第39話 vs.勇者“アーサー”




  ◇◇◇◇◇


 ――元カーティスト領 



「…………」



 眉を顰め、俺を睨み倒してくる勇者。

 

 ふっ、そんな顔で睨まれてもな……。


 整った顔。豪華な身なり。“そこそこ”の魔力。

 うん。俺の仮定は間違っていなかった。


 「勇者パーティー」はエリスで“もっている”のが濃厚だ……。


 賢者や剣聖の実力は未知数だが、この勇者はダメだ。俺の元使用人たちなら、誰でも屠る事ができるだろう……。


 『勇者を殺す』


 これは許されない行為……。

 この世界の秩序を瓦解させる行為だ。



 サァー……



 懐かしの“使用人訓練所”。


 この地で俺は使用人たちに無属性魔法を教えていた。


 元カーティスト領であり、現アーグリッド伯爵……いや、今は侯爵領の荒野。即座に浮かんだ「座標」は誰にも見つかる事のない結界で覆われているこの場所だった。



「ここはどこなんだ? ククッ……《転移魔法》が使えるくらいで調子に乗ってるのか? まぁ確かに便利なスキルだよねぇ……?」


「……」


「でも、逃げれるなんて考えない事だ……」


「……」

 


 アーサーは大陸中央の小国出身の王子。


 小国が生き残っているのもアーサーが勇者であることが大きな理由……。アーサー・イリア・メディロードを殺すと言うことは地図を書き換える事と同義だろう。



「《九重》……」



 ポワァア……



 俺は結界を展開する。

 アーサーは少し眉を顰めたが、ニヤァと口角を吊り上げる。


 顔がいいやつはこんな顔でも絵になるもんだ……。


 そんなことを考えながら「ふっ」と鼻で笑う。


 勢いに任せているわけじゃない……。

 エリスの顔を見た瞬間、冷静さは確かに取り戻した。


 だが……、見過ごせない事はある。

 強姦をする人間は、盗賊や魔物と同類だ。

 「人殺し」と何も変わらない。金品よりも尊厳を奪うという行為はよりタチが悪い……。



「何を黙ってるんだぁ? もしかして、また『勘違い』しているのか? “2人がかり”ならどうにかなるかもって?」


「……」


「そこの“クズ”とお前のような“ゴミ”……。何千と束になっても所詮は燃えて塵になるんだよ!?」


「……」


 下品でバカでクズ。

 想像よりずっと“ヤバい”。


 話にならない。だから、話さない。


「ククッ……クハハハッ!! 今更、後悔しても遅いんだよ!!」


「……」


 俺には躊躇がないのだ。


 死んだ方がいい人間は確実に存在している。

 そのような者を屠る事に、俺は微塵も躊躇わない。


 その代わり思考は止めない。

 無関係な人間を巻き込む事は絶対にしない。


 小国に住む人々を戦禍に巻き込むような事は絶対にしてはならないのだ。


 そこに責任が取れないから、エリスは「勇者パーティー」を受け入れて自我を殺す事を選択したのだろう……。


 そりゃ勇者が死ぬ事で不幸になる人間も存在するのも事実。俺だって全てを救えるわけじゃない。だが、そんなものはこの勇者を『教育』しなかったツケだ。



「アハッ……アハハハハッ!! これは《結界》だろ? おい。お前もだよ!! どういうつもり? お前の仕業だろ? 相変わらず、生きている価値がない!! お前が“支援”したところで、この男は助からない!!」


「……いえ、私は何も……」


「知ってるだろ? どんな強力な魔族も、僕の前には塵すら残らない!! 僕の邪魔をすることは世界を敵に回すのと同義なんだ!」



「四天王のアーグもか?」



 俺はエリスと勇者の会話に割り込んだ。


 

「「……」」

 


 うん。沈黙が心地いい。


 エリスには悪い事をした。

 本当に申し訳ないと思っている。


 だが、取り繕っている場合でもない。

 もう、俺の“全て”を晒しても構わない。


 手札を全て失っても構わない……。いや、エリスには知ってもらった上で黙っていて貰おう……。

 


