっきりのジャムにしてあげよう。寒い冬はこれを食べて、ゆっくりといのちを休ませながら、お前が生まれ変わるのを待っているよ」


 豊かな深い森の奥では、またひとつ季節が変わろうとしていました。

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野いちごといばらの妖精 Hiroe. @utautubasa

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