終章 現実世界のちょっと先で

――あくる朝、セイタくん...村神セイタは死んだ。微かに残る満天の星空と、昇る朝日に看取られながら。静かに笑みを浮かべながら。


「...ほんとによかった。セイちゃん...」

「麻子さん...。」

私は、すすり泣く麻子さんになんて言葉をかけていいか分からなかった。...傍から見れば、ただの小さなひとつの死。ただの縁もゆかりも無い、赤の他人の死。それなのに、なんで涙が止まらないんだろう、私。

「...よかったね、セイちゃん...」

はっとした。私、セイちゃんって呼んだ。この小さな、冷たくなってしまった光を、"セイちゃん"って呼んだ。...セイちゃんはすごいよ。本当にすごいよ。最期まで、自分の夢を捨てなかった。たとえそれを誰かに軽くあしらわれ、捨てられたとしても。リリアさんは麻子さんの1歩後ろにいる。そして静かに空を見上げている。先生と姉さんも顔を見合わせながら、少し悲しみを含んだ微笑みを交わす。セイちゃんの冷たい心臓に光を照らすように。...何とも言えないけど、いのちのあたたかさを感じた気がする。――いつの間にか、陽はとっくのとうに登っていた。少し汗ばんだ鼻を拭いながら、突然私はとあることを思い出した。


「...そういえば麻子さん、私、ずっと気になっていたことがあるの。ずーっと気になってたんだけど、聞くタイミングを失っちゃって...。」

麻子さんは優しい顔で頷く。口を閉ざしたまま、セイタくんの亡骸を見つめながら。

「麻子さん。..."セイタ"って、どういう漢字だったの?」

麻子さんはしばらく"え?なんで?"という感じで私を見つめてきたが、しばらくして近くの引き出しから紙とペンを出してくれた。麻子さんが取り出した紙にペンで書く音が、オルゴールみたいで、子守唄みたいで...もし現世にまだセイタくんがいたのなら、きっと安らかに眠れてたんだろうな。


「...星に、太陽の太で、"星太"...。」

そうだ。星太くんは星になったんだ。あの日からずっと憧れていた、大空に凛と輝く――星になれたんだ。


2023年 9月1日、登校時


バイト漬けの夏休みのせいで、もう何日も先だと思っていた始業式が、とうとうやってきてしまった。学校までの長い道のりを、軽い足取りで進む。ローファーの底が擦り切れそうなほど走った。...久しぶりに、蒼に会えるんだもん。


高校へ向かう坂の上に、蒼を見つけた。

「――あ、陽菜!おっは!」

「おはよ、蒼。...宿題終わった?」

「ギリ。昨日徹夜でやった。」

「同志よ〜!」

"宿題を最後の最後でギリギリやる同盟"が組まれたところで、蒼が耳打ちする。

「...ね、どうなった?カフェコメットの話。私部活忙しくて行けなくってさぁ。」

「カフェ...あ、バイトの話?」

蒼が"あったりまえだろ〜"という感じでウンウン頷く。


「...バイト、受かった。」

「うぉ〜!!!おめでとう!!!これで金欠回避ぃ〜?」

「うわ、蒼うざ〜」

私にとっては、バイトに受かったというよりも...星太くんのことについてのほうが記憶に新しかったけど...蒼には教えられない。なぜか気まずくなって視線を逸らしてみると、まだ朝なのに、南の方にうっすらと輝く小さな星があった。

「...朝なのに、星がある。なんで?」

「ん?」

蒼が目を凝らす。

「星なんてどこにも見えないけど。え、まさか、幻覚!?」

「ねえちょっとバカ!こんな日に見ないよ、幻覚なんて。...ふふっ」

「ち、ちょっと、なんで笑うんだよぉ〜!!ちょっと怖いよ〜!!」


プンスカする蒼の横で、私はもう一度空を見上げる。あの星は、私だけに見えるあの星は、一体誰を照らしているんだろう。...少なくとも私には、星太くんが "陽菜ちゃん!"と微笑みながら手を振っているのが見えた。あぁ、たとえこれが幻覚だったとしても、もうどうでもいい。今日も変わらず星が瞬いている――私には、その事実だけで十分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そのカップに、星を浮かべて まふぃん @namagakidaisuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