 俺には決めていることがある。


 “武力”には、より圧倒的な武力を……。


 これから、どれだけ面倒くさい事になろうが、目の前のエセ勇者を……クズをぶっ殺せるなら……、俺は殺す。


 俺の目の前で“強姦”することだけは絶対に許さない。

 相手がどこの誰だろうと……。


 俺に“その光景”を見せる事は万死に値する。

 これは普遍的なものだ。


 それが、“悲劇の果て”に生まれた俺の宿命だ。

 俺の『生』が終わるまで、絶対に許されない事だ。


 逆に討たれたって構わない。

 俺はそれ相応の覚悟を持って『勇者』を殺す。



 “見知った顔”が被害者ならば尚更だ。



 ……うん。本意ではないが、使用人たちを頼らせてもらおう……。オーウェンに変装技術を叩き込まれた“カリス”を勇者とすり替える……いや……、後の事は後でいい。




 もう限界だなんだよ……。



「……何をどう知っているのか知らないが、」


「《堕黒雷(フォールン)》……」



 ピキッ、ズギャンッ!!



 真っ黒焦げになり、即座に絶命したアーサー。


 不意打ち? いやいや、“これから”だろ?


 エリスの魔力が尽きるまで、永遠に続く『死』を……。

 これまで犯してきた数だけ……。「もう勘弁してください」と泣き叫んでも辞めてやらない……。



 お前も“それ”をしてきたんだから……。



「エリス。蘇生させなくていいのか?」


「…………《天命帰聖》」



 ポワァア……



 アーサーに“美しい魔法陣”が浮かべば、焼けこげた肌がみるみる再生していく。《結界》を構築したのは魂を逃さないため。


 “これから”、幾度となく死にゆく『勇者』。



 同じ『魂』でなければ意味がない。




「さぁ、第二ラウンドだ……」






   ◇◇◇【side:エリス】




「ハァアァアッ!!」



 真っ青な顔で息を吹き返した勇者“アーサー様”だが、私は目の前のアルト君から漏れ出ている魔力量に立っているのもやっとだった。


 普段は最小に抑えている魔力。

 一度、解放すれば、それは神にも等しいと錯覚してしまいそう。



(……怒っている?)



 アルト君の後ろ姿。バチバチッと黒い雷を纏う姿。



 『雷神の加護』



 まさに、荒ぶる“雷神”。

 逆立った黒髪は極東の龍を思わせる。




「き、貴様ぁ! 貴様、貴様、貴様ぁあ!!」


「《黒雷槍》」


 ピカッ、ズギャンッ!


「がぁあああああッ!!!!」



 ドサッ……



 二度目の絶命。

 アーサー様から消えていく魔力は、“高位結界”に閉じ込められ行き場を失っている。



「……?」



 クルリと振り返り、無表情で小首を傾げるアルト君。



「テ、《天命帰聖》……」



 私はアーサー様の蘇生を繰り返す。

 物腰は柔らかく、いつもどこか気怠そう。イタズラに笑う可愛らしい笑顔など見る影もない。



 ズズズッ……



 穴が空いていた心臓部が修復されていくと、「ハァ、アッ!!」とアーサー様はまた息を吹き返す。



「《憤怒煉獄(パーガトリー・ラース)》」



 アーサー様は現状を理解したのか、即座に【人類の憤怒】を発動させ、黒と白の炎を纏うが……、



「《黒雷牢獄(プリズン)》」



 バチバチバチッ!!



 アルト君は手をかかげ、円球の中にアーサー様を閉じ込めると、クルンっと指を回す。



「《圧縮》……“零”……」



 バチュンッ!!



 アルト君が呟くと、一瞬にして黒雷の球は姿を消した。もちろん。閉じ込められたアーサー様の亡骸などどこにもない。



「……エリス?」



 声をかけられハッとする。



「《天命帰聖》……」



 ポツリと呟き、スゥーッと人間が形作られる様にゴクリと息を呑む。




 発狂するアーサー様をアルト君は無表情で屠り続け、私はただただ驚愕しながら蘇生を繰り返す。





 “勇者”……。ゆ、勇者……? 勇者!!

 ダ、ダメよ。“勇者”なんだから!


