神の手

@izuryo

第1話

「殿!大変です!」

 天守閣に伝令係の声が響く。その焦燥を交えた声色から良い報告を持ってきたわけでないことは察しがついた。

「話せ」

 この大阪城の主、豊臣秀頼の許しを得て、伝令は口を開く。

「徳川軍の迎撃に出ていた豊臣軍、敗戦が相次ぎ全軍城内に撤退しました!」

 その場にいる家臣たちは落胆の態度を隠せなかった。つまり「敗戦必至」。豊臣の天下が終わることを意味していた。

「おのれ徳川!」

 天下に仇なす謀反者の名を憎しみを込めて吐き捨てた。

「殿、いかがいたしますか?」

 近くの側近が恐る恐る伺う。

 秀頼は思案する。この戦況から逆転する手は残っていない。なら今考えるべきは次の戦い。反撃のための戦力を少しでも多く残すことだった。それなら――

「脱出じゃ」

 逃げるわけでなく、戦略的撤退。

 堂々と宣言する主を目にして、従わない家臣がいようか。家臣もそれぞれこの後の展開を予想している。徹底抗戦を思い描いていた人もいたが、頭を切り替える。殿が右と言えば右だ。

「全軍に脱出の旨を伝えよ!」

 殿の号令で家臣たちは一斉に動きだす。

「軍を一ヶ所に集めろ!一点突破する!」

 秀頼も城から出るため立ち上がる。

「殿!」

 家臣の一人が殿のもとにやってきた。

「何用か?」

「大阪城に、火をいれましょう」

 その進言は、秀頼が考えもしなかったことだった。父上が建て、自分が引き継いだ天下の象徴であるこの城を燃やすなど、考えられるはずがない。

「貴様!不遜であるぞ!」

 二の句を継げば、次は切腹を命じるつもりでいた。しかし家臣が話すことには一考の価値があった。

「申し訳ありません。しかし、大阪城が炎上することは即ち、豊臣の敗北。勝利に浮かれ、油断するでしょう。その隙に乗じて脱出すれば、成功は確実かと」

「ふむ……」

 今最優先すべきは、確実な脱出だ。戦闘はできるだけ避けるべき。最善を尽くさなければいけない。全ては、豊臣の繁栄のために。

「……もう父上に顔向けできぬな」

 顔向けが叶うとしたら、それは豊臣の復興を果たしたときだけだ。

「よいぞ!大阪城に火を放て!」

 ――ガタガタガタ。

 秀頼がそう決意した時、城が大きく揺れた。

「なにごとじゃ!」

「殿!大変です!空から……」

「空?」

 言われて秀頼が空を見上げると、そこには大きな人間のが顕現していた。

「神がおいでなさった……」

 そう誰かが言った。確かに、あれを形容するなら神としか言いようがない。やはり、神は豊臣の味方か。

 その神の手が徳川軍を蹂躙することを期待したが、なんとその手はこちらに向かってくる。そして天下の象徴、大阪城を掴んで……

「やめろーー!!!」


「優~おやつできたよー」

 お母さんが僕を呼んでいる。

「今日のおやつなに?」

「マドレーヌよー」

 僕の大好物だった。

 遊びはもうおしまい。粘土で作った不格好なお城をぐちゃっと握りつぶし、かろうじてお城と呼べる代物をただの粘土に戻して片付ける。

 妄想を続けるなら、今頃秀頼は予想だにしない城の崩壊に悲鳴を上げているだろうね。

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