 どれだけクズで自己中心的でも、勇者の存在は世界には必要なの……。戦争の抑止力。バランスが崩れた時、苦しむのは弱者だ。


 貧困、飢餓、徴兵、戦禍……。


 全ての皺寄せは弱者に押し付けられる。

 戦争孤児、不作……飢饉……。

 

 子供を売ってでも生きながらえたい親は世界にごまんといるんだ……。人間という生き物は自分が1番可愛いんだ。


 それが“リアル”……。


 ……多少の不幸は目を瞑るんだ。

 より大きな災厄で人々を絶望させる事よりずっと合理的で賢い選択……。


 それがわからないあなたではないでしょう……?



 全てを憎み、壊すと決めていた私。


 アルト君に出会い、『平和』がどれほど尊いものなのかを考えるようになった。考えないようにしていた、“理不尽”を前に、自分がどれほど愚かな事を考えていたのか……。



 悲劇のヒロインを気取っていたのか……。



 痛いほどに理解したのだ。

 アルト君と過ごす『日常』が心地いいのだ。



 それを教えてくれたのはあなたでしょう……?




「カハッ……!! ハァ、ハァ、ハァ……」



 何度目なのかもわからない《蘇生》から目覚めた“勇者”の顔は恐怖に滲んでいる。


 鼻水と涙をダラダラと垂れ流し、地面に手をついて懇願するアーサー様は私が知っている勇者とは別人のようだ。


 徐々に“壊れていく”勇者を見つめる冷酷無慈悲な薄紫の瞳を見つめながら、私はドサッと膝をつく。



「くっ……」



 魔力切れは明白。



 それなのに……、



 ズワァアッ!!!!

 


 アルト君の魔力量には一切の変化がない。




「……も、もう……やめて下さい……。勘弁してください……。もう、もう僕は、」



「《雷斬》……」




 スパンッ!!



 黒雷を纏ったアルト君が消えたと錯覚するほどのスピードで駆け抜ける。



 

 スパンッ!!



 バチバチッと音を立てる短剣が勇者の首を狩り取り、汁だらけの生首がクルクルと宙を舞う。



 新装備に浮かれていたアルト君が初めて斬ったのは、勇者の首だなんて笑えない。



「こんなつもりじゃなかったのに……」



 ポツリと呟いた私にアルト君が声をかけてくる。



「エリス。聖属性の魔法を……。簡易的な《治癒(ヒール)》でいい」


「……《治癒(ヒール)》」



 ポワァア……



 何の意味もない《治癒(ヒール)》。


 絶命しているのは明らかなのに……なぜこんな無意味な事を……?


 小首を傾げる私は目の前の光景に空いた口が塞がらない。



 私の《治癒》の魔法陣。

 それに自らの魔力で“上書き”しているアルト君。



「うん。やはり属性にも法則性はあるな……。《回帰》……」



 パッーー!!



 アーサー様の首が“巻き戻って”いく。



 ゴクッ……


 

 私は思わず息を呑みながら、(これは何度目だったかしら……?)なんて思考を放棄した。















  ※※※【あとがき】※※※



コメント、☆で応援して下さり、感謝です!!

pvやフォローの伸び率に、2章は蛇足だったか?と豆腐メンタルがぐちゃぐちゃになった作者です。


ひとまず、勇者屈服終えてからの2章想定だったのですが……。魔境大陸始めは獣国…、元使用人の家族に再会……。うん。いろいろと考えてはおりましたが……。


応援して下さってる方には申し訳ないのですが、書籍化決定が決定している方にウエイトを……。カクヨムコンに初挑戦しようとも思ってますし、ラブコメ処女作も宙ぶらりんなので……。


兎にも角にも、ここまで書き進められたのは応援して下さった皆様のおかげに他なりません!!


当初は20話前後で打ち切ろうとしていた物語をここまで続けさせて頂けたのも応援して下さった皆様のおかげです! 


本当にありがとうございました。


もちろん、完結はしておりませんし、時間やきっかけができれば再開致します! 


あとがきの長文を謝罪致します。

次に期待と思って頂けましたらユーザフォローしてくれれば幸いです。






 

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偽りの“冒険者A”、『地味な聖女』に脅される〜元使用人たちが俺のために暗躍してる件〜 @raysilve

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